学位論文要旨



No 124198
著者(漢字) 今野,義浩
著者(英字)
著者(カナ) コンノ,ヨシヒロ
標題(和) 減圧法によるメタンハイドレート貯留層のガス生産とその律速因子に関する研究
標題(洋)
報告番号 124198
報告番号 甲24198
学位授与日 2008.10.16
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6932号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 増田,昌敬
 東京大学 教授 佐藤,光三
 東京大学 教授 登坂,博行
 東京大学 准教授 定木,淳
 東京大学 准教授 松島,潤
内容要旨 要旨を表示する

メタンハイドレート(以下,MHと記述)はメタンと水からなる包接化合物で,世界中の永久凍土地域や海底下に存在することが確認されている。1990年代以降,アラスカノーススロープやメキシコ湾,南海トラフなどで大規模な集積が発見されたことで,次世代のエネルギー資源として注目されている。日米を中心にガス生産手法に関する研究が実験的・計算的に進められており,2008年にはカナダマッケンジーデルタ陸域において,減圧法によるガス生産試験に世界で初めて成功した。このように,減圧法はMH貯留層からの有望なガス生産手法と考えられている。しかし,南海トラフで確認されているMHが単独で存在する賦存形態の貯留層においては,MH分解・ガス生産挙動は明らかにされていない。本研究では,ハイドレート貯留層シミュレータを用いてMH分解・ガス生産挙動を計算し,ガス生産律速因子を評価することで,この形態の貯留層からの減圧法によるガス生産の特徴を把握した。

ハイドレート貯留層シミュレータには,MH資源開発研究コンソーシアムで東京大学,日本オイルエンジニアリング,産業技術総合研究所が共同で開発しているMH21-HYDRESを用いた。多孔質媒体中の多相・多成分流動と伝熱,MHの生成・分解挙動を計算するため,シミュレータには様々な要素モデルが組み込まれている。本研究では,MH存在下の流動・伝熱特性(ガス-水相対浸透率,有効熱伝導率等)に関する要素モデルを構築した。また,人工のMHコアを用いた減圧法実験を実施し,実験結果と数値計算結果の比較を通して,要素モデルのパラメータを調整した。

要素モデルのうち,MH存在下のガス-水相対浸透率モデルは特に重要なモデルである。コア出口の毛管圧力効果による実験装置の影響を排除した上で,相対浸透率曲線を求めた。その結果,MH分解領域の飽和率帯において,ガスの流動1生を低くした相対浸透率曲線を用いることで,計算は実験結果を適切に再現することを確認した。水-ハイドレートの2相状態にあるMHコアに減圧法を適用した際のガスの流動性は,MHが存在しない場合に比べ低くなったが,孔隙内での分解ガスの発生・分布形態がその原因と推察された。

その他の要素モデルについては,以下のようにパラメータを調整した。

1)ハイドレート分解速度モデルにおけるMHの固有分解速度定数は,高圧セル内で測定された値3.6×104mol/(m2・Pa・s)以上に設定する。

2)氷生成・融解モデルにおける生成・融解速度定数は,10mol/(kg・K・s)に設定する。

3)有効熱伝導率の合成モデルには,各相を連続と仮定して導出した並列モデルを用い,岩相の熱伝導率は4.0W/(m・K)に設定する。

4)ハイドレート・氷の飽和に伴う浸透率低下モデルにおける低下次数は,MHが流路壁面に存在するという仮定に基づく理論値2に設定する。

パラメータ調整後,様々な条件下で実施した実験結果とシミュレータによる数値計算結果を比較した。その結果,MH飽和率が50~80%の実験に対して,計算はMH分解・ガス生産挙動を適切に再現することを確認した。また,MH飽和率が30%以下の実験についても,生産圧力が比較的低い実験については,計算はMH分解・ガス生産挙動を再現することを確認した。一方,強減圧により氷が生成する実験については,実験期間後半における水生産挙動に相違がみられた。氷生成時の流動特性の解明は今後の課題である。

さらに,シミュレータによる数値計算から,減圧法コア実験におけるMH分解・ガス生産挙動を解析した。その結果,コア内圧力は瞬時に生産圧力まで低下し,熱の供給されるコア周囲から順にMHが分解することがわかった。MHの分解がコア周囲からの熱供給に大きく依存している場合,ガスの生産挙動は実験装置の伝熱条件に左右されるため,ガスの生産性をコア実験から議論する際は注意が必要であることを指摘した。

次に,減圧法適用時のMH分解過程の検討を通じて,ガス生産律速因子を評価した。減圧法によるガスの生産過程は,MH表面での分解反応,ガス・水の流動,伝熱の3つの現象から成り立ち,進行速度の最も遅い現象が,ガスの生産速度を決めるガス生産律速因子となる。ガスの生産挙動はガス生産律速因子によって変化するため,どのような条件下でどの現象がガス生産律速因子となるかを把握することは,MH層のガス生産能力を評価する上で重要である。ガス生産律速因子の評価にあたっては,MH表面での分解反応,流動,伝熱によるメタン湧き出し速度をそれぞれ定義・導入した。各メタン湧き出し速度を比較し,最も小さい速度を示す現象を律速因子と判定することで,空間的・時間的に推移するガス生産律速因子を把握した。

減圧法コア実験におけるガス生産律速因子を評価した結果,減圧後すぐに,コア内のほぼ全領域において,ガス生産が伝熱によって律速されていたと判定された。実験で計測したMH分解速度を伝熱によるメタン湧き出し速度と比較したところ,両者はよく一致することがわかり,本実験におけるガス生産がコア周囲からの伝熱に律速されていたことが確認された。

MHを含む1次元の多孔質媒体の一端面を減圧した場合について,絶対浸透率,伝熱レート,MH飽和率,媒体のスケール,生産圧力を変化させた際のガス生産挙動を計算し,ガス生産律速因子を評価した。その結果,以下のことが明らかになった。1)生産面に近い領域では伝熱が,遠い領域では流動が律速因子となり,律速因子は時間の経過に伴って流動から伝熱に移行する,2)生産期間中のガス生産レートの変化は,律速因子の時間的な推移に対応しており,律速因子が流動から伝熱へ移行する過程でガス生産レートが大きく増加する,3)伝熱律速に移行した後は,伝熱レートを反映した一定のガス生産レートになる,4)同一の媒体特性・生産条件であっても,分解領域のスケールの変化によって律速因子は変化する。スケールが小さいほど流動律速の影響は小さくなり,実験室で用いるコアと同程度の大きさの媒体では,流動が律速因子となる期間・領域はごくわずかであった。既往の研究では,MH表面での分解反応と伝熱がガス生産を律速すると考えられていたが,実際は伝熱と流動が主要な律速因子であり,MH表面での分解反応による律速は極めて限定的であることを明らかにした。

最後に,東部南海トラフ海域のMH貯留層の圧力・温度条件を参考に仮想的なフィールドスケールの貯留層モデルを構築し,MHが単独で存在する貯留層に対して減圧法を適用した場合のMH分解・ガス生産挙動とガス生産の律速因子を検討した。水深720mの海底下に存在するMH層に仕上げた垂直坑井の排ガス半径を200mとして,坑底圧力を4MPaまたは6MPaに減圧した場合の挙動を計算した。

MH層の深度が100-120mbsfと200-220mbsfの場合,絶対浸透率が10mD,100mD,1000mDの場合,初期MH飽和率が30%と60%の場合の計算結果を比較した。その結果,律速因子が流動から伝熱に早期に移行する場合,減圧の効果はMH層内に早期に伝播しMH分解領域がMH層内全域に拡大するため,ガス生産レートが大きく増加することがわかった。一方,流動律速期間が長く続く場合は,減圧の効果が坑井近傍に限られるためにMH分解領域は拡大せず,ガス生産レートは低水準にとどまることがわかった。律速因子は,絶対浸透率が高く,貯留層の温度が高い場合に,流動から伝熱へ早期に移行し,絶対浸透率が1000mD,深度が200-220mbsf(温度が約9.8℃)のMH層を4MPaに減圧した場合,減圧開始から半年後にMH層内全域が流動律速から伝熱律速へ移行した。坑井の生産圧力は低いほど伝熱律速への移行が早くなった。一方,初期MH飽和率は律速因子の移行時期にほとんど影響しなかったが,低飽和率の方がガス回収率は高くなった。

数値計算によると,絶対浸透率が1000mD,深度が200-220mbsf,初期MH飽和率が60%のMH層を4MPaで減圧した場合,ガス生産レートは減圧開始から半年後にピークの約90,000Sm3/Dに達し,20年後に約40%の回収率が期待できる。ただし,ガス生産レートのピーク時期とその値は,ガス-水相対浸透率曲線の計算入力データによって大きく変動する結果となった。フィールドにおけるガス生産挙動の予測には,相対浸透率曲線の推定が極めて重要であることを指摘した。

以上のように本研究では,MH存在下の流動・伝熱特性に関するモデルを構築し,減圧法コア実験との比較を通してモデルパラメータを調整することによって,ハイドレート貯留層シミュレータによるMH分解・ガス生産挙動予測の信頼性を改善した。減圧法適用時のガス生産律速因子を評価する手法を構築し,減圧法コア実験およびMHを含む1次元の多孔質媒体を減圧した場合の律速因子を評価した。さらに,東部南海トラフ海域のMH貯留層を想定し,MH分解・ガス生産挙動を予測,ガス生産律速因子を評価することで,MHが単独で存在する貯留層からの減圧法によるガス生産の特徴を把握した。

本論文で示したように,MH貯留層の圧力・温度条件,貯留層を代表する浸透率・MH飽和率等の物性がわかれば,ガス生産レートとその律速因子の評価により,減圧法の適用可能性を判断できる。今後,日本周辺海域におけるMH調査が進展するなかで,本研究が減圧法の適用可能なフィールドの指標を与え,MHガス生産試験の候補地選定に貢献することを期待する。

