学位論文要旨



No 124134
著者(漢字) 上野,篤史
著者(英字)
著者(カナ) ウエノ,アツシ
標題(和) 極超音速旅客機の空力形状最適化と航続性能向上に関する研究
標題(洋)
報告番号 124134
報告番号 甲24134
学位授与日 2008.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6903号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 鈴木,宏二郎
 東京大学 教授 森下,悦生
 東京大学 教授 李家,賢一
 東京大学 准教授 土屋,武司
 東京大学 准教授 姫野,武洋
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、将来の高速輸送機として有望な極超音速旅客機を対象とし、機体システムとしての成立性の観点に立って旅客機として重要な航続性能を向上するための検討を行い、その結果から空力形状、及び、機体システムに対する設定指針を示し、また、世界の主要都市を結ぶ輸送ネットワークを提案し、極超音速旅客機の利便性を示したものである。

第1章は研究の背景、及び、目的が示される。概要は以下の通りである。

極超音速旅客機は経済性や環境性の観点から超音速旅客機以上の可能性を有していると考えられ、有望な次世代高速輸送機として研究開発が各国で進められている。しかし、既存遷音速旅客機と異なる設計要求のためか、空力形状に対する設定指針が定まっているとは言えないのが現状である。空力形状を検討する際、極超音速旅客機が既存遷音速旅客機と大きく異なる点として以下の3点が挙げられる。本研究ではこれを空力形状にどのように反映したかを合わせて以下に示す。

1)空力設計と構造(耐熱)設計:空力加熱の影響が高まるために耐熱設計を考慮した空力形状設定が必要となる点。そこで、空力加熱が厳しくなる部位において既存のC/C複合材などの耐熱材料の適用を想定し、機体表面温度が1,200K以下(耐熱材料の使用可能温度)となるように空力形状を制約した。

2)空力設計と推進系統設計:幅広いマッハ数レンジを飛行するため、エンジンとしては複数のサイクルを持つことが要求されるが、これは機体重量の増加やシステムの複雑化を招くため、単一サイクルエンジンでの機体成立が望まれる。この場合、複数サイクルのエンジンと比べて非設計点(亜/遷音速域)でのエンジン性能低下が予測される。また、主翼平面形状に対する設計制約から遷音速域での空力性能低下も予測される。そこで、空力形状に対し極超音速揚抗比と遷音速揚抗比に関するパレート解探索を行い、エンジン性能とのバランスを考慮して適切な非設計点での飛行性能を実現可能なように検討を実施した。

3)空力設計と機体システム設計:航続距離改善のためには燃料搭載量と揚抗比を大きくすることが求められるが、燃料搭載量を大きくするために翼厚を大きくすると極超音速揚抗比が低下する。極超音速旅客機で使用される液体水素燃料は密度が低く、この影響が更に強まる。そこで、空力形状に対し極超音速揚抗比と燃料タンク容量に関するパレート解探索を行い、航続距離に関し適切な妥協点を検討した。

このように、従来の空力設計の観点からだけ空力形状を議論しても十分ではなく、機体システムとしての成立性を踏まえて空力形状を議論する必要がある。そこで本研究の目的を以下のように定めた。

目的(1):

空力設計-構造(耐熱)設計-推進系統設計-機体システム設計との統合を考慮し、最適設計手法を用いて空力形状最適化、及び、航続性能向上の検討を行い、その結果から極超音速旅客機の空力形状、及び、機体システムの設定指針を示す。

目的(2):

空力形状最適化では極超音速域における衝撃波に関する設計制約のために主翼平面形状が拘束される。このため、主翼断面形状の最適化のみでも航続距離が改善可能であることを示す。

目的(3):

世界の主要都市を結ぶ極超音速旅客機ネットワークを構築し、その利便性を示す。

第2章では、極超音速旅客機の参照機(図1)が設定される。参照機は最適化における初期形状となるものであり、中央胴、内翼、外翼の3つのパートで構成された。尚、中央胴には客室エリアが設定され、内翼には燃料タンクが艤装される。

第3章では、参照機を初期形状とした空力形状の最適化が示される。ここでは、上述の機体システムとしての成立性を考慮し、空力加熱率を制約したなかで遷音速揚抗比-極超音速揚抗比-燃料タンク容量に関するパレート最適解の探索を行った。これにより得られた結果を以下にまとめる(図2)。

・空力形状の観点から:

中央胴前縁近傍の断面形状は、空力加熱を考慮して丸みを帯びた前縁としつつ、その後方では翼厚が小さく、直線的な形状とすることで極超音速揚抗比を改善可能である。また、後縁のz方向の位置を下げることも極超音速揚抗比改善に効果がある。

極超音速揚抗比改善と燃料タンク容量増加が両立する形状は存在せず、燃料タンク容量の増加は極超音速揚抗比低下につながる。これを最低限に抑えるためには、内翼の下面側後方部で燃料タンク容量を増加させることが重要である。

一方、遷音速揚抗比改善と極超音速揚抗比改善を両立する形状が存在する。この両立のためには外翼前縁近傍を上面、下面ともに上に凸な形状とすること、また、内翼後縁近傍の反りを強めることが重要である。この内翼断面形状は、燃料タンク容量が小さくなるほどより大きな遷音速揚抗比を実現できる形状となるが、これは極超音速域において抵抗を増加させる形状であるため、燃料タンク容量が小さいほど遷音速揚抗比を改善すると極超音速揚抗比が減少する。

・機体システムの観点から:

客室断面形状(スパン一定断面における形状)は座席レイアウトを考慮して直線で定義される。この直線部が短いほど、つまり、客室エリアが小さいほど航続距離が改善するが乗客数が減少するといったように、経済性において相反する結果を招く。従って、客室エリアは両者のバランスを考慮して適切に決定すべき設計パラメータである。

縦静安定確保のための重心位置要求は主翼の面積重心を考慮すると合理的なものである。また、縦トリムのためには収納式のカナードを設けるのが好ましい。

極超音速域で効率的に巡航するためには低翼面荷重とすること重要である。

第4章では、第3章で得られた空力形状に対し航続距離解析を実施した結果が示される(図2において各形状に対する航続距離が示される)。これにより得られた結果を以下にまとめる。

航続距離は参照機では3,200nmである。本研究では主翼断面形状のみの空力形状最適化であるが、これを3,960nm(Case D)まで改善可能なことを示した。

極超音速揚抗比と燃料タンク容量とのトレードに関しては、遷音速機設計の常識が覆り、揚抗比を犠牲にしてでも燃料タンク容量を大きくしたほうが航続距離は改善されるという結果を得た。しかし、燃料タンク容量増加による航続距離改善と揚抗比低下による航続距離減少がバランスする点があるため、航続距離改善のためにはこのポイントを見定めて燃料タンク容量を設定することが重要である。

極超音速揚抗比と遷音速揚抗比とのトレードに関しては、両者が両立する領域の存在が第3章で示されたが、この領域においてはほぼ同じ航続距離が実現される。単一サイクルエンジンのみで機体を成立させる場合、非設計点でのエンジン推力低下に伴う飛行性能低下が問題になると考えられる。しかし、この結果は遷音速空力性能を考慮して空力形状を最適化することにより航続距離を損なうことなくエンジン推力低下の許容幅を広げることができることを示している。これは簡素な推進システムとする上で重要な成果と言える。

空力加熱を考慮して前縁は丸みを帯びた形状としなければならないが、この前縁半径は航続性能に大きな影響を及ぼすため、熱のバランスを考慮して適切に前縁半径を設定しなければならない。

第5章では、第4章で得られた航続距離(3,960nm)を基に設定された極超音速旅客機による輸送ネットワークが示される。これにより得られた結果を以下にまとめる。

極超音速旅客機は極極超音速域における衝撃波に関する設計制約のために低速空力性能が低い主翼平面形状とせざるを得ないが、低翼面荷重と大きな推重比のために既存の国際空港が持つ滑走路での運用が可能である。また、既存遷音速旅客機と比べ航続距離は短いものの、ヨーロッパ、北米、南米、南アフリカ、中東、アジア、オーストラリアの主要都市を結ぶ輸送ネットワークを構築可能であり、代表的に日・欧・米を結ぶルートが検討され、飛行時間は既存遷音速旅客機に対し約70%低減可能であることが示された。

第6章では、以上の成果をまとめて結論が示される。

本研究により導かれた空力形状と機体システムの設計指針を図3に示した。図3において実線で囲まれたものが空力形状に対する指針を示し、点線で囲まれたものが機体システムに対する指針を示す。

本研究では主翼平面形状に対する設計制約のためにこれが固定され、主翼断面形状のみが最適化されたが、それでも航続距離を参照機に対し約24%改善可能なことを示した。

極超音速旅客機の航続距離は遷音速旅客機と比べ短いものの、世界の主要都市を結ぶ輸送ネットワークを構築することは可能であり、その速度性能を活かし、日・欧・米を結ぶルートでは既存遷音速旅客機に対し飛行時間を約70%低減可能であることが示された。

図1. 極超音速旅客機の参照機

図2. 空力形状最適化と航続性能改善結果

図3. 空力形状と機体システムの設定指針

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学)上野 篤史 提出の論文は、「極超音速旅客機の空力形状最適化と航続性能向上に関する研究」と題し、本文6章および付録6項から成っている。

