学位論文要旨



No 124251
著者(漢字) 石井,正道
著者(英字)
著者(カナ) イシイ,マサミチ
標題(和) 非連続イノベーションに関する企業活動の研究 : 戦略策定プロセスと社内企業家活動
標題(洋)
報告番号 124251
報告番号 甲24251
学位授与日 2009.02.12
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博工第6941号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 馬場,靖憲
 東京大学 教授 上田,完次
 東京大学 教授 野城,智也
 東京大学 准教授 増田,宏
 芝浦工業大学 教授 児玉,文雄
内容要旨 要旨を表示する

非連続イノベーションは画期的な製品や事業を生み出し、企業に競争優位を与える。本研究は企業が非連続イノベーションを生み出す確率を増加させることを目的に、同イノベーションにおける効果的な戦略策定プロセスを分析するための概念を提案する。

先行研究では、非連続イノベーションによって新規事業や新製品を生み出す戦略は創発的プロセスによって策定されることが適切とされていた。すなわち、現場で社内企業家が機会を発見し、それを中間管理職が見出して、経営上層部へ提案するというボトムアップのプロセスが想定されていた。

しかし、従来、非連続イノベーションの機会がどのように形成されるか、信頼に足る実証分析は少ない。そこで、本研究では日本企業が過去に成功した6つの非連続イノベーションに関して事例研究を実施し、非連続イノベーションの機会形成の実態を把握した。研究手法としては探索による理論形成を目的とした複数ケーススタディ手法を適用した。通常、同手法は、(1)先行研究レビューに基づく課題の抽出と研究の問いの設定、(2)サンプルの選択、(3)データ収集の実施、(4)ケース間相違点抽出のためのクロス分析、(5)変数間の関係抽出と理論の提案及び考察、からなっており(Eisenhardt, 1989)、本研究もこれに従った。

分析の結果、日本においては、R&D技術者が社内企業家活動を行い、専門外分野での試行錯誤学習を通して機会形成を行っていることを発見した。また、先行研究ではR&D技術者の企業家活動について1つのパターンしか示めされていなかつたが、本研究では3つのパターンを発見している。さらに、組織が複数の方法で機会形成を積極的に促進していることを見出した。先行研究が指摘していたのは組織が介入しない創発的プロセスであったが、今回の発見は組織の介入によって非連続イノベーションの機会形成の確率を増やすことが可能だということを示している。これらの結果を踏まえて、非連続イノベーションに効果的な戦略策定プロセスとして企業が「意図的に創発をコントロールする戦略策定プロセス」の概念を提案した。さらに、本研究が示したモデルと先行研究のモデル(米国型)が異なった理由として、機会に関する認識の違いと雇用制度の違いを指摘するなど、分析の企業マネジメント、また、イノベーション・システムへの含意を広く検討している。

本研究の概要を以下に記す。

第1章では、本研究の目的と対象を明確に記述した。

第2章では、関連研究分野の先行研究をレビューし、残された課題と本研究の位置づけを明確にした。非連続イノベーション、戦略、企業家活動、の3つの研究領域において先行研究のレビューを行った。

非連続イノベーションの研究領域では、先行研究は、事業機会のアイデアは組織内に豊富に存在し、その中からいかに取捨選択するかが重要であるという認識のもと、ボトムアップで発見された事業機会をいかに事業化するかに研究の重点が置かれていた。そのため、先行研究では、非連続イノベーションの機会がどのように発見されたのかについて十分な知見が得られていないことを示した。

戦略の研究領域では、非連続イノベーションの戦略策定プロセスは、意図的プロセス対創発的プロセスの視点で検討されていることを示し、現時点では、先行研究は非連続イノベーションには創発的プロセスが適しているとしていることを示した。さらに、先行研究が示した実証データをもとに機会発見が非連続イノベーションの戦略策定プロセスに決定的な影響を与えることを説明した上で、機会発見が十分理解されていない現在は、非連続イノベーションの戦略策定プロセスの検討を十分に行えない状況であることを指摘した。戦略研究の流れとしては、価値を生み出すことが戦略の目的として近年重要視される中、価値創造の重要な要素としての企業家活動と戦略との融合分野の研究が現在注目されつつあり、両分野の交流が期待されている状況を指摘した。本研究は、この流れに位置づけられている。

