学位論文要旨



No 124162
著者(漢字) 小池,政就
著者(英字)
著者(カナ) コイケ,マサナリ
標題(和) 世界原油生産推移の予測と日本の海外石油開発戦略
標題(洋)
報告番号 124162
報告番号 甲24162
学位授与日 2008.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6931号
研究科 工学系研究科
専攻 技術経営戦略学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 茂木,源人
 東京大学 教授 元橋,一之
 東京大学 教授 六川,修一
 東京大学 准教授 松島,潤
 東京大学 特任教授 鈴木,達治郎
 東京国際大学 教授 武石,礼司
内容要旨 要旨を表示する

近年油価の高騰を背景として,石油資源の潜在力や石油生産量の将来予測に関する研究への関心が世界的に高まりつつある.本研究では既存研究の動向を結果の統計分析を通してより客観的な予測手法を提案し,最後に日本の石油安定確保として海外石油開発の戦略を考察する.

まず,石油将来予測に関して研究背景と研究のこれまでの動向について解説することにより,石油将来予測の全体的なレビューを行う.さらに石油将来予測を巡るパラダイム構造に着目し,パラダイムの根拠,およびその妥当性について分析することにより,石油将来予測の最近の動向についての把握と論点の確認を行った.その結果,石油将来予測は楽観論者と悲観論者に分かれて議論が行われており,論点として「石油将来予測における予測手法」,および「確認埋蔵量に関する引用データ」については両者の間で-部,共通認識が生まれているが,「埋蔵量成長の可能性」における議論の分かれ目が両者の対立構造を生む根本的な原因であることを確認した.さらに,埋蔵量成長については両者ともそれぞれ相手の主張を論駁する充分な根拠を未だ持たない状況にある.

次に石油生産予測を「予測者の持つ専門性と唱える学説」,「予測者の所属先」,及び「使用データとデータ使用方法」の3つの観点から類型化し,各類型において予測時期と石油ピーク予測結果との相関関係分析を行なった.その結果,予測者の持つ専門性と唱える学説によって石油ピーク予測結果は2010年付近に収束する傾向と2030~2040年以降まで遅らせることが可能と予測されている傾向に分かれていることを明らかにした.さらにそれら傾向に対して予測者の所属先についての影響はなく,技術革新や設備投資に要するリードタイムなど埋蔵量成長に関する見解の相違が大きく影響している事が理解できる.

既存研究の背景分析を行ったようにこれまでの多くの予測は前提条件やその手法などが明確でなく,予測結果に影響を及ぼす投資効果・技術革新・経済性変動をどう捉えるかという点を客観的に分析する事は困難である.そのため本研究においては,これらの点についてより客観性を高め,更に論点となっている埋蔵量成長や非在来型等にも踏み込んで主に供給サイドに焦点を当てた予測手法を提案した.結果として抽出された不確実性に対して複数のシナリオを組み合わせて試算を行っていき,その場合にも現状を基にして実現可能性の是非を探っていった.また,全世界の予測分析を通して各地域のストックのみならず今後のフローにおける石油ポテンシャルを探った.これは生産国のみならず,消費国,特に日本のように石油の全量を輸入に頼るような国にとっては,中期的な安定供給を達成する上で欠かせぬ判断基準となるはずである.

本項で提案する予測手法の構築順序としては以下の通りとした.

