学位論文要旨



No 124254
著者(漢字) 金,炫成
著者(英字)
著者(カナ) キム,ヒョンソン
標題(和) ベンチャー企業の資金調達構造に関する日・韓比較
標題(洋)
報告番号 124254
報告番号 甲24254
学位授与日 2009.02.18
学位種別 課程博士
学位種類 博士(経済学)
学位記番号 博経第245号
研究科 経済学研究科
専攻 現代経済専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 末廣,昭
 東京大学 教授 丸川,知雄
 東京大学 教授 伊藤,正直
 東京大学 准教授 新宅,純二郎
 一橋大学 教授 橘川,武郎
内容要旨 要旨を表示する

現在、日本と韓国の双方において、経済の情報化・サービス化の進展を背景に、経済活性化のために必要な柔軟かつ創造的な企業家精神を備えているベンチャー企業に注目がなされている。しかし、両国のベンチャー企業に関する既存研究では、それらの資金調達構造について、両国間の比較という視点からの解明が十分になされているとは言い難い。そこで、両国のベンチャー企業の資金調達構造の特徴を比較研究という視点から明らかにすることを本論文の研究目的として設定した。以下に分析の概要と特に留意した点を示す。

両国ともに間接金融中心型の資金調達構造が形成されていることに着目し、「韓国と日本のベンチャー企業の資金調達構造は、非ベンチャー型の中小企業と違って、間接金融中心型ではなく、直接金融中心型に変化している」という研究仮説をたてて、その整合性を実証した。その際に、ベンチャー企業の企業成長と資金調達構造の関係に注目しながら、日本と韓国の特徴を明らかにすることに特に留意した。

ここで、論文の構成を示す。本論文は、序章 はじめに、第1章 先行研究と分析枠組、第2章 中小企業政策の変遷とその転換 、第3章 日本と韓国における中小企業の資金調達構造、第4章 韓国ベンチャー企業の資金調達構造、第5章 日本ベンチャー企業の資金調達構造、第6章 日・韓の比較検討と間接金融の役割、終章 おわりに、の8章からなる。

序章では、研究背景および研究目的を紹介した。第1章では、先行研究の検討から重要な論点を浮き彫りにしつつ、それを踏まえた分析枠組みを設定した。以下では、第2章以降の概要について簡潔に整理する。

(1)第2章の中小企業政策の転換:日韓両国ともに、1990年代後半から中小企業政策を大きく転換した。この転換において注目すべき事柄は、政策対象の変更である。すなわち、従来の業種ベースの施策から、個別企業ベースに変わり、特定の産業から特定の企業形態を育成する方式へと変化した。産業構造が高度化し、知識集約財の重要性が高まるにつれ、フロントランナーとして飛躍するのに必要とされる新たな活力の主体に対する期待が、転換の背景に存在したと言える。その期待された主体こそ、企業家精神を十分に備えるとともに他の主体へもその精神を波及させる可能性のあるベンチャー企業であった。しかし、両国間におけるベンチャー企業の育成政策の展開については、いくつかの異なる側面がみられる。最も大きな違いは、政策介入の程度の差異である。具体的に言えば、どのような主体がベンチャー企業に対する企業評価を行うかにおいて、かなり明白な相違が現われている。韓国は、認定あるいは確認制度を用いて、主に政府からのシグナルによってベンチャー企業の情報を発信する仕組みをとっている。その反面、日本は、市場からの評価に頼る方法を主に採用している。

