学位論文要旨



No 124177
著者(漢字) 佐川,龍之
著者(英字)
著者(カナ) サガワ,タツユキ
標題(和) 衛星リモートセンシングによる海草藻場分布マッピング手法の開発
標題(洋) Development of mapping method for seagrasses by satellite remote sensing
報告番号 124177
報告番号 甲24177
学位授与日 2008.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第394号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 自然環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 小松,輝久
 東京大学 教授 宮崎,信之
 東京大学 教授 道田,豊
 東京大学 教授 山室,真澄
 東京大学 准教授 斎藤,馨
内容要旨 要旨を表示する

海草藻場は,海産動物の産卵場,生育場,索餌場として,また,栄養塩や二酸化炭素を吸収し,酸素を供給する作用などを通じて,沿岸生態系に重要なサービスを提供している.しかし,埋め立てや汚染など人間活動による影響により,急速に海草藻場が減少していることが世界各地で報告されている.健全で持続的な沿岸環境を維持するためには,海草藻場を保全していくことが不可欠であるが,そのためには現在の海草藻場の分布状況を把握し,将来の変化を監視していかなければならない.このためには広域に分布する海草藻場を効率的かつ正確にマッピングする必要がある.

これまで,日本では聞き取りや潜水,船からの目視調査,空中写真解析がおもに用いられてきたが,解析する面積が狭く効率が悪かった.海外では,広域にマッピングする方法として,1980年代ころからSPOTやLANDSATなどのマルチスペクトル画像を用いた海草藻場のマッピングが行われてきた.しかし,衛星画像の画素あたりの空間分解能は10-30mで粗らく分類精度は高くなく,透明度の非常に高い海域に分布する海草藻場のみしか対象としていなかった.また,シートゥルースデータ (sea-truth data) をもとに画像を分類する教師付分類がマッピング手法として用いられていた.シートゥルースデータの取得は,船上や潜水による目視観測であったため時間がかかり労力も負担が大きいという問題があった.

このように低かったマッピング精度を向上させる方法として,これまでLyzengaの開発したdepth-invariant index (DI指数)による放射量補正が用いられてきた.しかし,DI指数は,透明度が低くなるとマッピングが困難になり,本州周辺のようなJerlov Water Type (JWT) II以下の低い透明度の海域では満足できる結果は得られていない.

2000年代に入り,それまでのLANDSATやSPOTに比較してメーターオーダーの各段に地上分解能の高いマルチスペクトルセンサーを搭載した商業衛星,IKONOSやQuick Birdが打ち上げられ,海草藻場マッピングにも利用できるようになった.海草藻場と砂地のミクセルの効果や海草藻場のパッチサイズなどを考慮すると,高い地上分解能のマルチスペクトル画像は海草藻場マッピングに適していると考えられる.

本研究では,上述した問題点である,非効率であったシートゥルースデータの取得方法を改良し,透明度の低い海域に分布する海草藻場の判別に適用できる新しい放射量補正方法を開発し,空間解像度の高いIKONOS衛星マルチスペクトル画像を用いて,実用的な海草藻場マッピング手法を確立することを目的に研究を行った.

シートゥルースデータ取得のための現地調査の効率化を図るために,音響計測器であるサイドスキャンソナーを用いて海草藻場のシートゥルースデータの取得を検討した.2003年10月に三陸海岸に位置する船越湾で調査を実施した.船越湾には主に2種の海草Zostera caulescens (タチアマモ) とZostera asiatica (オオアマモ)が優占する群落をそれぞれ形成している.サイドスキャンソナーによる計測では超音波に対する底質の反射率の違いから底質を判別することができた.海草は葉内にガスをもつため超音波に対する反射率が高く,砂地では超音波が吸収するために反射率が低く,両者を明確に区別することができた.調査時期の平均草丈は,タチアマモが約4m,オオアマモ約1mと大きく異なっていた.サイドスキャンソナーには,平坦な海底から突出している物体の後ろにできるacoustic shadowと呼ばれる影が生じ,その影の長さをもとに海底からの高さを推定することができるという機能があるので,これを利用して草丈が違う2種類の海草を区別することができた.サイドスキャンソナーによるマッピング結果の精度を水中カメラによる観測結果をもとに評価した結果,全体で97%の精度が得られた.判定が異なった3%の地点は,いずれも海草と砂の分布域の境界に位置していた.この境界付近では少しの位置の変化で底質分類のクラスが変化する.サイドスキャンソナーによるマッピング結果を用いると面的に連続した底質分布データを得ることができるため,扱いの難しいこのような海草藻場分布域の境界付近にあるデータを意図的に避けることができる.境界付近にある底質のデータを除いた場合,サイドスキャンソナーによるマッピング結果は水中カメラと100%一致しており,信頼の高い結果が得られた.したがって,サイドスキャンソナーによりマッピングした海草藻場と砂地の底質について,境界付近の底質データを除けばシートゥルースデータとして使用することができる.

