学位論文要旨



No 124240
著者(漢字) 鹿熊,秀雄
著者(英字)
著者(カナ) カクマ,ヒデオ
標題(和) 1.55μm帯半導体レーザの口腔内組織断層撮影技術への応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 124240
報告番号 甲24240
学位授与日 2009.01.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6940号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 荒川,泰彦
 東京大学 教授 宮野,健次郎
 東京大学 教授 菊池,和朗
 東京大学 准教授 鎮西,恒雄
 東京大学 准教授 岩本,敏
内容要旨 要旨を表示する

日本は急速な高齢化社会を向かえようとしている。1950年における65歳以上比率は4.9%に過ぎなかったが、2006年には20.8%、2050年には40%に迫る勢いである。これまで最も高かったイタリアを抜き世界第1位となった。このような人口状況から特に65歳以上の医療費が大幅に増大するようになった。問題は長寿ではない。その結果もたらされる負担である。このような現状に直面して工学の立場から何をすべきか考えた。その結果、早期発見早期治療を可能にする光断層撮影の研究が良いとの結論に達した。

早期発見早期治療のターゲットを口腔内組織の診断に絞ったのは高齢者の残存歯数がいかに重要であるかを認識したからである。80歳で20本の歯が有る者とそうでないものでは健康状態が異なってくるからである。本研究の課題である、1.55μm帯半導体レーザの口腔内組織断層撮影技術への応用は口腔内領域病変の早期発見・早期治療を実現する可能性があり、ここに本研究の意味があると考えられる。

口腔内の組織を非侵襲的に診断する方法としてエックス線が主に用いられてきた。その方法は、4通り程度あるが、エックス線を使用した診断の場合、患者を特別な部屋に隔離する必要がある。デンタル用のエックス線被爆量はごくわずかであると言われているが法規制が有るためエックス線を使用した診断をオープンスペースで行うことはできない。光を使った診断ではこのようなことはなく、光りをうまく利用すれば診断装置として発展する可能性がある。

本研究は、光を利用した診断方法の一つである光断層撮影(OCT)をテーマとしている。まず始めに、本研究の基礎である光の干渉をヤングの干渉実験にまで逆のぼり考えた。ニュートンの光の粒子説に加え光の波動的解釈をもたらしたヤングの2重スリットの実験は利用価値が非常に高い。歯科用OCTに必要な機能を見いだすため各種OCTを比較してそれぞれの特徴を考えた。それらには時間領域OCT、スペクトル領域OCT、周波数掃引OCT、本研究の方式である離散的周波数掃引リフレクトメトリOCTなどがある。スペクトル領域OCTは時間領域OCTに比べて移動するレファレンスミラーが不要な点や、S/N比で優るなどの特徴がある。また、周波数掃引OCTはスペクトル領域OCTに比べて分光器やCCDカメラを必要としない優位性がある。筆者の行った研究は周波数掃引OCTに属するが、波長を連続に掃引するのではなく、波数を階段状に掃引することが特徴的ある。光源には可干渉距離の長いSSG-DBR Laserを用い測定可能距離の長い像が得られる。このことを原理的に説明するため式の導出から始め、結論として撮影可能距離24mmと深さ方向の分解能28μmを得、これを実験でも確認した。

各種光源とそれを搭載したOCTの性能について調べ光断層撮影の研究を行う上で光源は非常に重要であることがわかった。それは光源がOCTの奥行き方向や横方向の分解能、撮影可能距離、感度、S/N、画像取得スピードなどおおよそ全てに関わっておりその影響力は非常に大きいからである。光源には、固体レーザ、スーパールミネッセンスダイオード、外部共振器型周波数掃引レーザ及び本研究の光源であるSSG-DBRレーザがある。外部共振器型周波数掃引レーザにはポリゴンミラーを使用するなど機械的回転や回折格子などが必要となるものがあるが臨床の場に持ち込むOCT装置には不向きであると思われる。実用的な光源は半導体の製造工程で全て造り込むことが理想的である。このような理由から光源としてSSG-DBR laserを選択した。使用したSSG-DBRレーザの波長幅は40nmであるが、これをC-bandと組み合わせると80nmは可能であり分可能は向上する。今後、組み合わせを行い新しいOCTの開発を行いたい。

