学位論文要旨



No 124203
著者(漢字) 稲水,伸行
著者(英字)
著者(カナ) イナミズ,ノブユキ
標題(和) 組織の文化変容と行動のモデル : Agent-based Simulationによるアプローチ
標題(洋)
報告番号 124203
報告番号 甲24203
学位授与日 2008.10.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(経済学)
学位記番号 博経第236号
研究科 経済学研究科
専攻 企業・市場専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高橋,伸夫
 東京大学 教授 藤本,隆宏
 東京大学 教授 粕谷,誠
 東京大学 准教授 新宅,純二郎
 東京大学 准教授 天野,倫文
内容要旨 要旨を表示する

従来、組織現象のモデル化というと、操作化された変数(階層数や分化・統合の程度など)を用いて組織というシステム全体の挙動を表すような方程式を記述することを指すことが多かった。本研究では、これとは一線を画したアプローチをしたいと考えている。組織を構成するのは変数ではなく行為者である。一人一人の行為者が、自らの置かれた状況を考え、他の人とやりとりをしながら、自らの判断で行動していくプロセスこそが組織の本質である。本研究では、こうした行為者の行動・相互作用を中心に据えたモデル化を行う。

行為者を中心に据えた組織のモデル化を考えたときに、コンピューター・シミュレーション、とりわけAgent-based simulationという手法が有効である。第1章ではこの手法について紹介する。Agent-based simulationの「エージェント」は自律的に判断し行動する存在という意味がある。よって、Agent-based simulationでモデル作成者が予めプログラムするのは「エージェント」が従うべき単純なルールのみである。「エージェント」から構成されるシステムの存在をアプリオリに仮定し、そのシステム全体の挙動を表す方程式をプログラムするのではない。

Agent-based simulationにおいて、「エージェント」と呼ばれるコンピューター上の行為者たちは、指定されたルールから逸脱しない範囲で、自らの置かれた環境を知覚し、他の「エージェント」と相互作用し、意思決定を行っていく。このような「エージェント」の行動・相互作用の結果として、個々の「エージェント」の特性には帰すことができないような特性を持つ組織が形成されることがある。また、形成された組織がひるがえって「エージェント」の行動に影響を及ぼすこともある。このような創発現象を明らかにしようというのがAgent-based simulationの目的である。

本研究の第I部では、Agent-based simulationを用いて、組織の文化変容プロセスを考察する。潜在的な組織メンバーである行為者どうしの相互作用がいくつも連結されることで組織が作り上げられていく。そのプロセスで、行為者たちは共有される準拠枠や慣習、ルールを徐々に作り上げていく。第I部で扱おうとしているテーマは、個々の行為者の行動・相互作用から、組織全体でどのようなネットワーク(多数の行為者のつながり方)や「文化」が作り上げられ、変化していくのかである。

第2章は次のような疑問から始まる。「個々の行為者は誰と関係を結び、その関係からどのような影響を受けるのだろうか」。これについて考えたときに2つの原理が思い当たる。「類は友を呼ぶ」と「朱に交われば赤くなる」である。人びとは似通った者どうしで関係を築こうとするし、関係を通じて互いに似通ってくる傾向がある。この2つの原理が相互に作用しあうことで、組織全体のネットワークや「文化」にダイナミズムが生まれることになる。第2章ではこの2つの原理を組み込んだシミュレーションを構築し分析する。

第2章のシミュレーションの結果、興味深い事実が明らかとなる。もととなっている2つの原理からすれば、全体が均質な「文化」へと収斂してしまいそうなものである。しかし、行為者の居住する世界の空間密度(単位面積当たりの人数)次第で、全く異なるネットワークと「文化」のパターンが出現することになる。空間密度が高いと、行為者は「あちこち動き回ってさまざまな相手と相互作用」をし、多様な「文化」が維持される。空間密度が低まってくると、行為者は「ぎゅっと集まって同じ相手と相互作用」をするようになり、「文化」に収斂の傾向が出てくる。しかし、さらに空間密度が低まると、複数の「文化圏」へと分極化してしまい、「文化圏」を越えたやりとりは途絶してしまう。

