学位論文要旨



No 124160
著者(漢字) 塩谷,洋樹
著者(英字)
著者(カナ) シオタニ,ヒロキ
標題(和) 次世代原子力システムの経済性及び導入影響の不確実性評価手法に関する研究
標題(洋)
報告番号 124160
報告番号 甲24160
学位授与日 2008.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6929号
研究科 工学系研究科
専攻 原子力国際専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 班目,春樹
 東京大学 教授 岩田,修一
 東京大学 教授 岡本,孝司
 東京大学 教授 藤井,康正
 東京大学 准教授 木村,浩
内容要旨 要旨を表示する

1.はじめに

1.1FaCTプロジェクトの開始まで

わが国では、原子力開発の草創期から高速増殖炉(Fast Breeder Reactor: FBR)の実用化を目指した研究開発を進めてきた。図1にFBRサイクルの実用化に向けた研究開発計画を示す。

しかし、1995年のもんじゅナトリウム漏洩以降、FBRの開発全体を検討し直す機運が高まり、高速増殖炉懇談会が開催された。その結果を受けて1999年より開始されたFBRサイクルの実用化戦略調査研究(FS)で、ナトリウム冷却高速増殖炉に先進湿式再処理法と簡素化ペレット燃料製造法を組み合わせたFBRサイクルを主概念として選定し、重点的に研究開発を進めていくこととなった。

現在、FBRサイクル実用化を目指す取り組みは、FBRサイクルの実用化研究開発プロジェクト(FaCTプロジェクト)と呼ばれ、前述の主概念を中心としたFBRサイクルの実用化に向け、国際協力なども活用して積極的な研究開発を進めている。

2.FBRサイクルシステムの不確実性

2.1不確実性要因と影響の整理

FBRサイクルの導入量や導入効果に影響を及ぼす不確実性要因を幅広く抽出し、11のグループに整理される不確実性要因について、その影響経路を整理した。図2に、FBRサイクル導入効果に関する影響経路図を示す。

続いて各不確実性要因に関して、FBRサイクル導入への影響は、『導入対象市場への影響』、『競争力への影響』及び『導入に関する制約条件』の3種類に大別して整理し、金銭価値換算可能か否かについても併せて考慮した。

2.2不確実性の評価手法

本研究では、経済的価値を中心に据えて検討するため、金銭価値換算が可能な不確実性要因と困難な要因を分けて評価する方針とした。

金銭価値換算が可能な不確実性要因は、費用対効果分析の枠組みで評価することが適当であり、安全性/核不拡散性/放射性廃棄物低減/エネルギーセキュリティなど定性的な要因も、金銭価値観算可能な場合には費用対効果分析に反映すべきである。

他方で、金銭価値換算が困難な要因については、他の指標との一元化する手法(階層分析法、多属性効用分析、外部コストなど)、専門家による価値判断を行う手法などが考えられるが、各要因の特性を踏まえて要因ごとに決定する必要がある。

以下では、原子力システムを巡る不確実性として、FBRサイクル研究開発の実施あるいは中止による導入・非導入の影響、さらに炭酸ガス排出量制約の有無とCCS付石炭火力発電のコスト競争力の変化による原子力発電設備容量への影響、天然ウラン価格の上昇によるFBR導入への影響、FBR建設単価上昇と燃料サイクル技術開発失敗の影響、放射性廃棄物処分場制約の影響といった不確実性に注目し、それらを評価可能な手法を開発して影響評価を実施した。

3.原子力システムの経済性評価手法

3.1経済性の評価手法

原子力発電の経済性(発電原価)評価で通常用いられる耐用年平均現在価値換算法による発電原価評価手法について図3に示す。図で左側が現在価値に換算した発電量の算出フローであり、右側が現在価値に換算した発電に要する費用の算出フローである。詳細な費目が積み上げられて、資本費、運転費、燃料費が算出される流れを示している。

3.2発電原価の不確実性評価手法

本研究では、研究開発の失敗や単価設定の幅について発電原価への影響を確率的に評価する目的でモンテカルロ計算を用いた発電原価の不確実性評価手法を開発した(図4参照)。

評価手法としては、下記を考慮した。

・開発成功時の諸量を基準として、開発成功確率、失敗の影響(影響の内容、大きさ)、他技術性能への影響(影響の内容、大きさ)、他技術の成立性への影響を考慮可能とした。