口腔内組織の断層撮影を目的として歯牙の構造について調べ、歯牙を失う大きな原因である歯周病について考えた。歯牙は歯冠部と歯根部に分かれ、歯冠部はエナメル質とその下部に象牙質が存在する。歯根部は歯根膜、セメント質、象牙質、歯髄、血管などからなる。このような構造を持つ歯牙に対して齲蝕はどのようにして起きるのか。それは歯垢がたまり、歯垢の中に細菌が乳酸を造るからである。この乳酸は齲蝕を引き起こす。一方歯周病も歯垢が原因である。この歯垢の中には、細菌が棲息し炎症を引き起こす。このような疾患を発見するのにOCTが役立つのではないか。OCTによる断層像から歯垢などの蓄積が発見できるはずである。

歯科では長い間エックス線による撮影が行われてきた。エックス線撮影はこの分野に多くの恩恵をもたらしたが、エックス線を使用する場合は患者を特別な部屋に隔離する必要が有ること、分解能の点で劣ること、初期齲蝕の発見が困難であるなどの短所も持ち合わせている。そこで、光による診断が考えられる。光による単純撮影には光源に1300nm帯のSLDを用い齲蝕の早期発見を試みた報告があるが、透過光を利用するため像が不鮮明であり断層撮影はできない。

本研究では口腔内組織の断層撮影を行うため、SSG-DBRレーザを光源とするOCT干渉計を構築した。光源については、波数の調整が非常に重要であるため調整方法を工夫して波数と出力を安定させた。波数の乱れは感度、分解能、撮影可能距離に大きく影響するからである。その結果、歯牙をin-vitro及びin-vivoの両面から撮影して結果を得ることができた。

in-vitroの実験ではC-band領域でスキャンスピードを10μs/stepから0.5μs/stepとスキャンスピードを20倍にしても画像の劣化がみられず良好な画像を得ることができた。上顎4番(犬歯)の実験では正面に4本のクラックが縦方向に走っている。このクラックは表面からは本数のみ確認できるが、機械的に切断しないかぎり深さ方向の様子はわからない。ところが断層像をみると深さ方向に少なくとも2mm以上の亀裂が鮮明に写っている。このように非侵襲で内部が観察できるのは断層撮影の優れた機能であり臨床への応用が期待できる。さらにin-vitroの実験では、歯牙を切断して切片を作製し実際の断面と断層像を比較した。エナメル質、クラック、セメント質などは実物と良く対応しているが、厳密な比較はスキャナの振り角や光の入射角及び屈折率を考慮して画像を補正することが必要である。実際のサンプルの表面は入射光に対してさまざまな角度を持っているため、コンピューターでプログラムを走らせて複雑な補正を行わなくてはならない。これは今後の課題である。

in-vivoの実験では上顎の前歯1番及び2番の撮影は眼科用のスリットランプを使用して撮影した。前歯はスリットランプを通して比較的簡単に撮影できるが範囲が限られる。そこで、口腔内プローブを作製して歯牙を真上から撮影できるようにした。その結果、臼歯の断層像を撮影することができた。臨床で使用する口腔内プローブはあらゆる使用状況を考慮して作製する必要がある。プローブを試作してわかったことはその使いかっての悪さである。なかなか目的の部位を撮影できない。その原因の一つに構成部品が大きいことが上げられる。特にガルバノミラーは口腔内プローブには不向きである。今後小型のMEMSミラーの検討を行い、もし既存のものが無いようならMEMSミラーそのものから作製しなくてはならない。

撮影可能距離24mmは本研究が達成した顕著な成果の一つである。in-vitrの実験としてファントムを用い歯牙を4本近く同時に撮影することができた。このことはプローブを口腔奥まで挿入しなくても撮影できることを意味しており顎関節症などで口の開かない患者に対しては強力な機能となる。in-vivoの実験としては、歯牙の代わりに親指を撮影して確認を行った。その結果、24mm付近まで鮮明な画像が得られ撮影可能距離24mmが確認された。24mmという撮影可能距離は単に複数の歯牙を同時に撮影するということに留まらず他の応用も考えられる。例えば、1本の歯牙を撮影する場合でも断層像を3次元まで拡張すると撮影可能距離が3mmから4mmでは不十分である。また口腔内に限定せず耳鼻咽喉科などでの使用を考える場合、細いプローブを作製しても目的部位に到達することは難しいと思われる。このような場合でも24mmという撮影可能距離は重要な意味を持つ。

口腔内組織の断層撮影を目的とした装置は未だ市販されていない。もしOCT装置が臨床の場で頻繁に利用され、疾患の早期発見につながるならば口腔医療の方法も変わってゆくだろうと思われる。それには、研究中の光断層撮影装置を実用に耐えうるものにしなくてはならない。1.55μm帯半導体レーザの口腔内組織断層撮影技術への応用に関する研究は早期の実用化が望まれる。