次に透明度の低い海域に分布する海草藻場判別に適用可能な新しい放射量補正の開発を行うにあたり,リモートセンシングの最も重要なパラメータの一つである分光反射率を研究対象である底質の砂地と海草について計測することにした.この計測は,上述の三陸海岸の船越湾と,海草Posidonia oceanica(ポシドニア)が広く分布するチュニジア共和国南部ガベス湾のマハレス地先で行った.潜水によって海草,および砂地の底質を採取し,円形水槽に敷き詰め,底質と白色板の分光放射輝度をスペクトロメータで計測し,白色版の計測値を基準として底質の分光反射率を計算した.砂地は海草と比較して350nmから700nmの波長域では分光反射率が高く,両者を区別できることが分かった.一方,海草である,タチアマモ,オオアマモ,ポシドニアの間で分光反射率について大きな差異がみられず,IKONOS衛星のようなバンド数の少ない衛星センサーでこれらを区別することは困難であった.

衛星画像から海底の情報を抽出するためにLyzengaのモデルをもとに新しい放射量補正を考案した.この補正法では衛星画像を底質反射率と比例関係にある指数,bottom reflectance index (BR指数) に変換する.このBR指数とLyzengaの開発したDI指数の放射量補正の効果を比較するために,Lyzengaのモデルにおいて底質反射率と水深を変化させるシミュレーションを行い,海草藻場と砂地上において衛星で観測される分光放射輝度,DI指数,BR指数のデータの分布を調べた.ここで底質反射率は海草藻場と砂地について実測値のデータ分布と同じになるように,水深は0mから20mの間でランダムに発生するように乱数を用いたシミュレーションを1000回行った.その結果,放射量補正を行わない場合には海草藻場,砂地の二つの分類クラスで分光放射輝度のデータの分布がほとんど重なり,分光放射輝度値の閾値によりこれらの分類クラスを区別すると誤分類が生じる可能性が高いことが分かった.DI指数の場合には海草藻場と砂地の二つのクラスのDI指数のデータの分布は分かれたが,依然データの重なる部分があり,誤分類が生じることが分かった.BR指数の場合には,どのバンドにおいても海草藻場と砂地の二つの分類クラスによるBR指数のデータの分布に重なりはなく,最も正確に分類できることがわかった.

2004年12月に船越湾を,2005年10月にマハレス地先をIKONOS衛星により撮影した.またサイドスキャンソナーによるシートゥルースデータの取得を2004年10月に船越湾で,2005年11月にマハレス地先で行った.二つの海域のIKONOSマルチスペクトル画像に対して比較のためにDI指数とBR指数の二つの放射量補正を行った.Lyzengaの方法により,衛星画像の砂地の放射輝度値から消散係数を推定し,その値から船越湾はJerlov Water Type (JWT) II,マハレス地先はJWTII-IIIに属する海域であることが分かった.これら二つの海域は,これまで研究が行われてきた熱帯海域と比較し透明度が低い.また,BR指数を用いた場合のほうがDI指数を用いた場合より分類精度が有意に高かった (p < 0.05).海草分布域のマッピングには80%以上の分類精度が,海草分布域の変化のモニタリングには90%前後の分類精度が必要であるといわれている.BR指数を用いた場合には二つの海域で高い分類精度を得ることができ,特にマハレス地先では分類精度が90%に達した.

本研究の結果,JWTII以下の透明度の海域でも,IKONOS衛星のマルチバンド画像による衛星リモートセンシングにより,広域に分布する海草藻場をマッピングできることがわかり,今後の海草藻場のモニタリングに資することができると考える.

