学位論文要旨



No 124247
著者(漢字) 小松,契史
著者(英字)
著者(カナ) コマツ,ケイシ
標題(和) イネの腋芽分裂組織形成に関する分子遺伝学的研究
標題(洋)
報告番号 124247
報告番号 甲24247
学位授与日 2009.02.02
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3362号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生産・環境生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 経塚,淳子
 東京大学 教授 杉山,信男
 東京大学 教授 長戸,康郎
 東京大学 教授 根本,圭介
 東京大学 准教授 中園,幹生
内容要旨 要旨を表示する

枝分かれは、植物の地上部での形態を規定する大きな要因の一つである。枝分かれは、葉の向軸側腋部に新しく分裂組織が形成され、それが分化・生長する現象である。この新しく生み出される分裂組織は腋芽分裂組織と呼ばれ、胚発生の段階で形成される1次分裂組織とほぼ同じ性質を持つと考えられている。枝分かれの段階は、腋芽分裂組織が形成される段階と、確立した腋芽が休眠状態に置かれるか生長し成熟した枝になるかを決定づけられる段階に分けられる。本研究では、枝分かれの最初の段階である腋芽分裂組織の形成に焦点を絞り、イネを材料に枝分かれ現象を遺伝子のレベルで理解することを目的とし実験を進めた。

第1章 腋芽分裂組織が形成されないlax 変異体

イネにおいての栄養生長期の枝分かれは分げつと呼ばれ、生殖生長期の枝分かれは穂の枝梗や側生頴花の分化に相当する。第1章では、分げつの形成や穂の枝分かれに欠失が起きるイネのlax panicle (lax) 変異体の表現型を解析した。

栄養生長期の表現型に関して、シオカリ品種であるlax-1 変異体、およびlax-2 変異体では葉齢の若い葉で分げつ芽が欠失していた。日本晴品種であるlax-3 変異体、金南風品種であるlax-4 変異体、台中65号品種であるlax-5 変異体では、葉齢の若い葉で分げつ芽が欠失したあと、しばらくは正常な分げつ芽の形成が続くが、出穂前の段階で再び分げつ芽の欠失が起きる。また、lax-3、lax-5 各変異体に関して、野生型に比べ変異体では抽出している葉が数枚多かった。それぞれの野生型と変異体と出穂期は変わらないため、lax-3、lax-5変異体では葉間期が短くなったと考えられる。

生殖生長期の表現型に関して、lax-1 変異体では、枝梗と頂端頴花の分化は正常であるものの、側生頴花の分化が抑制されていた。lax-2 変異体では、側生頴花に加え、枝梗の分化も抑制されていた。また、頂端頴花も正常に分化しなかった。lax-3 変異体も、lax-2 変異体と同様に、枝梗、側生頴花の減少と頂端頴花の異常分化が起きていた。lax-4、 lax-5変異体では、枝梗、頂端頴花は正常に分化するが、低頻度で側生頴花の欠失が認められた。

以上、それぞれのアリルについてまとめると、lax-2、 lax-3変異体が強い表現型を示すアリル、lax-1変異体が中間型、lax-4、 lax-5変異体が弱いアリルであった。

次に、lax 変異体において腋芽分裂組織が欠失していることを確認するため、分裂組織のマーカー遺伝子であるOSH1 の発現を組織レベルで観察した。lax-2 変異体の枝梗分化期茎頂において、胚発生時に形成される1次分裂組織および維管束柔細胞ではOSH1の発現が観察されたが、それ以外の場所では発現が観察されなかった。さらに、若葉の分子マーカーとしてPLA1 の発現をlax-2 変異体の枝梗分化期茎頂で観察したところ、野生型と同様に葉原基分化予定領域で発現していた。形態面でもlax 変異体では、ブラクトの形成は確認される。以上のことより、lax 変異体は葉の分化までは正常に進行するが、その後の腋芽分裂組織が形成されない変異体であることが示された。

第2章 LAX 遺伝子の単離と機能解析

腋芽分裂組織の形成を遺伝子レベルで理解するために、ポジショナルクローニング法により、LAX 遺伝子の同定を試みた。lax-2 変異体イネ(シオカリ品種、日本型)と野生型イネ(カサラス品種、インド型)の交雑F2世代を材料にLAX 遺伝子の座上部位を決定したところ、第1染色体長腕部の約82kbpの領域にLAX 遺伝子が座場していることが判明した。この領域内に存在するORFのシークエンスにより、LAX 遺伝子の単離が終了した。

