学位論文要旨



No 124232
著者(漢字) 鄧,飛
著者(英字)
著者(カナ) テン,フィ
標題(和) カーボンナノチューブ含有ナノ複合材料における界面接着特性および変形メカニズムに関する研究
標題(洋)
報告番号 124232
報告番号 甲24232
学位授与日 2008.12.26
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第402号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端エネルギー工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武田,展雄
 東京大学 教授 小笠原,俊夫
 東京大学 教授 鈴木,宏二郎
 東京大学 准教授 榎,学
 東京大学 准教授 岡部,洋二
内容要旨 要旨を表示する

1.緒言

カーボンナノチューブ(Carbon Nanotube,CNT)は優れた力学、電気伝導および熱伝導特性を持ち、多岐にわたる応用が期待されている。航空宇宙分野においては、樹脂の補強材として用いたナノ複合材料に関する研究が盛んに行われている。

しかし、実際に作製したCNT 含有複合材料の力学特性は、期待値よりはるかに小さい。その原因には、樹脂中におけるCNT の均一分散、配向制御および良好な界面接着、などが不十分であることが挙げられる。これら課題の中で最も重要かつ困難な課題が界面接着である。界面はナノメートルオーダーであり、かつ複合材料内部に存在するため、実験的な研究は非常に困難である。

本研究ではこれまで研究がほとんど行われなかった熱可塑性樹脂、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)にCNT を分散したナノ複合材料を研究対象とした。複合材料のマクロ的な力学および動的粘弾性について評価を行った。樹脂中におけるCNT の分散状態を直接的かつ容易に評価できるフォーカスイオンビーム(FIB)法を開発し、評価を行った。CNT と樹脂の界面強度を走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope,SEM)内で実験的に直接測定する手法を開発し、界面強度を求め、また、複合材料の引張り試験を透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope,TEM)内で行い、複合材料中におけるCNT の補強メカニズムを解明することを目的とする。

2.実験方法

2.1 材料

本実験で用いたCNTs は、CVD法によって作製されたMWNTs であり、その直径は20~100 nm、長さ数百μm である。樹脂は熱可塑性樹脂のポリエーテルエーテルケトン、PEEK(PEEK151G、Victrex)を用いた。用いた複合材料は、樹脂とMWNTs を機械的に混ぜたのち射出成形によって得た。

2.2 引張り試験、動的粘弾性特性測定

引張り試験は、室温や高温(100 oC と200 oC)で油圧万能引っ張り実験機によって行った。動的粘弾性特性はDMA 測定を行った。

2.3 集束イオンビーム法

本研究で使用したFIB は、イオン源にガルウムイオン (Ga+)を用いたJEOL の9320 型である。引っ張り試験用の試料片をファインカッターで数ミリに切り出したのち、FIB の試料ステージにカーボンテープで固定した。FIB 観察の条件は、加速電圧30 kV、イオンビーム径30 nm、ビーム電流100 PA である。FIB で観察したCNT の分布や配向状態の妥当性を確認するため、試料の内部情報が得られるTEM 観察を行った。その観察用試料は、FIB によってH-bar 法で作製した。

2.3 SEM 内単一CNT Pullout 試験

単一CNT Pullout 試験はSEM 内で行った。試料室には独立した二つのステージが土台に固定してあり、この土台はSEM のステージであり、X とY方向に可動である。土台上の一方に、DCモータによって粗動移動用のX とY ステージおよびピエゾ素子によって微動を制御するX ステージが固定してある。土台のもう一方には同じくDC モータとピエゾ素子で駆動するZ ステージがある。ピエゾ素子駆動のX ステージの先端に、原子間力顕微鏡で力を検出するために用いられるシリコンのカンチレバーを固定してある。これは、単一のCNT を樹脂からPullout する力を検出するためである。このカンチレバーの対抗側のピエゾZ ステージには複合材を固定している。正確な界面強度を測定するため、三種類の手法を用いて測定を行った。Z ステージの複合材料は、引張り破断後(手法A)、TEM 内引張り試験破断後(手法B)および界面ダメージ回復させた試料(手法C)を用いた。CNT Pullout の試験を以下の手順に従って行った。