審査要旨 要旨を表示する

大規模な海草群落は藻場とよばれ、沿岸域における重要な生態系である。しかし、近年、人間活動の影響により急速に海草藻場は減少している。海草藻場の保全や再生を行うためには海草藻場の分布状況を把握し、その変化を継続的に監視する必要がある。このためには効率的かつ正確に海草藻場の分布域を把握するマッピングが不可欠である。熱帯域などの透明度の高い海域を対象として衛星画像解析による海草藻場分布マッピングの研究が行われているが、透明度の低い中緯度域の海草藻場を対象とした研究はなかった。本論文では、このような中緯度域の海草藻場を対象に、衛星リモートセンシングにより効率よく正確にマッピングする手法の開発を目指した。

第2章では、リモートセンシングに必要なsea truthデータを効率よく広域に取得するためにサイドスキャンソナーを使用する方法を提案した。従来、sea truthには、潜水や船上からの観測が多く用いられていたが、衛星画像では対象海域が広く、画像を構成する画素の代表する面積が広く、このような点的なデータ取得では十分ではない。サイドスキャンソナーでは、海底表層の底質を、音響を用いて面的に知ることができる。岩手県船越湾の海草藻場を対象に、サイドスキャンソナーにより海底表面の底質を調べるとともに潜水と水中ビデオカメラによる観察を行い、サイドスキャンソナーイメージから海草と砂地を区別できるかを確認した。水中ビデオカメラとサイドスキャンソナーイメージの結果の間には97%の一致があり、潜水や水中ビデオ観察と同じようにサイドスキャンソナーを使用できることが示された。3%の不一致は、海草と砂地の分布境界付近にあり、このような場所のsea truthデータを用いると分類精度が低下する可能性があることを指摘した。

先行研究では、中緯度域の海草と砂地の光の分光反射率についての研究がなかったことから、第3章では、衛星リモートセンシングに必要なこれらの分光反射率を、岩手県船越湾とチュニジア共和国南部のガベス湾マハレス地先においてスペクトロメータを用いて計測した。

第4章では、海底面の分光反射率と衛星で観測される分光放射輝度の関係をモデル化したLyzengaのモデルをもとに、水中における光の減衰を補正するための新しい放射量補正の開発を行い、Lyzengaモデルから得られる従来のDepth Invariant index(DI指数)と本研究で開発したBottom Reflectance index(BR指数)による放射量補正の効果を検討した。第3章で得た分光反射率のデータは、衛星画像解析を行うことを考え、IKONOS衛星の光学センサの緑と青バンドにより得られる放射輝度値となるように分光反射率を積分した。バンドごとの底質の分光反射率と、モンテカルロ法により0-20m深の間でランダムに変化させるシミュレーションで得られる底深を用い、それぞれの放射量補正の効果を評価した。放射量補正前には、海草と砂地の放射輝度値の分布は重なっていたが、DI指数に変換したところそれらの分布の間が広がり、さらにBR指数に変換すると一層はっきりと分布は分かれた。さらに、底深の誤差がBR指数の分布に及ぼす影響についても検討した結果、底深が浅いと砂地と海草間の放射輝度値の分布が近づくことが分かつた。

第5章では、熱帯域に比べて透明度の低い海域に分布する船越湾およびマハレス地先の海草藻場を撮影したIKONOS衛星のマルチバンド画像を用いて、DI指数とBR指数による放射量補正を行い、それらの分類精度について検討した。sea truthデータをサイドスキャンソナーにより取得するとともに、水中カメラによる確認も行った。BR指数に用いる底深は海図の等深線データから推定した。海草藻場と砂地について行った教師付分類の結果を全体精度で評価したところ、船越湾についてはDI指数では62%、BR指数では83%、マハレス地先についてはDI指数では54%、BR指数では90%となった。BR指数を用いれば、比較的透明度の低い中緯度の海域の海草藻場においても、衛星リモートセンシングにより藻場分布変化の監視に必要とされる精度にまで分類ができ、この手法を用いて海草藻場マッピングが実用的に行えることが示された。

なお、本論文第2章は、三上温子、小松輝久、小阪尚子、小迫明徳、宮崎早苗、高橋雅宏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

以上の結果は海洋環境学、海洋生態学など学術上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は本論文が博士(環境学)の学位を授与できると認める。

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