学位論文要旨



No 124227
著者(漢字) 都島,健介
著者(英字)
著者(カナ) ツシマ,ケンスケ
標題(和) 心血管リモデリングにおける転写因子IRF3の新規機能について : AngII-ERK-IRF3経路の解明
標題(洋)
報告番号 124227
報告番号 甲24227
学位授与日 2008.12.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3170号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 宮園,浩平
 東京大学 教授 藤田,敏郎
 東京大学 教授 山崎,力
 東京大学 准教授 平田,恭信
内容要旨 要旨を表示する

心不全はあらゆる心疾患の終末像として出現する頻度の高い病態で、高齢化社会の進行に伴い今後も罹患患者数が増加しつづけることが予想されている。心不全の原因は高血圧性心疾患や虚血性心疾患など、生活習慣病の結果として発症する病態が主要な原因である。1980年代後半よりレニン-アンギオテンシン-アルドステロン系 (RAA系)を標的とした治療が行われるようになり、心不全患者の予後は飛躍的に向上した。心不全の病体形成にRAA系が深く関わっており、特にアンギオテンシンII (AngII)は心不全治療の標的分子として重要である。

AngIIはもともと昇圧ホルモンとして同定されたが、昇圧作用以外にも多様な作用が報告されている。高血圧や糖尿病、虚血性心疾患の病態で、心臓や血管局所でAngIIの発現レベルが上昇しており、炎症生サイトカインやケモカインが誘導され、炎症を引き起こすことが知られている。しかし、AngIIにより炎症反応が誘導される分子機序については不明な点が多い。

AngIIによる炎症誘導の分子機構を検討するために、免疫機能に異常のある遺伝子改変動物を用いてAngII負荷モデルを作成した。スクリーニングの中で、ウイルス感染時の自然免疫応答に必須の転写因子であるInterferon regulatory factor 3 (IRF3)を欠損したマウスで、心臓の線維化および炎症細胞の浸潤が著明に抑制されていることを見いだし、AngIIによる情報伝達のなかでIRF3が活性化されることを見いだした。

IRF3はIRFファミリー転写因子に属する約50kDaのタンパク質で、IRF3は、ヒトでは427アミノ酸、マウスでは419アミノ酸からなる。ウイルス感染時におけるI型IFNの遺伝子制御に重要な働きを有しており、自然免疫の分野で盛んに研究されている分子である。定常状態では非活性体として細胞質に存在する。ウイルス感染やToll like receptor3/4 (TLR3/4)の刺激を受けると、C末端側にあるセリン/スレオニン残基がリン酸化を受け、立体構造が変化し二量体を形成し、核内に移行する。核に移行したIRF3はIFNβプロモーター上でCBP/p300と結合しIFNβの産生を誘導する。

IRF3欠損マウスではAngII負荷により、血圧や心重量比に野生型と有意差は認められなかったが、間質および血管周囲での線維化は抑制されていた。また、線維化巣への骨髄系細胞の浸潤も著明に抑制されていた。4日目にはCXCL10をはじめとするケモカインのmRNAの発現がIRF3欠損マウスで低下しており、AngIIにより誘導される炎症反応が低下した結果、線維化が軽減していたことが推測された。骨髄移植を用いた実験では、骨髄細胞でのIRF3の活性よりも、間葉系細胞での活性が重要であることが示唆された。

アンギオテンシンII type Iレセプターを発現させたHEK293T細胞を用いてAngII下流でのIRF3活性化のシグナル伝達を検討した。AngII刺激後、8時間よりIRF3の核内への移行、バンドシフトが認められた。しかし、ウイルス感染時に認められる二量体の形成はAngII刺激では認められなかった。セリン残基をアラニンに置き換えた変異体を用いた実験から、AngII刺激によるIRF3の修飾はリン酸化も生じていたが、ウイルス感染には認められないリン酸化以外の修飾も必要であることがわかった。IRF3結合配列 (ISRE配列) をプロモーター領域に含んだISRE-luciferase によるレポーターアッセイを行ったところAngII刺激によりIRF3の転写活性化能は亢進していた。

MEK1/2阻害剤によりAngIIによるIRF3の活性化が抑制され、恒常的活性化型のRasによってもAngII刺激と同様の活性化を受けることから、AngIIによるIRF3の活性化はRas-MEK-ERK経路により活性化され、感染の際とは異なる新しいIRF3の活性化メカニズムであることがわかった。

IRF3により制御をうける新規遺伝子の探索するためにAngII負荷前後の心臓より採取したRNAを用いてGeneChip解析を行った。その結果、IRF3欠損マウスの心臓では、細胞内の脂質代謝に重要な働きを持っているAngptl4およびAcot1が野生型と比較し有意に低下していた。

本研究において、AngIIによる心臓の線維化反応においてIRF3の活性化が重要であること、AngII刺激によりIRF3はウイルス感染時とは全く異なる新規メカニズムで活性化されること、そしてIRF3が脂質代謝に関わっている可能性があること、が明らかになった。本研究の結果は、IRF3が自然面径感染だけでなく心血管病や代謝疾患の病態解明に新たな視点を与えるものと期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、心肥大促進作用を有するアンギオテンシンII(AngII)による催炎症作用の成因を明らかにしようと試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.免疫系に異常を有する種々の遺伝子改変動物を用いて、アンギオテンシンII負荷モデルを作成したところ、自然免疫の分野で精力的に研究されている転写因子であるInterferon regulatory factor3(IRF3)を欠失させたマウスにおいてアンギオテンシンIIによる心臓の線維化反応が著明に低下していることを見いだした。しかしながら、心臓の重量には有意差は認められず、IRF3は心肥大の中でも心臓の線維化にのみ関与していることが示された。

2.血球系細胞の細胞表面マーカーである白血球共通抗原(CD45)による免疫染色の結果から、心臓の線維化巣には骨髄由来細胞の浸潤が多数認められた。骨髄移植実験から、間葉系細胞におけるIRF3の働きが線維化形成に重要であることが示された。

3.アンギオテンシンII type I 受容体を発現している293T細胞にmurine IRF3を強制発現させ、アンギオテンシンII刺激によるIRF3の活性化をWestern blot法、レポーターアッセイで検討したところ、IRF3はアンギオテンシンII刺激によりリン酸化とリン酸化以外の未知の修飾を受け活性化し、転写活性化能を獲得することが示された。各種阻害剤(ERK inhibiter, p38 inhibiter, PI3K inhibiter)を用いた実験から、IRF3はAngII-Ras-ERK経路により活性化していることが示された。

4.アンギオテンシンIIにより活性化を受けたIRF3の標的遺伝子を探索する目的でAngII負荷モデルマウスの心臓の遺伝子発現のGeneChipによる網羅的な解析が行われている。野生型マウスではAngII負荷後一日目からAcyl-CoA thioesterase1/2やAngiopoietin like 4などの脂質代謝に関わる遺伝子の発現が誘導されていたにも関わらず、IRF3欠損マウスではその発現が抑制されていた。CXCL10やCCL12などの炎症に関わるケモカインやサイトカインの発現も4日目から発現が低下しており、アンギオテンシンIIによる遺伝子発現パターンが野生型とIRF3欠損マウスで異なることが示された。

以上、本論文は、ウイルス感染などの感染ストレス応答で必須の転写因子として知られていたIRF3が、心臓の線維化形成に重要な働きをしていることを明らかにした。この転写因子は心臓における炎症の誘導だけでなく脂質代謝でも重要な働きを有することを示唆するデータも示されており、心臓線維化進展の分子機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク