学位論文要旨



No 124157
著者(漢字) 作本,裕史
著者(英字)
著者(カナ) サクモト,ヒロフミ
標題(和) 新規癌抗原に対するモノクローナル抗体の作製と解析
標題(洋)
報告番号 124157
報告番号 甲24157
学位授与日 2008.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6926号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 油谷,浩幸
 東京大学 教授 児玉,龍彦
 東京大学 教授 浜窪,隆雄
 東京大学 特任准教授 望月,康弘
 東京大学 特任准教授 金田,篤志
内容要旨 要旨を表示する

【研究の背景】

本邦において、2004年における死亡数を死亡原因順位別に見ると、第一位は癌(悪性新生物)であり、32万315人、全死亡者に占める割合は31.1%となっており、全死亡者のおよそ3人に1人は癌で死亡したことになる。その中でも肺癌は、癌死のうち部位別では男性では第1位(年間4万3910人が死亡)、女性において第3位(年間1万6000人が死亡)で、その予後が最も悪い癌の一つであり、肺腺癌は肺癌全体の約半数を占める。従って、その肺腺癌に対する新規治療法が強く望まれている状況である。

【研究の目的】

本研究の目的は、エクソンアレイを用いた網羅的遺伝子発現解析によって、肺腺癌の新規抗体医薬標的分子を同定しその分子を標的とした抗体医薬による肺腺癌治療の可能性を示すことである.

【方法と結果】

Human Exon 1.0 ST Array(「エクソンアレイ)を用いた肺腺癌に対する抗体医薬標的分子の同定

エクソンアレイを用いたデータマイニングによって、肺腺癌に対する抗体医薬の標的分子探索を行った。データマイニングに使用したデータセットは、5例の肺腺癌臨床検体、及び骨髄、末梢血、心臓、腎臓、肺、膵臓、肝臓の7種類の正常組織のエクソンアレイのデータである。本データセットから、肺腺癌臨床検体での発現値が高く、正常組織での発現値の低いプローブセット抽出を行い、膜蛋白質であるTMP-02(Trans-Membrane Protein-02)を抗体医薬標的分子として選出した。

TMP-02発現解析

エクソンアレイデータからTMP-02高発現癌細胞株と低発現癌細胞株とを選び出し、また、TMP-02高発現臨床癌症例と低発現臨床癌症例とを選び出し(肺腺癌、卵巣癌)、蛋白質抽出後、抗TMP-02抗体によるウエスタン解析を実施した。結果、TMP-02高発現癌細胞株、及びTMP-02高発現臨床癌症例においてTMP-02蛋白質を検出した。

細胞膜表面上のTMP-02を認識するモノクローナル抗体の作製

癌細胞膜表面上のTMP-02を認識するモノクローナル抗体は、腫瘍へのターゲティングの観点から、有効な抗腫瘍剤となり得ることが期待されたので、モノクローナル抗体の作製を実施した。DNA免疫と強制発現細胞免疫を行ったマウスからハイブリドーマを作製し、TMP-02強制発現細胞株を用いたフローサイトメトリーによって細胞膜表面上のTMP-02に結合するモノクローナル抗体のスクリーニングを行った。結果、全部で18種類の抗TMP-02モノクローナル抗体を作製することに成功した。また、TMP-02陽性癌細胞株を用いたフローサイトメトリー解析から、これら18種類の抗体は、内在性のTMP-02を認識することが明らかとなった。

他のファミリー分子への交差性評価

上述の18種類の抗TMP-02モノクローナル抗体の他のファミリー分子に対する結合活性について、強制発現細胞株を作製しフローサイトメトリーによって調べた。結果、AE3-20抗体がTMP-02特異的であることが明らかとなった。他の17種類の抗体は、何れも他のファミリー分子に結合した。

in vitro抗腫瘍活性の測定

作製した抗TMP-02抗体のin vitro ADCC活性を51Cr法によって調べた。結果、AB3-1、AE1-16、AE49-11、AE3-20抗体は、TMP-02発現肺腺癌細胞株であるABC-1および胃癌細胞株AGSに対し、in vitro ADCC活性を示した。