LAX 遺伝子は、N末端側にbHLHドメインを持つ215アミノ酸からなるタンパク質をコードしており、その翻訳産物は転写因子として機能すると予測された。LAX-GFP 融合タンパク質によるタマネギ表皮細胞での局在解析によりLAX タンパク質が核内に局在することが確認されたこともからも、LAX タンパク質は転写因子として機能すると考えられる。LAX 遺伝子は、シロイヌナズナには存在しておらず、今のところ、トウモロコシのba1 遺伝子がLAX 遺伝子のオーソログであると報告されている。LAX 遺伝子は、イネ科に特有に存在する遺伝子なのかもしれない。

lax 変異体の各アリルにおけるLAX 遺伝子内への変異部位は、lax-1 変異体では、遺伝子にトランスポゾン様配列が挿入されており、LAX の翻訳途中でストップコドンが生じてしまう。そのため、もしlax-1 変異体でタンパク質が翻訳されているならば、C末端側の65アミノ酸は無くなるものの、転写制御に重要な役割を果たすbHLHドメインは含むタンパク質となる。lax-2 変異体では、LAX 遺伝子を含む約36kbpの領域が欠失していた。このため、lax-2 変異体は、LAX の完全な機能欠失変異体と考えられる。lax-3変異体では、bHLHドメインに59bpの塩基欠失が起きており、bHLHドメインの途中からフレームシフトしたタンパク質が合成されると推測される。このため、lax-3 変異体は、lax-2 変異体と同様に、LAX の完全な機能欠失変異体と考えられる。lax-4、 lax-5変異体では、それぞれN末端側に1塩基置換を原因とする1アミノ酸置換が起きていた。以上の変異の強弱は、変異体の表現型の強弱と相関関係にある。

in situ hybridization法によりLAX mRNA の組織内の局在解析を行った。その結果、LAX mRNA は、栄養生長期において分げつ原基が形成される際にも、生殖生長期において枝梗や側生頴花が形成される際にも、主茎と腋芽分裂組織が形成される領域の境界部で層状に発現していた。以上のことから、イネにおけるすべての枝分かれが共通の分子機構によって制御されていることが示唆された。

また、胚発生における茎頂分裂組織、根端分裂組織の形成時には、LAX mRNA の発現は観察されなかった。このため、LAX 遺伝子は腋芽分裂組織の形成に特異的な遺伝子であることが示唆された

第3章 分子マーカーを用いたイネの栄養生長期における腋芽分裂組織形成過程の解析

腋芽分裂組織形成過程のどの段階にLAX が関与しているのかを検討するため、分げつ原基が形成される際のLAX の発現のタイミングと分裂組織のマーカー遺伝子であるOSH1 の発現のタイミングの比較を行った。枝梗分化期の茎頂ではなくて分げつを用いた理由は、穂の複雑な分化様式に比べ、分げつはシンプルな互生分化として生ずるからである。

分げつ原基を材料に腋芽分裂組織形成の解析を行ったところ、腋芽分裂組織が形成される予定領域で、最初にOSH1 の発現が確認された。その後、将来、腋芽分裂組織となる細胞群が分裂し膨らみを作り始める時にLAX の発現が始まった。その後、腋芽分裂組織がはっきりとした膨らみにまで生長した段階では、OHS1の発現を囲うようにLAX は層状の発現を示した。これらのことは、LAX が発現を開始する前に腋芽分裂組織が形成される領域では分裂組織能が確立していることを示す。以上のことより、腋芽分裂組織形成において、LAX は、分裂組織能の誘導ではなくて、新しく確立した腋芽分裂組織の形成をより先に進める促進役を担っていると考えられた。

以上、本研究では、LAX 遺伝子が、イネの栄養生長期においても、生殖生長期においても腋芽分裂組織の形成に重要な働きをすることを報告した。イネにおいて、腋芽分裂組織の形成に関わる遺伝子は、LAX 遺伝子の他にMOC1 遺伝子のみが報告されているに過ぎない。また、トウモロコシ、シロイヌナズナ、トマトでも同様に腋芽分裂組織形成に関与する遺伝子が報告されているが、種の違いもあり、それぞれの遺伝子間の関係は不明な点が多い。また、近年、オーキシンやサイトカイニンなどの植物ホルモンが分裂組織や器官原基の発生に重要な役割を果たしていることが報告されている。今後は、それぞれの遺伝子がコードするタンパク質の働きを解析すると同時に、植物ホルモンと腋芽分裂組織形成の関係について解析することも、枝分かれを遺伝子のレベルで理解するための研究課題になると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

