学位論文要旨



No 124178
著者(漢字) 渋谷,園実
著者(英字)
著者(カナ) シブヤ,ソノミ
標題(和) 地表徘徊性甲虫の群集構造に与える二次林の植生管理の影響
標題(洋) Responses of the ground beetle community to vegetation management in an abandoned coppice forest
報告番号 124178
報告番号 甲24178
学位授与日 2008.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第395号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 自然環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大澤,雅彦
 東京大学 教授 福田,健二
 東京大学 教授 山本,博一
 東京大学 准教授 ザール,キクビツェ
 東京大学 准教授 久保田,耕平
内容要旨 要旨を表示する

本研究では、地表徘徊性甲虫群集(以下甲虫群集)に与える二次林の植生管理の影響を明らかにするために、植生を野外で操作したフィールド実験区での甲虫群集とそれを取り巻く環境要因、さらに下刈り管理下にある二次林での甲虫群集とそれを取り巻く環境要因を調査した。そして、小スケールにおける樹木伐採が甲虫群集の多様性に及ぼす効果と、二次林における甲虫群集と環境要因との関係を明らかにした。また樹木伐採後の植生攪乱初期と下刈り管理下における二次林の甲虫群集を構成する種やその種特性を提示し、さらに二次林環境の指標的な種について考察した。最終的に二次林における植生管理方法と評価方法の提案を行った。

第1 章の序論につづく第2 章では、樹木伐採・下刈り・落葉かきといった処理を行い植生を実験的に変化させて、小スケールの植生攪乱に対して、甲虫群集がどのように反応するのかを調べた。その結果、甲虫群集の多様性・種構成・個体数は樹木伐採に最も影響を受けることが判った。多様性に関しては、Butterfield et al. (1995)が樹木伐採はオサムシ科の多様性を高める重要な要素であることを示しているが、本章により小スケールの樹木伐採でも甲虫群集の多様性を高めることが明らかになった。甲虫群集が変化する直接の原因は樹木伐採であるが、本研究において甲虫群集調査に加えて伐採処理後の植生再生について詳細な調査を行った結果、伐採による林冠の有無によって林床植生の再生が大きく影響され、再生量が大きかった樹木伐採区に多くの甲虫が出現し、多様性も高くなるということが明らかになった。これは林床植物の再生により、環境の異質性が増大しハビタットの構造が変化し、また同時にエサとなる多くの他の昆虫も出現したためと考えられ、林床植物が甲虫群集に強く影響を及ぼすことが示唆された。以上本章では、甲虫群集が数10mの範囲の植生攪乱に反応することを、野外実験的手法をもちいて明らかにし、狭い範囲の植生管理でも甲虫群集の多様性を維持しうる可能性を提示した。

第3章では、第2章での甲虫群集は林床植物の影響を受ける、という結果を受け、甲虫群集に影響を与える環境要因を特定する事を目的とした。そのためにさまざまな植生タイプの多地点において広範囲な環境要因を測定し、多変量解析した。その結果、群集に影響を与える要因として林床植物のバイオマス及び多様度が抽出された。スコットランドの森林で、甲虫群集が"植生"の構成や構造に強く影響を受けることが明らかにされているが(Ings and Hartley 1999)、本章では、"植生"の中でも林床植物の種構成や構造が甲虫群集に影響を与える要因であることを示した。

第4 章では、前の2 つの章(第2 章、第3 章)で環境要因に対する甲虫群集の反応に注目したのに対して、甲虫群集の種構成と種特性に焦点をあてた。群集に影響を与える要因を野外操作実験的手法(第2 章)や多変量解析(第3 章)によって特定した後に、なぜその要因が影響を与えるかについて解明するためには、群集を構成する種の特性を知る必要があるからである。本章では、二次林における甲虫の群集構成の変化を明らかにするために、まず実験区における樹木伐採後の植生攪乱初期の群集の変化を調べた。次にこの植生攪乱初期の群集構成と公園内で定常的に行われている下刈り管理下(樹木被覆がある)における群集構成を把握し、それぞれに指標となる種があるか検討した。その結果、樹木伐採後の植生攪乱初期においては優占種は大きく入れ替わることはなかったが、追加される形で増えていくことがわかった。第2 の点においては、樹木伐採後の植生攪乱初期にはクロツヤヒラタゴミムシ、マルガタツヤヒラタゴミムシ、ヒメツヤヒラタゴミムシといったSynuchus 属が優占し、下刈り管理下ではヨリトモナガゴミムシが圧倒的に優占し、両者の優占種が大きく異なっている点を明らかにした。クロツヤヒラタゴミムシとヨリトモナガゴミムシは共に森林出現種とされている種であるが、関東地方の二次林では異なった選好性や挙動をすると考えられる。以上本章では、二次林における樹木伐採後の植生攪乱初期の構成種の変化を示し、次にその植生攪乱初期と下刈り管理下における構成種が異なる事を明らかにし、両者の指標となる種を提示した。

第5 章では、甲虫群集の中で最も優占したオオヒラタシデムシ(シデムシ科)に着目して環境要因との関係を見た。その結果オオヒラタシデムシとリター量に正の相関があることがわかった。このことはミミズを捕食するオオヒラタシデムシがリター量の増加によるミミズの増加に反応している可能性を示唆している。本章及び第4 章で取りあげた何種かのように、シデムシ科甲虫やオサムシ科甲虫の中の種を組み合わせて調べることにより、二次林の環境の指標として利用できる可能性があることを指摘した。