また、作製した抗TMP-02抗体のイムノトキシンとしての可能性について評価するために、ヤギ抗マウスIgGサポリン標識体であるMab-ZAPと抗体との共存在下における癌細胞株に対する増殖抑制効果について調べた。結果、AE1-16、AE49-11抗体は、ABC-1、AGSの増殖を抑制した°

【結論】

本研究において達成したことは、(1)臨床肺腺癌、臨床卵巣癌においてTMP-02蛋白質が発現亢進していることを初めて明らかにしたこと、(2)細胞膜表面上のTMP-02を認識し、且つADCC活性を有するモノクローナル抗体を初めて作出したことである。

今後の本研究の課題としては、(1)免疫組織染色を行い、TMP-02が臨床腫瘍組織のどこで発現しているのか、明らかにすること(2)in vivo xenograft試験を実施し、作製した抗体のin vivo抗腫瘍効果について調べることである。

以上、本研究によって、TMP-02を標的とした抗TMP-02モノクローナル抗体による、肺腺癌、卵巣癌、および胃癌等、TMP-02陽性癌治療の可能性を示すことに成功した。

審査要旨 要旨を表示する

癌は、本邦における死亡原因第一位の疾患であり、年間約32万が癌で死亡し、全死亡者のおよそ1/3を占める。その中でも肺癌は、癌の部位別では男性で第1位、女性で第3位となっており、予後が最も悪い癌の一つである。肺癌は、大別して、小細胞癌、非小細胞肺癌に分けられる。病理学的には、非小細胞肺癌はさらに、扁平上皮癌、腺癌、大細胞癌などに分類される。肺癌の約半数を占める腺癌は、小細胞癌に比べやや予後が良好である一方、有効な化学療法や放射線治療が少なく、肺腺癌に対する新規治療法が強く望まれている。

本研究では、肺腺癌における抗体医薬の標的分子を同定し、肺腺癌に対する抗腫瘍剤としての抗体を開発することが目的とされた。

2001年にドラフトシーケンスが明らかにされたヒトのゲノム情報は、未知の遺伝子の予測を可能にしただけでなく、多くの遺伝子が一つの遺伝子から複数の転写産物を産生している可能性を示した。例えば、臓器によってスプライシングの違う転写産物を産生することが報告され、エクソンレベルでの発現量の評価が必要となっている。

Affymetrix社は、スプライシングバリアントを検出するために、エクソンごとにプローブを設計したGeneChip Human Exon 1.0 ST Array(「エクソンアレイ」)を開発した。このマイクロアレイは、既知の遺伝子の全エクソンに加えて、dbESTに登録されている全てのESTや、GENE SCANによる予測遺伝子の全てのエクソンに対してプローブが設計されたものである。このマイクロアレイを用いてエクソンごとの発現量を評価することで、スプライシングバリアントの検出が可能となる。

本研究では、まずエクソンアレイを用いた網羅的遺伝子発現解析によって、抗体医薬のターゲット候補分子が同定された。エクソンアレイを用いた遺伝子発現解析は、癌特異的な転写産物が同定されることが期待された。また、複数のエクソンの発現量が評価できることより、データの安定性が向上することが期待された。

データマイニングに使用されたデータセットは、5例の肺腺癌臨床検体、及び骨髄、末梢血、心臓、腎臓、肺、膵臓、肝臓の7種類の正常組織のエクソンアレイのデータである。本データセットから、肺腺癌臨床検体での発現値が高く、正常組織での発現値の低いプローブセットの抽出が行われ、膜タンパク質であるClaudin-6(CLDN6)が抗体医薬標的分子として選出された。

CLDN6は、抗体医薬の標的分子としての報告は無かった。また、本解析で抽出されたプローブセット(プローブセットID:3677351)の発現値は、胎児肺を除くと、全ての成体正常組織では極めて低かった。

上皮細胞シートには、タイトジャンクションと呼ばれる細胞接着装置が存在し、細胞間隙における物質の拡散を防ぐ役割を果たしている。CLDN6は、タイトジャンクションを構成するClaudinファミリーに属する、分子量約23 kDaの4回膜貫通タンパク質である。