枝分かれは、植物の地上部での形態を規定する大きな要因の一つであり、複雑な植物の形態をつくりあげるために不可欠な過程である。また、胚発生後に新たな分裂組織が形成されるメカニズムは長い間多くの研究者の興味の対象となってきたが、いまだに不明な点が多い。本論文では、枝分かれの最初の段階である腋芽分裂組織の形成に焦点を絞り、これらに関する基礎的な知見を得るために,以下の4つの研究を行った。

第1章では、イネの枝別れである「分げつ」の形成や「穂の分枝」に欠失が起きるイネlax panicle (lax) 変異体の表現型を解析した。

正常なイネ(野生型)では1枚の葉の付け根に一つの腋芽分裂組織が形成され、それが分げつとして成長するが、本論文で解析した5種類の変異体(lax-1 からlax-5)では、いずれも分げつの形成率が低下していた。分げつが成長しなかった葉の付け根には腋芽分裂組織が形成されていなかった。野生型植物では、生殖成長相に転換後に形成される腋芽分裂組織は穂の分枝(枝梗および穎花)として成長する。lax変異体の穂の異常は顕著であり、最も異常なlax-2やlax-3変異体では、ほとんど分枝が見られない棒状の穂が形成された。これらの解析から、それぞれのアリル(遺伝子型)について、lax-2、 lax-3が強い表現型、lax-1変異体が中間型、lax-4、 lax-5変異体が弱い異常を示すことを示した。また、分げつと穂の異常の程度は関連していることが明らかになった。次に、lax 変異体において、分裂組織や葉の形成に関わる遺伝子をマーカーとして用いた解析を行い、lax変異体では野生型と同様に葉が分化する段階までは正常に進行するが、その後、その葉の腋に新たな分裂組織(腋芽分裂組織)が形成される段階に異常をきたしていることを示した。

第2章ではLAX 遺伝子の単離と機能解析を行った。

lax-2 変異体(日本型)と野生型イネ(インド型)の交雑F2世代を材料に、染色体歩行法によりLAX 遺伝子の座上部位を決定した。その結果、第1染色体長腕部の約82kbpの領域にLAX 遺伝子が座場していることを見出した。さらに詳細な解析を続け、この領域内に存在した5つの予想遺伝子の中からLAXを特定した。LAX 遺伝子は、bHLHと呼ばれる領域を持つ215アミノ酸からなるタンパク質をコードしていることから、その翻訳産物は転写因子として機能すると予測した。さらにLAX タンパク質が核内に局在することを明らかにし、LAX タンパク質が転写因子として機能するという推測を裏付けた。LAX 遺伝子は、全ゲノム配列が決定されたシロイヌナズナには存在しておらず、イネ科植物に特有な遺伝子であるという可能性を提唱した。

lax 変異体の5つのアリルについてLAX 遺伝子内の変異部位を特定し、遺伝子上の変異の程度が第1章で明らかにした変異体の表現型の強弱と一致することを示した。

in situ ハイブリダイゼーション法によりLAX mRNA の組織内の局在解析を行った。その結果、LAX mRNA は、栄養生長期において分げつ原基が形成される際にも、生殖生長期において枝梗や側生頴花が形成される際にも、主茎と腋芽分裂組織が形成される領域の境界部で層状に発現することを見出した。この結果は、イネにおけるすべての枝分かれが共通の分子機構によって制御されているというアイディアをさらに裏付けた。また、胚発生や根ではLAX遺伝子が働いていないことを示し、LAX 遺伝子は腋芽分裂組織の形成に特異的な遺伝子であることを示した。

第3章では、分子マーカーを用いてイネの栄養生長期における腋芽分裂組織形成過程を解析した。

この解析ではLAX の発現開始に先立って、すでに腋芽分裂組織が形成される領域では分裂組織能が確立していることを観察した。このことから、腋芽分裂組織形成において、LAX は分裂組織能の誘導ではなくて、新しく確立した腋芽分裂組織の形成をより先に進める促進役を担っているという可能性が示された。

以上、本論文では、詳細な表現型の解析から、LAX 遺伝子がイネの全成長相を通じて腋芽分裂組織の形成を制御する遺伝子であることを示した。これは、LAXが新たな分裂組織の形成において中枢となる基本的過程に関わることを意味する。さらに、LAX遺伝子の単離に成功し、単離したLAX遺伝子の解析から、表現型の解析から得られた解釈を裏付けた。このように、本論文は、植物の形を決定する上で最重要項目の一つである分枝形成を理解する上で非常に重要な知見を提供した。よって審査委員一同は,本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものであると認めた。

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