学位論文要旨



No 124255
著者(漢字) 永松,環奈
著者(英字)
著者(カナ) ナガマツ,カンナ
標題(和) ヘリコバクターピロリの胃粘膜感染におけるIL-1αの役割に関する研究
標題(洋)
報告番号 124255
報告番号 甲24255
学位授与日 2009.02.18
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3173号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩本,愛吉
 東京大学 教授 伊庭,英夫
 東京大学 准教授 大海,忍
 東京大学 准教授 小柳津,直樹
 東京大学 准教授 中川,一路
内容要旨 要旨を表示する

Helicobacter pylori(以下、ピロリ菌)は経口的にヒトの体内に侵入した後、胃粘液中および胃上皮細胞に定着することで感染を成立させる病原性細菌である。ピロリ菌はヒト胃粘膜で長期間感染すると考えられている為、ピロリ菌の持続感染と、慢性萎縮性胃炎、胃がんなどの様々な胃疾患の発病との関連が推測されている。

ヒトの症例において、慢性胃炎患者のうちピロリ菌感染者は、非感染者に比べると病状が重症化している傾向がみられる。この時、ピロリ菌感染者の胃粘膜病理組織におけるIL-1、IL-8等のサイトカインの産生量は、非感染者と比較して有意に増加しており、感染部位にはマクロファージや好中球の浸潤が顕著に認められる。ピロリ菌を除菌すると、これらサイトカインの発現レベルは低下し、また病理組織学的所見の改善が見られることから、ピロリ菌の感染によるサイトカイン産生機構と胃疾患の病態には密接な関連が存在すると考えられる。

ピロリ菌は染色体上に、約40 kbの病原遺伝子群、cag pathogenicity island (cag PAI) を有しており、近年はcag PAIおよびcag PAIにコードされている四型分泌装置 (Type Four Secretion System : TFSS) の感染における役割に焦点がおかれ、その解析が進んでいる。TFSSは病原性細菌がエフェクターとよばれる自身のタンパク質を直接宿主細胞内に注入する為に用いられるタンパク質分泌装置であり、多くの病原性細菌がこの機構を利用して宿主への感染を成立させている。培養胃上皮細胞を用いた実験では、ピロリ菌の感染によりIL-8の産生・分泌量がcag PAI依存的に上昇することが報告されている。しかしながら、その分子機構および役割については不明な点が多い。

以上を背景に、本研究ではピロリ菌の感染機構を分子レベルで明らかにすることを目標に、菌とサイトカインの主要産生細胞であるマクロファージとの関係性に注目した。培養細胞の系とマウス感染実験を中心として、感染におけるIL-1αとIL-8の役割に焦点をあて解析を行い、その結果、以下の興味深い知見を得た。すなわち(1)ピロリ菌の感染によりマクロファージが産生するIL-8/MIP-2は、TFSSおよびIL-1α依存的であり、(2)ピロリ菌はマクロファージに対して、IL-1αを核内に移行させることでIL-8/MIP-2の産生を誘導していた。また、マウスを用いた感染実験の結果から、(3)ピロリ菌感染によるIL-8/MIP-2産生と炎症誘導は、TFSS依存的かつIL-1α依存的であり、菌の初期胃粘膜付着増大に関与していることが明らかとなった。

(1)前述したように、ピロリ菌の感染によりIL-1α、IL-1β、およびIL-8の産生が誘導される事が報告されている。ピロリ菌とマクロファージの関係を研究するにあたり、これらサイトカインの産生に焦点をあて解析を行った。ピロリ菌感染におけるIL-8の産生は上皮細胞が重要な役割を担っていると考えられているが、上皮細胞以外でもIL-8を産生する細胞は知られている。従って、ピロリ菌の感染により、マクロファージもこれらサイトカインの産生を促していると推測される。実際、我々が、ピロリ菌26695株を、培養細胞に感染させると、IL-1α、IL-1β、およびIL-8の産生が上昇しているのがヒトマクロファージ細胞株THP-1細胞で確認された。興味深い事に、IL-1αおよびIL-8の産生量は、上皮胃細胞株よりもTHP-1細胞に感染させた場合が顕著であり、IL-1αの産生は上皮細胞株では確認できなかった。以上より、ピロリ菌感染によってマクロファージが少なくとも、IL-1α、IL-1β、およびIL-8を産生していることが示された。

以上の結果は菌が細胞に積極的にサイトカインの産生をうながしている可能性を提示する。この仮説を検討するために、マウスマクロファージ細胞株J774A.1にピロリ菌SS1株野生型(SS1-WT)およびSS1株由来TFSS変異株(SS1-ΔTFSS)を感染させ、IL-1α、IL-1β、MIP-2(ヒトIL-8のホモログ)の産生量を測定した。その結果、予想通りに、これらサイトカインの産生はTFSS依存的であることが明らかとなった。すなわち、ピロリ菌はTFSSを介して自身のタンパク質を注入することによって、マクロファージにサイトカインの産生を促していることが示された。

次に、ピロリ菌感染によって誘導されるIL1αとIL-8の関連性を調べた。野生型マウス、IL-1α欠損(IL-1α(-/-))マウス、IL-1β欠損(IL-1β(-/-))マウスからそれぞれ骨髄細胞由来マクロファージ(以下BMMφと略す。)を調製し、SS1-WTおよびSS1-ΔTFSSを感染させMIP-2の産生量を測定した。その結果、野生型マウスとIL-1β(-/-)マウス由来のBMMφにおいては、TFSS依存的にMIP-2産生量の増加が確認されたが、IL-1α(-/-)マウス由来のBMMφにおいてはTFSS依存的な変化は見られなかった。従って、ピロリ菌がマクロファージに感染して誘導されるMIP-2の産生はTFSSかつIL-1α依存的であることが示された。

