学位論文要旨



No 124242
著者(漢字) 花尻,和幸
著者(英字)
著者(カナ) ハナジリ,カズユキ
標題(和) 肝癌に対する新しい抗腫瘍療法の研究開発 : c-Jun N-terminal kinase阻害剤とマイクロバブル併用High-intensity focused ultrasound治療
標題(洋)
報告番号 124242
報告番号 甲24242
学位授与日 2009.01.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3172号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 國土,典宏
 東京大学 教授 上西,紀夫
 東京大学 教授 黒川,峰夫
 東京大学 講師 吉田,晴彦
 東京大学 講師 今村,宏
内容要旨 要旨を表示する

・第一章:ラット肝癌細胞株におけるc-Jun N-terminal kinase阻害剤の増殖抑制効果

転写因子c-Junとそのリン酸化酵素であるc-Jun N-terminal kinase (JNK)は肝細胞の発生、肝再生や肝発癌において重要な働きをすると報告されている。肝癌細胞の増殖におけるJNKの役割を調べるために、特異的阻害剤SP600125の効果を検討した。

【方法】ラット肝癌細胞株であるMcA-RH7777を用い、JNK阻害剤SP600125を投与した。細胞増殖アッセイはテトラゾリウム塩の取り込みで検討し、proliferating cell nuclear antigen (PCNA)の発現はウエスタンブロット分析を用いて行った。

【結果】SP600125(40μM, 100μM)を加えて20時間培養することで、McA-RH7777細胞のcell viabilityは各々86.2±7.0%、62.7±2.7%と有意に低下した(P <0.05)。PCNAの発現も各々、有意に低下した(P <0.05)。

【考察】in vitroでは、阻害剤によるJNKの制御は、McA-RH7777細胞の増殖を抑制する効果があった。第二章以降でin vivoでの検討を行った。

・第二章:ラット肝発癌モデルのエコーによる観察とc-Jun N-terminal kinase阻害剤の抗腫瘍効果

肝細胞癌スクリーニングにおいて、エコー検査は結節性病変指摘の一般的な手段とされている。しかし、マウスやラットの化学発癌モデルをエコーで観察した報告は非常に限られている。本研究ではエコーを利用して、DEN誘発のラット肝発癌モデルを観察し、前章で肝細胞癌治療の分子標的としての可能性が示されたJNK 阻害剤を結節内に注入することにより、その有効性を評価した。

【方法】3週齢Wistar系雄ラットに100 ppmに希釈したDiethylnitrosamine (DEN)を6~8週間、自由に飲水させた。投与開始6週後より1週毎に、肝結節の出現をエコーで観察した。結節のサイズを立体的に計測し、その組織を固定し、Hematoxylin-eosin (H-E)染色とラットの肝前癌マーカー酵素であるGlutathione S-transferase placental form (GST-P)の免疫染色を行った。SP600125を含むDMSO溶液をエコーガイド下に結節に組織内注射し、7日後に結節の体積変化を測定した。SP群、DMSO群および無投与群で結節の増大率(=注射7日後の結節の体積/注射前の結節の体積)を比較した。注射24時間後に核出した結節のPCNAの発現レベルの変化をウエスタンブロット分析で検討した。

【結果】ラット腹壁からのエコーによる観察で、肝臓は4つの肝分葉と主な血管系が明瞭に描出された。DENを投与されたラットは、開始6週後から肝内小結節が検出され、最小で直径が1.6 mmの結節が描出された。免疫組織染色ではGST-P陽性であり、前癌病変であるaltered cellular fociと考えられた。結節のサイズと組織学的悪性度に関する検討から、直径が4 mm以上に増大すると、組織学的悪性度が増し、肝細胞癌の組織を示す結節が含まれた。4 mm以上の結節に対してSP600125溶液の組織内注射を行ったが、結節の縮小は認められなかったため、前癌病変であると考えられる直径が2~4 mmの小結節を対象とした。結節の増大率はDMSO群が1.7±0.88、SP群が0.47±0.16であり、DMSO群に比べてSP群は、有意な増大率の低下が認められた。SP群の結節ではPCNAの発現レベルは低下した。

【考察】ラット肝発癌のエコーによる観察は経時的な抗腫瘍効果の評価に有用であり、JNK阻害剤の組織内注射により、前癌病変の増大率が低下した。肝細胞癌の再発予防対策において、JNKは多中心性発癌を抑制することで、新たなターゲット分子になる可能性がある。

・第三章:ラット肝癌モデルにおけるマイクロバブル製剤を併用した効率よいHigh-intensity focused ultrasound治療法の開発

切開や穿刺を要さない低侵襲な治療法として注目されている高密度焦点式超音波(high-intensity focused ultrasound, HIFU)の機序は、超音波エネルギーを1ヶ所に集中させ、熱に変換することによって、腫瘍を破壊、焼灼することが可能である。健常動物において、マイクロバブル製剤を併用することにより、局所での発熱上昇及び焼灼体積の増加が認められることが報告されている。本章では、ラット肝癌モデルを作成し、肝細胞癌に対する新しい治療法として、マイクロバブル製剤を併用したHIFU治療法の可能性を検討した。

【方法】4週齢Wistar系雄ラットにDENを100 ppmに希釈して8~12週間、自由に飲水させた。投与開始8週後より2週毎に、肝腫瘍の形成をエコーで観察した。作成した肝癌モデルラットを麻酔下開腹し、マイクロバブル製剤であるLevovist(R)を下大静脈から投与した(Levo群)。コントロール群には生理食塩水を同様に投与した。両群とも5匹のラットを用い、13個の肝腫瘍に対してHIFU(2.18 MHz, 600 W/cm2, 半径40 mm)を照射した。Levovistもしくは生理食塩水を静注60秒後から30秒間照射した。照射した領域をエコーで観察した後、肝臓を摘出し、焼灼された領域の体積を計測した。

【結果】肝腫瘍の病理組織は、核小体が明瞭で、核/細胞質比の高い肝細胞癌であった。コントロール群ではHIFU照射部位に認められた高エコー領域の体積は47.4±35.6 mm3であり、肝臓を摘出した後、肉眼的に計測した焼灼体積は60.1±23.6 mm3であった。Levo群では、高エコー領域の体積は355±180.7 mm3、焼灼体積は275.3±120.0 mm3であった。HIFU照射前にLevovist(R)を投与することで、有意に焼灼体積の拡大が認められた(P <0.001)。焼灼部位の病理組織の観察では、"Implosion cyst"といわれる空胞がみられ、焦点付近では細胞膜や核の消失を伴い、著明な細胞障害が認められた。

【考察】超音波造影剤として利用されているマイクロバブル製剤Levovist(R)はHIFUによる焼灼体積を拡大させることができ、HIFU治療への応用が期待される。

・第四章:ハイドロダイナミクス法によるラット肝でのc-Junの発現抑制

si RNA(small interfering RNA)は配列特異的に遺伝子の発現を抑制することから、医薬品として応用が期待されている。しかし、全身投与法におけるデリバリー技術が確立されておらず、局所投与以外での臨床応用は、まだ難しい段階である。si RNAを発現するsh RNA(short hairpin RNA)型ベクターを投与し、ラット肝臓においてJNKの基質であるc-Junの発現抑制を試みた。

【方法】ラットc-Junをターゲットとする4種類のsh RNA発現ベクターをラット肝癌細胞株McA-RH7777にトランスフェクションした。3日後にRT-PCRでc-JunのmRNA発現レベルの変化を測定した。4週齢Wistar系雄ラット(100~120 g)の尾静脈から体重の10%のリンガー液を15秒間で急速静注した(ハイドロダイナミクス法)。1回の静注におけるプラスミドの投与量は100μgであった。3日後に肝臓を取り出し、RT-PCRでc-JunのmRNA発現レベルを検討した。

【結果】McA-RH7777細胞においてc-Junのノックダウン効果を確認した。ハイドロダイナミクス法を用いたin vivo siRNA導入により、si RNA投与3日後のラット肝臓におけるc-Junのノックダウン効果が認められた。.エコー上、注入された核酸溶液は、下大静脈から逆行性に肝静脈へ流入していた。

【考察】非ウイルス性遺伝子導入法であるハイドロダイナミクス法はsiRNAのデリバリー法としてマウスだけでなく、ラットでも有用であることが示された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は肝癌に対する新しい抗腫瘍療法の研究開発のため、ラット肝癌細胞株とラット肝癌モデルを用いて、JNK(c-Jun N-terminal kinase)阻害剤およびマイクロバブル併用HIFU (high-intensity focused ultrasound)による治療を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.MAPK(mitogen activated protein kinase)ファミリーメンバーであるJNKとその基質であるc-Junは肝発癌に関与していることが示されている。ラット肝癌細胞株であるMcA-RH7777を用いて、JNK阻害剤SP600125を投与し細胞増殖アッセイを行ったところ、Cell viabilityの低下が示された。また、PCNA(proliferating cell nuclear antigen)の発現低下がWestern blotにより示された。阻害剤によるJNKの制御は、ラット肝癌細胞株の増殖を抑制する効果があることが示された。

2.DEN(diethylnitrosamine)誘発のラット肝発癌モデルを作成し、その結節性病変をエコーで観察して、結節のサイズと組織学的悪性度の相関を検討した。前癌病変であると考えられる直径が4 mm未満の結節において、肝癌細胞株に対する増殖抑制効果が認められたSP600125をエコーガイド下に組織内注射したところ、DMSOを投与した結節と比較して、増大率(=注射7日後の結節の体積/注射前の結節の体積)の低下が示された。

3.HIFUは低侵襲な治療法として注目されているが、健常動物において、マイクロバブル製剤を併用することにより、局所での発熱上昇及び焼灼体積の増加が認められることが報告されている。DEN誘発のラット肝癌モデルを用いて、肝腫瘍に対しHIFU照射する前に、マイクロバブル製剤として超音波造影剤Levovist(R)投与したところ、平均焼灼体積(275.3±120.0 mm3)はコントロール群(60.1±23.6 mm3)と比較して、約4.5倍に拡大した。

4.ラットc-Junをターゲットとするsi RNA(small interfering RNA)を発現するsh RNA(short hairpin)型ベクターを尾静脈から急速静注したところ(ハイドロダイナミクス法)、ラット肝でのc-Junの発現抑制がRT-PCRにより示された。マウスにおいて、非ウイルス性遺伝子導入法であるハイドロダイナミクス法は効率の良いsi RNAのデリバリー法として用いられていたが、ラットでも有用であることが示された。

以上、本論文はラット肝癌モデルにおいて、JNK阻害剤の組織内注射による抗腫瘍効果をエコーで評価し、マイクロバブルを併用した効率よいHIFU治療法を考案した。本研究は肝細胞癌に対する新しい抗腫瘍療法の研究開発を推進し、肝癌の予後改善に向け、重要な貢献をなすと期待され、学位の授与に値するものと考えられる。

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