No | 124226 | |
著者(漢字) | ビジャン,アニル クマル | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ビジャン,アニル クマル | |
標題(和) | 植物プランクトンの生物光学的特性およびその外洋域と赤潮域の比較に関する研究 | |
標題(洋) | Bio-optical properties of phytoplankton and its comparison between open ocean and red tide waters | |
報告番号 | 124226 | |
報告番号 | 甲24226 | |
学位授与日 | 2008.12.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第3359号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 水圏生物科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 海水中の光環境は、プランクトン、特に植物プランクトンの光学的特性と、非生物粒子および溶存有機物の質と量によって決まる。なかでも植物プランクトンによる光吸収は一次生産を駆動する光合成の制御要因として重要であり、逆に光吸収特性から、植物プランクトン群集の性状を解析することが試みられている。植物プランクトンの光吸収は、光防御色素(非光合成色素)によるものと光合成色素によるものとに分けられるが、実際の海域で光吸収を二つのグループの色素による吸収に分離した知見は乏しい。本研究は、色素により異なる機能を持つことに着目して、植物プランクトンの光学的特性を明らかにすることを目的とした。特に、光合成の量子収率に及ぼす光吸収に重点を置いた。これまで、光合成の最大量子収率が著しく小さい海域が存在することが報告されている。その主な原因として、(1)光化学反応系の電子伝達効率が低栄養塩条件で低下すること、(2)強光、低栄養塩環境下では、過剰な光エネルギーによる光合成器官の損傷をさけるために、光防御色素が蓄積されることが挙げられる。本研究では、まず、上記の2つの変動要因を分けて評価した解析により、光防御色素が光合成の量子収率に及ぼしている影響を解析した。海域として太平洋赤道域と北太平洋亜寒帯域を対比させ、併せて沿岸から沖合への移行域として東シナ海において観測を行った。次に、植物プランクトン吸光係数に影響を与える因子の季節および年変動を、濃密な赤潮が通年にわたり発生するマニラ湾において解析した。 太平洋赤道域は、西部暖水プールとフロント域に分けられた。西部暖水プールは、表層の高水温(27-30℃)と硝酸塩涸渇(<0.1μM)で特徴づけられた。フロント域の表層は、比較的水温が低く(25-27℃)、硝酸塩は低濃度ながら(1-5 μM)存在した。西部暖水プールには顕著な亜表層クロロフィル極大が形成され、クロロフィルbが多かったことから、この極大はProchlorococcus主体で構成されていたことが示唆された。一方、表層ではゼアキサンチンが大量に存在し、クロロフィルbが少量であったことから、Synechococcusが優占していたと考えられる。フロント域においても、Prochlorococcusによる亜表層クロロフィル極大が存在したが、規模は比較的小さかった。この他に、フロント域では、西部暖水プールに比べ、表層でハプト藻類の指標である19'-ヘキサノイルオキシフコキサンチンが多く、光防御色素としてゼアキサンチンに加えてハプト藻類がもつディアディノキサンチンも重要であった。全カロテノイド濃度に光防御カロテノイドが占める割合は西部暖水プールでは表層で60-85%と極めて高かったのに対して、フロント域では45-65%と西部暖水プールに比べて低かった。 クロロフィルaで規格化した植物プランクトン吸光係数a(ph)*は、西部暖水プールでは鉛直方向にほぼ一様となる傾向にあったのに対して、フロント域では深度に伴いやや減少する傾向にあった。光防御色素(pp)が吸光係数に占める割合(a(pp)*:a(ph)*)は、西部暖水プールの表層(20-40%)でフロント域(10-20%)に比べ大きかった。a(pp)*:a(ph)*は、両海域とも表層で大きく深度にともない減少したが、特に西部暖水プールで鉛直変化が大きかった。この結果、光合成色素による吸光係数a*psは、西部暖水プールでは深度にともない増加したが、フロント域では鉛直方向に一様となった。これは、フロント域におけるa(ph)*の鉛直方向の変化の原因であった強光環境下の表層での光防御色素の蓄積の影響が除かれたためと考えられる。このように、西部暖水プールにおいて光防御色素の蓄積の影響を除くことで、下層での弱光環境への適応による光捕集効率の増大が検出できたといえる。 表層における光防御色素の海域間の違いは光合成量子収率(Ф(m ph))にも影響した。