学位論文要旨



No 124155
著者(漢字) 清水,芳忠
著者(英字)
著者(カナ) シミズ,ヨシタダ
標題(和) 廃棄物の発熱・発火性に関する研究
標題(洋)
報告番号 124155
報告番号 甲24155
学位授与日 2008.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6924号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 新井,充
 東京大学 教授 越,光男
 東京大学 教授 尾張,真則
 東京大学 教授 土橋,律
 東京大学 教授 平尾,雅彦
内容要旨 要旨を表示する

近年、環境負荷を低減し、少ない資源を有効利用して再生産する循環型社会の実現が求められており、わが国の廃棄物処理は大きな転換期を迎えている。埋め立て処理においては、埋め立てによる地盤の不安定性化や処分場の減少、汚染物質の流出などの問題が取り上げられ、焼却処理においても、ダイオキシン類をはじめとした環境へ影響を及ぼす物質を排出する可能性が問題視されており、単純焼却や埋め立てから、その他の複合処理や廃棄物利用燃料の製造・利用などへ転換が進められている。廃棄物処理の高度化が進められ複雑化する処理工程のなかで、多種多様な化学物質の混合物である廃棄物が取り扱われるため、廃棄物処理過程や中間処理物の火災・爆発事故が多発している。廃棄物処理施設における事故を効果的に防止していくためには、実証実験に基づいた事故メカニズムの解明や、事故要因の解析による潜在危険性の抽出などが求められており、これらの情報を効率的に共有することが重要となる。

そこで、廃棄物処理施設の爆発・火災事故の傾向を把握することを目指し、一般廃棄物処理施設での火災・爆発事故解析を行ったところ、火災・爆発事故の大半は破砕機、コンベア、ピット、埋め立て等で発生しており、主な原因物質はヘアスプレーなどのボンベ、固形可燃物、廃油・廃溶剤であった。破砕時のボンベ破裂による事故を除くと、搬送・貯蔵時の想定外の発熱に起因する火災爆発事故が多い傾向が判った。廃棄物の発熱・発火に関する事故事例は受入時のピット内や、コンベア搬送時、最終処分場における埋め立て処理や固形燃料製造工程での異常発熱など様々な工程で発生している。特に、埋め立て処理や不法投棄など大量貯蔵された廃棄物の火災・爆発事故は一度発災すると不完全燃焼による有害物質の大量放出や、大量の消火水による有害物質の流出など環境被害が大きいという特徴を持ち、消火後も内部で燻り燃焼が継続する場合も多く火災が長期化する傾向がある。この様に化学物質が混在した廃棄物の発熱・発火危険性の評価は容易ではなく、主要因及びその発火機構は未だ十分に明らかにされておらず、堆積廃棄物や廃棄物利用燃料の堆積・貯蔵過程において、多くの解決すべき問題点が残されている。

そこで、従来から化学物質の安全性評価に用いられてきた熱分析等による危険性評価手法を廃棄物に適用し、その発熱・発火機構を解明するとともに、廃棄物の発火機構に対応した発熱・発火危険性予測手法の提案することを本研究の目的とした。

まず、数種の廃棄物を対象に化学物質の危険性評価手法を用いて危険性評価を行い、廃棄物の発熱・発火危険性を評価する際の廃棄物に特有の留意点を抽出した。その結果、類似の廃棄物、類似の火災事例であっても発熱の要因が異なることや、廃棄物はその形状・組成が不均一であるために、従来の評価方法では測定値に大きなばらつきが生じるため、試料に何らかの前処理を施すか、測定値から代表値を選択する必要があることがわかった。また、組成が不均一であるため、発熱・発火危険性を左右する組合せの物質同士が混在する可能性があることや、廃棄前の履歴が異なるために、劣化度合いの相違、または酸化防止剤の失活などにより、元来からの物性値と酸化性が異なるなどの想定以上の危険性を有する場合がある。この様な廃棄物固有の問題点を含めた上で危険性を把握する必要があることがわかった。

次に、抽出されたそれらの問題点を踏まえた上で、廃棄物の発熱・発火危険性を把握する評価手法を構築し、シュレッダダスト等の混合廃棄物やRDFのような廃棄物利用燃料についてケーススタディを行った。

