学位論文要旨



No 124143
著者(漢字) 藤岡,淳
著者(英字)
著者(カナ) フジオカ,ジュン
標題(和) ペロブスカイト型バナジウム酸化物RVO3における電荷・軌道ダイナミクスのホールドーピング効果
標題(洋) Doping variation of charge and orbital dynamics in perovskite RVO3
報告番号 124143
報告番号 甲24143
学位授与日 2008.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6912号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 十倉,好紀
 東京大学 教授 今田,正俊
 東京大学 教授 岡本,博
 東京大学 准教授 求,幸年
 東京大学 准教授 Hwang,Harold
 東京大学 講師 小野瀬,佳文
内容要旨 要旨を表示する

1-1序論

3d遷移金属酸化物は、超伝導、超巨大磁気抵抗効果、非フェルミ液体相等の多彩な現象を示す。これらの現象発現に重要な役割をしているとして、近年、軌道自由度が注目を集めている。その典型例がペロブスカイト型Mn酸化物における超巨大磁気抵抗効果である。Mn系ではeg電子が主な物性を担っており、そこでは軌道・格子相互作用が強いため、軌道自由度の量子性およびスピン・軌道自由度が結合した現象を観測する事は困難である。他方、t(2g)軌道系であるペロブスカイト型V酸化物では軌道・格子相互作用が軌道交換相互作用、スピン軌道相互作用と同程度であり、軌道自由度の量子性およびスピン・軌道自由度が結合した現象が発現する。LaVO3はその典型例であり、結晶格子が擬立方晶であるにも拘らず、磁気・軌道秩序相では擬1次元的軌道交換相互作用のために異方的なモットギャップ励起が生じる。ホールをドープしたLa(1-x)SrxVO3では絶縁体金属転移が生じ、同時に軌道秩序が融解する。また、Laイオンをよりイオン半径が小さいイオンに置換する事で格子歪みが増大し、異なる型の磁気・軌道秩序相を誘起することが出来る。

1-2 本研究の目的

本研究ではバンドフィリング制御型の絶縁体金属転移が生じる過程での磁気・軌道融解ダイナミクスと電子構造変化を明らかにし、格子歪み及び乱れの効果についても知見を得る事を目的とした。

1-3 本論文の構成

1. Introduction

2. Experiment

3. Doping variation of the electronic structure in La(1-x)SrxVO3

4. Spin and orbital phase diagram in R(1-x)AxVO3 (R=La, Pr, Nd, Y; A=Sr, Ca)

5. Charge and orbital dynamics in Y(1-x)CaxVO3

6. Conclusion

まず3章でLa(1-x)SrxVO3における電荷・軌道励起のドーピング変化を明らかにし、絶縁体金属転移が生じる過程での磁気・軌道状態について議論する。4章ではR(1-x)AxVO3 (R=La, Pr, Nd, Y; A=Sr, Ca)における磁気・軌道相図を明らかにし、格子歪み及び乱れがスピン及び軌道秩序に与える効果を議論する。5章では格子歪みが大きい系としてY(1-x)CaxVO3を選び、そこでの電荷・軌道励起状態について議論する。

2. 実験方法

本研究では、非双晶単結晶試料を浮遊帯域法によって作製した。結晶性は粉末x線回折およびICP分析によって確認した。電気抵抗率測定は4端子法によって行い、磁化率測定は市販のSQUID磁束系を用いた。比熱測定はPPMSを用いて熱緩和法によって測定した。反射分光測定は垂直入射で行い、温度依存性を詳細に測定した。0.01eV-0.7eVの領域はフーリエ変換型分光器を用い、0.5-5eVの波長領域は回折格子型分光器を用いて測定した。3-40eVの領域は軌道放射光を光源とし、室温のみで測定を行った。得られた反射率スペクトルに対してクラマース・クローニッヒ解析を行い、光学伝導度スペクトルを得た。ラマン散乱スペクトルは顕微鏡装備の3段式分光器を使用し、後方散乱配置で行った。

3. Doping variation of the electronic structure in La(1-x)SrxVO3

La(1-x)SrxVO3.における光学伝導度の偏光依存性および温度依存性を測定した。図1に10Kにおけるスペクトルを示した。ドープした組成については1eV付近にホールダイナミクスに起因するピークが現れる事が分かった。図1(a), (b)に示すように、ホール濃度増加と共に2eV付近に見えるモットギャップ励起からホールダイナミクスに起因するピークに強度が移行し、電荷ギャップが閉じてゆく。図1(c),(d)から、微少ドープ領域では1eVのピーク強度がE||cで大きく、異方的ホールダイナミクスが生じている事が伺える。これに対し、絶縁体金属転移点(xc=0.176)に近いx=0.168では異方性がほぼ消失している。このことからホールは微少ドープ領域ではdyz, dzx軌道を占有し、軌道交換相互作用の1次元性を反映して異方的ダイナミクスを示し、xc付近ではdxy軌道にも入る事でほぼ等方的なダイナミクスとなっている事が考えられる。

4. Spin and orbital phase diagram in R(1-x)AxVO3 (R=La, Pr, Nd, Y; A=Sr, Ca)

本章では Pr(1-x)CaxVO3, Nd(1-x)SrxVO3, Y(1-x)CaxVO3 における磁気・軌道相図について議論する。図 2にその磁気・軌道相図を示す。バンド幅の減少と共に絶縁体金属転移点は単調に増加するのに対し、常磁性・G型軌道秩序相が消失するドープ濃度は非単調である事が明らかとなった。これは常磁性・G型軌道秩序相がホールの運動エネルギーの増大のみならず格子系の乱れの増大によっても不安定化するためであると推察される。また、Y(1-x)CaxVO3 において低温のG型磁気秩序・C型軌道秩序相が2%程度の少量ホールドープで消失する事を明らかにした。

5. Charge and orbital dynamics in Y(1-x)CaxVO3

本章ではGdFeO3型格子ゆがみがLa(1-x)SrxVO3より大きいY(1-x)CaxVO3 (0 < x < 0.1) における光学伝導度及びラマン散乱スペクトルの結果をLa(1-x)SrxVO3の結果と比較し、格子歪みが電荷・軌道ダイナミクスに与える効果について議論する。図3(a)-(d)に10Kにおける光学伝導度を示す。x>0.02では異方的モットギャップ励起が見えている。La(1-x)SrxVO3の場合と同様にドープした組成でホールダイナミクスによるピークが1eV付近に現れているが、微少ドープ領域でも異方性は小さい。La(1-x)SrxVO3の結果との比較から、これはスモールポーラロン的に局在化したホールが磁気・軌道秩序の乱れを伴った格子歪みを誘起しており、バンド幅が小さい本系で顕著になっている為であると考えられる。また、x>0.02にあるドーピングによって誘起されたC型磁気・G型軌道秩序相ではモットギャップ励起のピーク形状がLa系と異なる事が明らかとなった。これはGdFeO3型格子歪みが単にバンド幅を減少させるだけでなく、Vサイトの結晶場を変調する事で軌道状態が単純なG型から変化している為であると考えられる。軌道状態を見るためにラマン散乱スペクトルを行った結果、低温では短距離のG型磁気・C型軌道相関が生じている事が明らかとなった。

6. 結論

本研究ではペロブスカイト型V酸化物における磁気・軌道秩序状態と電子構造のホールドーピング効果について輸送特性、磁化、比熱、反射分光およびラマン分光を用いて明らかにした。得られた結論を以下に述べる。

(1)La(1-x)SrxVO3 の光学伝導度及びラマンスペクトルを測定し、絶縁体金属転移が生じる過程での電荷・軌道状態について議論した。その結果を以下に示す。

・微少ドープ領域ではホールはdyz, dzx軌道を占有し、軌道交換相互作用の1次元性を反映して異方的なダイナミクスを示す。

・絶縁体金属転移点付近では磁気・軌道揺らぎが増大してホールがdxy軌道にも入る事でほぼ等方的な電子構造となる。

(2) Pr(1-x)CaxVO3, Nd(1-x)SrxVO3, Y(1-x)CaxVO3 における磁気・軌道相図を明らかにし、格子の歪み及び乱れが磁気・軌道秩序状態に与える効果を議論した。その結果を以下に示す。

・常磁性・G型軌道秩序相はホールの運動エネルギーの増大のみならず格子系の乱れの増大によっても不安定化する。

・Y(1-x)CaxVO3 における低温のG型磁気秩序・C型軌道秩序相はホールドープに対して不安定で2%程度のドープ濃度で消失する。

(3) Y(1-x)CaxVO3 (0 < x < 0.1) における光学伝導度及びラマン散乱スペクトルを測定し、La1-xSrxVO3の結果と比較しながら格子歪みが電荷・軌道ダイナミクスに与える効果について議論した。その結果を以下に示す。

・スモールポーラロン的に局在化したホールが磁気・軌道秩序の乱れを伴った格子歪みを誘起しており、これはバンド幅が小さい系で顕著になる。

・GdFeO3型格子歪みは単にバンド幅を減少させるだけでなく軌道状態を変調し、ドーピングによって誘起されたC型磁気・G型軌道秩序相では低温で短距離のG型磁気・C型軌道相関が発達する。

以上の結果はスピン・軌道結合系がバンドフィリング制御型のモット転移を示す時の電荷・軌道ダイナミクスを格子歪み及び乱れの効果も考慮に入れて系統的に明らかにしたはじめての例であり、モット転移の物理にあらたなパラダイムを提供したと言える。

図1: 10Kにおける光学伝導度スペクトル (a) E||c (b) E⊥c. (c)x=0.05, (d)x=0.1, and (e)x=0.168におけるスペクトルの偏光依存性

図. 2: La(1-x)SrxVO3、Pr(1-x)CaxVO3,Nd(1-x)SrxVO3 、Y(1-x)CaxVO3における磁気・軌道相図。

図. 3 10KにおけるY(1-x)CaxVO3 (a)x=0, (b)x=0.02, (c)x=0.05, and (d)x=0.10 の光学伝導度スペクトル

審査要旨 要旨を表示する

遷移金属酸化物における軌道自由度は凝縮系物理学の中心的課題の一つとして盛んに研究が行われており、また将来の革新的なエレクトロニクスにおける状態制御変数の候補としても期待されている。ペロブスカイト型V酸化物はスピン・軌道自由度の相互作用によって多様な磁気・軌道秩序相が生じる事が知られている。本論文は、V酸化物においてフィリング制御型絶縁体金属転移が生じる過程のスピン・軌道秩序の静的・動的状態及び電荷ダイナミクスを明らかにしたものである。

本論文は6章から構成されている。

第1章では研究背景としてモット転移について簡単に説明した後、本研究で対象としたモット絶縁体RVO3のスピン・軌道秩序について述べている。

第2章では実験に用いた単結晶試料の合成法や基礎物性の測定法、光学測定の測定法について説明している。

第3章ではLa(1-x)SrxVO3の電荷ダイナミクスが、フィリング制御型絶縁体金属転移及びこれと同時に起こるスピン・軌道秩序の融解と共にどのように変化するかを議論している。ドープされていない状態ではスピン・軌道秩序に起因した異方的モットギャップ遷移が見られるが、微少ドープの領域でも同様に、ドープされたホールのダイナミクスが異方的であることを明らかにした。ドーピング濃度が増加すると軌道秩序の融解を反映して電子構造の異方性が減少していく様子を観測した。このような振る舞いを、(1)微少ドープ領域ではドープされたホールがdyz/dzx軌道を占有し、1次元的軌道交換相互作用を反映して異方的遷移強度を持つ、(2)絶縁体金属転移点近傍ではスピン・軌道秩序融解を反映してホールはdyz, dzx, dxy軌道をほぼ等しく占有し、等方的ダイナミクスが生じる、というモデルで説明している。

第4章ではR(1-x)AxVO3 (R=La, Pr, Nd, Y; A=Sr, Ca)における磁気・軌道秩序相図を明らかにし、格子歪み及び乱れがスピン・軌道秩序に与える効果を議論している。まず、常磁性・G型軌道秩序相は絶縁体金属転移の臨界濃度より小さいドーピング量で消失する事を明らかにした。この結果から、ホールの運動エネルギーの増大のみならず格子系の乱れの増大によっても軌道秩序相が不安定化することを示した。また、YVO3の低温で存在するG型磁気秩序・C型軌道秩序相を2%程度の少量ホールドープで高温領域から存在するC型磁気秩序・G型軌道秩序相へ転移させることが可能であることを明らかにした。

第5章では格子歪みの増加が電子構造、スピン・軌道秩序に与える効果を議論している。対象物質としてY(1-x)CaxVO3を選び、光学伝導度、ラマン分光の測定によってその電子構造、スピン・格子ダイナミクスを明らかにした。ドーピングによって誘起された相(C型磁気秩序・G型軌道秩序相)では異方的なモットギャップ遷移が生じているものの、ホールダイナミクスは微少ドープ域であってもほぼ等方的であることを明らかにした。また、モットギャップ遷移のスペクトル形状が斜方晶歪みの小さいLaVO3のものと比較して異なることに注目し、格子歪みによって軌道状態が変化している可能性を指摘している。このような軌道状態の相においてラマン散乱スペクトルを測定する事により、低温で短距離のG型磁気相関が生じていることを示した。

第6章では本研究で得られた成果をまとめている。

以上を要するに、本論文ではペロブスカイト型バナジウム酸化物RVO3においてフィリング制御型絶縁体金属転移が起こる際のスピン・軌道秩序の静的・動的状態および電荷ダイナミクスを基礎物性、光学測定によって詳細に明らかにした。この知見はスピン・軌道自由度及びこれらの相関を利用したデバイス開発に重要な指針を与えると考えられ、物性工学の発展に大きく寄与すると期待される。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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