我々は、自らの居住する空間とは切っても切れない関係にあるはずだが、社会学や経営学で研究を行う際、空間の影響を無視してしまいがちである。しかし、このシミュレーションは、行為者間のネットワークや、そこから生み出される組織の「文化」のダイナミズムに空間が大きな影響を及ぼしていることを示唆している。考えてみれば、非常に混み合ったオフィス空間と閑散としたオフィス空間とではそこにいる組織の雰囲気も大きく変わってくるであろう。この点に着目したのが第3章である。

第3章で取り上げるのはノンテリトリアル・オフィスである。このオフィスでは、壁やパーティションが無いようないわゆる大部屋であるだけでなく、各人の席も決まっていない。壁やパーティションがないので、どこに誰か居るのかがすぐにわかり、しかも席が決まっていないので、コミュニケーションを取りたい相手のすぐそばにまで行ける。つまり、誰をコミュニケーション相手として選ぶか、選んだ相手とコミュニケーションできるかという点において制約のないオフィスだといえる。そして、このようなタイプのオフィスで空間密度が変わるとどうなるのかを調べたところ、第2章のシミュレーションと符合する結果が得られた。空間密度の違いによって従業員たちの行動・コミュニケーションのあり方が変わり、「文化」とまでは言わないけれども、組織の雰囲気が大きく変わったのだった。

本研究の第II部では、個々の行為者の行動・相互作用からどのような組織の意思決定プロセスが見られるのかを考察する。行為者の相互作用のひとつひとつは単純なものだったとしても、それが積み重なれば複雑な機構となりうる。それゆえ、組織は、個々の行為者では解くことのできないような複雑な問題であっても解けるようになる。逆に言えば、行為者ひとりでは解くこともできないような問題を解いてしまえる組織を、各行為者が完全に理解しているとは言えないであろう。

また、多様な目的を持った行為者が集まることで組織は成り立っている。こう考えると、組織に予め共通の目的があるとは言えなくなる。個々の行為者はそれぞれが満たしたい目的を持っており、目的の点でが必ずしも一致しているわけではない。相互作用を通じて部分的には一致するのかもしれないが、全員が同じ目標を追求しようと組織に参加しているとは言えないだろう。組織は何らかの衝突・対立を常にはらんでいる。

さらに、行為者は自分の目的をかなえられるような相手を常に探している。場合によっては、組織のメンバー以外の人と関係を築こうとするかもしれない。行為者は潜在的な組織のメンバーであって、常にその組織のメンバーだとは限らない。

このような、行為者の行動と組織の意思決定をモデル化したのがCohen, March, & Olsen(1972)のゴミ箱モデルだと言える。そこで、本研究の第II部ではゴミ箱モデルを中心に分析を行う。

本研究の第4章では、ゴミ箱モデルを再構築し、検討を行う。実は、最近の研究によって、ゴミ箱モデルのシミュレーション・モデルには大きな誤謬があり、その妥当性に疑いが持たれている。そこで本研究でも、改めてモデルを構築し直し、妥当性があるのかないのかについて検討する。再構築したシミュレーションの結果、階層的な構造でこそゴミ箱モデルの言うような無秩序な意思決定プロセスが観察されることが明らかとなる。この結果は意外なものだったが、ゴミ箱モデルの提唱者たちの手による大学の意思決定プロセスに関する事例研究を読み返すと、実はシミュレーションでの意外な結果を支持するものだったことも明らかになる。このようにして、通俗的なゴミ箱モデルの理解が幻想に過ぎなかったことが示される。

第5章では、行為者たちが「ぎゅっと集まって同じようなメンバーと密にやりとり」をしているときに、どのような意思決定プロセスが見られるのかをCohen et al. (1972)のシミュレーション・モデルとノンテリトリアル・オフィスの事例分析から明らかにしていく。そこでは、比較的簡単な問題だと集まってその場ですぐに解決してしまうが、解くのに時間と労力がかかる問題だと延々とやり過ごしてしまうことが示される。

第6章では、行為者たちが「あちこち動き回ってさまざまなメンバーとやりとり」をしているときに、どのような意思決定プロセスが見られるのかをCohen et al. (1972)をもとにしたシミュレーション・モデルによって明らかにしていく。そこでは、頻繁に意思決定を要求されるような状況になるほど、そのような行動・相互作用のあり方は問題解決を阻害し、やり過ごしを助長することが示される。

以上のように本研究では、組織の(潜在的な)メンバーである行為者をモデル化することで、組織全体の「文化」変容や意思決定・行動に迫る。もちろん、このような視点がこれまでになかったわけではない。しかし、Weick(1979)の組織化プロセスやCohen et al. (1972)のゴミ箱的意思決定プロセスのように、半ばメタファーとして語られるか、十分に成熟しきれていない粗い理論になってしまうかしかなかった。本研究は、Agent-based simulationというツールの助けを得てモデル化し、新たな知見を得ようという試みである。

審査要旨 要旨を表示する

この論文は、組織の文化変容と企業行動をagent-based simulationによって分析し、そこから得られた知見の一部を実際にノンテリトリアル・オフィスの事例分析に応用しようとしたものである。本論文の構成は次のようになっている。

序章

第I部組織の文化変容のモデル

第1章Agent-based simulationの方法論

第2章「類は友を呼ぶ」と「朱に交われば赤くなる」

第3章 空間密度が行動・コミュニケーションに与える影響

第II部組織の行動のモデル

第4章幻想としてのゴミ箱モデル

第5章ゴミ箱モデルの再生に向けて

第6章コミュニケーションの罠

結章

補章ノンテリトリアル・オフィス研究への示唆

なお第3章は『組織科学』に掲載が決まり、第4章と第5章の一部は『行動計量学』、補章は『赤門マネジメント・レビュー』に既に掲載済みであり、それぞれが評価の高いレフェリー付き学会誌に掲載されており、各々は完成度の高い研究としての評価を得ている。

各章の内容の要約・紹介

各章の内容を要約・紹介すると次のようになる。

序章は、この博士論文全体の導入であり、組織をモデル化して分析する際に用いられるコンピュータ・シミュレーションの手法について紹介を行い、特に研究アプローチとしてのシミュレーションの方法論的な長所と短所について整理している。この博士論文で採用されているagent-basedシミュレーションは、複雑系の流行を背景にして注目を浴びるようになったのだが、実は、従来のシミュレーション研究の欠点・弱点を克服するという意味でも注目されることが明らかにされる。すなわち、従来のシミュレーションでは、結果が最初から予想のつくようなものが多く、出したい結論を狙ってモデルの設定を恣意的に行ったのではないかと懐疑的に見られがちであった。それに対して、agent-basedシミュレーションの場合には、各エージェントのルール自体は簡単なものでも、多数のエージェントが互いに影響を与え合いながら行動することで、個別エージェントの行動を積み上げた全体では、予測もできなかったような複雑な動きをするようになるという創発現象にその特徴があり、恣意性を回避することに成功している。

第I部は、三つの章からなり、代表的なagent-basedシミュレーションのモデルを紹介し(第1章)、そのうち二つのモデルのルールを組み込んだ独自のモデルを構築して「空間密度」による違いをagent-basedシミュレーションによって分析し(第2章)、さらにそれを実際のベンチャー企業X社の事例研究に結びつけて分析している(第3章)。

まず第1章では、この博士論文で用いられるagent-basedシミュレーションについての解説が行なわれる。このタイプのシミュレーションでは、複数のエージェントが、それぞれのルールに基づいてコンピュータ上の空間で行動する。Schellingの「分居(segregation)モデル」、Axelrodの「文化の流布(disseminating culture)モデル」(厳密にはセル・オートマトン)、Epstein&Axtellの「人口社会」(sugarscape)などをきっかけにして社会科学分野で注目されるようになった。これらのモデルの紹介においても、エージェントの空間密度が重要なパラメータであることが示唆される。このような鍵となるパラメータの発見が、経営組織論の分野への応用には重要な意味をもつことになる。