1. データ整備

2. 油田の生産プロファイル分析

3. 究極油田規模分布の分析

4. 新規発見油田の分析

5. 回収率向上による埋蔵量成長が生産推移に与える影響分析

6. 米国の生産予測

7. 中東の生産戦略と選択可能性

8. 非在来型資源の生産ポテンシャル分析

本研究では各地域において油田毎にその生産挙動を分析し,今後の生産予測に適用した.また今後の発見推移を予測するために,先行研究の課題を踏まえて小規模油ガス田をも含めた規模別油ガス田の発見推移関数を用いて究極的な規模分布を推定する手法を提案したこれまで発見実績の一部から全体の究極規模分布を推定してきたが,ここでは小規模油田をも含めて過去の発見実績から発見推移関数を規模別に導出し,それらを積み上げた結果として全体の規模分布を推測した.また未発見油田が今後どのタイミングでどの程度発見されるかという点につき,従来の発見関数を改善させる事により,試掘数と探鉱効果による影響分析を可能にした.また原油生産予測については,最後に回収率向上に伴う埋蔵量成長について,生産推移に与える影響を各地域・油田サイズ毎に適用し,全体への影響を分析した.生産推移への影響分析の手法としては,本研究で分析を行った生産プロファイルを基に修正することにより個々の油田で生産推移を変更し,それらを積み上げる事により対象地域全体の生産推移への影響を求めた.結果として地域によって4年~18年減退開始時期を遅らせる事が可能になると確認した.

一方,中東地域の油田に関しては政策的な生産調整が行われている事とデータ整備状況を考慮し,本研究においては,(I)世界の合計生産量が現状水準に維持されるよう調整(II)世界の石油需要増加を満たすよう調整(III)現時における生産量を維持,の3シナリオを検討した.他方,中東サイドから検討した場合にこれら全てのシナリオが実現可能でない事を確認することができたため,それらを抽出し,中東および世界生産推移のシナリオの幅をより現実的なものとした.結果として,唯一世界原油生産が増加するシナリオ(II)が中東のキャパシティを考慮した結果棄却されたため,世界生産予測はIEAの原油需要予測を大きく下回る試算結果のみが残る.しかしながら,この場合では予測された需要増を達成することは困難という事は確認されたものの,果たしてどの程度まで世界として増産が可能なのかというポテンシャルが示されないままである.そこで将来需要が伸び続けるという仮定の基に,中東地域が可能な範囲で生産を増加させていくシナリオとして,(IV)EIAによる中東地域の生産予測,(V)年率2%での増産を維持の2シナリオによるケースを考察した.その場合両シナリオで世界需要予測とのギャップの幅は狭まるが,中東以外の地域の減退開始によってその後は大きくギャップが拡大していく.

原油の生産予測に加えて,近年の技術力の向上と油価の高騰に伴う経済性の改善を背景に,利用期待が高まる非在来型資源が今後どの程度需給逼迫を緩和する効果を持つのか分析を行った.そこで本研究では,非在来型資源について公表されている米国EIA(2007)の生産予測に基づき,それらを在来型石油の生産予測に加える事で今後のポテンシャルがどの程度なのか探った.この場合IEA(2007)の需要予測との差はその他地域の減退開始まではほぼ解消され,ギャップは埋蔵量成長のケースによって大きく拡大していく.

最後に日本の石油供給安定化に向けて,海外石油開発戦略の考察を行った.ここでは過去の取り組みの問題構造化分析としてISM法(Interpretive Structural Modeling)を使用して,要因間の相互関係を明示化し,日本の現在の試みを評価した.まず,本研究では以下の要素を日本の海外石油探開発を阻害する要因として抽出した.

(1)資源が豊富な地域へのアクセスの制限

(2)専門的知見・技術の不足

(3)石油公団から民間への支援方法とその条件

(4)多業種から多数の参加者により役割・責任が不明確に

(5)プロジェクト関係当事者内の不透明な関係

(6)経済および政治面での状況変化

これらを行列計算を通して階層化し,構造グラフを得た.これらの問題構造を踏まえた上で日本の海外石油開発の改革を考慮すると,透明度の高い官民協力体制を基として,事業の責任の所在を明確にし,探鉱地域を再考し,専門性・技術が育成できる環境を創造し,エネルギーセキュリティに対して一貫した支持を取り付けるよう努力する事が必要と言える.