最後に結論として、甲虫の種のプールを確保するためには、自然林におけるギャップやパッチモザイクのように、狭い範囲の樹木伐採でも甲虫の生息環境(ハビタット)をつくるのに有効であると考えた。また、樹木伐採後の植生攪乱初期と下刈り管理下における構成種が異なっていたことより、これらの植生管理により環境が異なる複数のパッチで構成されたモザイク構造の環境はそれぞれの環境に適した群集を保持しうると考える。これらより、現状の下刈り管理に加え、小規模範囲であっても樹木伐採を提案する。

また二次林における甲虫群集の多様性を評価するには、一般的に行われている多様度指数に加え、二次林の植生遷移の各段階における甲虫の代表的な種を選出しその種の動向を把握することが重要であると考える。なぜなら、一見群集全体の多様性は減少していなくても、二次林の質が以前と変化している場合があるからである。しかし、二次林の指標となりうる代表的な種が消失していないかを確認する事により、その変化をいち早く把握できると考える。

本研究では、甲虫群集と植物の両者を包括して調査することにより、二次林生態系の植生管理の影響を定量的に評価できる可能性を示し、環境学への応用を提示した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、近年問題となっている二次林の生物多様性を保全する上で重要な生物群のうち特に地表徘徊性甲虫群集(以下甲虫群集)に着目し、その群集構造、生物多様性を保全する上で必要な二次林管理の方法、甲虫群集の特性を評価する手法と指標種を選定することを目的にしている。

第1章の序論では二次林の生物多様性研究一般とここで対象とした地表徘徊性甲虫に関する研究とに分けて概観した。第2章では、調査地の森林公園内の二次林に設定したフィールド実験区における樹木伐採・下刈り・落葉かきといった処理について詳述し、数10mといった小スケールの植生撹乱に対して、甲虫群集がどのように反応するのかを明らかにした。その結果、甲虫群集の個体数・種構成・多様性は樹木伐採に最も影響を受けることが明らかになった。特に、野外実験レベルの小スケールの樹木伐採でも甲虫群集の多様性を高めることが明らかになり、多様性管理の手法に有効な示唆を与えた。甲虫群集調査に加えて伐採後の植生再生についても詳細な調査を行った結果、伐採による林冠の有無によって地表植生の再生量が大きく変化し、樹木伐採区では日射量が増して地表植生が大きく再生し、多くの甲虫が出現し、多様性も高くなることが明らかになった。これは再生植生によって誘引された甲虫のエサとなる多くの他の昆虫類が出現したためである。

第3章では、甲虫群集に影響を与える環境要因を特定するために森林公園内のさまざまな森林20地点を選んで広範囲な環境要因を測定し、甲虫群集調査を行い解析に用いた。その結果、ここでも林床植物のバイオマス及び多様度が甲虫群集に大きな影響を与える要因として抽出され、植生の中でも林床植物の種構成や構造が重要な要因であることを示した。

第4章では、甲虫群集そのものの種構成と種特性に焦点をあてて、植生管理の影響を評価した。そのため野外実験区における樹木伐採後の群集の変化と公園内で定常的に行われている下刈管理下(樹木被覆がある)における群集構成とを比較検討した。その結果、樹木伐採後に少数の優占種が出現し、その後、追加的な優占種が加わって優占種数が増加し、多様性が増していくことがわかった。樹木伐採初期にはクロツヤヒラタゴミムシ、マルガタツヤヒラタゴミムシ、ヒメツヤヒラタゴミムシといったSynuchus属が優占し、その後、さらに優占種が加わるが、一方、長い間下刈り管理されていた森林ではヨリトモナガゴミムシが圧倒的に優占し、両者の優占種が大きく異なっていた。これまではクロツヤヒラタゴミムシとヨリトモナガゴミムシは共に森林出現種とされている種であるが、本研究によればその出現の仕方には明らかに違いが見られた。

第5章では、甲虫群集の中で最も優占したオオヒラタシデムシ(シデムシ科)に着目して環境要因との関係をみた。その結果オオヒラタシデムシとリター量に正の相関があることがわかった。このことはミミズを捕食するオオヒラタシデムシがリター量の増加によるミミズの増加に反応している可能性を示唆している。本章及び第4章で取りあげた数種のように、シデムシ科甲虫やオサムシ科甲虫の中の種を組み合わせて調べることにより、二次林のいくつかの異なる環境の指標として利用できる可能性があることを指摘した。

以上の結果により最後に結論として、甲虫の種のプールを確保するためには、自然林におけるギャップやパッチモザイクのように、狭い範囲の樹木伐採でも甲虫の生息環境をつくるのに有効であると考えた。また、樹木伐採初期の裸地的環境と下刈管理下における構成種が異なっていたことから、これらの植生管理により環境が異なる複数のパッチで構成されたモザイク構造の環境はそれぞれの環境に適した甲虫群集を保持し二次林における甲虫群集の高い多様性を期待する場合は、現状の下刈管理に加えて、小規模であっても樹木伐採を行いギャップ的な環境を創出することが有効である。また二次林における甲虫群集の多様性を評価するには、一般的に行われている多様度指数に加え、指標種の動向を把握することが重要であると考える。この事により、二次林の質の変化をいち早く把握できる。本研究では、甲虫群集と植物の両者を包括的に調査することにより、二次林生態系の植生管理の影響を定量的に評価できる可能性を示し、環境学への応用を提示した。

なお、本論文第2章、第4章の一部は久保田耕平、大澤雅彦との、また本論文第5章の一部は久保田耕平、キクビツェ・ザール、大澤雅彦との共同研究であるがいずれの場合も論文提出者が主体となって調査、分析、および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(環境学)の学位を授与できると認める。

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