次に第2章では、Schellingの「分居モデル」で用いられた「類は友を呼ぶ」、Axelrodの「文化の流布モデル」で用いられた「朱に交われば赤くなる」という二つの原理をルールとしてエージェントに組み込んだシミュレーション・モデルを構築して分析している。そして空間密度が高ければ多様な文化が維持されるが、空間密度が低ければ複数の文化圏に分かれて圏間の交流は途絶し、その間のほどよいバランスの空間密度の場合には、文化が収斂する傾向が見られるという意外な結果が示される。ここから、このシミュレーション・モデルの空間を物理的なオフィス空間に置き換えて、オフィス空間の密度と組織文化の関係を解明しようとする着想が生まれる。

こうして、第3章では、壁やパーティションがない大部屋で、なおかつ各人の席も決められていないような、いわゆる「ノンテリトリアル・オフィス」の事例研究が行われる。ノンテリトリアル・オフィスをめぐる文献レビューは補章にまとめられているが、この第3章では、ベンチャー企業X社に対して、参与観察、質問票調査、インタビュー調査を行なった結果、実際に、半年程度の比較的短期間であっても、オフィス空間の密度(単位面積当たりの従業員数)が大きく変化することで、従業員の行動やコミュニケーションのパターンが大きく変わったことが明らかにされている。

第II部の三つの章は、ある意味で古典的な組織シミュレーション・モデルであるゴミ箱モデルを例にとって、空間に組み込まれた「構造」の影響を分析している。その際、視覚的にプロセスの確認が可能になるというagent-basedシミュレーションの特徴を生かした分析が行なわれる。もともとFortranで組まれ、結果と統計しか出力していなかったゴミ箱モデルのプロセスを視覚的に確認するために、agent-basedシミュレーションのモデルとして再構築し、ゴミ箱モデルのオリジナルの分化モデルを検討した後(第4章)、後に頻繁に言及されるようになった未分化モデルを検討し(第5章)、さらに意思決定を要求される頻度によって分化一未分化に由来するパフォーマンスが影響を受けることを見出す(第6章)。

まず第4章では、Cohen,March,&Olsen(1972)(以下、CMO)のゴミ箱モデルの誕生までに至る学説史とその後の普及、さらに最近になって政治学の会野でBendor,Moe,&Shotts(2001)(以下、BMS)によって行われた痛烈な批判に対する検討を行っている。BMSが問題にしたのは「構造が未分化(unsegmented)になればなるほど、意思決定への参加者の顔ぶれが刻々と変わり、意思決定はタイミングによって行われることになる」というゴミ箱モデルの主張である。BMSによれば、実際にモデルを再構築して検証したところ、未分化な構造では、意思決定者や問題が一塊になって選択機会を渡り歩いていて、意思決定への参加者の顔ぶれは固定し、タイミングに依存することなく意思決定が行われていたというのである。

実は、BMSは未分化の構造のもとでの意思決定プロセスに焦点を当てたもので、それ以外の構造のもとでのシミュレーションは検討されていなかった。そこで稲水氏はまずfortran90、Excel、KK-MASでCMOのゴミ箱モデルのシミュレーションがきちんと再現されているかどうかをチェックした上で、実際にシミュレーションを行ってその検討を行い、階層的な構造におけるシミュレーションの結果は、ゴミ箱モデル的な意思決定プロセスになっていたことを明らかにしたのである。しかも、この「ゴミ箱モデルの主張」とされるものが通俗的な理解であって幻想に過ぎず、実は、CMOにも、その後のMarchたちの事例研究にも、未分化な構造になればなるほど無秩序な意思決定プロセスになるという主張はなされていなかったことも明らかにしている。

それでは、未分化な構造のもとでは、どのような意思決定プロセスが展開していたのであろうか。それを検討するのが第5章である。この章では、未分化の構造におけるCMOモデルをagent-basedシミュレーションのモデルとして再構築して確認している。その結果として、(1)問題負荷が軽いと、意思決定者たちが集まり、その場で解決してしまうが、(2)問題負荷が重いと、問題と意思決定者が一塊になって選択機会を渡り歩き、やり過ごしばかりになってしまうことが明らかにされる。BMSはこうした現象が生じることを非現実的であると批判したのだが、実は、稲水氏によれば、実際の組織でも観察されることが、大手携帯電話会社Y社の法人営業本部のノンテリトリアル・オフィスの事例で明らかにされる。すなわち、BMSの批判にもかかわらず、CMOのシミュレーション・モデルは、現実の組織をよくとらえていたことになるのである。

そして第6章では、意思決定を要求される頻度が低ければ、コミュニケーション・ネットワークが張り巡らされているほど問題解決のパフォーマンスは向上するという常識的な傾向があるのだが、意思決定を要求される頻度が高い場合には、かえってパフォーマンスを低下させることを明らかにしている。このことは、これまでゴミ箱モデルでは主張されてこなかったことで、稲水氏はこれを「コミュニケーションの罠」と呼んでいる。しかも、コミュニケーション・ネットワークが分化しているときには「見過ごし」が増え、コミュニケーション・ネットワークが広がると「やり過ごし」が増えるという傾向があることもわかった。これらはシミュレーション・モデルから導き出された仮説であり、実際にそうした現象が見られるのかどうかは今後の研究課題であるが、agent-basedシミュレーションの創発性を示すという意味では、意義のある結果であると考える。

論文の評価

この論文は、1963年のCyert&March、1972年のCMOで注目を浴びた経営組織論におけるコンピュータ・シミュレーション研究において、新時代の到来を告げる画期的な研究である。CMOのゴミ箱モデルは、膨大な引用件数にもかかわらず、実際にシミュレーション・モデルを構築して追試ないしは発展研究を試みた例は非常に少なく、CMOの著者たちですら、その後30年以上にもわたって、1972年の論文に掲載されたシミュレーションの結果を使い回していたといってもいいような状態であった。そんな中で、この博士論文の果たす役割は誠に大きい。

たとえば、この論文の中では非常に地味な存在にしか見えないが、fortran90、Excel、KK-MASでゴミ箱モデルを再現し、この3通りの再現では全く同じ結果が得られたにもかかわらず、それはCMOの結果とは同じにはならなかったということだけでも驚きに値する。この博士論文の全体の流れからすれば、省略されるべきなのかもしれないが、この違いが単に単精度と倍精度の違いによる丸め誤差の問題なのかどうか、さらに稲水氏が指摘するように、他にもCMOでは不可思議なパラメータの設定が行なわれていることの影響など、この部分だけでも興味は尽きない。

しかし、コンピュータ・シミュレーションという意味で「新時代の到来」と呼ぶにふさわしいのは、agent-basedシミュレーションを採用したことで、シミュレーションのプロセスを視覚的に確認することが可能になり、そのことの効用をいかんなく分析に発揮してみせたという点にある。このことで、BMSらが21世紀に入ってから指摘したような疑問に関しても、水掛け論で終わることなく、第4章・第5章のように明確に答えることができることを示した点は、まさに画期的である。また、プロセスを視覚的に確認することが可能になったことで、ノンテリトリアル・オフィスに関しても、たんなる流行の一つではなく、組織ができる瞬間やその起源を探るための実験場として活用する道を開いたことは大きな貢献である。

もちろん、この論文にも問題点はある。組織をシミュレーションで分析するという一般性のある取組であるにもかかわらず、実際に事例として取り上げられるのはノンテリトリアル・オフィスの例だけである。しかし、この他にも分析できそうな事例はいくらでも存在しているのであり、たとえば、(1)ある企業が別の企業を吸収合併し、多数派の文化と少数派の文化が衝突するようなケースや、(2)技術革新・研究開発において、Axelrodの集団安定(collectively stable)の概念と同様に、単一文化をもった集団に異質な文化を持った突然変異個体が生まれるケースなどは、非常に興味深い文化変容の例として容易に想像されるが、この論文では扱われておらず、future researchのまま残されている。

また、確かにシミュレーションの結果のインプリケーションを考えるという意味では、ノンテリトリアル・オフィスは好適な例ではあるが、もしシミュレーションの結果を実際のオフィスでのデータで検証しようとするならば、綿密に練られた追加調査をする必要があり、その検証はこの論文では行なわれていないということも問題点として残る。

しかしながら、これらの問題点を残すとはいえ、この論文が経営学分野においては画期的な研究成果であることは疑いようもない。

以上により、審査委員は全員一致で本論文を博士(経済学)の学位授与に値するものであると判断した。

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