学位論文要旨



No 124133
著者(漢字) 鄭,祐尚
著者(英字)
著者(カナ) ジョン,ウサン
標題(和) 導電性高分子アクチュエータの電気化学・力学挙動のシミュレーションに関する研究
標題(洋)
報告番号 124133
報告番号 甲24133
学位授与日 2008.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6902号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 都井,裕
 東京大学 教授 影山,和郎
 東京大学 准教授 鈴木,克幸
 東京大学 准教授 岡部,洋二
 東京大学 准教授 大武,美保子
内容要旨 要旨を表示する

高分子は多様な形態で利用されているが、低い導電率を持つ不導体であった。しかし、2000年ノーベル化学賞を受賞した白川英樹らによるポリアセチレンの合成により電気が流れる導電性高分子が開発され、絶縁体として使われてきた高分子が電気・光学的にも利用されるようになった。さらに、過去に電解コンデンサ、携帯電話やノートパソコン用電池などの狭い分野だけで利用された導電性高分子は、近年の急速な研究開発により有機ELディスプレイ、人工筋肉、MEMS分野まで次世帯新素材としての活用可能性を広げている。特に、アクチュエータが生体に優しくしなやかな働き、低電圧でも大きいひずみや発生力が望まれる人工筋肉の研究・開発においてポリピロール(Polypyrrole)やポリアニリン(Polyaniline)などのように材料自体がソフトであり、自ら電気などの外部刺激で変形する導電性高分子は最適な材料である。

第1章では、研究の背景、研究の目的および位置づけ、本論文の概要について述べる。現在、導電性高分子を用いたアクチュエータに関する研究は実用段階に入っているが、特殊な機能を持ち、複雑な駆動メカニズムで働く導電性高分子アクチュエータの設計に有用な、高精度の計算ツールは存在しない。その理由は、導電性高分子の体積変化を起こすマイクロレベルでの電気化学的反応をモデル化することが困難であり、その結果を用いてマクロレベルでの構造物の変形応答解析を行うための計算システムが存在しなかったからである。本研究では、このような要求に応じて導電性高分子を用いたアクチュエータの設計に有用な、汎用的な計算システムの開発を目的にしている。

第2章では、導電性高分子の電気化学・多孔質弾性挙動に対する計算モデリングを構築する。具体的には、ポリビロール膜の受動的多孔質弾性挙動に対しDella Santaらにより与えられた、多孔質弾性論に基づく3次元連続体モデリングをOnsager則に従って能動的電気化学・多孔質弾性挙動に対する定式化に拡張し、Tadokoroらによる1次元イオン輸送方程式と組み合わせた支配方程式系を構築する。

第3章では、ポリピロールを用いたアクチュエータの電気化学・多孔質弾性挙動に対して電解液内駆動するアクチュエータおよび空気中で駆動するアクチュエータを計算対象とし、有限要素解析を行う。すなわち、電解液内駆動する導電性高分子(ポリピロール)曲げアクチュエータに対し、適切な電極間距離を設定することにより計算の効率を改良する。また、ポリピロール、金およびポリエチレンの3層から成る導電性高分子アクチュエータの電気化学・多孔質弾性挙動に対して3次元変形応答解析を行い、計算結果を実験結果と比較する。続いて、空気中で駆動する導電性高分子(ポリピロール)曲げアクチュエータの有限変形を考慮するため、既存の線形弾性モデリングをラグランジュ法に基づいて、幾何学的非線形性を考慮したモデリングに拡張した。また、様々な電圧(0.25V、05V、0.75V、1.0V)条件下におけるポリピロールアクチュエータの曲げ挙動に対して有限要素解析を行い、実験結果と比較することにより、提案した計算モデリングの有用性を実証した。

第4章では、ポリピロール膜にポリフッ化ビニリデンおよびカーボンファイバを接合したロボットグリッパの電気化学・多孔質弾性曲げ挙動に対し、有限要素解析を行った。サイクリックボルタモグラム(CV:Cyclic voltammogram)電流下におけるロボットグリッパの曲げ挙動解析結果は実験結果と良好に対応し、提案した計算モデリングの実用性が確認された。また、先端部の変位が拘束されているロボットグリッパの発生力を解析するためには、既存の自由に変形するアクチュエータの解析に用いたパラメータを利用すると再現できないことを確認し、適切なパラメータの設定のため、パラメータ計算を行った。さらに、求まったパラメータを用いて様々な長さのアクチュエータの発生力解析を行い、パラメータの妥当性および計算モデリングの有用性を実証した。

第5章では、前章までのポリピロールと共に導電性高分子の一種であるポリアニリンの様々な電気化学・多孔質弾性挙動に対して有限要素解析を行い、解析結果を実験結果と比較することにより提案した計算モデリングの汎用性、有用性を確認した。まず、ポリアニリンファイバの急速な酸化・還元反応による電気化学応答を再現するため、有限の電解液を想定し、パラメータ計算を行った。また、設定したパラメータを用いて一定荷重および一定変位条件下のポリアニリンファイバの電気化学・多孔質弾性解析を行った。解析結果は実験結果と良好に対応し、提案した計算モデルの有用性を検証した。さらに、ドーパントの種類によるポリアニリンファイバの電気化学・多孔質弾性応答を再現するため、イオンの大きさ(半径)と粘性抵抗間の比例関係に着目した計算モデリングを提案した。様々な電圧条件下のポリアニリンファイバの電気化学・多孔質応答解析結果は実験結果と定性的に対応し、合理的な結果を得ることを確認した。また、ポリアニリンフィルムに対する解析結果は実験結果と良好に対応し、様々な溶液内におけるポリアニリンファイバおよびフィルムの設計に有用な計算システムを開発した。

第6章では、イオン導電性高分子の一種であるフレミオンを用いたアクチュエータの設計を支援するための計算システムを開発することを目的とした。フレミオン膜内のイオンの移動、流れ、水和分布、体積変化、フレミオンを用いたイオン導電性高分子・金属複合材料(IPMC: Ionic Polymer Metal Composites)のたわみ計算など、既存の計算モデリングでは不十分であった計算モデリングを改良し、より高精度で汎用的な計算モデリングを開発した。すなわち、イオン導電性高分子アクチュエータの電気化学・力学挙動に対し、EDLモデルを利用した一次元電気化学応答方程式をGalerkin法で離散化した。また、三つの電圧パターンに対して数値解析を行い、フレミオン膜内で発生する電気力による水和したイオンの移動、流れ、水和分布を計算し、合理的結果が得られることを確認した。一次元電気化学計算モデリングから計算された固有ひずみを用いて3次元変形応答解析を行った。解析結果は実験結果と良好に対応し、提案したモデルの有用性を実証した。本研究で提案した計算システムはイオンの移動から水和、体積変化、アクチュエータの曲げ運動まで、フレミオンベースアクチュエータの内部で起こる物理現象を充実に再現しており、各物理量が曲げ変形に及ぼす影響を数値的に調べることが可能である。

第7章では、3Vの電圧が印加されたフレミオンベースアクチュエータの電気化学・力学挙動に対して電気化学モデリングの構築および妥当性の検証を行った。フレミオン膜内1.2V以上の電圧が印加されると、水の電気分解が起こり、陽極側では水素イオンが発生し、陰極側では水酸化物イオンが発生する。この場合、カルボン酸を含むフレミオン膜はpH変化により大きな体積変化を見せる。本章では、フレミオン膜の電気分解を考慮するため、電極近傍での水素イオンおよび水酸化物イオンの発生・拡散・相互作用を含んだ一次元電気化学モデリングを提案し、田谷らにより与えられた平衡水和とpHの関係を用いてフレミオン膜内に生じる水和分布を計算する有限要素モデリングを開発した。また、電極近傍の水素イオンおよび水酸化物イオンの急激な変動を再現するため、Petrov-Galerkin法を用いて定式化を行った。通常のGalerkin法による計算結果では大きい数値振動が見られるのに対し、Petrov-Galerkin法では安定的に解が収束していることを確認し、Petrov-Galerkin法による計算モデリングの有用性を実証した。次に、求まった水和分布から固有ひずみを計算し、3次元有限変形解析を行い、その結果を実験結果と比較し、提案した計算システムの有用性を実証した。

第8章では、本論文で得られた研究の成果をまとめたものであり、結論について述べる。本研究で提案した計算モデリングは導電性高分子アクチュエータの電気化学・力学挙動を有限要素法の立場から再現したものであり、分子レベルのイオン移動からアクチュエータ本体の曲げ挙動まで統合的に考慮することができる計算システムとして初めての試しとして重要な意義を持っている。また、マイクロメカトロニックスに基づいた電気化学モデリングは非常に多くの物理定数を必要とするが、本研究で提案した計算システムは相対的に少ないパラメータで導電性高分子の電気化学・力学挙動を再現することが可能であり、多くの実験結果との比較により提案した計算モデリングの妥当性および有用性を確認した。さらに、電気化学モデルの二次元および三次元化、物理定数の実験的検討などを通じて計算モデリングの拡張を行うことによって、物理現象をより厳密に再現する計算モデリングの構築が可能になり、導電性高分子を用いたアクチュエータの設計開発において費用の節減、開発時間の短縮などの効果が期待される。

高分子が開発された以後、金属の占有物であった多くの分野で高分子がその対用品として利用されるようになった過去の経験から考えると、本研究で提案した計算モデリングの活用範囲も広くなると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「導電性高分子アクチュエータの電気化学・力学挙動のシミュレーションに関する研究」の成果を取りまとめたものであり、全8章で構成されている。以下に各章の概要を示す。

第1章では、研究の背景、研究の目的および位置付け、本論文の概要について述べている。現在、導電性高分子を用いたアクチュエータに関する研究は実用段階に入っているが、特殊な機能を有し、複雑な駆動メカニズムで作動する導電性高分子アクチュエータの設計に有用な、高精度の計算ツールは存在しない。その理由は、導電性高分子の体積変化を起こすマイクロレベルでの電気化学的反応をモデル化することが困難であり、その結果を用いてマクロレベルでのアクチュエータの変形応答解析を行うための計算システムが存在しなかったからである。本研究では、このような要求に答えて、導電性高分子アクチュエータの設計に有用な、汎用的な計算システムの開発を目的にしている。

第2章では、導電性高分子の電気化学・多孔質弾性挙動に対する計算モデリングを構築している。具体的には、ポリビロール膜の受動的多孔質弾性挙動に対しDella Santaらにより与えられた、多孔質弾性論に基づく三次元連続体モデリングを、Onsager則に従って能動的電気化学・多孔質弾性挙動に対する定式化に拡張し、Tadokoroらによる1次元イオン輸送方程式と組み合わせた支配方程式系を構築した。

第3章では、ポリピロールを用いたアクチュエータの電気化学・多孔質弾性挙動に対し、電解液内駆動するアクチュエータおよび空気中で駆動するアクチュエータを計算対象として、有限要素解析を行っている。すなわち、様々な電圧(0.25V、0.5V、0.75V、1.0V)条件下におけるポリピロールアクチュエータの曲げ挙動に対して有限要素解析を行い、実験結果と比較することにより、提案した計算モデリングの有用性を実証した。

第4章では、ポリピロール膜にポリフッ化ビニリデンおよびカーボンファイバを接合したロボットグリッパの電気化学・多孔質弾性曲げ挙動に対し、有限要素解析を行っている。サイクリックボルタモグラム(CV)電流下におけるロボットグリッパの曲げ挙動解析結果は、実験結果と良好に対応し、提案した計算モデリングの有用性が確認された。また、先端部の変位が拘束されているロボットグリッパの発生力を解析するため、パラメータ計算を行った。さらに、得られたパラメータを用いて様々な長さのアクチュエータの発生力解析を行い、パラメータの妥当性および計算モデリングの有用性を実証した。

第5章では、導電性高分子の一種であるポリアニリンの様々な電気化学・多孔質弾性挙動に対して有限要素解析を行い、解析結果を実験結果と比較することにより、提案した計算モデリングの汎用性、有用性を確認している。まず、一定荷重および一定変位条件下のポリアニリンファイバの電気化学・多孔質弾性解析を行った。さらに、ドーパントの種類に依存したポリアニリンファイバの電気化学・多孔質弾性応答を再現するため、イオンの大きさ(半径)と粘性抵抗間の比例関係に着目した計算モデリングを提案した。様々な電圧条件下、様々な溶液内におけるポリアニリンファイバおよびフィルムの設計に有用な計算システムを開発した。

第6章では、イオン導電性高分子の一種であるフレミオンを用いたアクチュエータの設計を支援するための計算システムを開発することを目的としている。フレミオン膜内のイオンの移動、流れ、水和分布、体積変化、フレミオンを用いたイオン導電性高分子・金属複合材料(IPMC)のたわみ計算など、既存の計算モデリングでは不十分であった点を改良し、より高精度で汎用的な計算モデリングを開発した。また、3種類の電圧パターンに対して数値解析を行い、合理的結果が得られることを確認した。一次元電気化学計算モデリングから計算された固有ひずみを用いて三次元変形応答解析を行った。解析結果は実験結果と良好に対応し、提案したモデルの有用性が実証された。

第7章では、3Vの電圧が印加されたフレミオンベースアクチュエータの電気化学・力学挙動に対して電気化学モデリングの構築および妥当性の検証を行っている。フレミオン膜内1.2V以上の電圧が印加されると、水の電気分解が起こり、陽極側では水素イオンが発生し、陰極側では水酸化物イオンが発生する。この場合、カルボン酸を含むフレミオン膜はpH変化により大きな体積変化を生ずる。本章では、フレミオン膜の電気分解を考慮するため、電極近傍での水素イオンおよび水酸化物イオンの発生・拡散・相互作用を含んだ一次元電気化学モデリングを提案し、田谷らにより与えられた平衡水和とpHの関係を用いてフレミオン膜内に生じる水和分布を計算する有限要素モデリングを開発した。続いて、得られた水和分布から固有ひずみを計算して三次元有限変形解析を行い、実験結果と比較することにより提案した計算システムの有用性を実証した。

第8章では、本論文で得られた研究成果をまとめており、結論について述べている。本研究で提案した計算モデリングは、導電性高分子アクチュエータの電気化学・力学挙動を有限要素法の立場から構築したものであり、分子レベルのイオン移動からアクチュエータ本体の曲げ挙動までを統合的に解析できる。また、本研究で提案した計算システムは、相対的に少ないパラメータで導電性高分子の電気化学・力学挙動を再現することが可能であり、多くの実験結果との比較により提案した計算モデリングの妥当性および有用性が確認された。

以上を要するに、本論文では導電性高分子アクチュエータの電気化学・力学挙動のシミュレーション手法を提案し、実験結果、他の数値計算結果との比較により設計支援ツールとしての有用性を実証しており、高い工学的価値を有すると判断される。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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