(2)第3章の中小企業の資金調達構造:両国における中小企業の資金調達構造は、多くの側面で類似している。その中で代表的なのは、高度成長期に間接金融中心型の資金調達構造が形成された点である。多くの資金を必要とする経済開発期には、常に企業資金が超過需要の状態であったため、銀行や政府系金融機関を媒介にし、育成産業で事業を営む企業に戦略的に資金を投下するように誘導した結果である。なお、金融自由化の影響で資本市場も拡大していたものの、大企業しかその恩恵を受けることはできなかった。その原因は、中小企業向けの資本市場の未発達という制度的な側面よりは、間接金融型が中心的であった時代に形成された企業評価に関するノウハウの偏在にこそ存在する。一方で、企業金融全般において両国の相違点として明らかなのは、企業間信用の比重、並びに長期借入金と短期借入金との割合の2点である。日本企業の間接金融比率は、韓国のそれより高く、その中でも企業間信用の比重が特に高いのが特徴である。中小企業に限ってみると、日本では銀行からの貸付債権の長期化現象が広がりつつある。一方、韓国では長期貸出の割合が低く、短期借入で外部資金を調達する割合が高い傾向が明らかとなった。金融自由化が進展した1990年代以降も、その傾向は継続している。そのため韓国では高度成長期以降、長期かつ安定資金を企業に提供する貸し手の不在を、政府系の特殊銀行を設立することによって補ってきたのである。

(3)第4章の韓国ベンチャー企業の資金調達構造:韓国のベンチャーキャピタルは、独立系が多いが、その運用を担当するベンチャーキャピタリストは、銀行や証券会社からリストラされた人の割合が高い。新規投資先の業種で、IT関連企業とエンターテイメント関連業への集中度が高い点が日本のベンチャーキャピタルとは大きく異なる。実際、ベンチャー企業向けの資本市場であるKOSDAQ市場でもIT関連企業の株式発行が45%を占めている。一方、日本と類似している点としては、Early stage期のベンチャー企業向けの投資比率が高いことが挙げられる。その理由として重要なのは、政府資金が、ベンチャーキャピタルに多く出資されていることである。また、韓国のベンチャー企業の育成政策は、ベンチャー企業の新たな創造に重点を置いているため、Early stage期の企業に対する投資集中度を高めることを意図している。KOSDAQ市場でも有償増資よりは新規公募による資金供給量が多い。一方、資金需要者である借り手側のベンチャー企業の資金調達実態を分析し、Early stage期において、銀行借入の利用頻度は高いものの、その1件当りの調達額は多くないことが明らかとなった。これは、高リスクの貸付先に対する貸し渋りに起因する結果である。その反面、既存の中小企業と違うのは、政策資金とベンチャーキャピタルからの調達比率の高さにあるが、それもかなりの程度で一部の高成長企業に偏っている。KOSDAQ上場企業を対象にしたLater stage期分析では、ストック分析とフロー分析を行い、企業歴が長くなるにつれ、間接金融中心型に回帰する現象が起きていることが明らかとなった。

(4)第5章の日本ベンチャーキャピタルの資金調達構造:日本のベンチャーキャピタルは、金融系が多く、既存の金融機関から多くの人が出向している。その結果、2001年以降は、リスクを避けるための保守的な傾向がみられている。ベンチャー企業向けの新興市場では、2000年以降、マザーズやヘラクレスのような競争市場が新たに開設されていて、新興市場の上場企業の若年化が進んでいる。韓国との違いは、新規上場時の公募よりは有償増資による資本拡充がより活発である点である。Early stage期、とくに、開業段階では政策資金やベンチャーキャピタルからの調達が難しく、創業者の自己資金や知人などの創業者の個人的なネットワークによる調達比重が高い。新興市場の上場企業を対象にしたLater stage期の企業を分析した結果、企業歴が長くなるほど、間接金融比率が上昇し、売上高に対する研究開発費比率が低下していることが明らかとなった。