・開発失敗の影響の大きさは、開発成功時の数値に対する変化比率で評価する。また、代替技術がある場合には、代替技術成功時と代替技術失敗時に区別して開発失敗の影響を評価する。

・開発の失敗が他技術の性能に影響する場合には、対象技術の性能への波及効果を考慮する。なお、この効果は波及対象技術の開発が成功した場合に適用する。

図5に計算結果を示す。高速炉サイクルは、前述の主概念を用いているが、システム簡素化のための冷却系2ループ化、ポンプ組み込み型蒸気発生器、配管短縮のための高クロム鋼の開発、高燃焼度化に対応した炉心燃料の開発等のFBRシステム開発課題、晶析技術による効率的ウラン回収システムの開発、抽出クロマト法による融回収技術の開発、ダイ潤滑成型技術の開発、セル内遠隔設備開発等の燃料サイクルシステム研究開発リスクによる経済性への影響と現時点での成功確率を設定して計算した。このとき、発電原価の平均が全革新技術の開発成功時と比較して約15%程度上昇した。

3.3時系列の経済性評価手法

FBR導入の有無や環境面といった特定の目標を重視した燃料サイクルオプション評価、あるいは原子力事業における不測の事態の影響評価等に利用するため、核燃料サイクルを含む原子力システムを時系列評価する手法(原子力事業評価手法)を開発した。

これにより、今後100~200年程度の期間にわが国で操業する原子力施設における核物質や廃棄物中の核種組成、使用済燃料等の発生量、キャッシュフローが算出可能となった。さらに不確実性要因が他施設に及ぼす経済的影響の評価等も可能となった。

特に軽水炉サイクルに関する設定については、時系列評価に関しては、より詳細なデータが必要となるため、実用化戦略調査研究当時に想定していた仕様を基にして評価した。

原子力事業評価モデルによる評価結果を図6に示す。上がワンススルー政策を採ったときの評価結果であり、下がFBRサイクル導入政策を採ったときの評価結果である。

ワンススルーに関しては、再処理費用が減少している(六ヶ所再処理施設の建設費は含む)ものの、直接処分費が発生する。一方、革新技術を備えた安価なFBRを導入した場合、FBRサイクルは高燃焼度であって燃料費が低減していくために発電原価が低減していき、長期的にはワンススルーと比較しても遜色ない発電原価の低減が期待できる。本研究では、およそ0.3円/kWh程度安価な結果が得られた。

ただし、長期的なリサイクル政策の経済合理性に関しては、第2再処理施設の検討結果や次世代軽水炉の開発状況等も大きな影響を及ぼし、その他の不確実性も考慮して検討する必要がある。

4. 次世代原子カシステム導入影響評価手法の開発

FBRサイクル導入時の経済的影響を適切に分析するため、動学的応用一般均衡モデルとエネルギーシステムの評価モジュールの連携システムを開発した。発電原価の不確実性評価結果、SCM原子力事業評価手法による時系列発電原価等を基に、FBR導入時のコストを入力し、電源構成と社会経済的影響(GDPや経済厚生)等を評価し、社会環境に関する不確実性評価を実施した。

大規模な国際産業連関表を有する応用一般均衡モデルの一種のGTAP(global Trade Analysis Project)モデル(GTAP-Eというバージョン)について、資本蓄積の効果を考慮可能なように動学化すると共に、電力部門内を発電技術ごとに分割する技術バンドルをFBRサイクルを含めて導入し、ウラン産業を独立させた。

エネルギーシステムの評価モジュールは、財団法人地球環境産業技術研究機構)において整備・公開されているDNE21モデルを基にして、核燃料サイクルの分析モデルの組み込み、サイクル諸量に関するデータの設定、原子力水素製造技術のモデル化といった改良を実施し、評価対象期間を2200年まで拡張した。

両者を連携させることで、FBRサイクル導入に加えて、CO2回収・貯留や水素製造その他のエネルギー技術を扱うことが可能なエネルギー経済モデルとなり、FBRを含む発電システムの経済性、その他社会や環境に関する不確実性解析を実施可能となった。

図7に主要な評価結果例を示す。革新技術を備えたFBRサイクルは経済的競争力もあり、Puバランスや負荷変動制約によって設けた上限値まで導入が進み、GDPや経済厚生等の面でも大きな社会経済効果をもたらす。一方、FBRの実用技術がなく、FBRが導入されない場合の電源構成は、石炭火力のシェアが約70%と大きくなるため、温暖化対策等の制約がある場合には非常に厳しいエネルギー経済構造となりうる。