極超音速旅客機は次世代高速輸送機として各国で活発に研究開発が進められている。しかし、空力形状設計に対する考えは試行錯誤の段階であり、その指針が定まっているとは言えない。筆者は、旅客機として重要な航続性能を向上するための検討を行って、空力形状および機体システムに対する設計指針を示し、さらに、世界の主要都市を結ぶ輸送ネットワークを提案して極超音速旅客機の利便性を示すことに成功している。本論文は、極超音速旅客機の空力形状設計に際し、有用な知見をもたらすものである。

第1章は序論で、本論文の目的と意義を明確にしている。極超音速旅客機に期待される利点および過去の研究を概観した上で、その空力形状設計における重要な点として、1)機体材料の耐熱温度で決まる最大空力加熱の制限下で空力性能を向上させること、2)全機空力形状設計と推進系の統合設計、特に加速時と巡航時の両方でエンジン性能に過度な要求をしないために極超音速空力性能と遷音速空力性能のバランスをとること、3)機体システムを踏まえた空力形状設計、特に航続距離改善のため、燃料搭載スペースの確保と極超音速飛行時の揚抗比向上のバランスをとること、を指摘している。そのため、空力形状最適化は、空力加熱の制約条件をつけて遷音速揚抗比と極超音速揚抗比と燃料タンク容量のパレート最適解を探索、航続距離解析により航続距離最大の解を最適として抽出、の2段階で行うこととしている。

第2章では、本研究で対象とする巡航マッハ数5の極超音速旅客機のモデルについて説明がなされている。第1世代の極超音速旅客機の規模として超音速旅客機コンコルドと同程度が適当であるとして、中央胴、内翼、外翼で構成された全翼機タイプの形状と飛行プロファイルが設定されている。推進系として、加速用に予冷ターボジェットエンジン、巡航用にラムジェットエンジンの組合せが選択されている。

第3章では、第2章で設定されたモデルを初期形状とした空力形状最適化の問題設定とその結果が示されている。機体形状をベジエ曲線およびベジエ曲面で表現し、その制御点を設計変数として定義している。極超音速揚抗比を目的関数として、翼前縁での最大空力加熱、すなわち最小前縁半径や、遷音速揚抗比、燃料タンク容量等に関する各種拘束条件が適切に定義されている。機体周りの流れ場は3次元オイラー方程式の数値解析により求め、Adjoint法による勾配計算と逐次2次計画法を用いて効率よくパレート最適解を求めている。その結果、空力形状に関しては、前縁半径を保ちつつ極超音速揚抗比を改善することは可能であること、極超音速揚抗比改善と燃料タンク容量増加は両立しないが、燃料タンク容量の増加による極超音速揚抗比低下を少なくすることは可能であること、遷音速揚抗比改善と極超音速揚抗比改善を両立する形状が存在すること、を明らかにし、そのための空力形状設計の指針を示している。機体システムに関して、客室エリアは居住性確保のため機体形状に拘束を与えるので、そのサイズは航続距離と乗客数のバランスを考慮して適切に決定するべきであること、縦の静安定確保のため、遷音速では収納式のカナードを設けるのが好ましいこと、極超音速域で効率的に巡航するためには低翼面荷重化が重要であること、などを指摘している。

第4章は、第3章で得られた空力形状に対し航続距離解析を実施した結果が示されている。揚抗比を犠牲にしてでも燃料タンク容量を大きくした方が航続距離は改善されることがあり、必ずしも空力性能最適なものが航続性能最大となるとは限らず、燃料タンク容量増加と極超音速揚抗比低下のバランスによって最適形状を見出すべきであると述べている。また、遷音速空力性能を考慮して空力形状を最適化することは、航続距離を損なうことなく遷音速域での必要エンジン推力を緩和でき、単一の推進装置で極超音速旅客機を成立させるために有効であることを指摘している。

第5章では、第4章で得られた航続距離をもとに極超音速旅客機による輸送ネットワークが提案されている。極超音速機における航続距離の短さは、世界の主要都市を結ぶ輸送ネットワークを構築して運用することでカバーでき、日本とヨーロッパ、アメリカを結ぶルートで飛行時間は既存遷音速旅客機に対し約70%の低減が可能であるとしている。

第6章は結論であり、本研究で得られた知見をまとめている。

付録は6項から成り、初期形状の設計法、流体数値解析法の詳細、Adjoint法の定式化、最適設計手法の詳細、本研究で得られた最適形状のデータベース、ベジエ曲線を用いた形状最適化の検証、について述べられている。

以上要するに、本論文は、将来の高速輸送機として有望な極超音速旅客機を対象とし、機体システムとしての成立性の観点に立って旅客機として重要な航続性能を向上するための検討を行い、その結果から空力形状、及び、機体システムに対する設計指針を示し、また、世界の主要都市を結ぶ輸送ネットワークを提案し、極超音速旅客機の利便性を示した点で、航空宇宙工学上貢献するところが大きい。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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