(5)第6章の日韓比較検討と間接金融の役割:第4章と第5章の分析結果を踏まえて、日韓比較の観点から検討した結果、両国のベンチャー育成政策の特徴として、ベンチャー企業を新たに創出する韓国のベンチャー企業の育成政策、既存の中小企業を研究開発型のベンチャー企業に転換させるために、研究開発事業に焦点を当てている日本のベンチャー企業育成政策という各々の特徴を明らかにした。また、両国のベンチャーキャピタルの特徴として、政府介入によってリスク志向型の投資パターンを維持している韓国のベンチャーキャピタル、2000年以降、保守化を進めている日本のベンチャーキャピタルといった各々の特徴を明らかにした。一方、両国の共通点として、資金調達構造の決定要因分析では、企業歴と間接金融比率は正の関係、研究開発費比率と間接金融比率は負の関係であることが判明し、この分析結果により両国のベンチャー企業の資金調達において、間接金融への回帰現象が起きていることが明らかとなった。

また、韓国ベンチャー企業の育成政策の特徴としては、ベンチャーキャピタルに対する政府系資金の莫大な投入をあげることができる。日本と同様に、ベンチャー企業向けの研究開発の支援事業も年々拡大させている。両国の育成政策の共通している点は、リスクマネーの供給という側面で、政策と間接金融の供給が重要な役割を果たしていることである。

以上の各章の分析によって本論文は、Early stage期の両国のベンチャー企業ともに、直接金融比率が非ベンチャー型の中小企業に比べ高くが、Later stage期になると間接金融中心型に回帰することを実証したのである。

最後に本論文の残された課題について言及したい。(1)株式公開されている企業はベンチャー企業に分類すべきか否かといったベンチャー企業の定義の検討、(2)スタートアップ期のリスクマネーの供給者に関する分析、(3)企業の成長段階と企業歴の関連性の曖昧さ、(4)外部調達だけを分析対象にしており、内部留保と減価償却分の比重が解明されていないことの4点において、さらに深く掘り下げていかなければならないだろう。この4点に関する研究をさらに進展させるためには、Early stage期のベンチャー企業を対象にしたアンケート調査の設計と実施による分析が必要であろうと考えられる。今後の主要課題としては、そのようなアンケート調査を中心としてさらに研究を進めていきたい。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、日本と韓国のベンチャー企業の発展とその経営行動について国際比較を試みたものである。とりわけ、両国のベンチャー企業の資金調達構造に焦点をあて、企業の業種や政府からの支援の有無、企業歴の違いに注目しながら、両国の問でベンチャー企業の資金調達構造にどのような特徴があるのか、この点を明らかにすることを目的とする。

ベンチャー企業に対する学問的・政策的関心は、1990年代後半から日本と韓国の双方で盛んになり、それぞれの国で多数の研究書・論文や調査報告が刊行されるようになった。しかし、相互の比較を正面にすえた研究書はこれまでなく、また、もっぱら韓国語で書かれた韓国研究者による研究の成果や調査報告の内容が、日本に紹介されることもなかった。このような状況のもとで、本論文は日本と韓国で刊行された多数の文献・データを収集・整理し、とりわけ韓国のベンチャー企業の経営実態について実証的に解明した(日本語116点、韓国語60点。各種の年報や月報を含む)。この点でベンチャー企業の研究に大きく貢献したと評価できる。

そこでこの審査報告では、最初に本論文の特徴と利点を述べ、次いで本論文の構成と内容の紹介を行い、最後に問題点や残された課題について指摘しておきたい。

本論文の特徴と利点は、次の4点に整理することができる。

第一は、本論文が、経済のサービス化・情報化への対応という共通課題に直面する日本と韓国の二つの国を取り上げ、経済の活性化の担い手であるベンチャー企業に焦点をあてて、目的意識的に国際比較を試みた点である。このため、著者は両国におけるベンチャー企業の定義、政府の政策の推移、ベンチャー企業の発展と経営内容、ベンチャー企業に資金を提供するベンチャーキャピタルの活動について丁寧に検討し、実証面で顕著な成果をあげた。この分野に関心をもち、韓国語の文献が利用できない日本人研究者にとって、本論文は大きく貢献したと評価しうる。

