学位論文要旨



No 124217
著者(漢字) 富田,純一
著者(英字)
著者(カナ) トミタ,ジュンイチ
標題(和) 生産財における提案型製品開発
標題(洋)
報告番号 124217
報告番号 甲24217
学位授与日 2008.11.26
学位種別 課程博士
学位種類 博士(経済学)
学位記番号 博経第240号
研究科 経済学研究科
専攻 企業・市場専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤本,隆宏
 東京大学 教授 高橋,伸夫
 東京大学 教授 阿部,誠
 東京大学 教授 粕谷,誠
 東京大学 准教授 新宅,純二郎
内容要旨 要旨を表示する

本研究の目的は、生産財メーカーにおける効果的な製品開発パターンを明らかにすることである。中でも、生産財メーカーが提案型製品開発で成功した事例に着目して、開発プロセスの実態を明らかにする。事例分析を通じて、どのようなタイミングでどんな提案が行われるのか、その開発パターンを整理する。またその際、顧客(主として消費財メーカー)とどのように開発分業がなされるのか。分業パターンについても整理を試みる。さらに、こうした提案型製品開発をより効果的に進めるために、生産財メーカーはどのような知識・能力を獲得すればよいのか、検討を加える。

本研究の出発点は、生産財ケミカルの製品開発プロジェクト関する調査であった。この研究プロジェクトの結果から、「顧客の示す具体的解決方法に追随せず、顧客ニーズを先取りする」という活動がプロジェクトの成否を分かつ要因として浮かび上がってきた。それは、あたかも消費財開発の成功パターンであった。

このような結果が得られた原因として、生産財のコンセプトやスペックが明確であっても、そもそも消費財メーカーの消費者ニーズの認識や生産財コンセプトの提示が誤っている場合などが考えられる。こうした状況下では、情報の認識もしくは翻訳のミスが生じにくいように、生産財メーカーが顧客ニーズを先取りしてコンセプトやスペックの提案をしたり、生産財メーカーが消費財メーカーと連携して製品開発にあたったりすることが有効となる可能性が高い。それでは一体、生産財におけるこのような製品開発プロセス-提案型開発プロセス-はどのようにして進められるべきなだろうか。

このような問題意識に基づいて、生産財の開発プロセスに関する既存研究をみると、第2章で概観したように、製品開発管理論では、生産財開発の効果的パターンは「技術統合」「タスク・ジャッジ」など技術関連要因に起因すると見なす傾向があった(Barnett, 1990; Iansiti, 1998: 赤瀬, 2000)。しかし、コンセプト開発に焦点を当てた形での製品開発プロセスについての検討が十分になされていない。

一方、イノベーション論の分野では、イノベーションの成立には「テクノロジー・プッシュ」と「マーケット・プル」の相互作用が必要であること、実際の相互作用プロセスは複雑であることが明らかにされている(Mowery & Rosenberg, 1977; Freeman, 1982; Kline, 1990)。これらの研究の分析対象には、本研究で焦点を当てる生産財、例えば合成樹脂や合成繊維、製造装置なども数多く含まれており、製品を単に開発するだけでなく、その用途や使い方も含めた提案が必要であることを指摘している。しかし、顧客(主として消費財メーカー)が消費者ニーズの認識や翻訳を誤る可能性がある中で、つまり消費者を含めた三者間の関係を想定して、生産財メーカーがどのようなタイミングで、どのようにコンセプトやスペック等を提案していくのか、そのプロセスと開発パターンについては十分検討されていない。

他方、関連する生産財マーケティング論においても、開発活動と販売活動が顧客との関係をベースにした取引活動の中で統合的に展開されることは指摘されている(高嶋, 1998; Ford, 1998; 余田, 2000)。しかし、そうしたマーケティング活動を通じて得た顧客ニーズ情報をどのように製品開発に反映させ、またどのようなタイミングでどのように顧客に提案していくのか、といった提案型開発プロセスについては十分検討されているとは言えない。

また、関連するサプライヤー・マネジメント研究でも、部品サプライヤーが自動車メーカーとの取引関係をいかに構築していくべきか、そのためにどのような能力蓄積が必要とされるかについて論じられているものがある(浅沼, 1984; 1997; 藤本, 1997; 河野, 2003)。しかしながら、これらの研究は生産財メーカーである部品サプライヤーと消費財メーカーである自動車メーカーという二者間の関係を想定した部品サプライヤーの提案能力に焦点が当てられており、消費者を含めた三者間の関係を想定し、消費財開発プロセスを含めた形での開発分業パターンや必要とされる知識・能力については明示的に取り上げられていない。