RDFの発熱・発火機構の解明や危険性評価から、RDFは水分との接触により短時間である程度の発熱を生じ、内部の温度上昇を引き起こすことや、また、湿潤したRDFは微少発熱が継続し、徐々に酸化反応が顕著となる温度まで、内部温度が上昇する可能性があることがわかった。さらに、RDFの酸化反応は80℃前後から促進され、周囲の条件によっては酸化分解による自己発熱により発火に至る温度まで、温度上昇することが確認できた。また、自動酸化反応の初期段階を高感度に検出することが可能な化学発光法を利用してRDFの初期酸化について検討を行ったところ、RDFは初期酸化の開始剤となる過酸化物をあらかじめ含有しており、50℃前後から自動酸化反応が進行していることが確認された。また、化学発光測定が初期自動酸化の評価に有効であることが示唆された。以上の検討から、試料の粉砕などの前処理や測定方法を工夫することで、不均一な組成を持つ廃棄物においても、少量試料の熱分析機等による危険性の評価が可能であることがわかった。

同様にシュレッダダストを用いた検討では次のことが明らかとなった。発火温度の測定より、シュレッダダストが混在する銅の影響により発火温度が低下する傾向が見られた。また、シュレッダダストは水分との接触により顕著な初期発熱を示し、これは特にアルミと水分の反応熱による影響が大きいことがわかった。また、アルミと水分の反応熱は、初期発熱を引き起こすだけでなく、蓄熱領域でも発熱速度を上昇させる効果があった。このように、廃棄物の発熱・発火危険性は、低温から始まる初期発熱の評価が重要となるが、これら初期発熱の原因や傾向に水分が影響を及ぼす場合が少なくない。水分を含む試料や水分を試料に添加した状態で熱分析を行う際には、低温での発熱が水分の蒸発潜熱による吸熱と重なり正確な評価が行えない場合がある。この様な場合に、双子型であるC80が有効な測定手法と成り得る事が判った。ただし、内容物の大きさや組成が不均一に混合され、その分布が広範囲にわたる場合には、少量の熱分析だけでは危険性を十分に把握できない可能性も唆され、場合によってはワイヤバスケット試験のように試料量の多い測定を利用することも必要であることがわかった。

断熱熱量計ARCを用いた断熱条件における蓄熱開始温度の測定から、シュレッダダストは95℃付近より酸化反応が盛んとなり、蓄熱を開始することがわかった。Alと水を添加した場合には50℃から発熱が継続し、そのままスムーズに酸化反応による蓄熱を促し発火に至った。これは高湿度条件でのワイヤバスケット試験によっても確認された。

以上二つのケーススタディから、廃棄物の発熱・発火危険性の評価においては、初期発熱による初期温度の上昇と、廃棄物中のポリマー等の劣化による酸化分解開始温度の低下効果が特に重要であることがわかった。そこで、廃棄物を想定したモデル物質を利用して、試料の劣化と化学発光に着目した、発熱機構やこれまでの評価結果の検証を試みた。これらの検討から、試料の劣化により試料中に蓄積する過酸化物を化学発光法により把握することが可能であり、それらの過酸化物が蓄積した劣化試料は酸化分解による蓄熱開始温度が低下する傾向があることがわかった。したがって、化学発光測定により試料の劣化度合いを評価することで、試料の発熱・発火危険性をある程度予測可能であることが示唆された。さらに、化学発光測定から求められる試料の酸化劣化速度から求めた酸化劣化における活性化エネルギーが、発熱・発火危険性の指標となりうることが示唆された。ただし、これらの評価値には、試料の発光効率が含まれているため、同種の試料についての相対的な危険性の比較が可能であるが、性状の異なる廃棄物間の危険性比較には不向きある点に注意が必要である。

また、モデル物質に水分を添加した測定から、水分が発熱・発火危険性に多少の影響を及ぼすことが確認され、これは特に、成分中の油分に影響を与えていることが示唆された。これは以前より報告のある、水分の影響による酸化反応の促進効果によるものと考えられるが、詳細な機構については今後さらなる検討が必要である。