第二は、本論文がベンチャー企業に資金を提供するベンチャーキャピタルの実態を、日本と韓国を比較しながら明らかにした点である。具体的には投資組合やベンチャー企業を対象とする資本市場(日本のJASDAQ市場、サマーズ、韓国のKOSDAQ市場)がこれに該当する。とりわけ、従来体系的に紹介されることがなかった韓国の投資組合や新興資本市場の設立経緯、資金規模、資金の貸し手の特徴などについて、本論文は基本的で有用な情報を提供している。

第三は、本論文が日本のJASDAQ市場と韓国のKOSDAQ市場にそれぞれ上場されたべンチャー企業の経営実態を、個々の企業の事業報告書の収集と整理を通じて、企業の属性別(従業員規模、業種、企業歴、政府の優遇措置の有無など)に明らかにした点である。韓国の場合には、ベンチャー企業が2001年度140社、2005年度296社、一般部の企業が2001年度264社、2005年度366社を対象とし、日本の場合には2003年から2006年の4年間にかけて63社から89社を対象としている。時間と労力のかかるこうした集計作業をいとわず、ベンチャー企業の経営実態を事業報告書の積み上げの中から明らかにした点は高く評価しうるだろう。

第四は、本論文がベンチャー企業の資金調達構造を明らかにするために、当該企業をEarly Stage期とLater Stage期に、もしくは開業・勃興期と上場後の事業拡大期というように、「企業の成長段階」に分けて検討を試みた点である。従来のベンチャー企業の研究は、もっぱら開業期の資金調達に焦点をあて、直接金融の役割やベンチャーキャピタルの貢献度合いを検討するものであった。これに対して、金玄成氏は「企業の成長段階」という新しい視角を導入することによって、通説とは異なる事実を提示する。具体的には、日本でも韓国でもベンチャー企業は、企業が成長段階に入ると、政府の政策意図とは裏腹に、直接金融から間接金融へと回帰するという興味深い事実を提示した。この間接金融への回帰がなぜ生じるのかを、過去の企業金融の経路、資本市場の特性、政府の制度的な支援に求め、アメリカとは異なるベンチャー企業の資金調達の特質を浮き彫りにした点が、本論文の最大の特徴である。

以上の4点の特徴と貢献から、金玄成氏は十分に高い研究能力を示しており、博士号(経済学)を授与するのにふさわしいという結論に達した。

以下、本論文の構成と要旨を紹介する。本論文は序章の「はじめに」と終章の「おわりに」を含めて、全体で8つの章から成っている。

序章では、本論文の研究の背景と目的を明らかにする。韓国では重化学工業を中心とした産業構造からIT関連産業を軸とする経済構造への高度化が要請され、その担い手として企業家精神に富んだ中小規模のベンチャー型企業の育成が政策課題となった。そして、ベンチャー企業の育成は、直接金融を促す資本市場の整備という認識につながる。ただし、ベンチャー企業と彼らに対する資金の貸し手であるベンチャーキャピタルの双方について、日本と韓国の比較を試みた研究はないため、この点を研究目的にすえることを明示する。

第1章では、ベンチャー企業に対する学術面と政策面での定義、そして、ベンチャー企業の資金調達に関する先行研究をサーヴェイする。先行研究については、日本、韓国、欧米の文献を幅広く渉猟し、とくに韓国での研究について紙幅を割いている。そして、日本でも韓国でも、ベンチャー企業育成政策が中小企業を対象とする点で共通しているが、韓国の場合には、「新規性・成長性」より「技術の革新性・研究開発」の方を重視している事実を明らかにする。そして、これらのサーヴェイを踏まえた上で、既存の研究がベンチャー企業の「Early Stage期」にもっぱら焦点をあてており、株式上場を果たした後の「Later Stage期」を対象としていないこと、上場を果たした後、直接金融が支配的であるかどうかは検証されていないと主張する。そして、この限界を克服するために、「企業の成長段階」という視点を新たに導入し、ベンチャー企業の資金調達の特徴を企業歴に即して分析することの必要性と意義を強調する。