また本研究では現在の日本の海外石油開発目標達成のためには今後どのような地域戦略を立てるべきかという戦略の提案を行った.日本の石油資源の安定確保に向けて限られた資本・人材をより効率的に投入する為に,ターゲット地域の選定と進出の際に求められる外交・技術等の戦略を考察した.結果として,進出有望地域とそれに伴う技術力や外交力の向上の必要性が確認できた.有望地域進出へは政情不安定によるリスク低減,経済性向上,参入機会拡大の努力必要.外交力,技術力(探鉱・EOR),資本力(既存権益確保)の向上が急務である.

審査要旨 要旨を表示する

本学位請求論文「世界原油生産推移の予測と日本の海外石油戦略」は,世界的な商用油田データベースと各種調査・研究成果に基づく本邦初の本格的な世界原油生産量推移の予測であり,また,その詳細な分析に基づき,わが国の長期エネルギー戦略の一環として,海外石油開発への戦略的取り組みについて考察を行っている.

本論文ではまず,石油将来予測に関して研究の背景及び動向について解説したうえで,石油将来予測を巡る議論のパラダイム構造に着目し,その根拠および妥当性について分析することにより,石油将来予測における論点の確認を行っている.その結果,石油将来予測は楽観論者と悲観論者に分かれて議論が行われており,「予測手法」,および「確認埋蔵量に関するデータ」については両者の間で一部共通認識が生まれているが,「埋蔵量成長の可能性」における議論の分かれ目が両者の対立構造を生む根本的な原因であることが確認された.さらに,埋蔵量成長については両者ともそれぞれ相手の主張を論駁する充分な根拠を未だ持たない状況にあることが分かった.

次に石油生産予測を「予測者の持つ専門性と唱える学説」,「予測者の所属」,及び「使用データとデータ使用方法」の3つの観点から類型化し,各類型において予測時期とピークオイル予測結果との相関関係分析を行なった.その結果,予測者の持つ専門性と唱える学説によって,ピークオイル予測結果が,2010年付近に収束するものと,2030年以降まで遅れるものとに分かれていることが明らかになった.さらに,それら傾向に対して予測者の所属先の影響はなく,技術革新や設備投資に要するリードタイムなど埋蔵量成長に関する見解の相違が大きく影響している事が理解できた.

これまでの多くの予測は,その前提条件や手法などが必ずしも明確でなく,予測結果に影響を及ぼす投資効果・技術革新・経済性変動をどう捉えるかという点を客観的に分析する事は困難である.そのため本研究においては,これらの点についてより客観性を高め,更に論点となっている埋蔵量成長や非在来型石油の生産等にも踏み込んで主に供給サイドに焦点を当てた予測手法を提案している.特に,研究過程で抽出された各種不確実性に対して,それぞれ複数のシナリオを組み合わせて試算を行い,現状を基にして個々のシナリオの実現可能性の是非を探っている点に特長がある.また,全世界の生産予測分析に基づき,各地域のストックのみならず今後のフローの観点からの石油ポテンシャルの評価を行っている.これは生産国のみならず,消費国,特に日本のように石油のほぼ全量を輸入に頼るような国にとっては,中期的な安定供給を達成する戦略策定上欠かせぬ判断基準となるはずである.

本研究では各地域において油田毎にその生産挙動を分析し,今後の生産予測に適用した.また今後の新規発見量の推移を予測するために,先行研究の課題を踏まえて小規模油ガス田をも含めた規模別油ガス田の発見推移関数を提案し,これを用いて究極的な油ガス田の規模分布を推定する手法を提案した.これまでは,究極的な規模分布関数を仮定した上で,既発見油ガス田の規模分布の一部にこれを当てはめ究極規模分布を推定してきたが,ここでは小規模油ガス田をも含めた過去の発見実績を表すことが出来る発見推移関数を規模別に導出し,それらの極値の積み上げとして究極規模分布を推測している.またそれぞれの規模の未発見油田が今後どのタイミングで発見されるかという点につき,従来の発見関数を改良し,試掘数と探鉱効果による影響分析を可能にした.また原油生産予測については,回収率向上に伴う埋蔵量成長について,生産推移に与える影響を各地域・油田サイズ毎に適用し,全体への影響を分析した.埋蔵量成長の生産推移への影響分析の手法としては,本研究で用いた生産プロファイルを埋蔵量成長に応じて修正することにより個々の油田での生産推移を更新し,それらを積み上げる事により対象地域全体の生産推移への影響を求めた.結果として,地域によって原油生産の減退開始時期が4年~18年遅れる可能性があることが確認された.