審査要旨 要旨を表示する

メタンハイドレート(以下,MHと記述)は世界中の永久凍土地域や海底下に存在することが確認されており,次世代のエネルギー資源として注目されている。MHからのガス生産手法としては減圧法が有望であるが,南海トラフで確認されているMHが単独で存在する形態の貯留層に減圧法を適用できるかについてはまだ研究段階である。本論文では,この形態の貯留層に減圧法を適用したときのMH分解・ガス生産挙動の特徴を把握することを目的として,MH存在下の多孔質媒体内流動・伝熱特性に関するモデルを構築し,それらを導入したハイドレート貯留層シミュレータによる数値計算で,減圧法によるガス生産の特徴と律速因子を評価した。本論文は次の6章からなる。

第1章では,MH資源量とガス生産手法に関する既往の研究,各国のMH資源開発プロジェクトの動向をまとめ,本研究の目的と論文の構成を述べている。

第2章では,数値計算で用いたハイドレート貯留層シミュレータ(MH21-HYDRES)の理論をまとめている。本研究では,MH存在下のガス-水相対浸透率,有効熱伝導率等の流動・伝熱特性に関する要素モデルが新たに構築され,シミュレータに組み込まれた。

第3章では,人工のMHコアを用いた減圧法実験,実験結果との比較によるシミュレータのモデル改良とパラメータ調整,数値計算による実験の解析をまとめている。要素モデルの中で最も重要なMH存在下のガス・水相対浸透率曲線については,コア出口の毛管圧力効果による実験装置の影響を排除した上で,その形状が決定された。その結果,水-MHの2相状態から減圧法でガスが発生する過程でのガス相対浸透率は,MHが存在しない流動過程での値よりかなり低くなることを明らかにした。また,堆積物の有効熱伝導率モデルには並列モデルが妥当であることを示し,MH分解速度定数,氷生成・融解速度定数,ハイドレート・氷の飽和に伴う浸透率低下次数についてもパラメータを調整した。パラメータ調整後の数値計算による予測は,広範囲の初期MH飽和率と生産圧力の条件下で,実験のガス・水の生産挙動,圧力・温度挙動をよく再現している。以上のように,実験結果との詳細な比較を通じてモデル改良とパラメータ調整が行われ,ハイドレート貯留層シミュレータによるMH分解・ガス生産挙動予測の信頼性が大きく改善された。

第4章では,減圧法実験と1次元の理想的な多孔質媒体を仮定した数値実験で,ガス生産律速因子の評価方法とその評価結果を論じている。減圧法によるガスの生産過程を,MH表面での分解反応,ガスの流動,伝熱の3つの現象に分類し,各現象によるメタン湧き出し速度を定義し,その速度を比較することで空間的・時間的に推移するガス生産の律速因子を評価した。減圧法実験における評価では,ガス生産の律速因子を伝熱と判定し,実験で計測したMH分解速度と伝熱によるメタン湧き出し速度がよく一致することを示した。一方,1次元の多孔質媒体を仮定した計算では,絶対浸透率,伝熱レート,MH飽和率,貯留層のスケール,生産圧力を変化させた場合のガス生産律速因子を評価することで,減圧法適用時のガス生産律速因子は一般的に流動から伝熱へと移行すること,律速因子が流動から伝熱へ移行する過程でガス生産レートが大きく増加することなどを示した。既往の研究ではMH表面での分解反応と伝熱がガス生産を律速すると考えられてきたが,実際は伝熱と流動が主要な律速因子であり,MH表面での分解反応による律速は極めて限定的であることを指摘した。

第5章では,東部南海トラフ海域に存在するMH貯留層の圧力・温度条件を参考に構築した仮想的な貯留層モデルを用いて,MHが単独で存在する貯留層に対して減圧法を適用した場合のMH分解・ガス生産挙動とその律速因子を検討している。律速因子が流動から伝熱に早期に移行する場合,減圧の効果はMH層内に早期に伝播してガス生産レートが大きく増加すること,貯留層の絶対浸透率と温度が高い場合に,律速因子は流動から伝熱へ早期に移行することを明らかにした。MH層の絶対浸透率が1000mD,深度が200-220mbsf,初期MH飽和率が60%のMH貯留層を4MPaで減圧した場合,減圧開始から半年後にMH層内全域が流動律速から伝熱律速へ移行し,ガス生産レートのピークは約90,000Sm3/Dに達すること,20年後に約40%の回収率が期待できることが示されている。

第6章では,本論文の結論と今後の展望をまとめている。

以上のように,本研究では,MH存在下での流動・伝熱特性に関するモデルの構築,減圧法実験との比較によるモデルパラメータの調整を行い,ハイドレート貯留層シミュレータによるMH分解・ガス生産挙動予測の信頼性を大きく向上させた。さらに,減圧法適用時のガス生産律速因子を評価する手法を構築し,MHが単独で存在する貯留層からの減圧法によるガス生産の特徴を把握した。本研究の成果は,日本周辺海域における減圧法の適用可能なMH層の選定,ガス生産試験の評価に適用できるものであり,MH資源開発研究の促進に大きく貢献する。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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