エクソンアレイデータからCLDN6高発現癌細胞株と低発現癌細胞株とが選び出され、また、CLDN6高発現臨床癌症例と低発現臨床癌症例が選び出され(肺腺癌、卵巣癌)、タンパク質抽出後、CLDN6の細胞内をエピトープとするポリクローナル抗体によるウエスタン解析が実施された。結果、CLDN6高発現癌細胞株およびCLDN6高発現臨床癌症例においてCLDN6タンパク質が検出された。

複数回膜貫通タンパク質の多くは、そのネイティブな立体構造を認識する抗体を作製することは難しいとされるが、ネイティブな状態のCLDN6を検出できる抗体を作製することは、癌細胞におけるCLDN6の機能を解析するだけでなく、治療薬へと応用する上で重要である。そのような抗体作製の報告は無いことから、細胞膜表面上のネイティブな状態のCLDN6を認識するモノクローナル抗体の作製が行われた。DNA免疫と強制発現細胞免疫を行ったマウスからハイブリドーマが作製され、CLDN6強制発現細胞株を用いたフローサイトメトリーによって、モノクローナル抗体のスクリーニングが実施された。結果、全部で18種類の抗CLDN6モノクローナル抗体の作製に成功した。また、CLDN6陽性癌細胞株を用いたフローサイトメトリー解析から、これら18種類の抗体は、内在性のCLDN6を認識することが明らかとなった。

作製した抗CLDN6抗体のin vitro 抗体依存性細胞性細胞傷害(ADCC)活性がクロム放出法によって調べられた。結果、AB3-1、AE1-16、AE49-11、AE3-20抗体は、CLDN6陽性肺腺癌細胞株である ABC-1および 胃癌細胞株AGSに対し、ADCC活性を示した。

また、作製した抗CLDN6抗体のイムノトキシンとしての可能性について評価するために、ヤギ抗マウスIgGサポリン標識体であるMab-ZAPと抗体との共存在下における癌細胞株に対する増殖抑制試験が実施された。結果、AE1-16、AE49-11 抗体は、ABC-1、AGSの増殖を抑制した。

以上、抗腫瘍剤としての活性をもつ抗CLDN6抗体が選出された。抗体の非特異的な結合は抗腫瘍剤としての薬効を下げるだけでなく、副作用も引き起こすことが懸念される。そこで、ADCC活性の高い4種類の抗体(AE3-20、AE1-16、AE49-11、AB3-1)について、他のCLDNファミリータンパク質の中でも特にCLDN6と相同性の高いCLDN1、CLDN3、CLDN4およびCLDN9との交差反応が評価された。

結果、AE3-20抗体がCLDN6特異的であることが明らかとなった。他の3つの抗体は、何れもCLDN9分子に結合した。

CLDN9はCLDN6と高い相同性をもち、特に細胞外領域での相同性が高い。そこで、AE3-20のエピトープは、CLDN6の中でもCLDN9とアミノ酸が異なる領域にエピトープがあると推測され、その領域に対する変異体が作製され、交差性が調べられた。CLDN6の156番目のアミノ酸がグルタミンであるのに対し、対応したCLDN9のアミノ酸はロイシンであった。CLDN6の156番目のグルタミンをロイシンに変えた変異体を作製し、CLDN9を模倣したところ、AE3-20の結合活性は大きく低下した。一方で、CLDN6を模倣したCLDN9のL156Q変異体に対して、AE3-20は高い結合を示した。これらの結果は、AE3-20のエピトープは156番目のアミノ酸の付近にあり、156番目のアミノ酸が結合に重要な役割を果たしていることが示された。

本研究において達成されたことは、(1)臨床肺腺癌、臨床卵巣癌においてCLDN6タンパク質が発現亢進していることが初めて明らかにされたこと、(2)細胞膜表面上のCLDN6を認識し、かつADCC活性を有するモノクローナル抗体が初めて作製されたことである。以上本研究において、抗CLDN6抗体の肺腺癌や卵巣癌に対する抗腫瘍剤としての可能性が示された。

本内容は、7月31日に口頭発表および質疑応答が行われ、審査員一同は本研究が博士論文として十分独創的であると判断した。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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