No | 124206 | |
著者(漢字) | 谷川,衝 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | タニカワ,アタル | |
標題(和) | 初期連星を多数含む星団の力学進化 | |
標題(洋) | Dynamical Evolution of Star Clusters with Many Primordial Binaries | |
報告番号 | 124206 | |
報告番号 | 甲24206 | |
学位授与日 | 2008.10.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(学術) | |
学位記番号 | 博総合第849号 | |
研究科 | 総合文化研究科 | |
専攻 | 広域科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 球状星団は球状に分布した十万個程度の星から構成されている。我々の銀河には150 個程度存在し、銀河ディスクだけでなく銀河ハローにも存在する。球状星団は様々なタイプの銀河に観測されており、銀河の単位光度当たりの球状星団の数は幅広い。 球状星団は一粒子が質点である自己重力多体系としてよくモデル化される。球状星団質量のほとんどが星からなっているからである。大体百万年の間、球状星団は力学平衡状態にある。しかし、より長い時間でみると、球状星団は力学平衡状態にはない。星の軌道エネルギーが他の星との二体相互作用を通して大きく変化する。この過程は二体緩和と呼ばれており、球状星団の典型的な二体緩和時間は一億年から十億年である。 星団の力学進化は熱力学平衡が存在しないという点で興味深いトピックの一つである。普通、星団の速度分散は内側に向かって増えるので、二体緩和を通してエネルギーは星団の内側から外側へ流れる。そうすると、星団の内側の速度分散は下がり、星団の内側は収縮する。星団の外側では逆のことが起こる。星団の内側が十分収縮し高密度になったとき、星団のコアはそれ自身で自己重力系となる。このときエネルギーがコアから外へ流れると、コアの速度分散は上がり、コアは収縮する。コアの速度分散の上昇により、さらにエネルギーがコアから外側に流れ、コアは暴走的に収縮する。この暴走的な過程は重力熱力学的コア崩壊と呼ばれている。 重力熱力学的コア崩壊によるコアの密度の上昇により、三つの単星の遭遇が頻繁になり、その結果連星が形成される。三つの単星の遭遇により形成された連星は三体連星と呼ばれている。 三体連星を含んだ星団の力学進化はより複雑である。原理的には一つの連星から無限のエネルギーが放出されうるからである。硬い連星は周囲の星との相互作用を通して、より硬くなり周囲の星に運動エネルギーを与える。ここで連星の硬軟はその束縛エネルギーが周囲の星の平均運動エネルギーより高いか低いかで決まっている。硬い連星の硬くなる速さはその硬さによらない。硬い連星の一相互作用当たりの硬くなる割合はその硬さに比例し、相互作用の起こる速さはその硬さに反比例して、相殺されるからである。 連星から放出されるエネルギーにより、星団の重力熱力学的コア崩壊は止まる。しかし、コアの力学進化はこれで終わりではない。連星から放出されるエネルギー量がコアの収縮を止めるのに必要な量よりも多いと、コアは膨張する。コアの膨張により、コアの速度分散は周囲より低くなる。コアの周囲からコアに向かってエネルギーが流れ、さらにコアが膨張する。これは重力熱力学的コア崩壊の逆の過程である。コアの膨張はコアと周囲の速度分散の逆転が収まったときに止まり、この後、再びコアは収縮に転じる。このようなコアの収縮と膨張の繰り返しは重力熱力学的コア振動と呼ばれている。 初期連星を含む星団の力学進化は初期連星を含まない星団の力学進化と大きく異なる。コアの収縮は重力熱力学的コア崩壊が起こる前の比較的コアが大きいときに止まる。初期連星が多数存在する場合、コアが比較的低密度でもコア収縮を止めるくらいのエネルギーが連星から放出されるからである。この場合、放出されるエネルギーはコアの密度の二乗に比例する。一方、初期連星のない星団の場合は、連星から放出されるエネルギー量はコアの密度の三乗に比例する。 初期連星を含む星団を考えることは自然なことである。おそらく球状星団には多数の初期連星が含まれているであろう。太陽近傍では多数の連星が観測されている。例えばα Canis Majoris、α CanisMinoris、α Scorpii である。太陽近傍の星が互いに相互作用するのはまれなので、ほとんどの連星は力学的に形成されたのではなく、星形成期に形成されたと考えられている。そのような初期連星は球状星団でも形成されたであろう。 初期連星を含む星団の力学進化を調べるとき、N 体シミュレーションは最も強力な方法である。N体シミュレーションは第一原理、すなわちニュートンの万有引力の法則にしか従わないからである。球状星団のN 体シミュレーションを行うには、連星の特別な取扱いを含んだコードが必要となる。もしそのような取扱いなしで単純にN 体シミュレーションをしてしまうと、連星の内部運動の計算のせいで、ほとんどの計算時間を費やしたり、シミュレーションの精度が低くなってしまったりする。これは、連星の軌道周期が星団の力学時間より数桁小さく、連星の大きさも星団の大きさより数桁小さいことに由来する。 私はこの博士論文で、以下の三つを行った。一つめは連星の取扱いを含んだN 体シミュレーションコードの開発である。私はこのコードをGORILLA と呼んでいる。二つめは、初期連星を含む星団の力学進化の研究である。このときGORILLA を用いたN 体シミュレーションの結果を基にした。三つめは、上のN 体シミュレーション結果の天体物理学への応用としての、球状星団内で形成される二重中性子星の数とその合体率の見積りである。以上三つについて以下に述べる。 現在、二種類の連星の特別な取扱いを備えたN 体シミュレーションコードが公開されている(AarsethによるNBODY、McMillan らによるkira) にもかかわらず、私が新しくN 体シミュレーションコードGORILLA をスクラッチから開発したのは、上の二つのコードの改変が開発者以外に困難であるからである。GORILLA では比較的孤立した二体の内部運動が解析的に解ける二体運動として近似される。 私はGORILLA のテストシミュレーションとして、乱数種の異なる粒子数一千で初期連星のない星団十個のN 体シミュレーションを行った。このシミュレーションでは、星団が最初の重力熱力学的コア崩壊時刻の三倍の時間だけ進化している。その結果、9 個星団でのエネルギー誤差は1%であり、1 個の星団でのエネルギー誤差は10%であった。 これらのエネルギー誤差はコアの進化を扱うには大きすぎるように見える。コアのエネルギーが星団全体のエネルギーに対して1%から10%だからである。しかし、これらのエネルギー誤差によるコアの進化への影響は小さい。これらのエネルギー誤差の大部分が連星の束縛エネルギーの誤差だからである。GORILLA で用いている近似では、連星の束縛エネルギーは他の星の摂動が比較的大きくても、一定としている。実際には、他の星の摂動によって連星の束縛エネルギーは変化する。この違いがエネルギー誤差を生む。 私はGORILLA を使ったN 体シミュレーションを基にして、初期連星を含む星団の力学進化を調べた。過去の研究により、初期連星を含む星団は重力熱力学的コア崩壊が起こる前に、一度コア収縮が止まり、二体緩和時間の数十から数百倍の間、コアがゆっくりと収縮し、その後重力熱力学的コア振動が起こることが明らかとなっている。しかし、これは広い初期連星のパラメータ空間の一部分の結果である。初期連星のパラメータとは連星の割合、束縛エネルギー分布、離心率分布などである。これらは理論的にも観測的にも既知でない。ほとんどの過去の研究では連星の束縛エネルギー分布を対数スケールで一様と固定している。 私は連星の束縛エネルギー分布に対する星団の進化の依存性に注目した。連星の束縛エネルギー分布に星団の進化が強く依存すると予想できる。星団を熱するエネルギー量が連星の束縛エネルギーに依存するからである。軟らかい連星は星団を熱しない。他の星との相互作用で壊れるからである。硬すぎる連星は星団を熱しない。一度の相互作用で放出するエネルギーが大きすぎるため、相互作用に関わった星がその相互作用で得たエネルギーを他の星に与える前に星団から脱出してしまうからである。ほどほどの硬さの連星のみが星団を熱する。 私は16384 個で等質量の粒子を含む13 個の星団のシミュレーションを行った。それぞれの星団は初期連星の異なる束縛エネルギー(Ebin,0) と、全初期連星質量と星団質量の異なる割合(f(b,0)) を持つ。f(b,0) = 0.1 でE(bin,0) = 1kT、3kT、10kT、30kT、100kT、300kT, の星団と、f(b,0) = 0.03 でE(bin,0) = 3kT、30kT、300kT の星団、0.3 でE(bin,0) = 3kT、30kT の星団を用いた。ここでkT とはエネルギーの単位で、3/2kT は全星団の粒子の運動エネルギーの平均である。f(b,0) = 0.1 の場合の束縛エネルギーの大小の極限として、初期連星がすべて二倍質量の星に入れ替わった星団と初期連星のない星団のシミュレーションもあわせて行った。 このような連星の束縛エネルギー分布の星団の力学進化を調べることで、束縛エネルギー分布の違いによる星団の力学進化の違いの幅を抑えることが出来る。連星の束縛エネルギー分布に幅がある星団の進化は上のようなデルタ関数的な分布の星団の進化の重ね合わせで表すことができるからである。 