すなわち、光防御色素の影響を補正した量子収率(Ф(m ps))と補正前(Ф(m ph))を比べると、後者は西部暖水プールでは平均26%、フロント域でも平均18%の過小評価となっていたことが明らかとなった。 北太平洋亜寒帯域では観測時に、全海域にわたり、高栄養塩低クロロフィル(HNLC)状態であり、特にアラスカ循環域で顕著であった。西部循環域では、19'-ヘキサノイルオキシフコキサンチン、フコキサンチン、ゼアキサンチンが比較的多量に検出され、ハプト藻類、珪藻類、シアノバクテリアの存在が示された。これに対して、アラスカ循環域では、ハプト藻類、珪藻類に加え、緑藻類またはプラシノ藻類の存在が示された。光防御カロテノイドとして全海域でディアディノキサンチンが検出されたが、クロロフィルに対する割合は少なかった。西部循環域ではゼアキサンチンが有光層下部まで比較的多量に存在した。これらの色素の分布の結果、光防御カロテノイドが全カロテノイドに占める割合が、西部循環域(表層で20-60%)でアラスカ循環域(20-40%)に比べやや高く、これは西部で混合層が東部に比べ浅いこと、および西部では南方からの水の流入によりシアノバクテリアの現存量が多いことによるものであると考えられた。 a(ph)*は、西部循環域では鉛直方向にほぼ一様であった。アラスカ循環域では、表層で高く深度にともない減少する傾向にあった。a(pp)*:a(ph)*は、西部循環域の表層(20-30%)で大きく、深度とともに減少したが減少幅は小さかった。これに対してアラスカ循環域では全水深で5-10%と低かった。これらの結果、得られたa*psは、西部循環域ではa(ph)*と同じく鉛直方向に一様であったのに対して、アラスカ循環域では、a(ph)*に比べてa*psは下方に向かって低下した。 亜寒帯域においても表層における光防御色素の海域間の違いは光合成量子収率にも影響していた。Ф(m ps)とФ(m ph)を比べると、補正前は、西部循環域では全水深で大きく過小評価(24-33%)となっていたのに対して、アラスカ還流域では3-5%しか過小評価となっていなかった。これはアラスカ循環域においては西部循環域に比べて冬季の混合深度が深く、植物プランクトンが年間を通じて光律速の影響を受けている可能性を示唆する。 東シナ海においては、色素分析の結果、原核緑藻類、シアノバクテリア、ハプト藻類、緑藻類およびプリムネシオ藻類が優占していた。a*psは陸棚域から黒潮流軸にかけて増加し、原核緑藻類やシアノバクテリアの優占にともなうゼアキサンチンの寄与の増加によるものと考えられた。また、全域で亜表層クロロフィルa極大が顕著であったが、極大以深では深度にともない光合成色素による吸光への寄与が増大し、光環境の鉛直変化が植物プランクトン吸光係数に大きく影響することを示した。 マニラ湾ではモンスーンにともなう風向、潮汐および淡水の流入に季節的な変動が顕著であり、表層水温は2月から3月にかけて高く、雨季である8月に最低を記録した。1997年10月から2007年11月までのSeaWiFSおよびMODIS aquaクロロフィル画像を解析した結果、海面クロロフィルに経年変動は認められなかったが、季節変動が顕著であった。6月から9月の南西モンスーン期に湾内の表層クロロフィルa濃度は高く、特に水深の浅い海域における高クロロフィルaは河川流入による栄養塩供給に由来すると考えられた。 湾内の低深度域における555 nm上向き輝度(nLw)は高く、この海域がcase 2水であることを示した。高解像度MODIS aquaデータにおいても748 nmおよび869 nmにおいて過剰な輝度が得られた一方で近赤外域では吸光が高く、nLwはほぼ0であった。これらの結果も当海域が極めて濁度の高かったことを支持する。しかし443 nmにおけるnLwは湾央にかけて低くなり、細胞内共生藻Pedinomonas noctilucaeをもつヤコウチュウNoctiluca scintillansの卓越および、高濃度の有色溶存有機物の影響を示した。これらの衛星データに対応する2時間以内のマッチアップデータは得られていないが、ほぼ同時期に行った現場観測の結果から衛星観測によるクロロフィルaの推定値は実測に対して著しく過小評価である可能性が高く、今後、植物プランクトンのの光吸収特性を解析することにより、より高精度のクロロフィルアルゴリズムが開発できるものと期待される。 以上から、植物プランクトンの光吸収を、光防御と光合成に分けて解析することにより、より精度の高い光合成量子収率が得られること、吸光係数の変動は主に海域間の水理条件の違いを反映することが明らかになった。赤道太平洋域では全色素に占める光防御色素の割合が鉛直方向で大きく変化したのに対し、北太平洋亜寒帯域では鉛直方向の変化が少なかった。これは日射の強度と成層の発達度の違いが原因となっていると考えられる。光防御色素の地理的多寡は、赤道太平洋域で顕著であったが、北太平洋亜寒帯域や東シナ海でも認められ、これは、植物プランクトン群集組成の違い、特にシアノバクテリア現存量の影響であることを明らかにすることが出来た。また、マニラ湾では青色域のnLwが顕著に低いスペクトルが常態的に観察された。スペクトルの形状は、赤潮原因種の光学的特性を強く反映すると考えられ、マニラ湾ではnLwのより詳細な解析から共生藻をもつヤコウチュウの識別が今後、可能になると期待される。 | |