企業家活動の研究領域では、近年まで機会が発見された後の活動に研究が集中していたが、最近、機会発見に関する企業家活動についての研究が活発になっている。企業家の性格という研究課題から離れ、企業家の知識などを扱うことによって研究に進歩が見られるようになった。最近提示された重要な知見は、企業家の事前知識(教育や経験)、そして学習能力のタイプが機会形成に大きな影響を与えることである。また、企業家による機会形成のプロセスが時系列に分析され、試行錯誤による学習プロセスが非常に重要であることが示された。また、学習をさらに強調して、機会は最初からは存在せず企業家が作り出すものであるという創造理論が提案されている(従来は、機会は最初から存在し企業家がそれを発見すると考えられていた)。本研究では、これらの企業家活動分野の研究の知見を、非連続イノべーションにおける社内企業家による機会形成プロセスの実態把握の時に使用している。

第3章では、本研究が採用する研究手法を説明した。

本研究では6つの成功した非連続イノベーションを対象にケーススタディを実施し、そのケース間の共通点を見出して分析を行うというのが基本的な研究の進め方である。このため、サンプル選択は同じ種類の製品が無いようにした。それらの製品の種類は、家庭用食品、写真フィルム、電池、時計、ソフトウェア、繊維である。また、3つの非連続タイプ(技術及び市場が非連続、技術が非連続、市場が非連続)から各2サンプルを選択している。

第4章では、6つのケースについて、研究の問いに従って、時系列的に機会形成プロセスがどのように行われたかを記述した。

第5章では、6つのケーススタディについてクロス分析を行い戦略策定プロセスの概念を提案している。

最初に、機会形成プロセスに共通のパターンが存在し、合理的に非連続イノベーションの機会形成の確率を上げられる可能性を示した。その共通パターンとは次の通りである。

Step 1 : ミッションを設定する。

Step 2 : 市場や技術を予測し新製品開発の可能性を考えてテーマを絞り込む。

Step 3 : 実験などで技術の可能性を検討し、技術的に実現可能なアイデアを生み出す。

Step 4: プロトタイプの試作などにより市場の反応を学習し、市場に受け入れられるものを生み出す。技術と市場が融合するポイント(機会)が見出される。(各Step間で反復が存在する)

Step 1 では組織主導によって行われ、Step 2及び3では技術者が自発的に行動をし、Step 4では、組織の協力を得て機会発見に至る。この活動をさらにブレイクダウンすると、基本的にR&D技術者が社内企業活動を行っていることがわかかる。当該技術者は自ら市場予測して取り組むテーマを決定している。また、自分の専門外の分野に飛び込んで試行錯誤による学習をし、自分の事前知識(教育と経験)と融合させて新しい機会を生み出している。

社内企業家による機会発見プロセスに組織が介入する共通の行為が発見された。それは、(1)ミッションの設定、(2)組織環境を整える、(3)高い自由度の供与、(4)学習による市場分析の実施、(5)特定の能力を持った人材の配置、である。これらの組織の介入によって社内企業家の機会形成プロセスを促進していることがわかった。

ただし、人材配置には3つのパターンがあることを発見した。社内企業家としてのR&D技術者の活動範囲が非連続の種類ごとに3つのパターンがあり、それごとに人材配置が異なっている。具体的には、市場のみが非連続な場合は、最初から機会が形成されるまで、R&D技術者が社内企業家活動を担っている。技術のみ非連続な場合、R&D技術者はプロトタイプを作るところまで主導し、残りの期間は生産技術者が主導する。市場と技術が非連続の場合は、R&D技術者は実現可能なアイデアを生み出すまで主導し、残りの期間は事業経験者と生産技術者が主導する。この3つのパターンがあり、人材配置において組織の介入の仕方が異なることを示した。

さらに、機会発見と戦略策定プロセスの関係を分析した。これによると、非連続イノベーションの場合、機会を発見したときには事業戦略の構成要素「だれに」「なにを」「どのように」に選択の余地がなく、戦略がほとんど自動的に決まってしまうことがわかった。

これらの分析が意味しているところは、先行研究では非連続イノベーションを生み出すのに適した戦略策定プロセスは創発的プロセスであったが、今回の結果は組織が介入して機会形成を促進させる意図的なプロセスが適していることを示している。以上の結果をまとめて非連続イノべーションの戦略策定プロセスの概念「意図的に創発をコントロールするプロセス」を提案した。ただし、第6章で考察を行い一部変更して、第7章で最終案を提案している。