私はまず、全初期連星質量と星団質量の割合がf(b,0) = 0.1 の星団のコア半径の時間進化を調べた。束縛エネルギーが小さい場合(E(bin,0) = 1kT、3kT) と大きい場合(E(bin,0) = 300kT、1000kT) で、深い重力熱力学的コア崩壊が起こった。一方で、束縛エネルギーが中間の大きさの場合(E(bin,0) = 10kT、30kT、100kT) にはコア崩壊が途中で止まった。コア崩壊の深さは初期連星から放出されるコアを熱するエネルギーの量に依存する。エネルギーの量が多ければコア崩壊は浅くなり、少なければ深くなる。 束縛エネルギーの小さい初期連星を含んだ星団が深いコア崩壊を起こすのは、これらの初期連星が他の単星や連星との遭遇を通して壊れてしまい、星団を熱するエネルギーを放出できない、または放出してもコア崩壊を止めるのに十分でないからである。一方、束縛エネルギーの大きい初期連星を含んだ星団が深いコア崩壊を起こすのは、これらの初期連星が他の単星や連星と遭遇すると、星団を脱出するのに十分なエネルギーを放出するため、これらの星が連星が放出したエネルギーを持ち去ってしまい、星団を熱することができないからである。 私は次に、初期連星の質量の割合(f(b,0)) に対する星団コアの進化の依存性を調べた。E(bin,0) = 30kT、300kT の星団ではf(b,0) が異なってもコア崩壊の止まるコアサイズの差はそれぞれで二倍以内であった。一方、E(bin,0) = 3kT の場合、f(b,0) = 0.3 の星団ではf(b,0) = 0.03 と0.1 に比べて1 桁大きいコアサイズでコア崩壊が止まった。この結果はE(bin,0) = 3kT であっても、初期連星の数が十分多ければ、コア崩壊を止めるのに十分なエネルギーをそれらの初期連星が放出できることを示している。 また私は初期連星の質量の割合がf(b,0) = 0.1 の星団の脱出単星及び脱出連星について調べた。それぞれの数は初期連星の初期の束縛エネルギーが大きいほど、多くなった。一方、脱出連星の束縛エネルギーはどの星団においても、100kT から1000kT の間であった。 最後に上のN 体シミュレーション結果を用いて、球状星団内での二重中性子星形成率とその重力波放出による合体率を見積もった。二重中性子星は重力波観測の対象として非常に重要である。また、短いガンマ線バーストの前駆体候補でもある。球状星団の中では、多くの二重中性子星が形成されている可能性がある。連星と単星である中性子星が相互作用をすれば、連星の片方の星と中性子星が交換される可能性が高い。球状星団中では中性子星が最も重い星だからである。このような相互作用の繰り返しにより、二重中性子星が形成される。 見積りの結果、一つの球状星団あたり200 個程度の二重中性子星が形成され、そのすべてがハッブル時間以内に合体することが明らかとなった。我々の銀河には150 個程度の球状星団が存在するので、我々の銀河の球状星団起源の二重中性子星の合体率はハッブル時間で30000 個となる。これは、我々の銀河全体の二重中性子星の合体率に匹敵する。 | |
審査要旨 | 多くの恒星が集まってできている銀河、球状星団、あるいは銀河団といったシステムは、多くの粒子が重力だけで相互作用しているシステム、すなわち重力多体系として扱うことができる。これらの系の力学的進化がどのようなメカニズムで起きるかによって、重力多体系は衝突系と無衝突系に分かれる。無衝突系とは、2 体衝突による熱力学的緩和が無視できるようなシステムのことである。無衝突系の代表的なものは銀河であり、緩和時間は10(16) 年以上と、宇宙の年齢の10(10) 年よりもはるかに長い。これにたいして球状星団は衝突系の典型的な例であり、緩和時間が108 ないし109 年程度と短い。したがって、球状星団の多くは、形成以来、緩和時間の数倍から数十倍の時間を経て来ているので、熱力学的平衡状態に到達していることになる。しかしながら、重力多体系は一般に熱力学的平衡状態が存在しない。このことにより、球状星団の熱力学的進化は古くより天文学上の重要かつ困難な問題であった。 球状星団は数十万程度の恒星からなっているので、恒星を質点とみなして、重力多体系として数値シミュレーションする方法が最も現実を近似している。しかし、このN 体シミュレーションは多くの計算資源を必要とするので、現実的な粒子数をとっての計算は行えなかった。これまでの球状星団の熱力学的進化に関する研究では、ガス近似、フォッカー・プランク近似などの段階を経て、近年になって、ようやくN 体シミュレーションにより、重力熱力学的振動と呼ばれる現象が起こることが示された。つまり、星団の中心部において、熱が外側へ輸送されることに伴い、中心部コアが重力熱力学的に収縮していき、恒星の密度が高くなると、3 体衝突により、連星が形成される。