そこで本研究では、これら既存研究の限界を踏まえた上で、消費者も含めた三者間の関係を想定した分析枠組に基づいて、生産財メーカーの提案型開発プロセス及び開発分業パターンを明らかにすることを目指した。この問題意識は、さらに3つを研究課題に分けることができる。第一に、顧客である消費財メーカーが認識や翻訳を誤る可能性がある中で、生産財開発、特に提案型開発はどのようなプロセスで進められるのか。より具体的には、どのようなタイミングでどんな提案が行われるのか。その開発パターンを整理する。第二に、同様に、顧客が消費者ニーズの認識や翻訳を誤る可能性がある中で、顧客(主として消費財メーカー)との関係において、どこまで踏み込んで提案が行われるのか。その結果、どのような開発分業関係となりうるのか。分業パターンについても整理を試みる。第三に、こうした提案型製品開発をより効果的に進めるために、生産財メーカーはどのような知識・能力を獲得すればよいのか、検討を加える。

これらの研究課題に応えるために、生産財の製品開発プロセス及び開発分業に関する検討を行うための分析枠組を提示した。まず生産財開発プロセスの分析枠組として、Clark&Fujimoto(1991)の情報処理モデルを三者間に拡張したトライアド・モデルを提示した。生産財の場合、実際には消費財メーカー、消費者というように顧客の先にも顧客が存在する。そのため、生産財や消費財といったモノの流れにのみ着目していては、生産財の開発から消費者の消費過程までを一貫した枠組みで理解することはできない。

そこで、Clark and Fujimotoの情報処理モデルをダイアド(二主体)からトライアド(三主体)のモデルに拡張して分析枠組として用いれば、生産財メーカーの開発活動を無理なく視野に入れることができる。これにより、本研究で掲げた「顧客(主として消費財メーカー)が消費者ニーズの認識や翻訳を誤る可能性がある中で、生産財メーカーがどのように開発を進め、どのようなタイミングでどのような提案をしていくのか」「また、提案型開発及び開発分業関係において、生産財メーカーがどこまで踏み込んで提案するのか」といった課題を明らかにできると考えたからである。

このトライアドの情報処理モデルを利用することにより、生産財の開発活動の成否を左右する現象は、消費者から消費財メーカーへ、消費財メーカーから生産財メーカー、という情報の流れの中で生じうる情報翻訳の成否(情報認識も含む)であると考えられる。すなわち、生産財メーカーの開発活動から消費者の消費までの間では、プル情報(市場・仕様・機能設計情報)、プッシュ情報(技術・図面・構造設計情報)の「翻訳」が企業間で繰り返される。この過程において、情報認識の過誤や翻訳の間違いが生じうる。そうした認識、翻訳のミスをプロセスの中で修正できた場合に製品開発は成功し、最後までミスが修正されなかった場合に製品開発は失敗となる。

このトライアド・モデルを分析枠組みとして、複数の事例分析を行う。事例分析を用いるのは、上記の研究課題に答えるためには、生産財開発におけるダイナミックなプロセスを解明する必要があり、それは詳細なケーススタディを通じてはじめて実現可能となると考えられるからである。なお分析対象として、代表的な生産財である樹脂製品、ガラス製品など計5つの成功事例を取り上げる。取り上げる5つの事例は、「メガネレンズ用高屈折率樹脂(第3章)」、「紙おむつ用高吸水性樹脂(第4章)」、「建築用複層ガラス(第5章)、「自動車用樹脂面ファスナー(第6章)」、「建築塗料用フッ素樹脂(第7章)」であり、いずれも製品開発プロセスの中で、消費者のニーズから生産財スペックに至る情報翻訳のミスを修正できたことにより、成功した製品開発事例である。

続く第3章では、三井化学の高屈折率レンズ用樹脂「MR-6」の製品開発プロセスと開発分業について分析を行った。その結果、開発当初から後期にかけて開発プロセスに若干の変化がみられた。開発当初は、近視患者がメガネレンズに対して抱いていた「見栄えの良さ・掛け心地の良さ」といったニーズをプル情報として、レンズメーカーが「薄型・軽量レンズ」という消費財コンセプトに翻訳し、さらにそうしたプル情報に基づいて「高屈折率樹脂」という生産財スペックへと翻訳が進められた。1982年、生産財メーカーである三井化学は「高屈折率樹脂」というプル情報に基づいて開発を行った。5年も試行錯誤を経て、「MR-6」という高屈折率樹脂を開発し、上市した。

しかし、「MR-6」量産直後にレンズメーカーの製造トラブルの問題が生じた。つまり、レンズメーカーの提示した「高屈折率樹脂」(その他にも「アッベ数」「比重」「耐衝撃性」「染色性」などが挙げられる)という生産財スペック(プル情報)だけでは、レンズとしての基本的な機能要件を満たすには不十分だったのである。具体的には、レンズ成形時に気泡が発生する、液性が変化する、レンズを取り出しにくい(従って傷がつきやすい)などの問題が判明した。

そこで、三井化学はレンズメーカー各社と評価契約を結び、これらの問題に対し、レンズの機能要件に立ち返り、樹脂の機能設計から構造設計へと翻訳し直すことで、問題解決を図った。具体的には、レンズ成形時の水分混入防止、重合促進を遅らせる触媒の使用、内部離型剤の使用などにより解決を図ったのである。こうして確立された製法は、「注型重合システム」としてレンズメーカーに提案された。最終的に、三井化学は顧客の工程設計の翻訳を一部担当することで製法提案(プッシュ情報の提案)まで行うようになったと言える。その結果、それを採用したレンズメーカーは量産化とその後の市場拡大に成功し、業界標準を獲得したのである。

第4章では、日本触媒の紙おむつ用高吸水性樹脂「アクアリックCA」の製品開発プロセス及び開発分業について分析を行った。その結果、開発当初から試作後にかけて開発プロセスに変化がみられた。具体的には、開発当初は、消費者(赤ん坊)の紙おむつに対する「睡眠中も快適な履き心地」といったニーズをプル情報として、紙おむつメーカーが「吸水性に優れた紙おむつ」という消費財コンセプトに翻訳し、さらにそうしたプル情報に基づいて「高吸水倍率・速度の樹脂」という生産財スペックへと翻訳が進められた。1978年、生産財メーカーである日本触媒は「高吸水倍率・速度の樹脂」というプル情報に基づいて製品開発を行った。3年もの試行錯誤を経て、水溶液重合法を開発し、紙おむつメーカーに「アクアリックCA」の試作品を供給した。

しかし、試作品提供後に樹脂の吸水倍率・速度をいくら追求しても赤ん坊の使用条件下(加圧下)では目詰まりを起こし長持ちしないといった問題が浮かび上がってきた。つまり、紙おむつメーカーの提示した「高吸水倍率・速度」という生産財スペック(プル情報)は正確ではなかったのである。

そこで、日本触媒は今一度「睡眠中も快適な履き心地」という消費者のニーズに立ち返り、紙おむつの機能要件を見直すことで、問題解決を図った。具体的には、樹脂の機能設計から構造設計へと翻訳し直し、赤ん坊や人形を使った実験を繰り返し、表面架橋法を開発することで解決を図ったのである。こうして開発されたアクアリックCAは、「加圧下における最適な吸水倍率と吸水速度の樹脂」として、紙おむつメーカーにスペック提案された。つまり、日本触媒は「高吸水倍率・速度の樹脂」という紙おむつの機能設計の一部を翻訳し直すことでスペックの逆提案まで行うようになったと言える。アクアリックCAはその後、国内外で市場拡大に成功し、業界標準を獲得したのである。

第5章では、旭硝子の建築用複層ガラス「サンバランス(R)」の製品開発プロセス及び開発分業について分析を行った。その結果、開発当初から量産後にかけて開発プロセスに変化が見られた。具体的には、開発当初は、ハウスメーカーA社の要望に基づいてサンバランスが開発された。当時、住宅購入者(共働き夫婦)の住宅に対する「夏、家に帰ると暑い」といったニーズをプル情報として、A社が「夏、暑くない家」という消費財コンセプトに翻訳し、さらにそうしたプル情報に基づいて、1990年代前半、旭硝子が「快適ガラス」という生産財コンセプトに翻訳し、開発を進めた。数年の試行錯誤を経て、「サンバランス」という建築用複層ガラスを開発し、上市した。

しかし量産後、販売を開始したものの、高価格を理由にA社には採用されなかった。そこで、旭硝子は、住宅の機能要件(省エネかつ快適な室内体感温度)を見直すことで、「断熱・遮熱効果を体感できる快適ガラス」という製品コンセプトを打ち出して新たに市場開拓を図った。そうした中、ハウスメーカーB社が企画していた二世帯住宅向けの「声が届く家」というコンセプトの戸建住宅にフィットして、高評価を獲得した。

もちろん提案して直ぐにサンバランスが採用されたわけではない。断熱・遮熱性能に加え、ガラスの色(反射色)や内部結露防止に関する改善要求もあったからである。こうした要求に対しても、試行錯誤を繰り返しながら対応していった。

また旭硝子は、同時に消費者である潜在的な住宅購入者に対しても「断熱・遮熱効果を体感できる快適ガラス」を製品コンセプトして直接訴求していった。具体的には、ハウスメーカーB社が全国数十カ所で展開する住宅設備展示館にサンバランスの断熱・遮熱性能を体感できるよう、ランプセットやコールドドラフトと呼ばれる設備を展示してもらったのである。こうしてサンバランスの製品コンセプトが消費者に訴求された結果、ハウスメーカーB社の北関東以西の住宅すべてに標準装備されているという。

第6章では、住友スリーエムの「スーパーデュアルロック(TM) ファスナー」の製品開発プロセス及び開発分業について分析を行った。その結果、開発当初から試作後にかけて開発プロセスの変化がみられた。具体的には、スーパーデュアルロックファスナーは開発当初(1990年代初め)、テクノロジー・プッシュ的な開発パターンで進められた。おそらく消費者の新車に対する「美しい内装デザイン」といったニーズをプル情報として、自動車メーカーが新車開発を進めているところへ、住友スリーエムが試作品提供により「着脱可能な自動車接合部品」という生産財コンセプトを提案した。

