No | 124181 | |
著者(漢字) | 田中,英人 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | タナカ,ヒデト | |
標題(和) | 都市空間における道路上からの自然監視性マッピングと侵入盗への適用 | |
標題(洋) | Natural Surveillance Mapping from Roads in Urban Areas and Its Application to Burglary | |
報告番号 | 124181 | |
報告番号 | 甲24181 | |
学位授与日 | 2008.09.30 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(環境学) | |
学位記番号 | 博創域第398号 | |
研究科 | 新領域創成科学研究科 | |
専攻 | 社会文化環境学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 〈背景と目的〉 欧米における犯罪学では,一般常識からかけ離れた「異常な」人格の持ち主である犯人が犯罪を起こすという犯罪原因論が主流であった1970 年代頃より,機会があれば誰でも犯罪を起こし得るという犯罪機会論が台頭し始めた.その中で,犯罪実行の機会を抑える環境を都市空間に構築するという,防犯環境設計(CPTED: Crime Prevention Through Environmental Design)と呼ばれる分野の研究が多くなされてきた.CPTED においては,地域住民や警察などによって潜在的な犯罪企図者に対する監視が行いやすい環境を構築し,企図者が犯罪を実行することを心理的に抑制するという「監視性の確保」,その中でも自然監視性が重要であるとされている. 古くから犯罪学においては,犯罪情報をGIS などを利用して地図上に載せ,種々の分析が行われてきた.近年,自然監視性などの CPTED の主要な要素が都市空間においてどの程度実現されているかを定量化する試みがなされている.しかし,簡略化されたモデルを使用して広域的な分析を行うもの,もしくは詳細な現地調査をもとに多くの手作業により評価を行うものが多く,現実の都市空間に存在する複雑な地物形状を考慮しながら,効率的に定量化を行う試みは殆どない. そこで,本研究では,自然監視性がどの程度確保されているのかを効率的にマッピング(計測・図化)を行う手法を開発することを目的とする.そのため,詳細な地物形状の計測が可能なシステムを使用して,自然監視性において重要な要素である可視性を,都市空間において計測し,図化する手法を開発する.また,実際の犯罪への適用性の評価のため,侵入盗を対象にしてマッピング結果を適用し,その有用性を示す. 〈論文構成〉 第 2 章では,監視性の中でもマッピングの対象とする自然監視性に関する事項と,侵入盗を対象に適用する際の検討事項等について述べる.第3 章では,一般的な設計図面や地図等では捉えることが困難である詳細な地物形状の効率的な計測を可能とする,乗用車と台車に各種センサを搭載した計測システム(レーザCCD システム)の概要を述べる.第4 章では,計測システムの各種センサのデータから三次元のレーザレンジデータを出力して,可視性の計算を行うまでのデータ処理の流れと,可視性の計算結果から人の注視特性に基づいた実効的な自然監視性の評価を行う手法について説明する.第5 章では,三つの地域において可視性の計測実験を行い,実験結果とその考察について述べる.第6 章では,侵入盗を対象として,全方向ビデオカメラ映像を使用して開口部の可視性と侵入経路の接近性の評価を手動で行い,マーキングした各階平面図を可視性マップと重ね合わせることで,防犯施策の支援が行えることを示す.第7 章では,侵入盗捜査の専門家の指導の下,開口部の侵入被害危険性の評価手法の検証を行い,妥当な精度を実現できたことを示す.第8 章では,本研究の結論と,今後の展望についてまとめる. 〈各章のまとめ〉 本論文の成果として,各章を以下にまとめる. ● 第2 章: マッピングの対象とする自然監視性が防犯環境設計(CPTED)等の防犯施策において重要視されていること,道路上の通行人による自然監視性を対象とすること,自然監視性に重要な要素である空間の可視性を三次元で計測して図化(マッピング)すること(「可視性マップ」の作成),について述べた.また,自然監視性は空間の可視性と監視主体(人)の注視特性の積で求めるとする,概念的な式を提案した.侵入盗を対象に,侵入企図者が被害対象を選択する過程の概念モデル等より,開口部の可視性と侵入経路の接近性の評価を行うことについて述べた. ● 第3 章: 一般的な設計図面や地図等では捉えることが困難である詳細な地物形状の,効率的な計測が可能となる"車載システム"と"台車システム"(レーザCCD システム)の概要を述べた.また,そこへ積載するGPS・IMU・レーザスキャナ・全方向ビデオカメラなどの各種センサの説明を行った. ● 第4 章: 基線解析済の GPS データとIMU データを用いてカルマンフィルタにより位置・姿勢データを出力し,位置・姿勢データ出力用のレーザスキャナによるレンジデータとゼンリン住宅地図・数値地図5m メッシュ(標高)を併用して,位置・姿勢データの補正を行う手法について述べた.