学位論文要旨



No 124148
著者(漢字) 野﨑,達生
著者(英字)
著者(カナ) ノザキ,タツオ
標題(和) Re-Os放射壊変系による別子型塊状硫化物鉱床の生成年代決定と成因の解明
標題(洋)
報告番号 124148
報告番号 甲24148
学位授与日 2008.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6917号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 加藤,泰浩
 東京大学 教授 玉木,賢策
 東京大学 教授 山冨,二郎
 東京大学 教授 藤田,豊久
 東京大学 教授 木村,学
内容要旨 要旨を表示する

我々が暮らしている日本列島は,主に過去4億年以降に形成された付加体から構成されており,付加体中には様々なタイプの鉱床が胚胎している.例えば,酸化的な環境で生成するMn酸化物鉱床はジュラ紀付加体である秩父帯や美濃・丹波帯に,Fe-Mn酸化物鉱床は白亜紀以降の付加体である四万十帯や秩父帯に多く分布している.一方,還元的な環境で生成する別子型Cu硫化物鉱床は,変成帯である三波川帯に集中的に分布している傾向がある.したがって,日本列島付加体中には酸化的/還元的という対照的な環境下で生成する鉱床の分布に明瞭な規則性が存在しており,これらの鉱床の生成年代を明らかにすることができれば,古海洋の酸化・還元環境変遷史が解読できると期待される.

従来,鉱床の生成年代は母岩に含まれる珪酸塩鉱物の放射年代や,鉱床近傍の岩石に含まれる有孔虫や放散虫などの化石年代によって求められてきた.Mn,Fe-Mn酸化物鉱床の生成年代は従来法により求められるが,三波川変成作用を被っている別子型硫化物鉱床の生成年代を従来法によって求めることは不可能である.そこで,近年注目されているのがRe-Os放射壊変系を利用した年代決定法である.Re,Osはともに親鉄・親銅元素であるため,硫化物に濃集する性質を有する.したがって,Re-Os法は硫化物試料から鉱床の生成年代を直接決定できる唯一の方法であると考えられている.

本研究では,(i)三波川帯に分布する代表的な別子型鉱床の生成年代をRe-Os法によって硫化物試料から直接求めること,(ii)Re-Os年代や全岩化学組成に基づき,100年以上の長きにわたって議論が行われている別子型鉱床の成因・堆積環境を明らかにすること,(iii)日本列島付加体中に胚胎している鉱床の生成年代分布から,古海洋の酸化・還元変遷史を解読すること,(iv)Re-Os年代により明らかになった成因に基づき,別子型鉱床の資源探査指針を提案することを主な目的とした.その結果,以下のことが明らかになった.

(1)別子型鉱床の鉱石試料の微量元素組成はCuおよびZnに富んでおり,Pbに乏しい.別子型鉱床と現世の海底熱水鉱床を比較すると,別子型鉱床はCoに富んでいる特徴がある.背弧・前弧の海底熱水鉱床は,別子型鉱床と比較してCuやZnだけでなくPb,As,Ag,Auなどに富む多金属型鉱床であり,別子型鉱床と組成が大きく異なる.微量元素組成が最も類似しているのは中央海嶺の海底熱水鉱床であり,別子型鉱床の生成場は中央海嶺であることが示唆される.

(2)別子型鉱床のRe濃度は2.54-370ppb,Os濃度は166-1190pptと幅広い範囲を示し,Osに比べてReが濃集している。別子型鉱床のRe,Os同位体比は,(187)Re/(188)Osが42.0-12160,(187)Os/(188)Osが0.43-31.2と幅広い範囲を有する.様々な硫化物鉱床と比較した場合,別子型鉱床のRe-Os同位体比のバリエーションは大きく,Re-Os法による年代決定に適している.

(3)Re-Osアイソクロンにより求められた別子型鉱床の生成年代および(187Os/188Os)iは,別子鉱床が147-159Ma,((187)Os/(188)Os)f=059-0.66,佐々連鉱床が175±10Ma,((187)Os/(188)Os)は0.36±0.15,高越鉱床が154-193Ma,((187)Os/(188)Os),;0.12-0.24,飯盛鉱床が152-6±2.9Ma,((187)Os/(188)Os),は0.36±0.27,金石鉱床が140±19Ma,((187)Os/(188)Os)=021±0.41であり,飯盛鉱床のアイソクロンが最も良好な直線性を示す.別子型鉱床のこれらの堆積年代は三波川変成作用のピーク年代よりも明らかに古く,直線性の良好なアイソクロンがほとんどの鉱床について得られたことから,Re-Os法による年代決定は変成帯においても有効である.

(4)四国地方三波川帯の構造史を考慮すると,別子型鉱床が海底で生成してから大陸地殻に付加するまでのduration timeは55-10 Myである.当時の太平洋プレートのユーラシアプレートに対する相対速度は10cm/yrなので,三波川帯に分布する別子型鉱床の堆積場は大陸地殻から1000-5500km離れた半遠洋域~遠洋域である.したがって,酸化的な環境では溶解してしまう硫化物鉱床の保存機構として,陸源砕屑物の被覆以外の機構を考える必要がある.

(5)三波川帯の別子型鉱床は,古海洋の(87)Sr/(86)Sr比がnegative excursionを示すジュラ紀後期に多く生成している.このことは,ジュラ紀後期における中央海嶺の火成活動が活発であり,低い(87)Sr/(86)Sr比を持つ熱水フラックスが多かったことを意味する.海底の火成活動が活発なジュラ紀後期の地球は,現在よりも大気CO2濃度が高く温暖な気候であったと考えられる.その結果,氷床が発達せず,極域における冷たくて重い海水の沈み込みが起こりにくくなり,海洋大循環が停滞していた可能性が高い.したがって,ジュラ紀後期の海洋は成層化され,底層は貧酸素/還元的な環境になっていたと考えられる.遠洋域~半遠洋域の中央海嶺で生成した三波川帯の別子型鉱床は,活発な海底火成活動に伴う海洋底層のグローバルな貧酸素化/還元化によって,溶解されずに保存されたという新たな鉱床の生成モデルを提案する.

(6)三波川帯に分布する別子型鉱床の生成年代は,ジュラ紀中期~白亜紀初期の大気CO2濃度が高い時期に相当する.一方,秩父帯や美濃・丹波帯の緑色岩を伴うMn,Fe-Mn酸化物鉱床は石炭紀~ペルム紀後期や白亜紀初期以降に多く生成しており,大気CO2濃度が低い時期と一致する.また,黒色泥岩を伴うMn炭酸塩鉱床はトリアス紀やジュラ紀中期に多く,大気CO2濃度が高い時期に生成している.したがって,石炭紀や白亜紀初期以降の海洋は酸化的な環境であり,トリアス期やジュラ紀中期~後期の海洋は還元的な環境であったと考えられる.

(7)鉱床の生成場として縁海域の中央海嶺を想定した場合,新たな別子型鉱床の探査に有望な地域は,海嶺沈み込み現象が起こった地質帯の緑色岩/緑色片岩近傍である.また,鉱床の生成場として遠洋域の中央海嶺を想定した場合,三波川帯に分布する別子型鉱床が生成したジュラ紀後期と同年代の地質帯や,Mn炭酸塩鉱床が多く生成しているトリアス紀やジュラ紀後期の地質帯が有望である.日本列島と同時代の付加体は北米大陸や南米大陸にも分布していることから,環太平洋地域に探査範囲を広げることが望ましい.

審査要旨 要旨を表示する

本論文では,日本列島付加体中の三波川帯に分布する別子型塊状硫化物鉱床の鉱石試料および鉱床母岩の塩基性片岩について,光学顕微鏡による変成/造岩鉱物の観察,EPMAによる鉱物化学組成の測定,XRFやICP-MSによる主成分・微量元素組成の分析,N-TIMSによるRe,Os濃度および同位体比組成の測定が精力的に行われた.それにより,別子型鉱床の初生的な生成年代を決定し,別子型鉱床の生成環境や成因を明らかにした.

本研究に用いた鉱石試料は,主に黄鉄鉱,黄銅鉱,閃亜鉛鉱,磁硫鉄鉱から構成され,しばしば斑銅鉱,コベリン,輝コバルト鉱を含む.鉱石試料の全岩化学組成は,Cu,Zn,Coに富み,Pbに乏しい.これらの鉱物組合せや微量元素組成の特徴は,現世の中央海嶺近傍の海底熱水鉱床に類似しており,さらに母岩である塩基性片岩の地球化学的特徴は中央海嶺玄武岩に類似しているので,別子型鉱床の生成場は中央海嶺であることが確認された.

別子型鉱床のRe濃度は2.54-370ppb,Os濃度は166-1,190pptと非常に幅広い値を示す.Re-Os同位体比は,(187)Re/(188)Osが42.0-12,160,(187)Os/(188)Osが0.43-31.2と濃度と同様に幅広い値を示す.Re-Os同位体比のバリエーションが大きいことから,別子型鉱床はRe-Os法による年代決定に適していることが明らかになった.

Re-Osアイソクロンにより求められた別子型鉱床の生成年代は175-140Maの範囲を示し,160-150Maのジュラ紀後期に集中する傾向が認められる.四国地方の三波川帯の付加年代は約130-120Maと見積もられているので,別子型鉱床が海底で生成してから大陸地殻に付加するまでに要した時間は55-10Myである.当時のユーラシアプレートに対する太平洋プレートの相対速度は約10cm/yrと早積もられているので,別子型鉱床の生成環境は大陸地殻から5,500-1,000km離れた遠洋域~半遠洋域であることが明らかになった.

三波川帯の別子型鉱床は,古海洋の(87)Sr/(86)Sr比が非常に顕著なnegative excursionを示すジュラ紀後期に多く生成している.このことは,ジュラ紀後期における中央海嶺の火成活動が活発であり,低い(87)Sr/(86)Sr比を持つ熱水フラックスが非常に強く海洋組成を支配していたことを意味する.海底の火成活動が活発なジュラ紀後期の地球は,現在よりも大気CO2濃度が高く温暖な気候であったと考えられる.その結果,氷床が発達せず,極域における冷たくて重い海水の沈み込みが起こりにくくなり,海洋大循環が停滞していた可能性が高い.したがって,ジュラ紀後期の海洋は成層化され,底層は貧酸素/還元的な環境になっていたと推察される.遠洋域~半遠洋域の中央海嶺で生成した別子型鉱床は,活発な海底火成活動に伴う海洋底層のグローバルな貧酸素化/還元化によって,溶解されずに保存されたという新たな鉱床の生成モデルが提案された.本研究により別子型鉱床の初生的な生成年代が決定されただけでなく,その堆積環境や成因が古海洋環境と結び付けて解明され,別子型鉱床の新たな資源探査指針が示された.

よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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