学位論文要旨



No 124184
著者(漢字) チェン,チウンペエン
著者(英字) CHNG,CHOON-PENG
著者(カナ) チェン,チウンペエン
標題(和) 分子動力学シミュレーションによる細菌べん毛繊維蛋白質のアンフォールディング
標題(洋) Bacterial flagellar filament protein unfolding/refolding mechanisms studied by molecular dynamics simulations
報告番号 124184
報告番号 甲24184
学位授与日 2008.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第401号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 情報生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 伊藤,隆司
 東京大学 教授 服部,正平
 東京大学 准教授 北尾,彰朗
 東京大学 准教授 中村,周吾
 東京医科歯科大学 准教授 伊倉,貞吉
内容要旨 要旨を表示する

In the self-assembly process of the flagellar filament, the micrometer-long 'propeller' of the bacterial flagellum, subunit proteins called flagellin are polymerized into the growing filament. Flagellin from S. typhimurium, the only available flagellin structure at the time of this study, has two highly conserved helical filament-core domains (D0, D1) and two Hypervariable Region (HVR) domains (D2a/b, D3) rich in beta-strands that will be exposed on the filament surface in the assembled form. Flagellins synthesized in the bacterial cytoplasm have to travel through a channel in the center of the filament leading from the cytoplasm to a cavity or 'refolding chamber' under the filament cap. As the 20 A diameter channel is too narrow for folded flagellin, this implies the coupling of unfolding/refolding processes to the protein transport. The study of these processes forms the focus of this thesis. It is known that cells contain machinery powered by ATP to unfold proteins by mechanical forces. The form flagellin takes during transport should be related to how it is unfolded. To investigate the preferred mechanical unfolding pathway of flagellin, force-probe molecular dynamics simulations have been used. Lower unfolding forces are associated with unraveling flagellin from its adjacently-located termini (producing a fully extended polypeptide chain) as compared to stretching flagellin along its length. After reaching the 'refolding chamber' at the distal end of the channel, flagellin has to be refolded before it can be assembled. Thermal unfolding simulations that probe spontaneous refolding suggest that persistent three-stranded beta-sheets in the denatured state of HVR domains might constitute folding initiation sites to guide refolding. Volume estimates indicated that the 'chamber' might accommodate only either denatured HVR domains or filament-core domains at any one time, suggesting a two-step refolding process with HVR domains folding and exiting the 'chamber' first. Insights into this natural nanoscale transport system might form the basis for future bionanotechnology applications.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は7章からなる。第1章はイントロダクションであり、まず細菌べん毛のバイオナノマシンとしての概要、タイプIII分泌装置との関係について述べられている。更にべん毛繊維蛋白質flagellinの構造や、この蛋白質が作られてから輸送装置によってアンフォールディングしチューブ状の繊維内を移動して繊維末端で折り畳む過程に関して、これまでの知見について解説している。章の最後ではこの論文の目的とそれを達成するためになぜシミュレーションを用いるかが述べられている。

蛋白質flagellinは主に4つのドメイン、D0・D1・D2・D3から構成されている。D0およびD1は分子間で相互作用しべん毛繊維のコアをなしている。D2(更にD2aとD2bに分けられる)およびD3は溶液中に突き出しており、種によって配列が大きくことなっているのでHyper Variable Region(HVR)と呼ばれる部位を含んでいる。第2章ではアミノ酸配列解析の結果に基づいて、HVRについて情報生物学的な考察を行っている。

第3章は、研究に用いた理論的手法について述べられている。この論文で用いられた主な手法である分子動力学(MD)シミュレーションの概要が記述され、更に外力を用いたMDシミュレーションと原子間力顕微鏡(AFM)との比較、高温MDシミュレーションによる蛋白質折り畳み研究について考察されている。

第4章では、MDシミュレーションによって明らかになったflagellinの単量体構造について述べられている。これまでflagellin分子全体の立体構造は、繊維状態でしか決定されていない。この章では繊維構造を初期構造とし、単量体を溶液中に溶かした状態でシミュレーションを行うことで、実験的には解かれていない原子レベルでの単量体構造を明らかにしている。具体的には、D0部位にある2つのヘリックスが部分的に壊れていることが他の部位はほぼ構造が保たれていることが明らかになった。またこの章で示されたアミノ酸残基間のコンタクトマップは、後の章でアンフォールディング過程での蛋白質の状態を定量化するための参照情報として用いられている。

第5章では、外力を用いたMDシミュレーションによってflagellinを強制的にアンフォールディングさせることで、細胞質で作られたflagellinがチューブ状繊維の中を輸送される際の形状に関して考察している。具体的には、輸送の際にflagellinのN末端とC末端が遠距離になるワイヤーモデルと、両末端が近距離になるヘヤピンモデルについて、どちらがより適切であるか詳細な検証を行っている。これらの2つのモデルでは、βシート構造の解消に必要な力の強さが大きく違っており、比較的小さな力によって構造をアンフォールディングすることができるワイヤーモデルのほうがより可能性が高いと結論付けられた。

第6章では、チューブ内での輸送後に起こるflagellinの巻き戻り過程にについて述べられている。flagellinは繊維末端にある繊維と繊維キャップの間隙にあるチェンバーで巻き戻り、繊維末端に会合すると考えられている。高温MDシミュレーションにおいて観察されるアンフォールディング過程は、これまでのさまざまな研究から巻き戻りの逆順であることが示されている。ここでは参照データとなる300KでのMDシミュレーションに加えて、400、500、600Kでの高温MDシミュレーションを行い、アンフォールディングに関する詳細な解析が行われている。その結果、繊維のコアを形成するDf1(D1の一部)とD2bにおいて比較的速く構造がアンフォールディングするのに対し、β構造を多く含むD2aとD3はより安定であることが示された。またD2aとD3はより主にβ構造からなるフォールディングコアを持つことが明らかになった。突然変異体解析との比較からはこれらのコアの存在が繊維の安定性に大きく寄与していることが示唆された。また、熱変性状態での各ドメインの大きさの解析からは、繊維末端のチェンバーのサイズはflagellin全体が一度に折り畳むには十分ではないが、D2とD3のペアとD1とDOのペアがそれぞれ個別に折り畳むには十分な大きさであることが示された。

第7章は、論文全体の結論と今後の展望が述べられている。結論としては、ワイヤーモデルに近い形でflagellinが輸送され、繊維の先端に到着するとまずD2・D3ドメインが折り畳み、D0・D1ドメインがそのあとで折り畳むとのモデルが強く示唆された。

本論文で報告された一連の成果は、べん毛繊維というナノマシンの構造構築メカニズムの理解につながるものであり、得られた結果は十分な新規性を有しこの分野の研究の進展に寄与するものと判断する。なお、本論文第4-6章は、北尾彰朗との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(科学)の学位を授与できると認める。

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