更に,位置・姿勢データとレーザスキャナのレンジデータの組合せから三次元空間上におけるレーザ光のベクトルを出力し,レーザスキャナを人の目,レーザ光を人の視線と想定することで,格子に分割した三次元空間の可視性を計算する手法を述べた.また,人の注視特性を考慮して,可視性から実効的な自然監視性の評価を行う手法を述べた. ● 第5 章: 三つの地域における可視性の計測実験の結果と考察について述べた.都市空間において道路上からの自然監視性がどの程度確保されているのかを,車載/台車システムを使用することによって三次元でマッピングが行えることを示した.詳細な地物形状を考慮して自然監視性のマッピングが可能であることが,全方向ビデオカメラの映像からも確認できた.マッピングが半自動的であり,既存の手法より効率的であることも示した.また,GPS 信号が微弱である地域においても,水平方向のレーザレンジデータ・住宅地図・DEM を併用することで位置姿勢データの補正を行い,自然監視性のマッピングの精度を高めることを可能にした.一部,窓ガラスなどでレーザ光の反射が戻って来ないことで誤って可視と計算される箇所が存在するものの,人の目による自然監視性が有効な距離である"30 メートル"以上で反射したレーザ光と反射が戻らなかったレーザ光が,ちょうど"30 メートル"まで到達したと仮定して可視性の計算を行う妥当性も確認できた.車載システムを使用した実験では,人の進行方向に対する注視特性を考慮した自然監視性の評価が可能であることを示した. ● 第6 章: 侵入盗を対象として,道路上で取得した全方向ビデオカメラ映像から建物開口部の可視性と侵入経路の接近性の評価を行い,マーキングした各階平面図を可視性マップに重ね合わせることで,既存にない詳細なレベルで開口部周辺の可視性状況の把握ができ,防犯施策の支援が可能であることを示した.熟練した専門家による一棟一棟の綿密な調査が必要となる「防犯優良マンション標準認定基準」などと比較すると大まかな評価手法ではあるが,道路上からの自然監視性が十分に確保されておらず,接近の制御も十分になされていないために,他の手段を用いて防犯性を強化すべき開口部・侵入経路の位置などを,効率よく,視覚的に地図上に示すことができた. ● 第7 章: 全方向ビデオカメラ映像から開口部の可視性と侵入経路の接近性を評価することで開口部の侵入被害危険性を評価する本研究手法に対して,侵入盗捜査の専門家の指導による侵入被害危険性の高い開口部の選定(≒真値)を行い,結果を比較することで,評価精度の検証を行った.その結果,道路上の全方向ビデオカメラから可視である開口部については,専門家より多めに"危険"な開口部を選定したが,見落とした"危険"な開口部は存在しなかった.全方向ビデオカメラから不可視の開口部については,侵入経路の接近性を現地にて追加的に評価を行うことで,可視である開口部と同様に,(専門家に頼らず)"危険"な開口部の抽出が可能であることが分かった.また,全方向ビデオカメラ(約1.0m)と大人の目の高さ(約1.7m)の相違による"危険"な開口部の選定結果の差は小さかった.しかし,より正確に評価を行うためには,大人の目の高さへ全方向ビデオカメラを設置することが必要である.また,更に厳密な精度検証のためには検証用の建物のサンプル数を増やす必要がある. 〈結論〉 本論文では,乗用車と台車にレーザスキャナ,全方向ビデオカメラ等を設置した計測システムを使用して,道路上から三次元のレーザレンジデータを取得し,自然監視性の重要な要素である可視性の計測を行うことで,都市空間において確保されている自然監視性の効率的なマッピング(計測・図化)を行う手法を提案した.また,全方向ビデオカメラ映像を使用して,各階平面図へ開口部と侵入経路等のマーキングを行い,開口部の可視性・侵入経路の接近性を評価することで侵入被害の危険性の高い開口部を選定し,マーキングした各階平面図を自然監視性のマッピング結果(可視性マップ)に重ね合わせることで,侵入盗への適用を行う手法を提案した.その結果,以下の事項が確認できた. 1. 道路上からの通行人による自然監視性が確保されている場所を,既存にない詳細な解像度で,3-D で地図上に明確にできた(自然監視性のマッピング) 2. 全方向ビデオカメラ映像を使用して,侵入被害危険性の高い開口部の抽出が可能であることを示した(侵入被害危険性の高い開口部の抽出) 3. 自然監視性のマッピング結果(可視性マップ)を侵入盗へ適用することで,マッピング結果のGIS データとしての利用価値を示した(自然監視性マッピング結果の侵入盗への適用) | |