一方,中東地域の油田に関しては政策的な生産調整が行われている事とデータ整備状況を考慮し,当初,中東が,(I)世界の合計生産量が現状水準に維持されるよう調整,(II)世界の石油需要増加を満たすよう調整,(III)2005年時における生産量を維持,の3つのシナリオを検討したが,中東サイドの視点から検討した結果,実現可能でないシナリオもあることが判明したため,それを排除し,中東,ひいては世界生産推移のシナリオの幅をより現実的なものとした.具体的には,中東のキャパシティを考慮した結果,世界原油生産が大幅に増加する(II)のシナリオが棄却されたため,世界生産予測としてはIEAの原油需要予測を大きく下回る結果のみが残った.しかしながら,これだけでは将来的な世界生産のポテンシャルが分からないので,将来需要が伸び続けるという仮定の基に,中東地域が可能な範囲で生産を増加させていくシナリオとして,(IV)EIAによる中東地域の生産予測,(V)年率2%での増産を維持の2つの追加的シナリオによるケースを考察した.両シナリオとも世界需要予測とのギャップは狭まるが,中東以外の地域の生産減退は補えず,将来的にはやはり需給ギャップが拡大していくことが確認された.

原油の生産予測に加えて,近年の技術力の向上と油価の高騰に伴う経済性の改善を背景に利用期待が高まる非在来型石油資源の需給緩和効果に関する分析も行っている.本研究では,非在来型石油資源について,公表されている米国EIA(2007)の生産予測に基づき,それらを在来型石油の生産予測に加える事で今後のポテンシャルを探っている.非在来型石油資源の生産を考慮した場合,IEA(2007)の需要予測とのギャップは,中東以外の地域の生産量減退開始まではほぼ解消されるが,埋蔵量成長のケースによっては,それ以降大きく拡大していく場合も見られた.

最後に,日本の海外石油開発戦略の考察を行っている.ここでは過去の取り組みの問題を構造化し分析する手法としてISM法(Interpretive Structural Modeling)を用い,要因間の相互関係を明示化し,日本の現状を評価した.本研究では以下の要素を日本の海外石油探開発を阻害する,あるいはしていた要因として抽出した.

(1) 資源が豊富な地域へのアクセスの制限

(2) 専門的知見・技術の不足

(3) 石油公団から民間への支援方法とその条件

(4) 多業種から多数が参加することによる役割・責任の不明確さ

(5) プロジェクト関係当事者内の不透明な関係

(6) 経済および政治面での状況変化

これら要因を行列計算により階層化し,構造グラフを得,これを踏まえた上で,日本の海外石油開発を成功に導く要因を考察した結果,透明度の高い官民協力体制を基として,事業の責任の所在を明確にし,探鉱地域を再考し,専門性・技術が育成できる環境を創造し,エネルギーセキュリティに対して一貫した支持を取り付けるよう努力する事が必要であることが判明した.

また本研究では現在の日本の海外石油開発目標達成のために,今後どのような地域を投資対象とするべきかという地域戦略の提案を行った.また,日本の石油資源の安定確保に向けて限られた資本・人材をより効率的に投入する為に,ターゲット地域の選定と進出の際に求められる外交・技術等の戦略を考察した.結果として,有望なターゲット地域が判明し,進出に伴う技術力や資本力,外交力の向上の必要性が確認できた.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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