5.おわりに

本研究では、FBRサイクルの実用化に向け、それらの研究開発リスク、市場リスク等について、経済性を中心とした不確実性評価と市場への導入影響を評価するための手法開発と不確実性評価を実施した。経済性以外の不確実性評価やデータの入手が課題である。今後は、これらの手法を研究開発のマネジメントに活用することも考えられる。

本研究には、旧電源開発促進対策特別会計法に基づく文部科学省からの受託事業及び特別会計法に基づく文部科学省の原子力システム研究開発事業による委託業務として、独立行政法人日本原子力研究開発機構が実施した平成18年度及び平成19年度「不確実性を考慮した原子力システム研究開発評価法に関する研究」の成果が含まれております。

図1FBRサイクルの実用化に向けた研究開発計画

図2FBRサイクル導入効果に関する影響経路図

図3耐用年平均現在価値換算法による発電原価評価手法

図4各開発課題の成功/失敗による設計変更の可能性

図5発電原価の不確実性評価の結果

図6 時系列評価(原子力事業評価モデルによる評価)の結果

図7日本の電源構成

審査要旨 要旨を表示する

高速増殖炉(FBR)の導入は経済的にも大きなメリットがあるが、実用化までには多くの研究開発課題があり、開発の成否には不確実性が存在する。本論文は、その不確実性を考慮した上での経済性やその他の影響の評価手法の開発と、その手法を用いて行ったFBR導入効果の評価結果について述べたものである。

第1章は序論で、現在我が国で進められているFBR開発プロジェクトについて、技術開発リスクなどの不確実性を考慮した経済性等の評価の必要性について述べている。

第2章では、FBR開発における不確実性要因を整理するとともに、それらがFBRの導入効果にどのように影響するか分析している。不確実性要因としては、エネルギー需要、FBR自体の技術開発や経済性、FBRの前に実用化される次世代軽水炉、化石燃料・再生可能エネルギーという競合技術、エネルギーセキュリティ面、原子力の社会的受容性、原子力インフラ技術、国際情勢、電源運用技術、地球環境、資源制約の関連で54項目を取り上げ、マネジメント可能か否か、定量化可能か否かという観点で整理している。不確実性に様々なものがあることから、その特性に合わせた評価手法が必要で、このための手法の整理も行っている。

第3章はFBRの経済性評価手法の開発と、それを用いた評価結果について述べている。技術開発課題ごとにその成否の確率と資本費、運転費、燃料費への影響を与え、FBR導入効果がどのような確率分布をするかの試算を行っている。さらにサプライチェーンマネジメントの考え方を採用し、時間的に変化する核燃料サイクルスキーム・シナリオに対応した形で評価するモデルを作成し、シナリオごとの評価を実施している。その結果、研究開発を実施することにより安価で信頼できる核燃料サイクルを実現できれば、従来高価であると言われてきた燃料リサイクルが経済面でもワンススルーと比肩できる可能性があることなどを示している。

第4章はFBR導入の経済性だけでなく社会全体への影響評価のための手法の開発と、それを用いた評価結果について述べている。これは、動学化した応用一般均衡モデルと最適化型のエネルギーシステムモデルを連携して、FBRを含むエネルギーシステムに関する超長期の動学計算を実施するものである。まず改良したエネルギーシステムモデルによりエネルギー供給構造およびエネルギー供給コストを決定する。次いでこのエネルギー供給コストを前提として、要求される人口・GDP・エネルギー需要の時間変化を満たすよう各産業の生産・需給構造を決定する。ここで代表的不確定性要因に着目し、それらがどうなるかによるエネルギーシステムや社会経済がどう変化するかの感度解析を行う。すなわちエネルギーシステムモデルで基準シナリオからの変化率を求め、これを動学的一般均衡モデルに入力して基準シナリオからのエネルギー需要・GDP・経済厚生の変化を求める。実施した評価の結果として、安価なFBRシステムが実現し導入された場合、エネルギー利用における電力需要の増大やFBR利用の拡大が起こり、大きな経済効果等がもたらされる可能性があることなどを明らかにしている。

第5章では、開発されたFBR導入効果評価手法の活用策を述べるとともに、今後の課題を整理し、総合的な結論をまとめている。

以上のように本論文は、技術開発リスクなどの不確実性を考慮したFBRの経済性を含む導入影響評価手法の開発と、それを用いた評価結果について述べたもので、工学の進展に寄与するところが少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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