審査要旨 | 植物プランクトンの光学的特性は、おもに光防御色素(非光合成色素)と光合成色素に起因する諸要素に分けられるが、実際の海域で植物プランクトンの光学的特性を二つのグループの色素による吸収に分離した知見は乏しい。本研究は、色素により異なる吸光特性を持つことに着目して、植物プランクトンの光学的特性を明らかにすることを目的とした。海域として植物プランクトン現存量が低い外洋域と、濃密な赤潮状態の海域を選びその対比から解析を進めた。外洋域として太平洋赤道域と北太平洋亜寒帯域、および沿岸から沖合への移行域として東シナ海において観測を行った。太平洋外洋域では光合成の量子収率に及ぼす光吸収に重点を置いた。これまで、光合成の最大量子収率が著しく小さい海域が存在することが報告されている。その主な原因として、(1)光化学反応系の電子伝達効率が低栄養塩条件で低下すること、(2)強光、低栄養塩環境下では、過剰な光エネルギーによる光合成器官の損傷をさけるために、光防御色素(pp)が蓄積されることが挙げられる。本研究では、まず、上記の2つの変動要因を分けて評価した解析により、光防御色素が光合成の量子収率に及ぼしている影響を解析した。 太平洋赤道域は、西部暖水プールとフロント域に分けられ、クロロフィルaで規格化した植物プランクトン吸光係数a(ph)*は、西部暖水プールでは鉛直方向にほぼ一様となる傾向にあったのに対して、フロント域では深度に伴い減少すること、ppが吸光係数に占める割合(a(pp)*:a(ph)*)が、西部暖水プールの表層がフロント域に比べ大きいこと、a(pp)*:a(ph)*は、両海域とも表層で大きく深度にともない減少するが、西部暖水プールで鉛直変化が大きいことを認め、この違いを水柱の成層から説明した。表層における光防御色素の海域間の違いは光合成量子収率(Φm ph)にも影響し、光防御色素の影響のため、Φm phは西部暖水プールでは平均26%、フロント域でも平均18%の過小評価となることを明らかにした。また、東シナ海では、西部断水プールと類似した光学特性であることを認めた。 北太平洋亜寒帯域では、a(ph)*は、西部循環域では鉛直方向にほぼ一様であったのに対してアラスカ循環域では、表層で高く深度にともない減少すること、a(pp)*:a(ph)*が西部循環域の表層(20-30%)で大きいのに対してアラスカ循環域では全水深で5-10%と低いことから、海域間に違いがあることを認め、これを群集組成の違いから説明した。Φm phへの光防御色素への影響は海域により異なり、西部循環域では24-33%、アラスカ還流域では3-5%の過小評価であることを示し、両海域の混合層深度の違いから説明した。 通年にわたり濃密な赤潮が発生しているマニラ湾ではモンスーンに応じて海面クロロフィルの季節変動が顕著であり、6月から9月の南西モンスーン期に湾内の表層クロロフィルa濃度が高いことを海色衛星SeaWiFSおよびMODIS/aqua画像の10年間のデータから明らかにし、河川流入による栄養塩供給の変動から説明した。浅海域における555 nm上向き輝度(nLw)は高く、極めて高い濁度であることを指摘した。これは、MODIS/aquaの748 nmおよび869 nmにおいて過剰な輝度が得られた一方で近赤外域では吸光が高く、nLwはほぼ0であったことと整合した。しかし443 nmでのnLwは湾央にかけて低くなり、細胞内共生藻Pedinomonas noctilucaeをもつヤコウチュウNoctiluca scintillansの卓越および、高濃度の有色溶存有機物の影響であること、現場観測の結果から衛星観測によるクロロフィルaの推定値は実測に対して著しく過小評価であることを示した。赤潮域では、青色域のnLwが顕著に低いスペクトルが常態的に観察され、スペクトルの形状が赤潮原因種の光学的特性を強く反映することから、nLwの解析から共生藻をもつヤコウチュウの識別アルゴリズムの可能性、および、より高精度のクロロフィルアルゴリズムが開発できる可能性があることを指摘した。 以上から、これまで知見の乏しかった植物プランクトンの光吸収を、光防御と光合成に分けて解析することにより、より精度の高い光合成量子収率が得られること、吸光係数の変動は主に植物プランクトン組成と海域間の水理条件の違いを反映することが明らかになった。特に、全色素に占める光防御色素の割合の鉛直分布が赤道太平洋域と北太平洋亜寒帯域で異なることを初めて明らかにし、日射の強度と成層の発達度の違いに起因することが示された。このように本研究は海洋の一次生産機構を解明する上で新たな展開を与え、学術上も応用上も極めて貢献するところが大きい。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 | |
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