学位論文要旨



No 124161
著者(漢字) 山田,英司
著者(英字)
著者(カナ) ヤマダ,エイジ
標題(和) 原子力のエネルギーセキュリティレベル向上に果たす役割の評価研究
標題(洋)
報告番号 124161
報告番号 甲24161
学位授与日 2008.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6930号
研究科 工学系研究科
専攻 原子力国際専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 班目,春樹
 東京大学 教授 田中,知
 東京大学 教授 縄田,和満
 東京大学 教授 藤井,康正
 東京大学 准教授 木村,浩
 東京大学 客員教授 入江,一友
内容要旨 要旨を表示する

I. 本研究の目的

エネルギーセキュリティに関し守るべき対象は、一国の産業経済や国民生活に係るエネルギー需要を安定的に経済的に確保するという「国益」(national energy security)から、国際社会の一員として守るべき環境や安全に係る社会的な要請に対応した「国際的公益」(global energy security)へと量・質ともに変化している。

1.本研究においては、まず、エネルギーセキュリティを定量的かつ総合的に評価するため評価軸及び評価指標の設定を行い、その上で、わが国のエネルギーセキュリティレベルを主要なエネルギー消費国間の相対的な位置関係から捉えることにより定量的に評価する手法について提案する。

2.次に、原子力開発利用を取り巻くリスク要因について、先進主要国の原子力開発利用の状況等を踏まえて分析し、原子力開発利用の方向性に大きな影響を与えるものをシナリオドライバーとして原子力開発利用に係る分岐シナリオを設定する。

3.原子力発電シナリオについて、上述のエネルギーセキュリティに係る定量的評価手法を活用して、エネルギーセキュリティレベルの推移を評価分析するとともに、エネルギーセキュリティレベルを最大化する原子力発電比率について検討を行う。加えて、原子力開発利用の持続可能性の観点からウラン資源制約の克服の可能性について、また、利用継続性維持の観点から適正な使用済燃料バランスのあり方について考察を行う。

II. エネルギーセキュリティに係る評価手法及び試算(1))

今世紀中に顕在化が懸念されるリスク要因として資源制約と環境制約があり、また、わが国が目標とすべきエネルギー政策の柱として「安定供給」、「環境適合性」、「経済性」が挙げられる。これらの評価軸に関し、状況を定量的に示すことが出来る評価指標として、表-1に示すものを設定した。

上述の各評価指標に係る2005年データ(2))に関し、先進8ケ国(日本、韓国、米国、カナダ、英国、フランス、ドイツ、イタリア)及び1地域(EU)の間の比較において、正規分布を仮定し正規分布曲線上の偏差値(平均50)を評点として評価を行う。偏差値を評点とする手法は、全体の中での位置づけを明確にするために採用されるものであり、異質な指標を含めた総合的な相対的評価を実施することが可能となる。

評価結果によると、図-1に示すように、わが国のエネルギー供給に係るセキュリティレベルは、エネルギー利用効率については世界トップの評点であるが、他の評価指標については平均以下の評点であり、総合としても平均を下回る位置にある。一方、電力供給に係るセキュリティレベルは、5つの電源が極めてバランスのよい電源構成を達成しており、これが多様化指数を向上させ全体としても、先進各国とほぼ同等の位置を占める。

III. 原子力を巡るリスク要因及び分岐シナリオの設定

原子力開発利用を巡っては、多様なステークホルダー(利害関係者)が関与するため、多様なリスク要因に取り囲まれ、単にエネルギーの安定供給の確保、地球環境問題への対応といったエネルギー・環境政策の視点のみならず、国や立地地域における政治状況、社会の受容性、国際関係等を勘案しつつ取り組んで行かざるを得ない。これらのリスク要因のうち、表-2に示す原子力開発利用の方向性に大きな影響を与えるリスク要因をシナリオドライバーとして、分岐シナリオ(3))を作成し、先進諸国の現状を当てはめると図-2のようになる。

世界的に回復基調にある原子力発電であるが、各国はそれぞれ、固有及び共通のリスクを抱えている。同分岐シナリオにおいて、わが国は、全般としてフランスに次ぐ好位置にあるが、初の商用再処理工場が運転開始直前の段階にあり、同工場が円滑に運転されるか否かにより、リサイクル社会への道が開けるか、原子力の有する利点を生かせず実力を封じる状況に陥るかの分岐点に位置している。

IV.原子力開発利用に係るシナリオのエネルギーセキュリティ評価

上記のシナリオドライバーに基づき作成した下記の3つの原子力発電シナリオに関し、(財)エネルギー経済研究所が作成したエネルギー需給展望(4))に基づき長期に亘る電力需要や電源構成に係る見通しを作成し、上記II.で提案したエネルギーセキュリティに係る定量的評価手法により、わが国のエネルギーセキュリティレベルの推移の試算を行う。なお、原子力発電は2030年頃までは現在計画中の原子炉が建設され、それ以降に下記の分岐が発生する、また、原子炉は運転期間60年でリプレイスされ、比較対象国のデータは2005年数値としている。

その結果、原子力は、電力供給に占める割合が60%程度に達するまでは、わが国のエネルギーセキュリティレベル向上に貢献することも示された。

V.原子力開発利用の今後のあり方に関する考察

1.経済産業省の新・国家エネルギー戦略では、2030年頃の数値目標として電力供給に占める

原子力の割合を30~40%程度以上としているが、図-3に示すように、上記IV.の試算及び2005年断面で原子力発電比率を増減させる方式による試算によれば、原子力発電比率が60%程度に達するまでは、エネルギーセキュリティレベルは向上していくものと考えられ、諸情勢を勘案しつつ、この辺りを目標として原子力開発利用を推進していくことの有効性を示唆した。

2.その最適比率を目指す場合、ウラン精鉱の累計所要量を試算すると,世界の確認ウラン資源量570万(5))のうち、わが国は原子力発電容量(2006年末13%)見合いで確保できると仮定する場合、概ね2060~70年頃までのウラン精鉱量が賄われるに過ぎない。ウラン資源確保に向け外交努力とともに、非在来型資源(リン鉱石産出に伴う副産物等) までを視野に入れた探鉱開発の推進、さらに、ウラン精鉱所要量の抑制に向け、FBR及び次世代軽水炉の開発導入等の原子炉戦略及び核燃料サイクル両面からの技術的なアプローチが必要となることを示した。

3. 使用済燃料中間貯蔵は、使用済燃料発生と需要に応じた再処理との間に生じる時間的なギャップを吸収するとともに、再処理工場が停止した場合の対応措置を提供でき、核燃料サイクルの柔軟な運用を可能とする。同施設は、六ケ所再処理工場の運転に係る不透明性、次の民間再処理工場の建設時期等が未定であること等を考慮すると、国内でさらに数ヶ所での立地が必要であることを示した。

1)第II章は、日本原子力学会誌和文論文誌、2007年12月、第6巻、第4号、383-392に掲載済み。また、第III章、IV章及びV章は、同論文誌に投稿済・査読中(平成20年6月末現在)2) IEA/OECDエネルギー統計, BP統計, DOE/EIA情報等により算出3) ピーター・シュワルツ、"シナリオ・プラニングの技法"、東洋経済新聞社 (2000)4) わが国の長期エネルギー需給展望、(財)エネルギー経済研究所定例研究報告会、2006年4月5) IAEA-NEA/OECD "Uranium 2005:Resources, Production and Demand" , (2006)

表-1 エネルギーセキュリティに係る指標

図-1 先進諸国との比較におけるエネルギーセキュリティレベルの評価

表-2 原子力開発利用に影響を与えるリスク要因

図‐2 原子力開発利用に係る分岐シナリオ

表-3 エネルギーセキュリティ評価に係るシナリオ設定

図-3 原子力発電比率とエネルギーセキュリティレベルとの相関

審査要旨 要旨を表示する

我が国にとってエネルギーの確保は最重要課題の一つである。本論文は、我が国のエネルギーセキュリティを定量的・総合的に評価する新しい手法を提案するとともに、原子力開発利用を取り巻くリスク要因の中から影響の大きなものをシナリオドライバーとする数種のシナリオを設定し、望ましいシナリオを実現させて原子力がエネルギーセキュリティ向上へ寄与するには何が大切かを分析したものである。

第1章では研究の目的等について述べている。エネルギーセキュリティの概念が時代とともに変化し、現在では安定供給や経済性のほか環境保全などグローバルな視点での要請も重視されることから、それを踏まえた評価手法が必要であるとしている。また、原子力は多様なリスク要因を有していることから、あらゆる事態に備えて各種のシナリオを想定し、それぞれのシナリオにおけるセキュリティレベルを評価しておくべきことが述べられている。

第2章では我が国のエネルギーセキュリティを定量的・総合的に評価する手法を提案している。石油、地球環境、原子力の各分野の現状を分析した上で、エネルギー需給に係るリスクを列挙・考察し、エネルギー利用効率、調達の脆弱性、供給源の多様性、消費に係る二酸化炭素排出、経済への影響の5つを評価指標とすることが適切と結論している。その上で、それぞれの指標について定量的な算出法を提案している。この評価手法を用いた結果によると、我が国のエネルギー供給は調達脆弱性や供給源多様性では近年改善が見られるものの、二酸化炭素排出ではやや悪化しており、非資源国の中でもフランス、ドイツに劣る。しかし電力供給のセキュリティレベルは高いことなど、我が国のエネルギー供給構造の特徴を他の主要国と対比させた考察を行っている。

第3章ではリスク要因を踏まえた原子力開発シナリオの分析を行っている。主要なリスク要因を5つ抽出し、それらをシナリオドライバーとして時間軸に沿った分岐シナリオを作成すると、先進主要国の現状はそのシナリオ上に当てはめることができる。原子力開発シナリオ上でもっとも進んでいるのはフランスであり、我が国はその次の位置にいる。その他の諸国はいずれかのリスク要因のため原子力開発進展シナリオから分岐してしまっている。この分岐シナリオはリスク要因の理解に有用である。

第4章では我が国が辿りそうな3つのシナリオについて、第2章の手法を用いてセキュリティレベルがどのようになるかを分析している。その結果として、原子力減速シナリオではセキュリティレベルが大きく低下すること、原子力発電比率維持シナリオは原子力発電基数維持シナリオに比べ他の指標では優位性を示すが、多様性指標が悪化するので留意が必要なことなどを述べている。

第5章では、以上を踏まえて我が国の原子力の今後のあり方に関する考察を行っている。セキュリティレベルを最大とするシナリオの実現のためには、FBRや次世代軽水炉の導入、核燃料サイクル等によるウラン資源制約への対応、使用済燃料の中間貯蔵施設の容量確保が大切なことを定量的に示している。

第6章は結論で、以上述べてきたことをまとめている。

以上のように、本論文は我が国のエネルギーセキュリティを定量的・総合的に評価する手法を提案するとともに、原子力開発に係る数種のシナリオを設定し、原子力のセキュリティ向上への寄与のあり方を分析したもので、工学の進展に寄与するところが少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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