第2章では、日本と韓国の中小企業政策の展開とその中から生まれてきたベンチャー企業の育成政策の特徴をトレースする。中小企業政策については、日本の場合には、国際競争力の強化という観点から、組織化・合理化・近代化が大きな政策課題となった。これに対して、韓国の場合には、当初の保護的政策から積極的な育成政策に方針を転換したものの、政策の基本は大企業(チェボルを含む)の輸出振興、あるいは重化学工業化を支える周辺企業・下請け企業の育成という補完的なものであったと主張する。

しかし、1990年代に入って、両国の中小企業政策は大きく転換する。日本では1995年「中小企業創造活動促進法」、1998年「新事業創出促進法」(2005年に両者を一本化)、1999年「新中小企業基本法」の制定と、矢継ぎ早にベンチャー企業育成のための法整備がなされ、韓国でも1997年「ベンチャー企業の育成に関する特別措置法」が制定されたあと、2001年からはイノビーズ認定制度を発足させた。両国の政策を比較した場合、韓国では政府の「認定制度」が重要な役割を果たしてきたこと(後述)、日本のように地方経済振興という観点がないこと、平成不況への対策が重視された日本と比べて、韓国のベンチャー企業育成は国際競争力の強化という政策意図をより前面に出していることを指摘する。

第3章では、日本と韓国の双方について、中小企業の全体に占める地位の変遷と、中小企業の企業金融や資金調達構造の特徴の変化を、政府機関・団体や金融機関の調査報告書を活用して明らかにする。両国に共通する特徴としては、中小企業の地位が傾向的に高まり、経済成長期に銀行借入依存の企業金融が定着し、その構造は現在に至るまで続いていること、他方、相違点としては、韓国の中小企業は企業数・従業員数からみた地位に比べて、付加価値生産額などでの地位が低く、低生産性であることを指摘する。また、間接金融が支配的であるという共通性のなかで、日本では企業間信用の役割が大きいのに対し、韓国では銀行借入のうち短期借入の比重が高く、不安定であることも指摘している。

以上、第2章と第3章はベンチャー企業を特定する分析ではなく、中小企業全体をカバーする分析であった。ベンチャー企業に焦点をあてるのは、第4章から第6章までの企業分析の部分である。

第4章では、韓国のベンチャー企業の資金調達構造について本格的に分析を加える。第一の分析対象は1986年の法律で設立された2つのベンチャーキャピタル(新技術金融社と創業投資会社)の分析である。両者の法律根拠、投資対象、原資について紹介がなされ、時期を追って政府出資組合への依存が高まっていったこと、投資対象としては情報通信(45%)とEntertainment(コンテンツ産業、22%)の比重が極めて高いことを明らかにする。ただし、1994年にKOSDAQ市場が開設されたことで、これらのベンチャーキャピタルの役割は低下し、ベンチャー企業の資金の貸し手の中心はKOSDAQ市場に移行する。

これが第二の分析対象である。本章ではKOSDAQ市場の基本指標、上場企業の業種別分布、株式所有主の特徴などを整理したあと、1994年(310社)から2003年(879社)までは上場企業数も急速に増加したが、その後停滞していること、業種的には製造業が9割以上、しかもその半分がIT関連であること、政府によるベンチャー認定企業の比重が大きいこと、有価証券市場と比較して一定の資金供給を行ってきたことなど、KOSDAQ市場が果たしてきた意義と限界を明らかにする。