審査要旨 要旨を表示する

光断層撮影は無侵襲、非接触に生体などの組織の断面を近赤外光を用いて撮影する方法である。近年、従来の方法であった時間領域OCTではなく、フーリエ領域OCTが感心を集めている。本論文は"1.55μm帯半導体レーザの口腔内組織断層撮影技術への応用に関する研究"と題し具体的には1.55μm帯のレーザを搭載した周波数掃引OCTについて論じており、七章より構成されている。

第一章の「序論」では、研究の背景として疾患の早期発見、早期治療は個人の生活の質(Quality of Life)を向上させ国民の治療費を低減させる方法の一つであると考え、特に口腔内疾患の早期発見、早期治療を可能とする光断層撮影に着目して研究を行うという方針を述べている。

第二章の「口腔内診断用OCTの必要性」では、日本は急速な高齢化社会を向かえようとしている現実を踏まえ、高齢化社会によってもたらされる国民一人々の医療費の増大、さらには医療財政が逼迫する状況を回避できる方法がないのだろうかと自らに問いかけている。その結果、問題を回避する一つの方法には、病気の早期発見・早期治療があると考え、これによって、医療費の低減が期待でき、なにより患者自身にとって一番良い方法であると結論づけている。また口腔内診断用OCTの必要性という見知から、口腔内疾患の早期発見への社会的ニーズと残存歯の重要性を考え、また、従来の断層診断法にはどのようなものが有るのか検討している。

第三章の「OCTの理論と方法」では干渉の基礎を数式を使って確認し、OCTの理論と方法について検討している。離散的周波数掃引の特徴的な理論式から最終的に、リフレクトメトリのパラメータである撮影可能距離や分解能を算出している。また、干渉計とリフレクトメトリ、各種OCTの比較、歯科用OCTに必要な機能などを検討し、さらに時間領域OCT、スペクトル領域OCT、周波数掃引OCT、本研究の方式である離散的周波数掃引リフレクトメトリOCTなどについても論じている。

第四章「各種光源とそれを搭載したOCTの性能」では、OCT用の光源として固体レーザ、スーパールミネッセンスダイオード、 外部共振器型レーザ、SSG-DBR レーザなどについて述べている。SSG-DBRレーザは本研究のOCTに採用した特徴ある半導体レーザであり、その構造、波数調整の方法など詳しく述べている。

第五章「口腔内組織の断層撮影」では基礎知識の確認として、エナメル質、象牙質、セメント質についての論文を引用し、主にエックス線撮影像から歯牙の構造や 齲蝕と歯周病について考え断層撮影に必要な基礎知識を再確認して、実際の実験について記述している。実験は、in-vitro としてヒトの上顎4番の断層像とその歯牙を機械的に切断して断面写真を撮り比較している。またin-vivo としては成人男性上顎右1番と2番の断層を撮影し、得られた像の評価を行っている。さらに、口腔内プローブを試作して下顎右5番(第二小臼歯)を上から撮影し、得られた像及びプローブの評価を行っている。また、撮影可能距離12mmから得られた断層像を評価して、複数歯牙の撮影には12mmでは不十分であると結論つけている。

第六章 「複数歯牙OCT撮影技術の開発」では、撮影可能距離を24mmにする方法、in-vitroとしてファントムの断層像、In-vivoの撮影としては親指の断層像を示している。結果として24mmの深さまで像が得られており、理論式から予測した24mmを立証している。また、なぜ24mmという世界的にも例のない撮影可能距離が実現できるのかを感度確認の実験から説明している。

第七章「結論と今後の展望」では本論文の主要な結果をまとめると同時に、この研究の将来の方向性について議論している。本研究では光断層撮影の基礎的な研究を行ったが疾患の早期発見、早期治療を実現するには臨床の場で役立つ装置を開発しなくてはならない。それには、口腔内を撮影する特殊なプローブの検討が不可欠であり、実現のためにはMEMSミラーなどの構成要素から開発する必要があると結論づけている。

以上これを要するに、本論文は、口腔内組織の疾患に対して早期発見、早期治療を可能にする光断層撮影技術について、特に装置の小型化を可能にする1.55μm帯半導体レーザの応用を検討し、実際に口腔内の組織である歯牙や歯肉の断層像を撮影することによりその有効性を実証しており、電子工学に貢献するところが少なくない。

よって、本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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