学位論文要旨



No 124207
著者(漢字) 玄,彩華
著者(英字) Xuan,Cai Hua
著者(カナ) ゲン,サイカ
標題(和) TLR4の細胞内局在制御におけるTLR4細胞質内ドメインの役割
標題(洋)
報告番号 124207
報告番号 甲24207
学位授与日 2008.10.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3168号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北村,俊雄
 東京大学 教授 清野,宏
 東京大学 准教授 田村,智彦
 東京大学 准教授 堀本,泰介
 東京大学 講師 秋山,泰身
内容要旨 要旨を表示する

Toll様受容体(TLR)は自然免疫において、病原体に共通の構造パターンを認識し第一線で病原体を排除するともに獲得免疫を誘導する役割を持っている。TLRはリガンドを認識する場所により二つのグループに分けられる:TLR1, 2, 4, 5, 6等は細胞表面で病原体膜成分を認識し、TLR3, 7, 8, 9等は細胞内で病原体核酸成分を認識する。リガンド刺激を受けると、TLRは細胞内分布が大きく変わりオルガネラの間で移動する。これらのTLRのリガンド認識場所とリガンド刺激後の局在変化は病原体認識及びシグナル伝達において非常に重要である。このようなリガンド刺激後の局在変化はTLR9において明らかにされている。非メチル化DNA (CpG)により細胞を刺激すると、TLR9は粗面小胞体よりendosome/lysosomeに移動する。そしてendosome/lysosomeでTLR9は細胞内に取り込まれたCpGを認識する。さらにリガンド認識場所の微妙な違いはTLR9の応答を大きく変える。TLR9はそのリガンドであるCpG-A及びCpG-BのわずかなDNA配列の違いに対して大きく異なる応答を示す。それはCpG-Aが細胞内に取り込まれてlate endosomeに留まり、late endosomeにてTLR9により認識されるのに対し、CpG-Bはlate endosomeを通過しlysosomeでTLR9により認識されることによる(1)。当研究室はTLR4においてもリガンド刺激後のTLR4の細胞内への移動が、TLR4のシグナル伝達に重要であると報告している(2)。その中で、TLR4はLPS刺激後にアダプター分子のTRAMと会合し、細胞膜からendosome/lysosomeへと移行することを明らかにした。そして細胞内のendosome/lysosomeで、TRAMとTRIFの下流のアダプター分子TRAF3に出会うことで、更なる下流へのシグナル伝達に繋がるということを報告した。TLR4シグナルにはMyD88依存性経路とTRIF依存性経路の二つの経路があり、それぞれ炎症性サイトカインとI型インターフェロンを産生する。炎症性サイトカインは全てのTLRが産生するが、I型インターフェロンにおいてはTLR3, 4, 7, 9が産生し、TLR4以外は全てが細胞内のTLRに限られている。このことよりTRIFシグナルを活性化する為には、TLR4が細胞内へと入る必要があるということが予想された。そして当研究室が報告した結果は細胞内にてTRIFシグナルが起こることを示唆した。これらのことよりTLR4の細胞内における局在制御によって、シグナル伝達が制御されていることを示唆している。従って、TLR4によって誘導されるLPS応答を理解する上で、TLR4の細胞内での局在が如何に制御されているかを理解することが重要である。本論文において、TLR4の細胞内局在の制御を分子レベルで理解するために、TLR4の細胞内ドメインの中で、TLR4の細胞内局在を制御している部位の解析を行った。

TLR4のinternalizationには、細胞内輸送小胞の中で一番良く知られているクラスリン被覆小胞が関与するという報告がなされていることから、積荷のタンパクを認識しクラスリン被覆小胞に積み込む仲介の役割を持つadaptor protein complex(AP)に注目し、TLR4の細胞内ドメインの中で、APにより認識されると思われるYxxφ,di-leucineないしはYxxφ類似モチーフに着目した。TLR4の細胞内領域にはYDAFとYRDFのYxxφモチーフ、(EL)YRLLのYxxφ或はdi-leucineモチーフと、YSRG,YSSQ,YEIA,YLEWのYxxφ類似モチーフがあることが分かり、これらのモチーフをそれぞれ四つのアラニンに置換し、TLR4変異体を作製し、解析を行うことにした。解析を進める上では、リガンド刺激で細胞内に入らないTLR2の細胞内領域と並べて比較することで、TLR4の細胞内制御機構をより明らかにすることを図った。