次いで第4章第3節以降では、ベンチャー企業の資金調達構造の特質を、開業期(Early Stage期)と上場後の事業拡大期(LaterStage期)に分け、前者については各種の調査報告書の結果をもとに、後者についてはKOSDAQ市場の上場企業の事業報告書のデータ(2001年、03年、05年を基準年とする)をもとに、それぞれ検討していく。これによると、開業期については、ベンチャー企業と非ベンチャー型中小企業を比較すると、前者の方が銀行借入の比重が低いものの、3割以上を依存しており、さらに政策資金への依存が高い事実を見出した。一方、Later Stage期については、上場企業の属性(企業歴、従業員規模、電子・IT関連など業種)を明らかにした上で、「ベンチャー部」と「一般部」に区分して資金調達の構造を比較し、「ベンチャー部」の間接金融の比重が後者より若干低いものの、それでも間接金融への依存が50%を超えていること、企業歴が長くなるにつれて間接金融への依存が傾向的に高まること、という興味深い事実を発見した。この「間接金融への回帰」の現象について、金玄成氏は、(1)景気の変動に左右されやすい資本市場の不安定性、(2)企業歴が長くなれば銀行借入の方が手続き上簡便であること、(3)ベンチャー企業に対する情報が一般投資家ではなく銀行などの金融機関に偏在すること、(4)銀行側が成長セクターであるIT関連企業への融資を戦略的に選好しはじめたこと、を指摘する。

第5章では、第4章の韓国と対比させるかたちで、日本のベンチャーキャピタルの特性とJASDAQ市場に上場された企業の属性と資金調達の特徴を分析する。ベンチャーキャピタルについては、政府系の中小企業投資育成会社(東京、大阪、名古屋)や銀行.証券系の系列会社の重要性が、またベンチャー企業向けの投資組合の出資では、ベンチャーキャピタル本体よりも金融機関の比重の方が大きい事実を確認する。また、JASDAQ市場への上場企業の分析では、株式所有の9割以上が個人投資家であること、資金供給者としての同市場の役割は近年低下している点を指摘する。そして、成長段階別にみた資金調達の特徴として(データは2001年、03年、05年)、企業歴が10年以下の上場企業では直接金融の比率が高く、逆に企業歴が長くなるほど間接金融への依存が高まっていくという、韓国と同様の「間接金融への回帰」の実態を明らかにする。

第6章では、第4章と第5章の分析を踏まえて、日本と韓国のベンチャー企業の特徴の比較、とりわけ間接金融の役割の再評価を試みようとした章であり、本論文の中核をなす部分でもある。本章では次の5つの点を日韓比較の結果として導出する。(1)企業歴でみると、両国とも企業歴が長くなるほど間接金融の比重が高まるが、韓国の場合、増資や社債に比べて銀行借入の比重がより高いこと、(2)業種別にみると、日本は電子・情報通信産業では直接金融の比率が高く、韓国はIT関連が他と比べてとりわけ高いとはいえない。ただし、IT関連を「製造業」と「非製造業」に分けると、後者がコンテンツ産業とともに直接金融の比率が高いこと、(3)政府の役割でみると、韓国ではベンチャー企業確認制度が直接金融において重要な役割を果たしていること、(4)研究開発比率でみると、日韓両国ともその比率が高まると直接金融の比率が高くなるが、韓国では日本以上に政府が必要な資金を提供していること、(5)企業業績でみると、韓国では成長率が高い企業であるほど直接金融の比率が高くなっていること、以上の5点である。

その上で、韓国のベンチャー企業における「間接金融への回帰」を支える要因として、銀行金利の近年の低下とともに、企業評価のための情報が金融機関に偏在していること、そして何より政府が、韓国技術信用保証基金などを使って制度的に支援している事実を指摘する。したがって、企業歴が長くなるにつれて間接金融への依存が高まるのは、中小企業や技術開発志向型企業の企業金融に内在する「情報の非対称性」という一般的な問題だけでなく、ベンチャーキャピタルへの出資、ベンチャー企業の認定制度、技術開発力の審査の面で韓国政府が果たしている重要な役割が関係している、という結論を導き出す。

終章では、日本や韓国の場合、ベンチャー企業の育成にあたって、間接金融から直接金融への移行を推進するという従来型の政策だけではなく、Later Stage期の企業に対して、間接金融を活用できる制度の整備を進めることも重要であると、金玄成氏は主張する。その一例として、両国(韓国の方が積極的)で1990年代末に導入された貸付債権の流動化、つまり「市場型間接金融」の機能に注目し、銀行や政府機関に集中しているベンチャー企業の評価システムを分散化させ、幅広い資金を調達できる仕組みを構築ことが必要だと指摘する。そして、資金の外部調達(直接金融か間接金融か)だけではなく、内部留保を含めた分析の必要性など今後の研究課題を列記して、本論文を締めくくっている。

最後に、本書の問題点と今後の課題について触れておきたい。

第一の問題は、本論文が日本と韓国のベンチャー企業の国際比較を試みながら、国際比較の利点を十分生かし切れていない点である。その最大の理由は、ベンチャー企業育成の背後にある政策意図、政府の政策展開、ベンチャー企業に占める電子・IT関連企業の高さ、企業歴と直接金融・間接金融の関連などいずれをとっても、日本と韓国の間では両国の「違い」(韓国における政府の積極的な役割)よりは「共通性」の方が確認され、各国の固有の特徴を対比的に示すことができなかった点にある。

もっとも、韓国の場合、KOSDAQ市場に上場している企業のうちIT関連非製造企業やコンテンツ企業の比重が高く、これらの企業では他の業種と比べて直接金融の比重が高いという興味深い事実も指摘されている。したがって、今後は成長産業として期待されるIT関連非製造企業やコンテンツ企業に対象を絞って、両国の比較を行う必要もあるのではないかという指摘がなされた。さらに、直接金融が支配的であり、ベンチャー企業が事業拡大を続ける中でも「間接金融への回帰氏が生じていないアメリカの事例と比較することで、韓国(日本)のベンチャー企業の特質をより明確に示すことの可能性も指摘された。

第二の問題は、本論文がKoSDAQ市場やJAsDAQ市場の上場企業のデータを集計し、企業の属性別に資金調達の特徴を解明した点では成功しているが、その作業自体が個別のベンチャー企業の資金調達面での経営戦略(直接か間接かを選ぶ戦略)のダイナミズムを、必ずしも示していない点である。確かに金玄成氏は、一定数の個別企業や関係者への聞き取り調査を通じて、なぜ「間接金融への回帰」が生じるのかの傍証を試みている。ただし、聞き取り調査の相手は資金の貸し手である金融機関や政府機関に偏っており、資金を必要とするベンチャー企業の関係者からの情報はそれほど多くない。企業にとって資金調達戦略はもっともセンシティブな分野であり、聞き取り調査が困難であることは審査員全員も十分承知しているが、一歩踏み込んで、借り手の側からみたベンチャー企業の経営戦略について、研究をさらに深化させることへの期待が表明された。

第三の問題は、ベンチャー企業の研究を、「中小企業論」の一部として展開するのか、そうではなくて、中小企業論から独立した「ベンチャー企業論」として展開するのか、その点を金玄成氏が必ずしも十分自覚的に区別していない点である。というのも、両者の研究視角の違いは、企業金融のパターンの違いの理論的解釈や、政府の育成奨励政策のインプリケーションに直接的な影響を与え、議論の方向性も規定するからである。本論文では、韓国政府の政策目的が前者にあり、金玄成氏の研究関心も同じ前者にあることから、ときに韓国のベンチャー企業を対象としながら、「中小企業論」に引き寄せて議論を展開する場合があった(第2章、第3章)。したがって、今後の研究を進める場合には、両者の区別をより明確にすることの必要性が指摘された。

以上いくつかの問題点や今後の課題を指摘したが、ただしこれらは本論文の価値を損なうものでは決してなく、むしろ本論文が達成した実証的研究の高みに立ってこそ初めて検討が可能となる新たな課題というべきであろう。

したがって、本審査委員会は全員一致をもって、頭書で述べたように、本論文が博士(経済学)の学位を授与するに値するものと判断した。

(*丸川知雄は10月1日より父親育児休暇に入ったため、本論文の評価を、休暇に入る前の9月に書面で審査委員会に提出したことを付記しておく。)2008年12月5日

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