学位論文要旨



No 124139
著者(漢字) 山﨑,俊輔
著者(英字)
著者(カナ) ヤマザキ,シュンスケ
標題(和) 光化学気相堆積法によるWz-GaNの室温成長
標題(洋)
報告番号 124139
報告番号 甲24139
学位授与日 2008.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6908号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大津,元一
 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 教授 田畑,仁
 東京大学 准教授 何,祖源
 東京大学 准教授 山下,真司
 東京大学 准教授 杉山,正和
内容要旨 要旨を表示する

(本文)

本研究では,光化学気相堆積法(PCVD)によるGaN室温成長を目的として研究を行った。これは,

(1)ヘテロエピタキシャル成長におけるIII族窒化物と基板との熱膨張係数差に起因する転位の発生を,成長基板温度を室温にすることによって抑制する

(2)新規の光加工技術との組み合わせによる半導体材料のナノ構造成長技術への応用を目的とする

という背景に基づく。

目指したGaNの発光特性の目標値は,低温で3.47eV,室温で3.39eVで発光し,PLスペクトルの低温におけるピークの半値全幅が10meV程度とした。これらの値はMOCVDやMBEといった一般的にGaNの成長に用いられている手法によって成長させた高品質のGaN結晶が示す発光特性から定めた。

・原料物質

GaNの成長にはGa源としてトリメチルガリウム(TMG),窒素源としてアンモニア(NH3)を用いた。これらはMOCVDで一般的に用いられている原料物質である。またGa以外のIII族金属原料として,In源としてトリエチルインジウム(TEI),Al源としてジエチルアルミニウムハイドライド(DMAH)を用いた。

・TMG,NH3の光分解反応とGaNの生成

TMGの光吸収端波長は260nm(光子エネルギー換算:4.77eV)付近である。また,TMGの分解に必要なGa-CH3の結合エネルギーは3.7eV(波長換算:336.4nm)である。一方,NH3の光吸収端波長は220nm(5.63eV)付近である。また,NH3の分解に必要なN-Hの結合エネルギーは4.7eV(263.8nm)である。TMGとNH3を用いたPCVDにおけるGaNの生成においてはTMG,NH3の光分解により生じた,GaCH3ラジカルとNHラジカルの反応によるGaNの生成が支配的であると報告されている。

これらの原料ガスを分解するために光源に求められる性能を考慮して,本研究ではPCVDにおける光源としてNd:YAGレーザーの5次高調波を採用した。この光源は,波長:213nm(5.82eV),パルス幅:3ns,繰り返し周波数:20Hz,パワー:10mJである。

・PCVDによるIII族金属の室温堆積

GaN成長の予備実験として前述のIII族金属原料物質を用いて,PCVDによりIII族金属の室温成長を試みた。その結果,いずれのIII族金属についてもPCVDにより室温堆積が可能であることが明らかとなった。

・基板裏面照射PCVDによるGaNの室温成長

サファイア基板の裏面からレーザー光を照射して,GaNの室温成長を行った。原料ガスは反応炉に溜めた状態で堆積を行った。堆積条件についてTMGの分圧を固定し,NH3分圧を変えることで,V/III族原料ガス比をパラメータとして堆積を行った。作製したGaNサンプルの光学特性をPLスペクトル測定によって評価した。V/III族原料ガス比を1000以上にすることでGaNサンプルの発光特性は飛躍的に向上した。V/III族原料ガス比50000以上では発光特性の向上は頭打ちとなり,このときの低温における発光特性はPLスペクトルのピークエネルギー3.37eV,ピークの半値全幅7.02meVであった。これらの結果について,ピークの半値全幅は目標を達成したが,ピークエネルギーについては目標に届かず,V/III族原料ガス比を上げるだけではこれ以上の特性向上は難しいと判断した。

3.37eVにおける発光はWz-GaN中のZb-GaNが量子井戸のような振る舞いをしたことによるものと考えられる。Wz-/Zb-GaN混晶が生成した理由として,成長温度が室温であったことや,基板裏面から光を照射していることにより,成長したGaNに常に高エネルギーの光が照射され熱的に準安定相であるZb-GaNが部分的に成長した可能性が考えられるが,詳細は明らかとなっていない。また,過去の文献でも同様の発光が観測されたことが報告されているが,その原因も様々なモデルが提案されており,詳細は明らかとなっていない。

X線光電子分光法(XPS)を用いた組成分析から,V/III族原料ガス比500000で成長したGaNサンプルにおけるGaとNの含有比はおよそ54.5:45.5であることがわかり,PCVDによる室温成長においても十分に窒化されたGaNが成長可能であることがわかった。また,サンプルには酸素や炭素が不純物として含有されていることも明らかとなった。酸素,炭素がGaNの発光特性に与える影響について文献調査により検証したが,サンプルから得られた発光はこれらの不純物の影響ではないことがわかった。

・PCVDによるInGaNの室温成長

TMG,NH3に加えてTEIを用いてInGaNの室温成長を試みた。作製したInGaNサンプルからは室温において3.05eV(波長:407.0nm)にピークをもち、半値全幅は142meVの発光スペクトルが観測された。またXPSによる組成分析からもGa,Nに加えてInの含有が確認された。

・PCVD装置の改良

ガス供給系におけるTMGのガス流量制御装置(MFC)を流量の小さいもの(最大5sccm),NH3のガス流量制御装置(MFC)を流量の大きいもの(最大10slm)に交換し,高いV/III族原料ガス比(最大50000)でガスを流しながら成長を行える環境とした。この環境でサファイア基板の裏面から光を照射することによって成長させたGaNでは,それまでも観測されていた3.37eVと3.31eVの発光に加えて3.47eVの発光を5KにおけるPLスペクトル測定によって観測した。しかしながら,3.47eVの発光ピークの半値全幅は数100meV程度と非常にブロードな発光であった。一方で,ガスを流しながら成長を行うことの有効性が明らかとなった。

ガス供給系に加えて,光学窓への堆積を抑制し,基板表(おもて)面からの光照射を可能にするため反応炉を改良した。

・基板表(おもて)面光照射PCVDによるWz-GaNの室温成長

V/III族原料ガス比18000として堆積を行った結果,5KにおけるPLスペクトル測定において3.47eVにピークを持つ発光を観測した。この発光の半値全幅は115meVであり,目標とする10meV程度の達成には至らなかった。

続いて,V/III族原料ガス比8000として堆積を行った。得られたGaNサンプルをSEMで観察したところ,典型的な堆積物の形状として,粒子状の堆積物を伴う部分(area A)と,樹枝状GaNを伴う部分(area B)が観察された。

area Aの発光特性についてPLスペクトル測定で評価したところ,3.47eVにピークを持つ発光を観測した。これは中性ドナーに束縛された励起子の再結合によるものと考えられる。この発光の半値全幅は15meVであり,発光ピークエネルギー及び半値全幅ともに目標を達成した。またPLスペクトルの温度依存性について,100K以下では束縛励起子からの発光が支配的であり,100K以上では自由励起子からの発光が支配的であった。また,束縛励起子,自由励起子からの発光PLピークエネルギー温度依存性はVarshniの式に一致しており,得られた発光がGaNのバンドギャップ温度依存性に従うことがわかった。また室温におけるPLピークエネルギーからGaN中の残留応力が1.19GPaと見積もられた。これはMOCVDやMBEで成長した低温緩衝層を備えたGaN中の残留応力の値とほぼ一致しており,本研究で行ったPCVDによる室温成長では一般的にMOCVDなどで見られるGaN/サファイア基板の熱膨張係数差による熱応力が原理的に発生しないため,良好な発光特性を備えたGaNが成長したものと考えられる。

樹枝状GaNの観察されたarea BについてPLスペクトル測定で評価したところ,3.55eVにピークを持つ発光を観測した。これは樹枝状GaNの量子サイズ効果によるものと考えられる。発光ピークエネルギーから樹枝状GaNの膜厚はおよそ3nmと見積もられた。このような樹枝状GaNが成長した理由として,成長温度が室温であったことが考えられる。樹枝状構造は拡散場における結晶成長で見られる形状であり,潜熱や運動エネルギーの拡散が樹枝状構造形成の鍵となる。PCVDによるGaN成長においては成長温度が室温であるために,生成したGaNの持つ潜熱が容易に拡散でき,基板表面を拡散するための運動エネルギーも小さかったと考えられる。PLスペクトルの温度依存性では60K付近で束縛励起子からの発光が減衰し,代わりに自由励起子からの発光の増大が観察された。また120K付近で発光ピークが観測されなくなった。これはGaN中の自由励起子が安定に存在できなくなり,非発光性再結合が支配的となったためと考えられる。