まず、LPS刺激後のTLR4のエンドサイトーシスを検討した。結果として、LPS刺激後に起こるエンドサイトーシスは一つのYxxφモチーフのYRDF/aaaaと、一つのYxxφ或はdi-leucineモチーフの(EL)YRLL/aaaa-TLR4変異体において認められなくなり、TLR4のinternalizationにはYRDFとYRLLモチーフが重要であることが分かった。興味深いことに、リガンド刺激で細胞内に入らないTLR2には、YRDFとYRLLモチーフが存在しておらず、TLR4にユニークなモチーフであることが分かった。

以上の結果を得ると共に、3つのTLR4変異体(YSSQ/aaaa、YDAF/aaaa、YLEW/aaaa)において、細胞表面への発現が低下していることが明らかとなった。細胞表面発現の低下がもっとも顕著なのはYDAF/aaaaとYLEW/aaaa-TLR4変異体であり、興味深いことに、YDAFは細胞表面に発現するTLRの中でTLR2だけに共通してみられており、YLEWは細胞表面に局在するTLRに特異的に存在することが分かった。次に、細胞表面へと移動する過程でどの段階で止まっているのかを調べる為に、細胞表面発現がもっとも顕著に低下しているYLEW/aaaa-TLR4変異体を用い、TLR4細胞表面発現に必修とされるTLR4の糖鎖修飾を検討して見た。TLR4は90kDaのI型膜貫通蛋白質であり、N-linked糖鎖修飾を受け、その結果110kDaのimmature formと130kDaのmature formとなり、細胞表面にはmature formのみが出る(3, 4)。YLEW/aaaa-TLR4変異体を生化学的に解析すると、YLEW/aaaa-TLR4変異体では成熟型TLR4が減少し、未熟型が多くなっている。このことから、YLEW/aaaa-TLR4変異体は小胞体(ER)での成熟過程に障害があることが示唆された。より詳しく、ERでの成熟過程で、どの段階でYLEW/aaaa-TLR4変異体の成熟が止まっているのかを明らかにするために、TLR4のERでの成熟に関わるPRAT4A、そしてMD-2との会合を検討して見た。PRAT4Aは未熟型TLR4と強く結合し、MD-2は未熟型TLR4との結合を経て成熟型TLR4と共に細胞表面上に出ると知られている。興味深いことに、YLEW/aaaa-TLR4変異体では、共沈するPRAT4AそしてMD-2の量が野生型TLR4により多く検出された。従って、YLEW/aaaa-TLR4変異体はER内での成熟の後期にて留まっていると推察された。

以上のTLR4変異体の解析により、TLR4の成熟、移動にはTLR4の細胞内に存在するYxxφモチーフないしはYxxφ類似モチーフとdi-leucineモチーフが重要な役割を果たしていることが明らかとなった。TLR4のタンパク成熟に伴って小胞体とゴルジ体を移行する上で重要なモチーフは、二つのYxxφ類似モチーフのYLEW, YSSQ と一つのYxxφモチーフのYDAFであることが明らかとなった。そして、TLR4の細胞表面への発現には全く関与しないが、LPS刺激後のTLR4のエンドサイトーシスに重要なドメインとして、一つのYxxφモチーフのYRDFと、一つのdi-leucineモチーフのYRLLが明らかとなった。これらのモチーフを他のTLRも含めて更に解析することで、TLRの細胞内局在とリガンド認識、シグナル伝達の関係がより明らかになるものと期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は自然免疫において、グラム陰性菌の認識及び排除に重要な役割を演じているToll-like receptor4(TLR4)のエンドトキシン(LPS)認識機構を解析する上でTLR4の細胞内局在の重要性に注目し、TLR4の細胞内局在に関わる細胞質内ドメイン解析を行ったものである。

研究アプローチ:

TLR4を介したシグナル伝達にはMyD88依存性経路とTRIF依存性経路の二つの経路がある。MyD88依存性経路は細胞表面上で活性化されるのに対し、TRIF依存性経路はリガンド認識後にTLR4は細胞内へとinternalizeし、細胞内にて活性化すると報告されている。このTLR4のinternalizationには、細胞内輸送小胞の中で良く知られているクラスリン被覆小胞が関与するという報告がなされていることから、TLR4を認識し、クラスリン被覆小胞を形成するための仲介分子としてadaptor protein complex(AP)に注目し、APにより認識されると思われるYxxφ,di-leucineないしはYxxφ類似モチーフに着目した。TLR4の細胞内領域にはYDAF, YRDF,(EL)YRLLのYxxφ或はdi-leucineモチーフと、YSRG,YSSQ,YEIA,YLEWのYxxφ類似モチーフがあることが分かり、これらのモチーフをそれぞれ四つのアラニンに置換した変異体TLR4を作り解析を行った。解析を進める上では、リガンド刺激で細胞内に入らないTLR2の細胞内領域と並べて比較することで、TLR4の細胞内制御機構をより明らかにすることを図った。

解析を行った所、下記の結果を得ている。

1.LPS刺激後のTLR4のinternalizationに関わるドメインを解析するにあたり、まずはTLR4には存在するがTLR2には存在しないYxxφモチーフ、YRDFとYRLLモチーフに主眼を置いた。これらのモチーフをそれぞれ四つのアラニンに置換したTLR4変異体を作製し、Ba/F3細胞に強制発現させた。細胞表面に存在するTLR4は抗TLR4抗体にて染色し、フローサイトメトリーにて解析したところ、これらのTLR4変異体では野生型TLR4で認められるようなLPS刺激後に起こるTLR4のinternalizationは起こらなかった。この時、他のYxxφモチーフ、Yxxφ類似モチーフの変異体においてはLPS刺激後のinternalizationは認められた。このことより、TLR4に特異的なYxxφモチーフ,YRDFとYRLLモチーフはTLR4のinternalizationに重要なモチーフであることが示唆された。

2.上述したTLR4 のYxxφ,di-leucineないしはYxxφ類似モチーフの中で、YDAFはTLR4とTLR2に共通するモチーフであった。そして、YLEWは細胞表面上に発現する全てのTLRに特異的であり細胞内に局在するTLRには存在しないモチーフであった。これらのことより、次はYDAFとYLEWモチーフに注目し、解析を行った。YDAF又はYLEWをそれぞれ四つのアラニンに置換したTLR4変異体では細胞表面への発現が顕著に低下していた。その原因を解明する為、細胞表面への発現低下がより顕著なYLEW変異体を用いTLR4の細胞表面発現に必須な指標としてTLR4の糖鎖修飾を検討した所、YLEW変異体は糖鎖修飾に異常が認められ、TLR4が粗面小胞体にて留まっていることが推測された。それに加えてTLR4のYxxφ類似モチーフの一つであるYSSQをアラニンに置換したTLR4変異体でも、細胞表面への発現は明らかに低下していた。これらの解析により、TLR4のYDAF,YLEWそしてYSSQモチーフはTLR4の細胞表面上への発現に重要なモチーフであることが示唆された。

以上、本論文はTLR4の細胞内局在制御に関わるTLR4の細胞質内ドメイン変異体を作製して解析することにより、TLR4のinternalizationにはYRDFとYRLLモチーフが、TLR4の細胞表面発現にはYDAF,YLEWそしてYSSQモチーフが重要であることを明らかにした。本研究は、TLR4を介した生体防御機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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