しかし、試作品提供後に自動車メーカーから強度の問題を指摘された。着脱可能な接合部品といっても「機械留め」できず信頼性・耐久性に乏しかったからである。そこで、強度という自動車に必要な機能要件(内装材の強度)を学習し、自動車の機能設計だけでなく、構造設計、工程設計の一部まで翻訳し直すことで、コンセプトを再提案していったと言える。

なぜなら、スーパーデュアルロックファスナーは自動車のライン作業者からみても、内装材を「ワンタッチ」で車体に装着できるので、従来のネジ留めよりも格段に作業性を向上させることができるからである。従って、自動車の一部の機能を変える(内装材の意匠性を向上させる)だけでなく、構造(隠し留め)や工程(作業性)にも変更をもたらすものであると言える。

具体的には、ファスナーの台座部分をクリップ形状やネジ形状の一体射出成形して機械留めを実現することで、解決策を再提案したのである。つまり、住友スリーエムは不足していた自動車の機能要件(内装材の強度)を学習することで、意匠性と作業性だけでなく強度も加味した生産財コンセプトの再提案を行ったと言える。スーパーデュアルロックファスナーの採用により、自動車メーカーの内装設計者は設計の自由度が高まり、様々な内装材の接合に使用できるようになった。同社はその後、国内外で市場拡大に成功し、業界標準を獲得したのである。

第7章では、旭硝子の建築塗料用フッ素樹脂「ルミフロン」の製品開発プロセス及び開発分業について分析を行った。その結果、開発プロセスの当初から量産後にかけて開発プロセスに変化が見られた。具体的には、1975年の開発当初は、建造物の高層・大型化を背景とする施主の「建造物の長期維持管理」といった顕在化したニーズ(プル情報)をマスコミ・新聞等を通じて収集し、旭硝子が「高耐久塗料用樹脂」という生産財コンセプトへと翻訳を行った。そして、塗料の耐久性向上謳い文句として、塗料メーカーに「ルミフロン」の試作品提供によるコンセプト提案を行った。

試作品提供後、塗料メーカーから高評価を獲得し、塗料の共同開発が行われた。その際、塗料に用いるためには顔料分散性等を改善する必要があると指摘された。そこで、同社は塗料に必要な機能要件を学習し、樹脂の機能設計から構造設計、工程設計へと翻訳し直すことで、樹脂の改良を図ったのである。

旭硝子と塗料メーカーは改良したルミフロンをベースに高耐久塗料を共同開発し、1982年に量産・発売を開始した。しかし、ルミフロンの販売が伸び悩み、原因を精査したところ、塗料メーカーの営業不足もさることながら、ゼネコン・塗装業者の不採用といった問題が判明したのである。

そこで、旭硝子は社内外に機能横断的専任チームやルミフロン会を結成し、塗料メーカーと共同で市場開拓を行う体制を構築し、「バックセル」と呼ばれるエンドユーザーに対する指名活動を開始した。つまり、エンドユーザーである施主に直接アプローチし、コンセプト提案することで指名注文獲得を図ったのである。そして、指名注文を得ると同時に、施主からゼネコン/塗装業者、塗料メーカーの順に個別のニーズ(プル情報)を順番に収集することで、改良した量産品を供給し直したものと考えられるのである。その結果、市場開拓に成功し、受注を拡大できたのである。

第8章では、第3章から第7章まで記述してきた5つの生産財開発事例の内容を、第2章で提示した分析枠組に基づいて比較分析を行った。分析の結果、いずれの事例においても、生産財コンセプトやスペックが不確定のまま、生産財メーカーが提案型開発プロセスを進め、次第にコンセプトやスペックが確定していったということが明らかとなった。より具体的には、試作品や製品といった顧客が使用体験可能な媒体がきっかけとなってコンセプトが明確化・具現化(articulate)されていくというプロセスが示された。

また、顧客(消費財メーカー)とのpullとpushの組み合わせによって開発プロセスが成り立っているだけでなく、一部の事例では消費者とのPULL(もしくはPUSH)情報の流れが重要であったことも明らかとなった。これは、どちらか一方のみへの情報のアクセスだけでは生産財開発は失敗しやすいことを示唆している。

生産財メーカーの提案の仕方に着目すると、彼らは自社もしくは顧客(消費財メーカー)の翻訳失敗を契機として、それを教訓として問題解決を図るための提案が行われてきたことが明らかとなった。

開発分業パターンについては、検討の結果、いずれの事例も製品開発の過程で生産財メーカーの種々提案を通じて分業の範囲が決まっているということが分かった。これら提案内容についてみると、生産財メーカーが消費財開発プロセスの一部に関与しており、従来の3つの分業パターン、「貸与図方式」「承認図方式」「市販品」では必ずしも十分に説明できないケースがあることが示された。

提案型開発及び開発分業関係において生産財メーカーに求められる知識・能力の中身についても検討を行った結果、いずれの事例においても、本研究で提示した「評価能力」の蓄積が重要であったこと、この能力は「製品開発の過程で蓄積され、それに基づいて自社の業務範囲を再定義するダイナミックな能力」を含む概念であることなどが示唆された。