審査要旨 | 防犯は安全・安心な街作りを推進する上で重要な要素である。古くは「危険な犯罪者」を隔離し、同時に矯正・更生教育を施すことで再犯率を低下させるという方法が犯罪対策の主流であったが、1970年代から防犯環境設計(CPTED: Crime Prevention Through Environmental Design)という考え方が浸透してきた。これは犯行に都合の悪い状況を作り出して犯罪機会を与えないというものであり、犯罪機会を与えない物理的環境設計を住宅・公園などに適用することで、上昇し続けていた犯罪発生率を横ばいにすることに成功した。CPTEDにおいては「監視性の確保」「接近の制御」「領域性の強化」「被害対象の回避・強化」が主要な四要素と言われているが、こうした視点から既存の市街地にどのような問題点があるのかを地図上に明示することで注意を喚起し対策を促す試みが近年注目を集めている。小宮らによる「地域安全マップ」は入りやすく見えにくい場所を地域住民が発見・評価し地図に落とすものであり、さまざまな地域で取り組みがなされているが、評価基準がきわめて主観的にならざるを得ず、安全の状況を正確に表すものと言うよりは、作成を通じての教育効果が大きいと言われている。そのため正確な数値地図や建物などの3次元形状データを利用し、比較的評価の容易な監視性を対象に客観的な評価を行おうとする試みがなされ始めている。しかしながら数値地図は2次元的なデータに基づいているために、監視性を詳細に評価することは困難であり、また建物などの3次元データは作成に大きな労力を要するばかりでなく、より正確な監視性評価を行うためには、塀・生け垣、樹木などの地物についても3次元モデルを作成する必要があり、広い地域をカバーすることは非常に困難である。一方、Google StreetViewに代表されるように自動車などに搭載したカメラやレーザスキャナから沿道の建物や樹木の映像や3次元データを取得・公開することが進みつつある。こうした移動体から取得されたデータを利用した監視性などの評価が可能になれば、広域を対象としたマッピングが実現すると期待されている。本論文はこうした車両や台車などの移動体から得られる全方位ビデオ画像やレーザスキャナデータを利用して道路上からの自然監視性を評価マッピングする技術を開発し、侵入盗の危険性の観点からマッピング結果の利用可能性を行ったものである。 本論文は全8章からなっている。第1章は序論であり、研究の背景、研究の目的が述べられている。第2章は自然監視性の概念を説明し、侵入盗の危険性評価における自然監視性の重要性を整理している。また既存研究の問題点、限界などがレビューされている。第3章はレーザCCDシステムの概要であり、全方位ビデオカメラやレーザスキャナを車両、台車のそれぞれに装着しデータを取得するシステムが述べられている。第4章はレーザスキャナデータを主に利用した可視性の計算手法について述べられている。可視性の評価は、一般的にある視点から視線ベクトルを生成し視線ベクトルが障害物などに妨げられず到達する範囲を可視とすることで、行われる。そのために視線ベクトルを遮る全ての地物、物体が正確な3次元データとしてあらかじめ準備されなければならない。しかし、こうした3次元データを整備することは非常に手間がかかることから、本研究ではレーザスキャナから発せられるレーザビームを視線に見立て、レーザビームが対象物にあたるまでの経路空間はレーザスキャナから可視であると判定することで、可視性の評価と範囲確定を3次元的に行う手法を開発した。これにより地物などの3次元データを作成する必要はなく、視点と装填される場所にレーザスキャナを設置しスキャンすることで可視性を評価できる。また全方位ビデオカメラからは建物開口部などを目視判定し、地図の建物データ上にマッピングすることで開口部の分布図を描くことが可能になる。両者を組み合わせることで、可視範囲や開口部の分布マップを描くことができる。 第5章はいくつかのテストエリアについて提案システムと手法を適用し、全方位カメラなどから確認できる可視・不可視の状況とレーザデータによる評価結果との対応関係を検証した。その結果、レーザによる可視・不可視判定は窓ガラスなどによる反射がおきる点を除くとほぼ正確であり、樹木など3次元データを作成することが困難な状況に対してもうまく対応できていることが確認された。 第6章はさらに提案システムを侵入盗の多い住宅地に適用し、可視性評価と侵入の容易さ(開口部への接近性)の評価を、全方位カメラ映像とレーザデータの両方を利用して行った結果を示している。第7章は、第6章で得られたシステムによる可視性評価と侵入の容易さ評価に基づく侵入盗への危険性評価結果を、侵入盗捜査の専門家による詳細な現地調査結果と比較することで検証し、その特徴を評価している。その結果、システムを利用した評価は専門家による評価結果と比較的一致するものの、より安全側、すなわち専門家が安全と評価した開口部を危険と評価する傾向があること、道路からそもそも見えない開口部については道路からの接近可能性評価を組み合わせることである程度補完的に評価可能であることなどが明らかとなった。第8章は結論であり、提案システムによる方法は町丁単位の広さを数日でカバーできる効率性を有するのと同時に、より安全側の危険度評価が可能なことが述べられている。こうした評価結果に基づき監視カメラの設置計画を立てるなどを行うことで防犯性を効果的に改善することが可能となる。 以上まとめると本研究は市街地における3次元的な監視性評価をより効率的に行うシステムと方法論を提示し、同時に実証実験を通じてその有効性や改善の方向性を明らかにしており、安心・安全な都市環境を実現するために大きな貢献をしている。また、本論文の成果は柴崎らと共著で公表されているが、論文提出者が主体となって研究を実施しており、論文提出者の寄与は十分である。したがって、博士(環境学)の学位を授与できると認める。 | |
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