1. ナノ複合材料の引張り破断後の断面表面にはCNT が露出することが知られている。カンチレバーを複合材料に近づけ、複合材料表面に露出している一本のCNT をカンチレバーの先端に乗せる(接触)。

2. 次に、電子線蒸着法(Electron Beam Induced Deposition, EBID)を用いて、SEM 内に残留しているガス(多くは炭化水素)をCNT とカンチレバーが接触している領域に蒸着して固定する。具体的には、固定したい領域に、20 kv に加速された電子線を20 分程度照射する。その結果、SEM 試料室内の残留炭化水素に電子線が照射されると、分解し炭素膜を形成する、これによってCNT とカンチレバーの先端は"テープ"で固定したようになる。この炭素膜の接着力は、電子線の加速電圧やエミッションと試料間の電流に依存するが、少なくとも~μN の圧縮や引張り力では外れないことがAFM 測定によって確かめられている。

3. 最後に、CNT を複合材中から引き抜く方向へカンチレバーを変位させる。カンチレバーの先端に力が与えられると全体が曲がり、その力はCNT へ伝達される。CNT と樹脂界面の臨界せん断力(IFSS)以上の応力が界面に与えられると、CNT は複合材料中から引き抜かれる。

この過程におけるPullout 力の検出は以下のフックの法則より見積もることができる。F=k・Δx(ここにおけるF は、CNT の引張り力であり、k はカンチレバーの弾性乗数、Δx はカンチレバーのたわみ量である)。Pullout 力、F をCNT の埋め込み面積、Semb で割れば、CNT と樹脂の界面強度、τが得られる。つまり、τ= F(pullout)/S(emb)、S(emb)=2rπLemb は樹脂中におけるCNTの埋め込み面積はであり、r はCNT の半径であり、Lemb はCNT の埋め込み長である。カンチレバーのたわみ量、Δx、CNT の半径、r および埋め込み長、L はすべて電子顕微鏡の解析から見積もる。

2.4 TEM 内引張試験

TEM(JEM-2100F)内引張実験には接合ホルダ(EM-Z0073T)を用いた。このホルダの試料固定領域には独立した可動と固定ステージがある。可動側はピエゾ素子とマイクロモータがつながっているため三次元に粗動と微動が可動である。可動側と固定側の間に試料片を固定することで引張り試験を行う。

3.結果と考察

樹脂中におけるCNT の分散や配向評価方法として、これまでの評価方法は、間接的でありながら非常に高度な試料作製技術や解析知識を要した。本研究ではそれに比べ、直接的かつ簡易なFIB 観察法を提案した。複合材料を構成している材料、樹脂とCNT のミリング率が異なることを利用して、イオンビームを試料表面に連続照射することにより、ミリング率の高い樹脂が優先的に削られ、CNT が露出する原理である。本研究では二種類の樹脂、PEEK とPC について評価を行った。PEEK/CNT 複合材料について、射出成形法で作製した引っ張り試験片の表面を観察した。 CNT 充填重量分率6.5%および15%の材料を観察し、照射時間70 s 程度で完全にCNTの分散や配向状況がわかった。

引っ張り実験における複合材料の弾性率E は0.1~0.3%のひずみ範囲で算出した値である。MWNTs 添加量の増加とともに、複合材料の弾性率や最大応力は増加した。室温において、MWNTs 添加量15 wt%の弾性率および最大応力は純PEEK に比べ、それぞれ89%および19%増加し、100℃においては、それぞれ70%および13%増加した。また、200℃では、それぞれ163%および42%増加した。よって、MWNT の補強効果は室温にのみならず、高温領域においても確認された。しかしながら、これらの力学特性の向上は理論式で予測する値よりも十分小さいことがわかった。よって、荷重は有効的にCNT へ伝達されていないことを示唆している。