最後に、消費者志向が生産財開発プロセスに及ぼす影響についても検討がなされ、開発早期から消費者志向を明確に持つことや、それに基づく消費者やエンドユーザーのニーズに関わる知識蓄積が生産財開発プロセスにおいてニーズ翻訳精度の向上に寄与していることが分かった。

本研究の理論的貢献としては、次の3つが挙げられよう。第一は、製品開発管理論やイノベーション論、生産財マーケティング論に関連する貢献である。既存のイノベーション論(Mowery & Rosenberg, 1977; Freeman, 1982; Kline, 1990)や製品開発管理論(Barnett, 1990; Iansiti, 1998)、生産財マーケティング論(高嶋, 1998; Ford, 1998; 余田, 2000)で十分議論されてこなかった、顧客(主として消費財メーカー)が消費者ニーズの認識や翻訳を誤る可能性がある中で、つまり消費者を含めた三者間の関係を想定して、生産財メーカーがどのように開発を進め、どのようなタイミングでどのような提案をしていくのか、2章で提示した分析枠組(トライアド・モデル)を用いてそのプロセスを明らかにしたという点で意義があると考えられる。

より具体的には、5つの事例分析を通じて、いずれのケースにおいても試作品や製品といった顧客が使用体験可能な媒体がきっかけとなってコンセプトが明確化・具現化(articulate)されていくプロセスを明らかにした。また、生産財メーカーの提案の仕方に着目すると、彼らは自社もしくは顧客(消費財メーカー)の翻訳失敗を契機として、それを教訓として問題解決を図るための提案が行われてきたことも明らかとなった。

これは、情報の粘着性(移転コスト)が高い状況下では、プロトタイプを通じたメーカーとユーザーの情報のやりとりが問題解決に有効であるとするvon Hippel(1994)や小川(1997; 2000)の指摘と整合的であるが、本研究の事例分析では、消費者やエンドユーザーのニーズに対して、生産財メーカーと消費財メーカーが共同で翻訳作業を行い、問題解決を図るといった共同問題解決のプロセスを含んでおり、より包括的な分析の枠組みを提供していると考えられる。

第二は、サプライヤー・マネジメント研究や企業間関係論における開発分業の議論に関連する貢献である。イノベーション論や製品開発管理論と同様、既存のサプライヤー・マネジメント研究における開発分業の議論(浅沼, 1984; 1997; 藤本, 1997; 河野, 2003)において、必ずしも明示的に取り上げられてこなかった、顧客が消費者ニーズの認識や翻訳を誤る可能性がある中で、つまり消費者を含めた三者間の関係を想定して、生産財メーカーが消費財開発プロセスのどこまで踏み込んで提案するのか、その結果、どのような開発分業関係となりうるのか、2章の分析枠組(トライアド・モデル)を用いて、開発分業パターンを明らかにしたという点で意義があると考えられる。

より具体的には、5つの事例分析を通じて、いずれのケースにおいても製品開発の過程で生産財メーカーの種々提案を通じて分業の範囲が決まっているということが分かった。これら提案内容についてみると、顧客製品の機能提案や製法提案を行うなど、生産財メーカーが消費財開発プロセスの一部に関与しており、従来の3つの分業パターン、「貸与図方式」「承認図方式」「市販品」では必ずしも十分に説明できないケースがあることも示された。

第三は、上記2点に関連しており、生産財メーカーに求められる知識・能力の議論に関する貢献である。5つの事例分析の結果、共通項として浮かび上がってきたのは、Barnett(1990)の指摘する、素材が組み込まれる製品の製造工程または素材が製品に組み込まれてからの機能・性能評価に関わる知識・能力のいずれか、あるいは両方が生産財開発において重要であったという点である。

こうした評価に関わる知識・能力は、いずれも当該製品の範疇を超えたものであり、既存研究でもこの点に関連した議論が進められてきたが、生産財開発の文脈では体系的に論じられてこなかった(Brusoni and Prencipe, 2001; 武石, 2003; 河野, 2003; 具, 2006)。本研究では、これら先行研究を踏まえ、生産財メーカーからみて開発に必要とされる知識・能力を統一的に捉える概念として「評価能力」という概念提示を試みた点で意義があると考えられる。

評価能力とは、「生産財が組み込まれる顧客製品の機能要件を、顧客の先の顧客(消費者)のニーズの視点から評価する知識・能力」のことを指す。このように定義することで、既存研究で論じられてきた評価に関わる知識・能力をBarnett(1990)や河野(2003)で指摘されてきた評価に関わる知識・能力を包含し、本研究課題として掲げた「顧客が消費者ニーズの認識や翻訳を誤る可能性がある中での提案型生産財開発」に求められる知識・能力についての議論も無理なく視野に入れることができると考えられる。