第6章は、提案した概念について、先行研究との比較を行い考察した。

先行研究の提示しているのは現場主導の創発的プロセス、今回のモデルは組織主導による意図的に創発をコントロールするプロセスであり、大きく異なる。違いが生じる要因として、2つの要素を考察している。違いがでる要因の1つは、機会に関する認識の違いである。第2の要因は、雇用制度の違いである。

今回提案した非連続イノベーションの戦略策定プロセスは、雇用制度が終身雇用制の時は適用できるが、米国のように流動性の高い場合は、適用が難しいと考えられる。今まで、非連続イノベーションの戦略策定プロセスは意図的プロセス対創発的プロセスの軸で検討されてきたが、雇用制度も考慮に入れなければ、効果的なプロセスを考え出せないということができる。

以上のように、非連続イノベーションの効果的な戦略策定プロセスの概念を提案し、その中における社内企業家の役割を明らかにした。以上の分析に基づき、本論文は企業経営に対する含意を提供しており、研究成果が将来的に内外の企業経営に役立てられることを確信するものである

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、企業が非連続イノベーションを生み出す確率を向上させるために、効果的な戦略策定プロセスの概念を提案するものである。

非連続イノベーションは画期的な製品や事業を生み出すものであり、以前よりその重要性は認識されていたが、その難しさからわが国では、個別のストーリーが一般書籍に記述されることはあっても、学術研究として取り組まれることがほとんどなかった。本論文は、この課題について、学術的な研究のフレームワークを使用して科学的に取り組み、結果として非連続イノベーションの効果的な戦略策定プロセスの概念を提案し、新規で有用な知見を生み出している。

研究アプローチの特徴として、非連続イノベーション及び戦略の両分野の先行研究を丹念に分析し、これまでの非連続イノベーションの研究では、戦略策定の核となる機会形成について十分な実証データが得られていないことを見出し、研究の対象を機会形成に焦点を絞っていることである。具体的に本論文が生み出した有用な知見は次のようにまとめられる。

・今まで十分知られていなかった非連続イノベーションの機会形成プロセスを最初から最後まで体系的に明らかにした。また、機会形成には共通のパターンあることを発見し、いままで不可能と考えられていた非連続イノベーションの機会形成について、合理的に確率を上げられる可能性を示した。

・非連続イノベーションの戦略策定プロセスは、いままで創発的プロセスといわれていた。しかし、本論文で機会形成プロセスを分析した結果、社内企業家の試行錯誤学習による機会形成を促進する組織行為が存在することを発見し、これをもとに非連続イノベーションには創発を意図的にコントロールするプロセスが適していることを示した。この結果を、「意図的に創発をコントロールする戦略策定プロセス」という概念にまとめて提案した。

・非連続イノベーションの源である社内企業家活動による試行錯誤学習は、雇用制度や同活動を担う技術者のキャリアの志向性によって規定され、非連続イノベーションの内容に大きな影響を与えることを示した。具体的には、雇用制度の異なる米国における非連続イノベーションでは社内企業家活動は1つのパターンしか示されていないが、日本では3つのパターンがあり、これは異なる雇用制度からくる技術者のキャリア志向性の違いから生じることを示した。

・学習の視点から、イノベータのジレンマにおける機会形成のマネジメントモデルと本研究によるモデルを比較し、本研究のモデルの有用性を示した。具体的には、イノベータのジレンマで示されている顧客ニーズ対応型のマネジメントは、Learning-by-Usingを基本としている。一方、本研究の示すモデルは、組織がR&D技術者によるTrial and Error Learning (試行錯誤学習)を促し、基本的に同技術者による市場予測によってイノベーションの内容が決まってくる。このため、イノベータのジレンマを回避できることを示唆した。

・非連続イノベーションの機会形成のプロセスでは、技術が非連続及び市場と技術が非連続な場合は、生産技術者の活動が不可欠であることを発見した。これによって、非連続イノベーションを生み出すのに、ものつくり能力が重要な役割を担っていることを示した。

本論文による学術的な貢献としては、査読付論文が既に1本公刊されており、また2本目が既に受理(条件付き)されている。また、書籍も一冊公刊されている。

以上のことより、本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク