学位論文要旨



No 124147
著者(漢字) 髙橋,國彦
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,クニヒコ
標題(和) 携帯電話の素材リサイクルに関する研究
標題(洋)
報告番号 124147
報告番号 甲24147
学位授与日 2008.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6916号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤田,豊久
 東京大学 教授 大久保,誠介
 東京大学 准教授 定木,淳
 東京大学 講師 村上,進亮
 東京大学 教授 月橋,文孝
内容要旨 要旨を表示する

携帯電話は元々、世界的にインフラ整備を整えることのできない自然条件(寒冷地とか、広大な土地など)の中の通信手段として生まれ、発展してきたものである。日本経済新聞(2008. 3. 10)によると、世界生産台数は1998年1.5億台から2006年には9.6億台と増加傾向にある。需要について注目すべきは、1998年度の中国・インド・ロシアの3力国を合計した契約者数は2,500(万台)程度であったが、2005年度には、中国3.9(億台)・ロシア1.2(億台)・インド0.9(億台)となって世界シェアの上位を占めるようになり、今後も更なる市場の成長が予測されている。ちなみに2005年度の米国は2.0(億台)・日本0.95(億台)である。

日本国内の携帯電話の契約台数も年々増加しており、2008年には1億台を突破している。しかし、携帯電話が登場する以前は、ポケットベル(無線呼び出し)が小型情報通信ツールの主流であった。ポケットベル(以下、ポケベルと記載)サービスは、1968年よりスタートし、バブル経済期後半の1996年にポケベルブームとなり、その契約者数は、1,000(万台)を突破した。ところが、1987年に登場した携帯電話が急速に普及し始め、シェアの争奪が起こり、1997年に携帯電話の契約数が1,800(万台)となり、そのシェアは逆転するに至った。

携帯電話は現在、国民一人当たりほぼ1台を所有しており、広く普及した情報通信ツールであり、生活には無くてはならないものとなった。携帯電話の高機能化は日進月歩で新機種が短期間で発売される。その一方で多量の廃棄携帯電話が発生している。携帯電話を構成している電子部品には、貴金属・レアメタルやプラスチックなど様々な素材が使用されている。これらの素材をリサイクルすることが、資源の有効利用の面で非常に重要である。ところが、(社)電気通信事業連合協会によると、国内の廃棄携帯電話・PHSの回収量は近年2000年度1,361.5(万台)(=819t)をピークに、年々回収量は減少傾向にあり、2006年度には662.2(万台)(=558t)となっている。

本研究では、「廃棄携帯電話からの素材リサイクルに関する総合的な研究」に取り組んだ。廃棄携帯電話の完全な機能破壊から製錬までの事業化、および、完全リサイクルに向けての研究は、著者が所属する横浜金属(株)で行ってきた。

本研究で紹介する成果は、既に事業化した案件も含めて今後の適切な処理方法・技術力および事業家へのコーディネーターとして、世界にも貢献できるものと考えられる。

第1章の序論では、携帯電話の状況、研究目的の具体的な指標として、廃棄携帯電話本体の解体分離・マテリアル素材の製錬・精製、最終廃液からのマテリアルの回収、プラスチックのリサイクルにおよぶ素材の有効活用について概説した。

第2章は、「廃棄携帯電話の収集と分解方法」である。資源の有効活用について、人工的解体方法(手解体分別処理)が物理的解体方法(破砕・焼却処理)より優れていることを示した。携帯電話を構成している部品の約28%を占める基板を除き、全体の約72%の部品は、現在、一般的には再資源化されていない。著者の事業所では、手解体分別処理を既に実操業化させており、10,000台(926kg)の廃棄携帯電話において、貴金属以外にもAl:36kg・Fe:91kg・プラスチック:384kgが再資源化できることを実証した(実回収値2006年)。また、基板1tを単独精錬して得られた貴金属はAu:1,621g・Ag:5,149g・Pd:196gであったが、この基板に含まれる貴金属が将来的に減少した場合、例えば貴金属の含有量が1/10や1/40となった場合、物理的解体方法(破砕・焼却処理)では、技術的および経済的に製錬原料として価値の無いものとして見なされるが、人工的解体方法(手解体分別処理)では、未だ製錬原料として対応できることを明らかとした。

第3章は「廃棄携帯電話中の基板、コンデンサ等からの金属素材リサイクル」である。著者の事業所では、廃棄携帯電話基板からの貴金属のリサイクルにおいて、1999年度までは、物理的処理方法(破砕・焼却処理)によって製錬・精製を行ない、年間の平均処理量は約100tであった。その後、差別化を図るべく、当時、皆無に等しかった人工的解体方法(手解体分別処理)の事業化に2000年から着手した。本手法は、分別収集した基板から貴金属を回収するという効率性、また環境に配慮した手法として、本事業は、2003年より本格的に起動し、本章では、その事業経緯と成果をデータを交えて紹介した。

携帯電話機の世界生産台数は現在10億台以上と推定されるが、仮に廃棄携帯電話10,000tに含まれる貴金属推定量は、金(Au)2~6t・銀(Ag)6~50t・パラジウム(Pd)3tと概算される。世界規模でのリサイクルは今後益々必要であり、収集ルートの確立と分別処理から製錬・精製は資源再利用の最重要課題である。本章では、更に電子部品製造時に発生する積層コンデンサからのAg-PdおよびNi-Cuの分離・回収を試みた。Pd価格の高騰や技術革新に伴い、積層コンデンサの主要マテリアルは、Ni-Cuへの代替が進むことになり、Niマテリアルリサイクルでは磁力選別を使用した。

第4章は「廃棄携帯電話中の液晶ディスプレイ(LCD)の素材リサイクル」である。液晶ディスプレイ素材には透明電極としてITOが使用されている。

インジウムリサイクルの現状では、液晶ディスプレイを製造する際に発生するターゲット端材・約70%についてのみリサイクルが行われている。一方、廃棄製品に搭載されている液晶ディスプレイは、一般的に廃棄処分されている。しかし、携帯電話の液晶ディスプレイには1,4009/tのInが含有している。これは、天然鉱石の70倍以上の品位である。廃棄携帯電話を構成する部品のうち、液晶ディスプレイの割合は約4.4%である。従って、廃棄携帯電話が1,000t発生した場合、そこには約62kgのInが含有される。

本章では、液晶(LCD)ディスプレイから主としてhのリサイクルを試みた。LCD中のInはIn203(揮発温度1,123K)の状態で存在している。LCD中の希薄なh203を僅かな塩酸に浸漬させるとIn203はInCl3となり、生成したInCl3の揮発温度は573Kと低温で揮発する。もし、すべて浸漬させて湿式法で回収するとInが希薄水溶液となり、ロスの多いことと、廃液処理に問題が生じる。よって、Inを塩化揮発焙焼法により回収し、試料粒度(LCD)-75μmで最大の塩酸浸出率を示した。窒素雰囲気中が大気中より高い揮発率を示し、加熱温度673K、加熱時間90分の最適の条件で、In84.3%の回収率が得られた。

第5章は「廃棄携帯電話中の電子回路基板処理液を主としたリサイクル」である。廃棄携帯電話の基板を含む各種スクラップ原料(工業材系・宝飾材系・歯科材系)を扱う貴金属のリサイクル工場では、湿式製錬で処理している場合が多い。その工程から発生する廃液中には、微量ではあるが、貴金属が残留しており(例10ppm程度)、商業ベースでは、総廃液量が多いことを考慮すると、その量は無視できない。

中和による陽イオンの水酸化物生成のために強酸性廃液(pH0.15)にNaOHを添加して、中和処理による各金属の挙動を実験調査することを基本として回収プロセスを構築した。NaOHを添加して廃液のpHを6付近に調整し、金属イオンの大半を水酸化物として沈殿分離させ、その後廃液中に残留する金属イオンをヒドラジン溶液で還元する。ついで、中和殿物および還元殿物を大気中で溶融し、金属塊とスラグを形成させ、金属塊中に貴金属を濃縮回収した。貴金属の回収率はAu・Agは96%以上、Pdは90%以上であり、Cu:73%・Fe:92%であった。

第6章は、「廃棄携帯電話中のプラスチックの素材リサイクルおよびLCAによる比較」である。

様々な貴金属およびベースメタルが廃棄携帯電話から回収され、リサイクルされている。一方、プラスチック材料は貴金属の回収・製錬工程において異物として取り扱われ、一般的に焼却処分されている。本研究の目的は、手解体分離されたプラスチック48.1%(ABS:47.4%・PC:43.0%・PMMA:9.6%)を出発原料とし、LCAを用いて廃棄携帯電話からの廃プラスチックに関する2つのリサイクル手法を比較し、最適な手法を検討した。

4DRおよびGWPの総和から「マテリアルリサイクル」の手法が環境影響の面で優れていることを明らかとした。

第7章は結論である。

本研究の成果は、廃棄携帯電話から有用な資源の素材リサイクルを考える上で、重要な指針を示すものである。今後、ますます増加すると考えられる廃棄携帯電話へのリサイクルの必要性が高まる中で、本研究で取り扱った実操業におけるデータおよび、新たな処理方法は、素材リサイクルの基礎的実験データとして、非常に有効であると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「携帯電話の素材リサイクルに関する研究」と題し、廃棄携帯電話からの素材リサイクルに関する総合的な研究に取り組み、廃棄携帯電話の完全な機能破壊から製錬までの事業化、および、完全リサイクルに向けての研究を行ったものであり6章からなる。

第1章の序論では、携帯電話の状況、研究目的の具体的な指標として、廃棄携帯電話本体の解体分離・マテリアル素材の製錬・精製、最終廃液からのマテリアルの回収、プラスチックのリサイクルにおよぶ素材の有効活用について概説した。

第2章では、「廃棄携帯電話の収集と分解方法」について述べ、資源の有効活用には人工的解体方法(手解体分別処理)が物理的解体方法(破砕・焼却処理)より優れていることを示した。携帯電話を構成している部品の約28%を占める基板を除き、全体の約72%の部品は、現在、一般的には再資源化されていないが、手解体分別処理により、10,000台の廃棄携帯電話において、貴金属以外にもAl、Fe、プラスチックが再資源化できることを実証した。また、基板に含まれる貴金属が将来的に減少した場合、例えば貴金属の含有量が1/10や1/40となった場合、物理的解体方法(破砕・焼却処理)では、技術的および経済的に製錬原料として価値の無いものとして見なされるが、人工的解体方法(手解体分別処理)では、未だ製錬原料として対応できることを明らかとした。

第3章では「廃棄携帯電話中の基板、コンデンサ等からの金属素材リサイクル」について述べた。まず、著者の事業所における廃棄携帯電話基板からの貴金属のリサイクルをその事業経緯と成果を、物理的処理方法(破砕・焼却処理)から人工的解体方法(手解体分別処理)へとデータを交えて収集ルートの確立、分別処理から製錬・精製方法について示した。ついで、電子部品製造時に発生する積層コンデンサからのAg-PdおよびNi-Cuの分離・回収を試みた。Pd価格の高騰や技術革新に伴い、積層コンデンサの主要マテリアルは、Ni-Cuへの代替が進むことになり、Niマテリアルリサイクルでは磁力選別を試作し、Niを効率良く回収した。

第4章では「廃棄携帯電話中の液晶ディスプレイ(LCD)の素材リサイクル」について、LCDディスプレイから主としてInのリサイクルを試みた。LCD中のInはIn2O3の状態で存在しているがこれを僅かな塩酸に浸漬させるとIn2O3はInCl3となり、生成したInCl3の揮発温度は573Kと低温で揮発させることができる。もし、すべて浸漬させて湿式法で回収するとInが希薄水溶液となり、ロスの多いことと、廃液処理に問題が生じる。よって、Inを塩化揮発焙焼法により回収し、試料粒度(LCD)-75μmで最大の塩酸浸出率を示し、窒素雰囲気中が大気中より高い揮発率を示し、加熱温度673K、加熱時間90分の最適の条件で、In84.3%の回収率が得られたことを示した。

第5章では「廃棄携帯電話中の電子回路基板処理液を主としたリサイクル」について述べた。廃棄携帯電話の基板を含む各種スクラップ原料(工業材系・宝飾材系・歯科材系)を扱う貴金属のリサイクル工場では、湿式製錬で処理している場合が多く、その工程から発生する廃液中には、微量ではあるが、貴金属が残留しており(例10ppm程度)、商業ベースでは、総廃液量が多いことを考慮すると、その量は無視できない。中和法、還元法、ついで、中和殿物および還元殿物を大気中で溶融し、金属塊とスラグを形成させ、金属塊中に貴金属を濃縮回収した。貴金属の回収率はAu・Agは96%以上、Pdは90%以上であり、Cu:73%・Fe:92%であることを示した。

第6章では、「廃棄携帯電話中のプラスチックの素材リサイクルおよびLCAによる比較」を試みた。様々な貴金属およびベースメタルが廃棄携帯電話から回収され、リサイクルされているが、プラスチック材料は貴金属の回収・製錬工程において異物として取り扱われ、一般的に焼却処分されている。本研究の目的は、手解体分離されたプラスチック48.1%(ABS:47.4%・PC:43.0%・PMMA:9.6%)を出発原料とし、LCAを用いて廃棄携帯電話からの廃プラスチックに関する焼却処分とマテリアルリサイクルの2つのリサイクル手法を比較して最適な手法を検討し、「マテリアルリサイクル」の手法が環境影響の面で優れていることを明らかとした。

第7章は結論である。

本研究の成果は、廃棄携帯電話から有用な資源の素材リサイクルを考える上で、重要な指針を示すものであり、今後、ますます増加すると考えられる廃棄携帯電話へのリサイクルの必要性が高まる中で、本研究で取り扱った実操業におけるデータおよび、新たな処理方法は、素材リサイクルの基礎的実験データとして、非常に有効であると考えられる。

よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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