こうした「評価能力」は、業務範囲を超えた知識獲得の重要性を示唆しているだけでなく、開発の過程において蓄積されるものであり、その蓄積状況及び消費財メーカーの有する知識・能力との相対比較において、自社の業務範囲を規定しうるものである。よって、評価能力は「製品開発の過程で蓄積され、それに基づいて自社の業務範囲を再定義するダイナミックな能力」を含む概念であることが示唆される。これは上述の既存研究で指摘されてこなかった点であり、生産財開発の成否を左右する重要な能力であると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、技術管理論〔イノベーション・マネジメント論〕とりわけ製品開発管理論の実証研究と位置づけられる。その主たる目的は、生産財メーカーにおける効果的な製品開発のプロセスを解明することにある。とりわけ、生産財メーカーが、直接の顧客である消費財メーカーに開発すべき消費財の設計情報の一部を示唆するタイプの開発過程、すなわち「提案型」の製品開発プロセスに着目し、そのための分析枠組を提示することである。具体的には、5つの事例分析を通じて、生産財メーカーとその顧客(主として消費財メーカー)の間での提案のタイミングと提案内容、開発分業のパターン、「顧客の顧客」である消費者との情報の授受、そして生産財メーカーが構築すべき知識や組織能力が、どのようにして効果的な開発に結びつくかを検討している。

まず第1章では、本研究テーマの動機は、生産財ケミカルの製品開発プロジェクトに関する論者らの調査において「顧客ニーズを先取りする」とする提案型開発の成功確率が有意に高いという、通説(提案型は消費財開発のみで有効)と異なる発見事実があったことだと論じる。すなわち、従来の生産財開発研究では、そもそも限定的合理性下にある消費財メーカーが、消費者ニーズを誤認し、誤った要求仕様を生産財メーカーに提示するような状況を想定していなかった。このような場合、生産財メーカーが消費者から情報をとりつつ顧客ニーズ先取のコンセプト提案を行い、また消費財メーカーと連携して製品開発を行うことが有効となる可能性が高い。

以上の問題意識に基き、第2章では先行研究のサーベイを行っている。その結果、(i)製品開発管理論では、コンセプト開発に焦点を当てた生産財開発研究が十分になされていないこと、(ii)顧客たる消費財メーカーが消費者ニーズの認識や翻訳を誤る可能性があるにもかかわらず、消費者を含めた三者間の関係を想定した生産財開発研究の枠組が未発達であること、(iii)生産財マーケティング論においても、提案型開発プロセスについては十分検討されていないこと、(iv) サプライヤー・マネジメント研究において、生産財メーカー(部品サプライヤー)と消費財メーカー(自動車メーカー)のみならず、消費者をも含めた三者間の情報交流、開発分業パターン、および必要とされる知識・能力に関する明示的な研究が不足していたことを指摘している。

以上を踏まえ本論では、以下の3つを研究課題とする。第一に、顧客である消費財メーカーが認識や翻訳を誤る可能性がある中で、生産財開発における提案は、どのようなタイミングと内容で行われるのか。第二に、顧客(主として消費財メーカー)に対し、どこまで踏み込んで提案が行われ、結果としてどのような開発分業関係となるのか。第三に、効果的な提案型製品開発のために、生産財メーカーはどのような知識・能力を構築すべきであるか。

これらの研究課題にこたえるため、本論では、製品開発分析における情報処理モデルを、従来のダイアド(二主体)関係から、生産財メーカー・消費財メーカー・消費者の三者間に拡張した「トライアド・モデル」を提示している。これにより、生産財開発活動における情報翻訳の成否は、生産財メーカー・消費財メーカー・消費者の三者間でプル情報(市場・仕様・機能設計情報)とプッシュ情報(技術・図面・構造設計情報)の「翻訳」が繰り返される中で、認識・翻訳のミスを最終的に修正できるかどうか次第であることが明示される。

次に、このトライアド・モデルにもとづき、樹脂製品、ガラス製品など計5つの成功事例の比較分析を行っている。

第3章では、高屈折率レンズ用樹脂の製品開発プロセスをとり上げる。この事例では当初、消費者にとっての「見栄えの良さ・掛け心地の良さ」といったニーズをプル情報として、レンズメーカーが「薄型・軽量レンズ」という消費財コンセプトに翻訳し、さらに「高屈折率樹脂」という生産財スペックへと翻訳されたが、量産直後にレンズメーカーの製造問題〔気泡発生など〕が生じた。つまり、消費財メーカーの提示した生産財スペック(プル情報)だけでは、レンズとしての機能要件を満たすには不十分だった。そこで、生産財メーカーは消費財メーカー各社と共同で、レンズの機能要件に立ち返って樹脂の構造・工程設計を再翻訳すること(新触媒や内部離型剤の使用など)により、「注型重合システム」という製法を消費財メーカーに提案(プッシュ情報の提案)、これにより量産化、市場拡大、業界標準獲得に成功した。