そこで、複合材料中における荷重伝達を理解するために、TEM 内におけるナノ複合材料の引張り試験を行いながら、CNT と界面の変形挙動を観察した。PEEK/CNT 複合材料に0%から8%までのひずみ与えたとき、その中あるCNT は無ひずみのときと比べてほとんど変化が見られなかった。また、引張り破断後の複合材料の端部には、樹脂からPullout したCNT が観察された。これらのCNTは、樹脂からPullout したものと、CNT の内層からPullout したものがあることがわかった。この内層のPullout 現象は、MWNT を樹脂の補強材として用いるとき、例え界面が完全に接着していても、CNT において荷重を負担するのは表面層、或いは表面から数層程度であることを意味している。また、複合材にある一定以上の荷重を印加すると、CNTs と樹脂の界面に亀裂が生じ始めたのが観察された。荷重を印加し続けると、これらの亀裂が繋がり複合材が破断する。この観察からも、CNT と樹脂の界面強度が弱いことが示された。

CNT へ荷重がほとんど伝達されていないことは、バルクな引張り試験とTEM 内観察により確認した。これらにおいてもっとも考えられる要因は、界面に良好な接着がないことである。そこで、本研究では、分子動力学法((Molecular dynamics simulation, MD)を用いて、CNT と樹脂の界面接着力を理論的に予測するために、CNT とPEEK 樹脂の界面相互作用を、ファンデルワールス力と仮定した場合と、化学結合と仮定した場合について、CNTをPEEK樹脂からPulloutする分子動力学法シミュレーションを行った。前者の平均的な界面強度は2 MPa 程度、後者で界面に化学結合が5 つ存在する場合には、300MPa 程度であることを示した。つまり、界面に化学結合が存在する場合は、界面強度が桁違いに強くなることがわかった。

本複合材料中における界面強度を実際に測定した。単一CNT を樹脂からPullout する実験を独自開発したSEM 内で行った。引張り試験破断後に複合材料断面から一本のCNT をPulloutすることである。正確な界面強度を測定するために、三種類の手法で測定を行った。

まず手法A は、もっとも簡単にかつ数多くの回数を実験ができる方法である。単に引張り試験後の複合材料をz ステージ側に固定してPullout 試験を行う方法である。しかしながら、この手法は、CNT の埋め込み長がわからないため樹脂内で破断するかPullout するかは不明である。これを改良したのが手法B である。これは、CNT の埋め込み状態や長さを予めTEM 観察を行ってから、CNT のPullout 試験を行い、界面強度の評価を行う方法である。さらに、複合材料の引張り破断の過程でCNT と樹脂の界面にダメージが生じる可能性があることが想像できる。そのダメージを取り除くため、複合材料全体を一回溶かすことで回復させた試料からCNT をPulloutする手法がC である。

これらの結果をまとめると、手法A で行った実験は6 回であり、その平均した界面強度、τave =4.1 MPa である。手法B では3 回測定を行い、その平均した界面強度、τave = 13.9 MPa である。手法C では3 回測定を行い、その平均した界面強度、τave = 13.3 MPa である。よって、本複合材料中におけるCNT とPEEK 樹脂の界面強度は1.5~11 MPa であることがわかった。これをシミュレーション結果と比較すると、界面相互作用をファンデルワールス力、τ:2 MPa と仮定した結果に近く、化学結合を仮定した結果、τ:200~300 MPa よりはるかに小さいことがわかる。これより、CNT とPEEK の界面相互作用は、ファンデルワールス力であることを可能性が大きいことが言える。

4.まとめ

本論文は、CNT 含有ナノ複合材料中のCNT の配向、分散状況およびナノ領域の負荷下直接観察や界面力学特性評価を行うことが可能な装置を開発し、ナノオーダーの界面強度を測定することに成功した。その結果、CNT とPEEK 樹脂の界面相互作用が弱いことを示した。また、CNTのようなナノメートルサイズの物質を含む複合材の界面特性の評価法を開発した点で、先端エネルギー工学、とくに、極限環境材料工学に貢献するところができると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学)〓飛提出の論文は、「カーボンナノチューブ含有ナノ複合材料における界面接着特性および変形メカニズムに関する研究」と題し、7章と付録A、Bよりなる。

