学位論文要旨



No 124140
著者(漢字) 小西,邦昭
著者(英字)
著者(カナ) コニシ,クニアキ
標題(和) 擬二次元人工キラル構造における旋光性
標題(洋)
報告番号 124140
報告番号 甲24140
学位授与日 2008.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6909号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 五神,真
 東京大学 教授 宮野,健次郎
 東京大学 教授 志村,努
 東京大学 准教授 井上,慎
 東京大学 准教授 島野,亮
内容要旨 要旨を表示する

1.研究の背景

近年の微細加工技術の進歩は、金属に代表されるConventionalな物質を、光の波長以下のスケールに加工することを可能にした。これによって作製される微小人工構造では、これまでは物質に固有と考えられてきた光学定数の設計、制御が実現されつつある。これは、負の屈折率を有する人工物質など、元来自然界には存在しない新しい光学応答特性を持った物質(メタマテリアル)につながり、回折限界を超えた結像を可能にするスーパーレンズや、透明マントといった様々な興味深い応用が検討されている。

さて、物質の光学応答は、その空間上の位置座標の情報のみで決まる局所的光学応答と、その近傍の情報にも依存する非局所的光学応答の二種類がある。非局所的光学応答は、キラリティー構造を有する物質において発現し、入射偏光に依存しない偏光回転、すなわち旋光性など特有の現象を引き起こすが、自然界に存在する物質ではその大きさは非常に小さい。人工構造を用いた光学応答の研究では、物質の局所的光学応答の制御についての研究がほとんどであり、非局所的光学応答の制御については未だほとんど検討されていない。光の偏光操作技術は、量子情報処理、次世代高速光通信などを実現する上で重要な基盤技術であり、最先端の微細加工技術によって作製可能な擬二次元人工構造を用いることによって、このような非局所的応答を制御、巨大化することができれば、非常に価値のあるものであるといえる。また、長波長近似の成り立たない波長と同程度の構造を有する物質と光との非局所的相互作用を記述する物理モデルは確立してはおらず、その探求は学理的にも意義がある。

旋光性の発現する人工構造についての報告例の一つとして、Kuwata-Gonokamiらによる、人工キラルナノ格子の巨大旋光性の研究がある(Phys. Rev. Lett. 95, 227401 (2005))。この報告では、鏡面対称性を有しない光の波長程度の大きさの卍型の二次元アレイを金薄膜に対する電子線リソグラフィーで作製し、そのゼロ次透過光の偏光回転の大きさを測定したところ、104deg./mmに達する巨大な旋光能が観測された。しかしながら、その物理的メカニズム等は未だ未解明である。

2.研究のねらいと目的

本研究の最終的なねらいは、新たな光波制御デバイス実現に向けて、微細加工技術を用いて作製した人工構造の光との局所的応答、非局所的応答をコントロールし、誘電率、透磁率の自在な設計を可能にすることである。

特に博士課程においては、

(1)擬二次元人工キラルナノ構造における巨大旋光性の発現機構の解明

(2)擬二次元人工キラルナノ構造における巨大旋光性の制御と応用(巨大化、波長制御、金属以外の物質への展開)

を目的として研究を進めた。

3.研究の成果

3-1.金属擬二次元キラル構造における巨大旋光性の発現機構の解明

擬二次元キラル構造における巨大旋光性を引き起こす要因として、表面プラズモン共鳴の効果が予想されるが、それを実験的に示した例はこれまで報告されていない。本研究では、図1に示す擬二次元人工キラルナノ構造を作製し、そのゼロ次透過光の透過率と旋光性の入射角依存性を測定した。図2(a)に示す透過率の入射角依存性のふるまいには、表面プラズモン共鳴の分散関係が反映される。これと、図2(b)に示す旋光性の入射角依存性を比較すると、両者の入射角依存性が、同様のふるまいを示しており、そこから求まる共鳴波長は、垂直入射において巨大旋光性が観測されている共鳴波長と一致する。これらの結果は、金属擬二次元キラル構構造における巨大旋光性が、表面プラズモン共鳴によるものであることを示している。

次に、巨大旋光性発現の微視的メカニズムを探るため、擬二次元人工キラルナノ構造の空気-金属界面と金属-基板界面に光によって誘起される局所電場分布を数値計算によって求めた。数値計算にはFourier Module Method を用いた。図3に示された計算結果によると、両界面において、電場ベクトルの向きと大きさが異なっていることがわかる。光と物質の非局所的相互作用エネルギーUnonの大きさは、〓

と表される。ここで、Dは金属膜厚、nは基板に対する法線ベクトル、E(air)、E(sub)はそれぞれ空気-金属界面、金属-基板界面の電場ベクトルである。これは、両界面における電場ベクトルの"ねじれ"の大きさが、非局所的相互作用に相当することを意味する。この、U(non)の値の面内分布を、構造がキラルな場合とアキラルな場合のそれぞれについてプロットしたものが図4である。どちらの場合も、部分的にはU(non)は有限の値を持つことがわかる。しかしながら、アキラルな構造の場合は、その構造の対称性が高いため、面内の積分をとると、U(non)の値は打ち消しあってゼロになることがわかった。一方、キラルな構造の場合は、面内の積分をとっても、U(non)はゼロにはならない。これによって、キラル構造の場合にのみ旋光性が発現するということが明らかになった。

3-2.誘電体フォトニック結晶における巨大旋光性

これまでに報告されている、旋光性を有する擬二次元キラル構造に関する研究はそのほとんどが金属を用いて構造を作製している。しかしながら、旋光能の更なる増大や、透過率の上昇など、課題も多い。本研究では、特性向上を目指して、金属以外の物質を用いた旋光性を有する擬二次元キラルナノ構造の実現を試みた。具体的には、可視光域で透明であり屈折率の大きな誘電体TiO2を用いた。誘電体の場合、金属の場合の表面プラズモン共鳴に相当するような、光と物質の相互作用を高める現象が起こりにくい。そこで、誘電体擬二次元人工キラルナノ構造(誘電体フォトニック結晶)を、導波路層上に作製し、導波路共鳴の効果を用いることによって、巨大旋光性を発現させることを試みた。作製した試料の構造を図5に示す。垂直入射における、ゼロ次透過光の透過率スペクトル、旋光性スペクトルを図6に示す。構造のカイラリティーによって、透過率スペクトルは変化しないが、偏光回転スペクトルは反転するという旋光性の特徴が観測された。また、複屈折は金属の場合と同程度であること、光学応答が光の入射方向に依存しない相反性を有していることも確認した。この試料で観測された偏光回転の大きさは、最大638nmで26.5度に達した。これは、これまで金属の擬二次元人工キラルナノ構造で観測されていた値の10倍以上の大きさである。また、金属擬二次元キラルナノ構造の場合と同様に、スペクトルの入射角依存性を測定することにより、巨大旋光性は、フォトニック結晶構造の導波路共鳴及びファブリーペロー共鳴によって生じていることを明らかにした。この結果は数値計算によっても良く再現できた。

3-3.相補的二層構造を用いた人工キラル構造によるTHz領域における旋光性

人工構造による光学応答の制御は、その構造スケールを変えることで、応答波長を自在に制御できるという利点がある。この特性を利用すれば、近年注目されながらも未だ光学素子の少ないTHz領域において、人工構造を用いたTHz波制御素子を作製できる可能性がある。本研究では、金属擬二次元キラル構造の周期をTHz領域に相当する大きさに拡大し、旋光性の観測を試みた。この場合、金の膜厚を大きくすることは困難であるため、THzの波長に比べて非常に薄い金属薄膜との非局所的相互作用を増大させる手法が必要となる。そこで、ネガとポジのパターンが積層した、相補的二層構造を作製した。相補的な構造では、バビネの定理により、共鳴波長は一致する。また、構造のエッジ部分も光の進行方向に対して重なっているため、周波数領域、空間領域の両方で共鳴が一致し、同じパターンを二層化した場合と同様の増大効果が予想される。しかも、この構造は、同じパターンの二層構造に比べて、試料の作製がはるかに容易であるという利点がある。作製した試料構造を図7に示す。また、クロスニコル法で測定したTHz電場時間波形を図8(a)に示す。ここで観測される電場は、偏光回転成分に相当するが、キラル構造の場合に大きな電場成分が観測され、その符号はカイラリティーに依存するという旋光性を観測できていることがわかる。図8(b)(c)はフーリエ変換スペクトルであり、偏光回転の大きさは約1度程度であることがわかる。

4.まとめ

擬二次元キラル構造における巨大旋光性の発現機構について、分散関係との対応、偏光回転スペクトルの角度依存性の測定、局所電場分布の数値計算より、金属表面プラズモン共鳴による局在電場増強が巨大旋光性の発現の要因となっていることを明らかにした。また、旋光性の起源となる非局所的相互作用の大きさは、金属両界面の電場のねじれで表され、構造がカイラリティーを有する場合にのみ、構造全体の積分値を考えた場合にその効果が有限の値になり、旋光性が発現するというメカニズムを明らかにした。

擬二次元キラル構造による巨大旋光性の制御と応用について、非局所的相互作用を増大するための導波路を有する誘電体カイラルフォトニック結晶によって、最大25.6度に達する旋光性を実現することに成功した。また、旋光性増大の手法として相補的擬二次元構造を考案し、この構造を用いてTHz領域における擬二次元人工キラル構造による旋光性の発現が可能であることを実証した。

図1 擬二次元人工キラルナノ構造のAFM像(a)と側面模式図(b)

図2 擬二次元人工キラルナノ構造の透過率スペクトル(a)および旋光性スペクトル(b)の入射角依存性

図3 光入射時における電場分布(a)空気-金属界面 (b)金属-基板界面入射波長は870nm 橙色部は金属部分

図4 光入射時における非局所的相互作用エネルギーの面内分布 (a)キラル構造の場合 (b)アキラル構造の場合 入射波長は870nm

図5 作製した誘電体キラルフォトニック結晶の模式図(右)とSEM画像(左)

図6 誘電体キラルフォトニック結晶のゼロ次透過光の透過率スペクトル(a)、偏光回転スペクトル(b)、楕円率角スペクトル(c)

図7 作製したTHz領域擬二次元人工キラル構造の模式図(a)と側面図(b)

図8 THz領域擬二次元人工キラル構造のTHz波透過時間波形(a)、偏光回転スペクトル(b)、楕円率角スペクトル(c)

審査要旨 要旨を表示する

近年ナノスケールの微細加工技術の飛躍的進歩により、光の波長以下のスケールで様々な人工構造を設計、作製することが可能となった。このような人工構造の中には、自然界に存在する通常の物質とは異なる特異な光学応答を示すものがあることが指摘され、その原理確認や応用に向けた研究が活発化している。本研究では、光の偏光状態の制御という観点から、人工構造による旋光性発現に着目し、鏡映対称を持たない単位胞構造物体が二次元周期配列した格子-擬二次元人工キラル構造-の旋光能について研究を行ったものである。金属格子において、最近報告された旋光性の発現と増強のメカニズムを解明すると共に、新たに誘電体および半導体の導波路構造の提案を行い、それを利用した巨大旋光性の発現を実証し、その機構について解明した。これにより、擬二次元人工キラル構造が光波の偏光制御素子として優れた可能性を持つことを明らかにした。

本論文は以下の8章からなる。以下に各章の内容を要約する。

第1章では、本論文の序論として、人工構造を用いた光波操作の研究の概観を紹介し、人工構造における光学応答の非局所性について述べ、本研究の背景として金属擬二次元人工キラルナノ構造において観測された巨大旋光性について紹介している。次に、本研究の目的を述べ、本論文の構成を示している。

第2章では本研究の理論的背景として旋光性の理論を述べている。旋光性の基礎を解説し、直感的説明としてよく用いられる螺旋分子モデル、誘電応答の一次の空間分散効果について述べている。続いて、分子系の量子化学的記述についてのべ、物質の対称性と旋光性の発現について述べている。

第3章では、本論文で議論する旋光性の増強においては界面に生じる電磁固有モードが重要な役割を担うため、金属界面における表面プラズモンと誘電体スラブ導波路における導波路モードについて、分散と周期構造による励起機構について説明している。

第4章では、本研究全体に共通する測定と理論解析の手法について詳細に説明している。

第5章では、金属擬二次元人工キラルナノ構造における巨大旋光性の発現メカニズムについて、斜入射の系統的な実験データをもとに、表面プラズモンの励起との関わりについて調べている。実験結果を電磁波解析による近接場分布計算と対比して考察し、表面プラズモンの共鳴励起よって生じる電場がナノ構造によって捻れを生じることを示し、構造体の形状の対称性からキラル構造で強い旋光性が生じ、アキラル構造ではそれが消失することを示している。また、この結果について、微視的な旋光性理論との対応について考察している。

第6章では、透明な誘電体材料を用いた擬二次元人工キラル構造について述べている。誘電体の導波路構造とキラル格子の組み合わせにより、導波路の共鳴励起に伴い、大きな旋光性が発現することを示している。入射角度依存性について系統的に調べ、この機構の妥当性を検証している。

第7章では、光エレクトロニクスへの応用を視野にいれ、半導体材料による擬二次元人工キラル構造について議論している。通常の半導体プロセスを用いて、第6章で考察した、導波路構造による増強を利用した半導体キラル格子を設計、作製し特性評価を行った。格子間隔の調整により、通信波長に同調した周波数領域で15度に及ぶ大きな旋光性を示す素子が実現された。円偏光が固有偏光となり、強い円二色性を示すことも見いだされた。

第8章では、本研究の結果をまとめると同時に、課題と今後の展望を述べている。

この他、本論文を理解する上で参考となる知識や計算の詳細について、付録A-Fを設けて説明している。

以上のように本研究は、ナノ加工技術を活かし、人工構造を創ることで光波の偏波を制御する素子について新しい原理を提案しそれを実証したものである。この成果は、光の偏光制御が必要となる、様々な応用分野において有用な新しい技法を提示したものである。また、波長近傍のスケールで構造制御された人工物体と光の相互作用について基礎的な性質を系統的に調べたものであり、光と物質の相互作用について、基礎的な観点から新たな知見を付け加えたものである。これらは今後の物理工学の発展に大きく寄与することが期待される。

よって、本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50036