この連星が新たな熱源となり、星団中心部に熱を供給するので、星団中心部が収縮から膨張に転じるからである。 本来、星団の初期状態には連星がたくさん含まれている。しかし、これまでの研究の多くは、星団の初期状態として、連星を含まない状態からシミュレーションを開始している。熱源としての連星の働きを十分理解するには、初期にどのような内部エネルギーをもった連星がどのくらいあればよいかを調べねばならない。 論文提出者は上のような方向の研究、すなわち球状星団の進化の研究をより現実的な初期連星の効果を考慮したものに拡張することと、その応用として、球状星団における二重中性子星連星の形成率の見積もりの2 つを行なった。 本論文は5 章からなる。論文は、共著者との連名で出版予定であるが、そのすべてが論文提出者の谷川衝が筆頭著者であるだけでなく、彼の主導で研究が進められたものであることを論文審査において確認した。なお、その論文の内容を主論文のなかに含めることについては、共著者の承諾書が得られている。 本論文第1 章は序論であり、以上のような研究の背景や従来の研究の問題点をまとめ、本研究の目的と意義を述べている。 第2 章では、球状星団のN 体シミュレーションを効率的に行うために、著者自ら開発したシミュレーションコード"GORILLA" について述べられている。このコードの特徴は、他の恒星からある程度離れた場所に存在する連星を、ケプラー運動する2 体として分離し、その連星を新たに質点として扱うものである。この簡単な処方により、既存のコードでは計算が途中でストップするような場合でも、容易に計算が継続可能になった。このことにより、第3章に示された計算結果がはじめて得られており、高く評価できる。 第3 章では、上記のシミュレーションコード"GORILLA" を使い、球状星団に初期連星が含まれている場合に、重力熱力学的振動がどのように進むかを詳しく調べた結果が述べられている。主に2つの初期パラメータについて、詳しく調べている。ひとつは初期の連星の割合であり、残るひとつは、連星の内部エネルギーの大きさである。球状星団の質点1個あたりの初期運動エネルギーを1:5kT とすると、連星の内部エネルギーが小さい(1kT, 3kT) 場合と大きい(300kT, 1000kT)場合には、重力熱力学的崩壊が深くなり、中間(10kT, 30kT, 100kT) の場合は、途中で止まった。この傾向は、次のようにして説明される。連星の内部エネルギーが小さい場合は、連星そのものが第3体との衝突により壊されてしまうことで、熱源とはならない。また、内部エネルギーが大きい場合は、連星と相互作用した第3体が大きな反跳エネルギーを得て、球状星団の外に飛び出してしまうので、星団にエネルギーを与えることができないので、これも熱源とはなり得ない。また、初期連星の割合は、主に内部エネルギーの小さい(3kT) 場合に顕著に現れる。連星の割合を3%、10%、30%と増やしていくと、30%で重力熱力学的崩壊が途中で止まった。これらの結果は、球状星団中における初期連星の内部エネルギーの分布が本質的に重要であることを明らかにした点で評価できる。 第4 章では、第3 章における結果を用いて、球状星団中で形成され、星団より飛び出してくるであろう二重中性子星連星の形成率を見積もった。二重中性子星連星は、ショートガンマ線バーストの母天体として近年注目を浴びている天体である。著者の見積もりでは、球状星団中心で形成されたこれらの二重中性子星連星の総数はわれわれの銀河全体で、数千から数万個におよぶという結果を提示している。このことは、われわれの銀河系に存在する二重中性子星連星のかなりの部分が球状星団起源であることを示唆する。 第5 章は、上記のまとめである。 論文提出者はN 体シミュレーションコードを自ら作成し、球状星団中に初期連星が多く含まれる場合の、重力熱力学的進化の計算を行った。その結果、初期連星の内部エネルギー分布が非常に重要であり、その後の球状星団の熱力学的進化を決定することを明確に示した。さらに、その結果を、球状星団の中心部で起こる二重中性子星連星の形成に応用し、その形成率を見積もった。得られた形成率は、われわれの銀河の二重中性子星連星の起源に重要な示唆を与えることになった。この結果は球状星団の力学進化における初期連星の重要な役割を明確にした画期的なものである。 以上を要するに、本論文は衝突系の熱力学的進化の研究と、二重中性子星連星の形成という宇宙物理の研究の2 つの重要な分野において、新しい知見をもたらすとともに、新しい発展の可能性を開くものである。よって本論文は博士(学術)の学位論文としてふさわしいものであると、審査委員会は認める。 | |
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