第4章では、紙おむつ用高吸水性樹脂の開発プロセスを分析する。この場合、当初は、消費者(赤ん坊)の紙おむつに対する「睡眠中も快適な履き心地」といったニーズをプル情報として、紙おむつメーカーが「吸水性に優れた紙おむつ」という消費財コンセプトに翻訳し、さらに「高吸水倍率・速度の樹脂」という生産財スペックへと翻訳した。生産財メーカーは水溶液重合法を開発、紙おむつメーカーに試作品を供給したが、実際の使用条件下(加圧下)では目詰まりを起こすという問題が顕在化した。つまり、紙おむつメーカーの提示した生産財スペック(プル情報)は正確でなかった。そこで生産財メーカーは、「睡眠中も快適な履き心地」という消費者のニーズに立ち返り、紙おむつの機能要件を見直し、樹脂の構造設計を翻訳し直すことにより、表面架橋法を提案し、「加圧下における最適な吸水倍率と吸水速度」という機能要件を消費財(紙おむつ)メーカーに提案した。つまり、生産財メーカーが消費財の機能設計の一部を翻訳し直す逆提案を行ったのである。この消費財はその後、国内外で市場拡大に成功した。

第5章では、建築用複層ガラスの開発を分析している。この事例では、住宅購入者(共働き夫婦)の「夏、家に帰ると暑い」というニーズをプル情報として、ハウス〔消費財〕メーカーが「夏、暑くない家」という消費財コンセプトに翻訳し、さらにガラス〔生産財〕メーカーが「快適ガラス」という生産財コンセプトに翻訳して開発を進め、上市したが、消費財メーカーは高価格を理由に採用しなかった。そこでガラスメーカーは、住宅の機能要件(省エネかつ快適な室内体感温度)を見直すことで、「断熱・遮熱効果を体感できる快適ガラス」という修正コンセプトを提案、別のハウスメーカーが企画していた二世帯住宅向けの「声が届く家」というコンセプトの戸建住宅にフィットし、高評価を獲得した。ガラスの色(反射色)や内部結露防止に関する消費財メーカーからの追加的な改善要求に対応し、同時に消費者である潜在的な住宅購入者に対しても、住宅設備展示館においてこの製品コンセプトを直接訴求していった。この結果、当該ハウスメーカーでは広域にわたりこのガラスが標準装備されるに至った。

第6章では、高機能樹脂ファスナーの開発事例を分析している。このファスナーは当初、生産財メーカーが「着脱可能な自動車接合部品」という生産財コンセプトでテクノロジー・プッシュ的に試作品として提案したが、自動車メーカーから、組立において「機械留め」できず信頼性・耐久性に乏しい点を指摘された。そこで生産財メーカーは、消費財〔自動車〕の機能設計〔強度など〕、さらには構造設計、工程設計の一部まで翻訳し直すことで、コンセプトを再提案した。すなわち、内装材をワンタッチで車体に装着でき、従来のネジ留めより作業性を向上できることに着目し、意匠性の向上だけなく、強度や作業性といった機能も加味した生産財コンセプトの再提案を行った。このファスナーの採用により、自動車メーカーの内装設計者は設計の自由度が高まり、国内外で市場拡大に成功した。

第7章では、建築塗料用フッ素樹脂の開発事例を分析している。この事例では当初、施主〔消費者〕の「建造物の長期維持管理」という顕在ニーズ(プル情報)にもとづき、ガラスメーカー(生産財メーカー)が「高耐久塗料用樹脂」というコンセプトへと翻訳し、試作品提供によるコンセプト提案を行った。これは塗料メーカーから高評価を得て、塗料の共同開発が行われた。その際、塗料メーカーから顔料分散性の改善などを指摘され、ガラスメーカーはこの機能要件を学習に基づいて高耐久塗料を共同開発し、量産・販売を開始した。しかし、更新需要の減少を嫌うゼネコン・塗装業者が採用せず、当該樹脂の販売は伸び悩んだ。そこで生産財〔ガラス〕メーカーは、機能横断的専任チームにより塗料メーカーと共同で市場開拓を行う体制を構築し、エンドユーザーである施主に直接アプローチし、コンセプト提案することで指名注文獲得活動〔バックセル〕を行った。同時に、施主からゼネコン/塗装業者、塗料メーカーの順に個別のニーズ(プル情報)を収集することで、改良版の量産品を上市し、受注を拡大に成功した。

以上の5事例を踏まえ、第8章では、トライアド・モデルの分析枠組に基づいた比較分析を行っている。その結果、いずれの事例においても、生産財コンセプトやスペックへの翻訳ミスが当初あり、それを修正する課程で、生産財メーカーが提案型開発プロセスを進めたことが明らかになる。たとえば、試作品や製品といった顧客が使用体験可能な媒体によりコンセプトが明確化・具現化(articulate)されていったことが示される。また直接の顧客である消費財メーカーとのプル情報やプッシュ情報だけでなく、一部の事例では「顧客の顧客」である消費者との情報授受の流れが重要な役割を持つことも明らかとなった。これは、消費財メーカーへの情報のアクセスだけでは生産財開発は失敗の恐れがあること、そして消費者とのダイレクトな情報交流がときに重要であることを示唆している。要するに、生産財メーカーは自社や顧客(消費財メーカー)の翻訳失敗を契機として、それを教訓とした提案が行われることが明らかとなった。

