学位論文要旨



No 124236
著者(漢字) 末岡,一男
著者(英字)
著者(カナ) スエオカ,カズオ
標題(和) 分子生物学的手法及び分離培養法を用いた鉄鋼排水処理活性汚泥中の嫌気的フェノール分解細菌の解明
標題(洋) Molecular and culture-dependent analyses of anaerobic phenol-degrading bacteria in activated sludge treating synthetic steel industry wastewater
報告番号 124236
報告番号 甲24236
学位授与日 2008.12.26
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第406号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 社会文化環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 佐藤,弘泰
 東京大学 教授 味埜,俊
 東京大学 教授 木暮,一啓
 東京大学 准教授 黄,光偉
 東京大学 准教授 栗栖,太
内容要旨 要旨を表示する

本研究では鉄鋼排水である安水を処理する活性汚泥を対象とした。鉄の生産において、鉄鉱石の還元剤や燃料として使用されるコークスは石炭を乾留して製造され、この時に安水が生じる。安水には高濃度のフェノール・アンモニアが含まれ、安水の主成分である。

通常、安水処理は物理化学的処理法と生物学的処理法を組み合せて行なわれる。物理化学的処理法ではアンモニアストリッピング法によりアンモニアが除去される。生物学的処理法では、海水で2-3倍に希釈したのち標準活性汚泥法によってフェノールやチオシアン酸塩などが除去される。但し、アンモニアストリッピング法は、エネルギーやコスト面での負担が大きいという欠点があるため、アンモニアの除去をエネルギーやコスト面で負担の少ない生物学的処理法で行うことを検討した。つまり、アンモニアと有機物の同時除去が行える硝化液循環型硝化脱窒プロセスの適用である。本プロセスは下水処理を中心に適用されているが、安水処理においてはまだ本格的には導入されておらず検討段階である。

これまで、著者の研究室では、安水処理硝化脱窒プロセスの処理性能の裏づけ及び主要な微生物叢の解明を目的として、実験室規模の安水処理硝化脱窒プロセスを対象に、分子生物学的手法による微生物群集構造解析と分離培養法による微生物の分離が行われてきた。これらの研究から、安水処理に関わっている細菌の遺伝子情報やそれらが持つ生理学的特徴の一面が明らかになってきた。一方、本プロセスでは運転期間を通じて安水の主要有機物成分であるフェノールが脱窒反応に伴い嫌気的に分解されており、フェノールを嫌気的に分解する細菌(フェノールを電子供与体、硝酸塩を電子受容体として生体エネルギーを得て、フェノールを摂取・同化している細菌(以下、嫌気的フェノール分解細菌))が主要な役割を担っていると考えられた。しかし、これまでの研究からは嫌気的フェノール分解細菌に関する知見は得られなかった。

そこで、本研究では、本プロセス内で主要な役割を担うと考えられる嫌気的フェノール分解細菌を特定することを試みた。まず、嫌気的フェノール分解細菌の系統学的位置を特定するために、安定同位体元素を利用した手法であるstable isotope probing(SIP)法を適用した。一方、SIP法では遺伝子情報を得ることはできるものの、それ以上の情報を得ることは困難である。嫌気的フェノール分解細菌の生理学的特徴を知るには、分離培養法によって分離株を獲得し調査するしか方法がない。そこで、分離培養法を用いて嫌気的フェノール分解細菌を分離・培養することを試みた。

こうして、本研究では嫌気的フェノール分解細菌をSIP法と分離培養法で特定することを試みた。SIP法にはその対象をRNAとするRNA-SIP法を、分離培養法には近年改善が試みられている平板培養法を用いた。本研究の目的は以下の4点とした。

・(目的1):実験室規模の人工安水処理硝化脱窒プロセスを対象として、そこに生息する嫌気的フェノール分解細菌をRNA-SIP法によって特定する

・(目的2):(目的1)と比較をするために、好気的フェノール分解細菌をRNA-SIP法によって特定する

・(目的3):実験室規模の人工安水処理硝化脱窒プロセスを対象として、そこに生息する嫌気的フェノール分解細菌を平板培養法によって分離・培養する

・(目的4):(目的1)から(目的3)で得られた結果を比較し、RNA-SIP法で捉えた細菌が平板培養法で分離されているかを確認する

次に本論文の各章の構成を説明する。本論文は全8章から構成される。第1章の「研究の背景と目的」では、本研究の背景と目的および論文の構成を説明した。第2章の「既往の知見」では、安水処理・フェノール分解細菌・分子生物学的手法と分離培養法に関する既往の知見を紹介した。第3章の「研究手法」では、活性汚泥に関する情報、RNA-SIP法・平板培養法・水質分析法の実験手順を説明した。第4章から第7章では結果を述べ、第8章の「総括」では、本論文の研究成果を簡潔にまとめ、今後の展望を述べた。以下、第4章から第7章について各章ごとに説明する。

第4章は「嫌気的フェノール分解細菌のRNA-SIP法による特定」と題し、嫌気的フェノール分解細菌のRNA-SIP法による特定を行った。汚泥に(13)C標識フェノールまたは非標識フェノールを与え硝酸塩存在下で嫌気培養を行い、以後のRNA-SIP法の分子生物学的実験に供した。結果、汚泥BではAzoarcus, Microbulbifer, Pelagiobacter, Pseudomonas, Thauera属に近縁な細菌が特定され、汚泥CではMarinobacter, Pelagiobacter属に近縁な細菌が特定された。これらの内、汚泥BのAzoarcus属に近縁な細菌と汚泥CのMarinobacter, Pelagiobacter属に近縁な細菌は、嫌気的にフェノールを直接同化していると考えられた。一方、その他の細菌は、嫌気的にフェノールを直接同化している可能性とフェノールの代謝産物を同化している可能性が残された。

第5章は「好気的フェノール分解細菌のRNA-SIP法による特定」と題し、好気的フェノール分解細菌のRNA-SIP法による特定を行った。汚泥に13C標識フェノールまたは非標識フェノールを与え好気培養を行い、以後のRNA-SIP法の分子生物学的実験に供した。結果、汚泥AではPropionibacterium, Halomonas, Marinobacteirum, Thauera属に近縁な細菌が特定され、汚泥CではCitreimonas, Halomonas, Microbispora, Propionibacterium, Rhodobacterに近縁な細菌が特定された。これらの内、汚泥CのHalomonas属に近縁な細菌以外は、好気的にフェノールを直接同化していると考えられた。一方、汚泥CのHalomonas属に近縁な細菌は、好気的にフェノールを直接同化している可能性とフェノールの代謝産物を同化している可能性が残された。

第6章は「嫌気的フェノール分解細菌の分離・培養 -汚泥Aと汚泥B-」と題し、平板培養法に使用する基質濃度と固化剤の種類に着目して、培養条件の違いが得られる分離株の違いに与える影響を評価し、嫌気的フェノール分解細菌を捉えやすい平板培養条件を絞り込んだ。固化剤にはカラギーナン・ゲランガム・寒天A(精製度が高い)・寒天B(精製度が低い)の4種類を用い、基質となるフェノール濃度には約10, 100, 500 (mg/L)の3種類を用いた。これらを組み合わせた全12通りの培養条件において、硝酸塩存在下で嫌気培養を行い、CFU(colony forming unit)値)の推移・コロニーの形態的特徴の多様性・分離株の系統学的位置の3項目から評価した。結果、嫌気的フェノール分解細菌を捉えやすい平板培養条件としては、「フェノール濃度を低濃度(約10 mg liter-1)または中濃度(約100 mg liter-1)にし」、「固化剤にはカラギーナンまたはゲランガムを用いる」ことが重要であるとわかった。また、汚泥Bから嫌気的フェノール分解細菌を分離し、16S rRNA遺伝子を解読し、第4章と第5章で特定された細菌が分離されているかを調べた。結果、第4章で汚泥B中の嫌気的フェノール分解細菌として特定された細菌(Azoarcus属に近縁な細菌)の分離に成功し、全部で24株分離された。

第7章は「嫌気的フェノール分解細菌の分離・培養 -汚泥C-」と題し、第6章で結論された嫌気的フェノール分解細菌を捉えやすい平板培養条件を基本的に用いて、さらに海水を含む培地の使用を検討した。海水を加えたのは、硝化脱窒プロセスの流入水には海水が含まれており、その環境を模倣した培地にするためであった。フェノール濃度は約10, 100 (mg/L)とした。一方、固化剤については、海水を含む固体培地を作成する場合、ゲランガムを使用することが困難であるとわかった。そのため、固化剤にはカラギーナンを用い比較対象として寒天Aも用いた。こうして、海水を含む固体培地を用いて、嫌気的フェノール分解細菌の分離・培養を試み汚泥Cから152株を分離した。得られた分離株が嫌気的フェノール分解能を有するか否かを判断するためには、フェノールと硝酸塩を用いて液体培養を行い各成分の利用性を確認する必要があるが、本研究ではこれを行わなかった。そのため、文献情報からの嫌気的フェノール分解能を推測するだけに留まった。

また、第5章で汚泥A中と汚泥C中の好気的フェノール分解細菌または好気的フェノール分解細菌に関与する細菌と特定された細菌(Halomonas属に近縁な細菌)の分離に成功し、全部で4株分離された。さらに、第5章で汚泥A中の好気的フェノール分解細菌と特定された細菌(Marinobacterium属に近縁な細菌)の分離にも成功し、1株分離された。

以上、第4章と第5章において(目的1)と(目的2)が達成された。第6章と第7章において(目的3)の一部と(目的4)が達成された。(目的3)を達成するためには、汚泥Bと汚泥Cから得られた分離株のフェノール分解能を調査する必要がある。これは今後の課題とした。

本研究の大きな成果のひとつは、人工安水処理活性汚泥内で機能的に重要な役割を担っていると考えられたAzoarcus属に近縁な細菌の分離に成功したことであった。この株の生理学的特徴を調査し、安水処理プロセス内での挙動とプロセスの処理状況との関連付けを行うことを今後の課題とした。また、本研究を通して、これまでに嫌気的または好気的フェノール分解細菌としての報告がない細菌がRNA-SIP法によって特定され、かつ、それらの中には系統学的にも新規な細菌が含まれていることが解明された。これも本研究のもうひとつの大きな成果である。

審査要旨 要旨を表示する

本研究の大きな成果のひとつは、人工安水処理活性汚泥内で機能的に重要な役割を担っていると考えられたAzoarcus属に近縁な細菌の分離に成功したことであった。この株の生理学的特徴を調査し、安水処理プロセス内での挙動とプロセスの処理状況との関連付けを行うことを今後の課題とした。また、本研究を通して、これまでに嫌気的または好気的フェノール分解細菌としての報告がない細菌がRNA-SIP法によって特定され、かつ、それらの中には系統学的にも新規な細菌が含まれていることが解明された。これも本研究のもうひとつの大きな成果である。

本研究では嫌気的フェノール分解細菌を特定するために、二つのアプローチがとられている。一つはstable isotope probing(SIP)法である。SIP法は分離培養せずに試料中の特定の機能を持つ微生物を特定することのできる手法であるが、特定された微生物の詳細な生理的特性を知ることはできない。そこで、また、もう一つのアプローチとして、分離培養を試みた。

本論文は全8章から構成されている。第1章では研究の背景と目的が述べられ、第2章では安水処理プロセスについて、および、本研究で用いられたさまざまな分析手法に関するレビューがなされている。第3章の「研究手法」では、本研究で用いた汚泥を得た人工安水処理活性汚泥プロセスについて述べている。また、3章には、4章・5章で利用したRNA-SIP法(安定同位体標識された有機基質中の13CをとりこんだrRNA分子を分離し解析する方法)の詳細な説明をはじめ、各章に共通する分析手法が述べられている。

第4章では、嫌気的フェノール分解細菌を特定するためにRNA-SIP法を用いて検討した。汚泥に(13)C標識フェノールまたは非標識フェノールを与え硝酸塩存在下で嫌気培養を行い、標識されたrRNAを分析した。2回の実験を行い、一回目ではAzoarcus、Microbulbifer、Pelagiobacter、Pseudomonas、Thauera各属に近縁な細菌が特定され、二回目ではMarinobaoter、Pelagiobacter各属に近縁な細菌が特定された。これらの内、Azoarcus、Marinobacter、Pelagiobacter各属に近縁な細菌は、ほぼ間違いなく嫌気的にフェノールを直接同化していると考えられた。

第5章では好気的フェノール分解細菌を特定するためにRNA-SIP法を適用している。この検討は直接本研究の目的に合致するものではないが、嫌気的フェノール分解細菌との比較のために行なった。2回の実験の結果からMarinobacteirum、Thauera、Citreimonas、Halomonas、Microbispora、Propionibacterium、Rhodobacterのそれぞれに近縁な細菌が特定された。

第6章は嫌気的フェノール分解細菌を捉えるために適した平板培養条件について、基質濃度と固化剤の種類の点から検討した。培養は硝酸存在嫌気条件下で行ない、フェノール濃度は約10mg/Lまたは約100mg/L、また、固化剤にはカラギーナンまたはゲランガムが良い結果を与えた。また、第4章で嫌気的フェノール分解細菌として特定された細菌のうちAzoarcus属近縁のものを分離することに成功した。

第7章ではさらに海水を含む培地の使用を検討した。嫌気的フェノール分解細菌は分離することができなかったが、第5章で特定された細菌のうちHalomonas属近縁のものとMarinobacterium属近縁のものが分離された。

以上のように、RNA-SIP法を用いて実際の活性汚泥中で嫌気的フェノール分解を担っている細菌を特定することに成功するとともに、その一部を分離培養することに成功した。また、嫌気的フェノール分解細菌だけでなく、好気的フェノール分解細菌も特定し、その一部を分離培養することができた。これら株の生理学的特徴を調査し、安水処理プロセス内での挙動とプロセスの処理状況との関連付けを行うことが今後の課題であろう。また、これまでに嫌気的フェノール分解細菌または好気的フェノール分解細菌としての報告がない細菌がRNA-SIP法によって特定され、かつ、それらの中には系統学的にも新規な細菌が含まれていることが解明された。

なお、本論文4章および5章はそれぞれ共著論文として公表されているが、論文提出者が主体となって行なったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

以上より、博士(環境学)の学位を授与できると認める。

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