これまでの検討から、熱分析等を利用して廃棄物の発熱・発火機構と危険性の把握が行えることが明らかとなった。そこで、その評価結果の妥当性を確認する目的で、少量試料を用いた熱分析による評価結果と、熱発火理論とワイヤバスケット試験を応用した簡易計算モデルによる評価結果の比較検討を行った。Semenovモデルにより、各種測定から得た物性値の妥当性が確認され、酸化蓄熱による試料温度計算結果と実験結果の比較により、非定常熱伝導を利用して構築した簡易計算モデルの妥当性が確認された。これらの検討結果から、発熱速度の温度依存性を正確に計算モデルに代入することが重要であることがわかった。また、初期発熱がその後の蓄熱に大きな影響を与えることを計算から予測可能であり、熱分析による危険性評価によって得られた初期発熱の重要性が計算モデルからも示唆された。提案した簡易計算モデルはいくつかの仮定を用いていることに起因する問題点を有しているが、廃棄物の伝熱と発火限界に関しては、本簡易モデルで十分に予測可能であることがわかった。

さらに、これまでの検討結果を基に廃棄物の発熱・発火危険性評価手法の構築を行った。廃棄物堆積時の発熱・発火危険性では、初期発熱の効果が重要となるため、評価対象の初期発熱の有無や水分を中心とした影響因子の評価を行う「初期発熱危険性評価」、劣化による過酸化物の蓄積に着目し、発火に至る酸化発熱の評価を行う「酸化発熱危険性評価」、廃棄物の自然発火温度や自然発火温度を低下させる要因を検討する「自然発火危険性評価」の三つの領域に分けて検討を行うことを提案した。なお、本研究における評価方法は熱分析機器を利用して微少発熱や酸化蓄熱を評価するため、評価対象は構成成分の大部分が有機物である固形可燃物に限られ、粉砕試料を代表値として扱うことが困難なサイズの廃棄物は評価の対象外とした。しかし、初期発熱過程および酸化分解蓄熱過程では酸素や水分との接触面積が危険性を左右するため、ある程度小さな粒子径をもつ成分のみが発熱発火危険性に関与すると判断可能であるならば、本研究における危険性評価手法の適用範囲を拡大することも期待できる。

以上、従来から利用されている化学物質の危険性評価手法を廃棄物の発熱・発火危険性評価に適用する際の留意点を抽出し、それらを踏まえた上でのケーススタディとモデル物質による検討、および、熱分析による評価結果の妥当性の確認と簡易計算モデルによる予測手法の構築により、廃棄物の発熱・発火危険性要因の把握と危険性評価手法の提案が行えた。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「廃棄物の発熱・発火性に関する研究」と題し、廃棄物堆積時の発熱・発火危険性に着目し、廃棄物や廃棄物利用燃料など固形可燃物の蓄熱発火事故の本質的事故防止をめざし、個々の廃棄物に関して事故に至るメカニズムの解明を行うと共に、廃棄物の発熱・発火機構に対応した危険性評価手法を提案することを目的として行なった研究の成果をまとめたもので、8章からなる。

第1章は序論であり、廃棄物処理に関わる事故の傾向を調査するとともに、その中でも特に重要と考えられる、堆積廃棄物の発熱・発火に起因する火災事故、その原因として考えられる、物質の自然発火および有機物の自動酸化反応に関する既往の研究について解説し、その中で本論文の目的と研究方針について述べている。

第2章では、代表的な数種の廃棄物を対象に、化学物質のための発熱・発火危険性評価手法を用いた評価を行い、これらの評価手法の廃棄物への適用性について検討すると共に、廃棄物に特有な問題点の抽出を試みた。その結果、類似の廃棄物や類似の火災事例でも発熱の要因が異なる例が確認された他、廃棄物に対応した何らかの工夫をする必要がある評価手法の存在も確認された。また、廃棄物の場合、組成が不均一であること、および、構成成分それぞれも、廃棄されるまでの履歴が異なるものが混在していることにより、廃棄物を構成する物質の個々の危険性から想定されるよりも総じて高い危険性を示す傾向について述べており、これらを含めた上での危険性把握の必要性を示している。

第3章および第4章では、第2章で抽出された問題点を踏まえた上で廃棄物の発熱・発火危険性を把握する評価手法を構築し、シュレッダダスト等の混合廃棄物やRDFのような廃棄物利用燃料についてのケーススタディを行った結果について述べている。

シュレッダダストを用いた検討では、シュレッダダスト中のアルミと水分との反応熱が初期発熱および蓄熱領域での発熱速度上昇に寄与していること、および、銅の影響による発火温度の低下効果などを示した。また、断熱下での検討により95℃付近から酸化分解反応による蓄熱が開始されることを示すとともに、C80測定では把握できなかった初期発熱に関する水分の影響を、高湿度条件のワイヤバスケット試験により示している。

RDFを用いた検討では、RDFと水との接触による混合熱、および、その後の継続的な微少発熱により酸化反応が顕著となる温度まで徐々に内部温度が上昇すること、さらに80℃前後から促進される酸化分解発熱により発火にまで至る可能性を見出している。また、化学発光強度測定から、RDFは少量の過酸化物を含有しており、これを開始剤として室温程度から自動酸化反応が進行することを示し、化学発光測定が初期自動酸化の評価に有効であることを明らかにした。

以上二つのケーススタディから、水分等の影響による初期発熱と廃棄物中のポリマー等の劣化による酸化分解開始温度の低下効果が廃棄物の発熱・発火危険性に大きく寄与していることを見出した。また、不均一な混合物であるが故に単一の評価のみでは把握できない廃棄物の危険性を、大容量試料を用いるワイヤバスケット試験、および、複数の評価方法を組み合わせた検討により評価することの重要性について述べている。

第5章では、RDFを想定したモデル物質を利用して、発熱・発火危険性に対する試料劣化の影響を化学発光強度測定により検討した結果について述べている。ここではまず、試料劣化により蓄積した過酸化物量が化学発光法により把握可能であること、および、過酸化物の蓄積により酸化蓄熱の開始温度が低下する傾向があることを見出した。また、化学発光測定により得られる試料の酸化劣化速度が、試料の初期の劣化度合いに影響されることを示している。これらの検討結果より、廃棄物の発熱・発火危険性と構成成分の劣化との関係を明らかとし、また化学発光により廃棄物の発熱・発火危険性の把握が可能であるとしている。

第6章では、熱発火理論および伝熱計算を利用した簡易計算モデルを構築し、前章までの危険性評価の妥当性を検討した結果について述べている。計算に用いた物性値は各種測定から得たものを、Semenovモデルにより妥当性を検証した後に使用した。また、酸化蓄熱による試料温度予測と実験結果の比較により、構築したモデルの妥当性を確認した結果、発熱速度の温度依存性を正確に計算モデルに代入することの重要性を指摘している。また、初期発熱がその後の蓄熱に大きな影響を与えることを、計算から予測しており、熱分析による危険性評価によって得られた初期発熱の重要性が計算モデルからも示唆されることを示した。簡易計算モデルの問題点についても考察しているが、廃棄物の伝熱と発火限界に関しては、本簡易モデルで十分に予測可能であることを示している。

第7章では、これまでの検討結果を基に、廃棄物の発熱・発火危険性評価手法の構築を行っている。廃棄物堆積時の発熱・発火危険性については、初期発熱の効果が重要となるため、評価対象の初期発熱の有無や水分を中心とした影響因子の評価を行う「初期発熱危険性評価」、劣化による過酸化物の蓄積に着目し、発火に至る酸化発熱の評価を行う「酸化発熱危険性評価」、廃棄物の自然発火温度や自然発火温度を低下させる要因を検討する「自然発火危険性評価」の三つの領域に分けて検討を行うことを提案した。なお、本研究における評価方法は熱分析機器を利用して微少発熱や酸化蓄熱を評価するため、評価対象は構成成分の大部分が有機物である廃棄物に限られ、粉砕試料を代表値として扱うことが困難なサイズの廃棄物は評価の対象外としている。しかし、初期発熱過程および酸化分解蓄熱過程では酸素や水分との接触面積が危険性を左右するため、ある程度小さな粒子径をもつ成分のみが発熱発火危険性に関与すると仮定すれば、本研究における危険性評価手法の適用範囲を拡大することも可能であるとしている。

第8章は総括であり、本論文の成果をまとめている。

以上、要するに本論文は、廃棄物堆積時の発熱・発火危険性に着目し、数種の廃棄物を用いて発熱・発火危険性評価を行い、その発熱・発火機構を解明すると共に、その際の留意点を抽出し、堆積廃棄物の発熱・発火危険性評価手法の提案を行ったものであり、化学システム工学の発展に寄与するところが少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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