開発分業パターンについては、いずれの事例でも、製品開発の過程で生産財メーカーの具体的な提案を通じて分業の範囲が、いわば事後的に決まっていくことが分かったとする。また、これらのケースでは、生産財メーカーが消費財開発プロセスの一部に関与しており、生産財〔部品〕の開発に関して従来提示されてきた分業パターン、すなわち貸与図方式、承認図方式、市販品といった分類では必ずしも説明しきれない、入り組んだ開発分業のケースがあることが示唆された。

生産財メーカーに求められる知識・能力の中身については、いずれの事例においても、ある種の評価能力、すなわち、製品開発の過程で蓄積され、それに基づいて自社の業務範囲を再定義するダイナミックな能力が重要であることが示唆された。さらに、生産財開発といえども、生産財メーカーは早期から消費者志向を明確に持つべきこと、また実際に、エンドユーザーのニーズに関する知識蓄積が生産財開発プロセスにおいてニーズ翻訳精度の向上に貢献していることが分かったとする。

以上のような概要の論文であるが、その評価は以下の通りである。まず、これまでのイノベーション論や製品開発管理論、生産財マーケティング論であまり検討されてこなかった論点、すなわち、顧客(消費財メーカー)が消費者ニーズの認識や翻訳を誤る可能性がある中での生産財メーカーの製品開発、とりわけ提案型開発のタイミングや情報インプット、提案内容などについて、新たに考案した分析枠組(トライアド・モデル)を用いて、体系的な分析を試みた点が評価できる。すなわち、5事例の比較分析を通じて、試作品など顧客が使用体験可能な媒体を通じてコンセプトが明確化されていくこと、生産財メーカーは自社や顧客(消費財メーカー)の翻訳失敗を教訓として、その修正を図る過程で対顧客の提案開発を行っていることを明らかにしている。

第二に、サプライヤー・マネジメント研究や企業間関係論における開発分業論に対して、生産財メーカー・消費財メーカー・消費者の3者間の分業と相互連携という新たな視点を提供している。すなわち、5事例の比較分析を通じて、事前にではなく製品開発の過程において、生産財メーカーの提案活動そのものを通じて分業の範囲が、いわば事後的に決まってくることを示した。また、生産財メーカーは、顧客製品の機能提案や製法提案を行うなど、消費財開発プロセスの一部にまで関与しており、従来の「貸与図方式」「承認図方式」「市販品」という分類法では十分に説明できない場合があることも明らかにされた。

第三に、生産財メーカーに求められる知識・能力としては、素材が組み込まれる製品の製造工程、あるいは素材が製品に組み込まれてからの機能・性能評価に関わる知識や組織能力が生産財開発において重要であることを示した。こうした一種の「評価能力」は、当該製品の範疇を超えた知識であるが、生産財開発論では体系的に論じられてこなかった「生産財が組み込まれる顧客製品の機能要件を、顧客の先の顧客(消費者)のニーズの視点から評価する知識・能力」であり、これを明示した点も評価できる。

このように本論文は、既存の研究蓄積に対して一定の学術的貢献が認められるが、課題も指摘される。第1に、3主体の相互作用を経時的に分析するトライアドの枠組を提示できたのは良いが、これを適用した実証結果を見る限り、明確なパターンが析出されたとは言いがたい。もっと応用例を増やし、どのような条件でどのようなパターンが観察されるかに関して、さらにデータ分析を積み重ねていく必要があろう。現在のところ、分析ツールとしてのトライアド・モデルの有効性はある程度確認できるが、これを用いた実証結果は、「消費財メーカーや生産財メーカーが翻訳を誤るとき、消費者も含めた3者のインタラクションが必要になる」という、やや漠然とした命題を確認したにとどまる。さらに明晰な要因分析が、今後の課題だろう。

第2に、「顧客の顧客」への直接アクセスを起点とする提案型開発は、技術プッシュかニーズ・プルかという二分法に偏しがちな既存のイノベーション論に対し、新たな洞察を与える論理であるが、この点が明確に論じられているのはケース5〔第7章〕のみであり、この点でも、さらに踏み込んだ実証分析が今後必要と考えられる。

第3に、生産財サプライヤーと消費財メーカーの間の開発分業のパターンとして、「貸与図方式」「承認図方式」「市販品」とは異なるタイプを発見しようとの本論の試みは、それ自体は良いねらいだが、まだ独立したタイプの析出にまでは至っていないと言わざるをえない。このテーマに関しても、さらに事例研究を積み上げることによって、より明確な対抗仮説の導出を期待したい。

このように今後の課題も残るが、複数の事例研究を通じて、生産財の製品開発論に新たな論点をもたらす複合的な枠組を提示した点で、学界への貢献が認められる論文であり、審査委員会は、これを本学課程博士論文として十分な水準のものと認めることで合意した。

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