本研究では,発光スペクトルから成長したGaNの評価を行っており,透過電子顕微鏡やX線などを用いた結晶性の評価は不十分である。本研究では取り上げないが今後の課題として結晶性の評価は必要である。

以上の結果,本研究の目的である,MOCVDやMBEで成長した高品質GaNと同等の発光特性を備えたWz-GaNをPCVDにより室温成長することに成功した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「光化学気相堆積法によるWz-GaNの室温成長」と題し、光化学気相堆積法(PCVD)によるWz-GaNを中心としたIII族窒化物の室温成長の実現,V/III族原料ガス比依存性,組成分析,および発光特性評価の成果を記述したものであり、5章と補遺からなる。

第1章「序論」では,GaNを中心としたIII族窒化物と室温成長法に関する研究背景と状況を述べており,本論文の構成と目的を示している。本研究の目的はPCVDによるWz-GaNの室温成長の実現であり,目標は低温(~5K)において3.47eV,室温で3.39eVで発光し,低温における発光ピークの半値全幅が~10meVの発光特性を示すGaNの成長と定めている。

第2章「原料物質の光分解とGaN成長メカニズム」では,PCVDによりGaNを成長するにあたって,その原料物質を光分解するために光源が満たすべき条件や分解のメカニズム,またGaNの成長に寄与する活性種について調査した結果を記している。さらに予備実験として,PCVDによりIII族金属であるAl,Ga,Inの室温堆積を行い,特にGaについてエネルギー分散型蛍光X線分析装置(EDX)を用いて組成評価を行っている。これによってPCVDによるIII族金属の室温成長を確認している。

第3章「基板裏面照射PCVDによるGaN室温成長」では,PCVDにおいて基板裏面から光照射することによりGaNの室温成長を行った結果について述べている。サファイア基板の裏面からNd:YAGレーザーの5次高調波(波長:213nm)を照射して,GaNの室温成長を行った結果,V/III族原料ガス比を50000以上とすることにより,低温におけるフォトルミネッセンス(PL)スペクトルのピークエネルギー3.37eV,ピークの半値全幅7.02meVを示すGaNを成長させ、この発光はWz-GaN中のZb-GaNが量子井戸として振る舞った結果であると考察している。また,X線光電子分光法(XPS)を用いた組成分析から,V/III族原料ガス比500000で成長したGaNサンプルにおけるGaとNの組成比を54.5:45.5と推定し、PCVDによるGaNの室温成長が実現したと主張している。さらに,Ga源,N源にIn源を加えて成長を行うことで,PCVDによるInGaNの室温成長を行い,発光特性を評価した結果についても記してている。

第4章「PCVDによるWz-GaNの室温成長」では, Zb-GaNの混じらない,Wz-GaNの室温成長実現を目指した結果を記している。装置を改造することにより,基板の表面から光を照射しても基板に十分に光が届き,また光学窓への堆積を抑制できる機構を開発している。V/III族原料ガス比8000として堆積を行い,得られたGaNサンプルについて走査型電子顕微鏡(SEM)を用いた観察により,粒子状の堆積物を伴う部分(領域A)と,樹枝状GaNを伴う部分(領域 B)を観察している。領域Aの発光特性についてPLスペクトル測定により,3.47eVにピークを持つ発光を観測し、これは中性ドナーに束縛された励起子の再結合によるものと推定している。この発光ピークの半値全幅は15meVであり,発光ピークエネルギー及び半値全幅ともに目標が達成されている。また室温では3.40eVでの発光を確認している。さらに、GaN/サファイア基板の応力評価により,PCVDを用いた室温成長が残留応力の抑制に効果があることを明らかにし、PCVDによる良好な発光特性を示すWz-GaNの室温成長が実現したことを確認している。また樹枝状GaNの観察された領域 BについてPLスペクトル測定により3.55eVにピークを持つ発光を観測し,これをGaNの量子サイズ効果によるものと考察している。

第5章は「結論と展望」であり,本論文で得られた結果のまとめと今後の展望を述べている。

補遺では近接場光によって誘起されるGaNの非断熱過程を利用した光検出器への応用の可能性について述べている。

以上のように、本論文はナノフォトニックデバイス用の材料として有望なGaNを光を用いて室温で作製し、その光学特性を定量的に評価した結果について記したものであり、光エレクトロニクスを中心とする電子工学に貢献するところが少なくない。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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