カーボンナノチューブ(Carbon Nanotube,CNT)は、軽量かつ優れた力学特性を持つため、樹脂の補強材として用いられようとしている。しかし、実際に作製したCNT含有複合材料の力学特性は、期待値よりはるかに小さい。その原因には、樹脂中におけるCNTの均一分散,配向制御および良好な界面接着、などが不十分であることが挙げられる。これら課題の中で最も重要かつ困難な課題が界面接着である。界面はナノメートルオーダーであり、かつ複合材料内部に存在するため、実験的な研究は非常に困難である。本研究では、CNTと樹脂の界面強度を走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope,SEM)内で実験的に直接測定する手法を開発し、界面強度を求め、また、複合材料の引張り試験を透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope,TEM)内で行い、複合材料中におけるCNTの補強メカニズムを解明することを目的とする。

第1章は「序論」であり、本研究の背景についてまとめ、従来研究の問題点を総括するとともに、本研究の目的と構成について述べている。

第2章は「FIB法による樹脂中におけるCNTの分布および配向評価」であり、樹脂中におけるCNTの分散や配向状態を、直接かつ容易に評価する手法としてフォーカスイオンビーム(FIB)法を開発した。その原理は、イオンビームを試料表面に連続照射することにより、切削率の高い樹脂が優先的に削られてCNTだけが露出することである。二種類の樹脂と異なるCNT重量分率が充填された場合について、適切に評価できることを立証した。

第3章は「ナノ複合材料のマクロ特性評価」であり、多層CNT(MWNT)と熱可塑性樹脂であるPEEKを用いたPEEK/MWNTナノ複合材料の引張り特性と動力学特性の評価を行った。引張り特性については、CNT添加量増加とともに複合材料の弾性率や強度は室温のみならず、100-200℃の高温においても増加した。また、実験により求めた弾性率は、既存の繊維強化複合材料の理論式により予測した値よりもかなり小さいことから、複合材料中のCNTの荷重負担が不十分であることを示した。

第4章は「TEM内における複合材料の引張試験」であり、TEM内で複合材料に一様引張り荷重を負荷する手法を開発し、複合材料中のCNTの変形を原子オーダーで観察することに成功した。ひずみを与えてもCNTは無ひずみ時と比べてほとんど変化がないことから、荷重がCNTへ伝達していないことが示唆された。また、引張り破断後に観察できるPullout(引抜き)されたMWNTには、樹脂からPulloutしたものと,MWNTの内層からPulloutしたものが存在した。

第5章は「分子動力学法によるCNT Pulloutシミュレーション」であり、CNTと樹脂の界面接着力を理論的に予測するために、CNTとPEEK樹脂の界面相互作用を、ファンデルワールス力と仮定した場合と、化学結合と仮定した場合について、分子動力学法シミュレーションを行った。前者の平均的な界面強度は2MPa程度、後者で界面に化学結合が5つ存在する場合には、300MPa程度であることを示した。

第6章は「CNTと樹脂の界面強度測定」であり、走査型電子顕微鏡内において、ナノサイズの単一のCNTをPEEK樹脂からPulloutする試験システムを3種類開発し、各々の手法で界面強度を直接測定し、界面強度は1.5~14MPaの範囲にあることを示した。とくに、界面剥離が生じた材料でも、加熱再溶融することにより、界面強度が回復することを示した。実験とシミュレーションの結果を比較すると、複合材料中におけるCNTとPEEK樹脂の界面相互作用は、ファンデルワールス力である可能性が高いことを明らかにした。

以上要するに、本論文は、CNT含有ナノ複合材料中のCNTの配向、分散状況およびナノ領域の負荷下直接観察や界面力学特性評価を行うことが可能な装置を開発し、ナノオーダーの界面強度を測定することに成功した。その結果、CNTとPEEK樹脂の界面相互作用が弱いことを示した。また、CNTのようなナノメートルサイズの物質を含む複合材の界面特性の評価法を開発した点で、先端エネルギー工学、とくに、極限環境材料工学に貢献するところが大きい。

なお、本論文の第2-4章は小笠原俊夫氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析および検討を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(科学)の学位を授与できると認める。

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