2)近年、IL-1αの核内移行がIL-8の産生を制御する機構が示された。以上の結果は、ピロリ菌がマクロファージに感染した際にIL-1αの核内移行機構を通じてIL-8/MIP-2の産生を誘導している可能性を示唆する。そこでピロリ菌をマクロファージに感染させた場合に、TFSS依存的にIL-1αの核内移行が観察されるかどうかを確認した。J774A.1細胞にSS1-WTあるいはSS1-ΔTFSSを感染させた後に、IL-1α, F-アクチンとDNAの蛍光染色を行い、共焦点レーザー顕微鏡を用いてIL-1αの局在を調べた。その結果、ピロリ菌の感染に伴うTFSS依存的なIL-1αの核内移行促進が認められた。

次にTFSSによるMIP-2/IL-8の産生量の増加が、IL-1αの核移行に依存しているかを調べた。ヒトIL-1αの野生型(IL-1α-WT)あるいは、核内移行能を喪失したIL-1α変異体(IL-1α-K82E)を強発現させたIL-1α(-/-)-BMMφにSS1-WTを5時間感染させて、IL-1αの細胞内局在とMIP-2の産生量を調べた。IL-1αWT発現細胞にSS1-WTを感染させた場合、観察した細胞中およそ16%の細胞においてIL-1αのシグナルが核内に認められた一方で、IL-1α-K82E発現細胞に感染させた場合にはIL-1αの核移行は全く認められなかった。このとき、MIP-2の産生量は、IL-1α-WT発現細胞においてはコントロールとして用いた細胞に比べて有意に上昇していたが、IL-1α-K82E発現細胞においてはコントロールと同程度であった。すなわち、ピロリ菌の感染によるMIP-2の産生促進は、IL-1αの核内移行に伴って誘導される事が強く示唆された。

(3)これまでの結果より、ピロリ菌がTFSSを通じてIL-1αの挙動を制御することでIL-8/MIP-2の産生をマクロファージに促していることが細胞レベルで明らかになった。そこで次に、感染におけるこの機構の役割を解析するためにマウス実験を行った。野生型マウスもしくはIL-1α(-/-)マウスにSS1-WTあるいはSS1-ΔTFSSを経口投与し、感染1, 3, 7, 28日後にそれぞれマウスの胃を摘出し、HE染色を行って病理組織学的解析、サイトカイン産生量の測定、および、定着菌数の測定を行った。野生型マウスにおいて、HE染色後の胃を調べたところSS1-WTを感染させた場合はマクロファージや好中球の浸潤が7日目より顕著に確認された。一方SS1-ΔTFSSを感染させた場合は、28日目に炎症性細胞の浸潤が確認されたが、その程度はSS1-WTを感染させた場合よりも軽度であった。また、感染28日後の胃におけるIL-1αおよびMIP-2のmRNA量を調べたところ、SS1-WTを感染させた場合、SS1-ΔTFSSを感染させたマウスに比べておよそ2.6倍 増大していた。一方、IL-1α(-/-)マウスの場合、感染後28日目でもSS1-WTあるいはSS1-ΔTFSSを感染させたマウスの胃粘膜組織にはマクロファージ・好中球の浸潤がほとんど認められなかった。また感染28日後の胃におけるMIP-2のmRNA量を調べたところ、SS1-WTを感染させた場合とSS1-ΔTFSSを感染させた場合とで、MIP-2のmRNA量に違いは認められなかった。以上の結果は、菌がIL-1αを通じてIL-8/MIP-2の産生を制御しているのではないかという我々の仮説を支持する。このとき、菌の付着菌数を測定すると炎症の誘導と菌の付着との間に相関性があることが示唆された。すなわち野生型マウス、IL-1α(-/-)マウス間で定着菌数を比較すると、SS1-WTを野生型マウスに感染させた場合、定着菌数はSS1-αTFSSを感染させた場合よりも有意に増加していた。一方でIL-1α(-/-)マウスの場合、SS1-WTとSS1-ΔTFSSとの間で定着菌数に有意な差は認められず、また野生型マウスにSS1-WTを感染させた場合よりも定着菌数は各感染日数において半分程度に低下していた。すなわち、炎症の誘導とピロリ菌の付着菌数の増加に相関性があることが示された。

以上の結果よりピロリ菌は、その感染戦略の一環としてマクロファージにIL-1α依存的にMIP-2/IL-8の産生を誘導し、その結果惹起される炎症反応は、菌の初期感染において有利な環境を作り出していることが本研究で示された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、Helicobacter pylori(以下、ピロリ菌)の感染機構を分子レベルで明らかにするために、菌とマクロファージとの関係性に注目し、感染におけるIL-1αとIL-8/MIP-2の役割に焦点をあて解析を行ったものであり、下記の結果を得ている。

(1)ピロリ菌とマクロファージの関係を研究するにあたり、胃上皮細胞およびマクロファージで産生が認められているIL-1α、IL-1β、およびIL-8の産生に焦点をあて解析を行った。ピロリ菌をヒトマクロファージ細胞株THP-1細胞に感染させると、IL-1α、IL-1β、およびIL-8の産生が上昇しているのが確認された。興味深い事に、IL-1βおよびIL-8の産生量は、胃上皮細胞株よりもTHP-1細胞に感染させた場合が顕著であり、IL-1αの産生は胃上皮細胞株では確認できなかった。以上より、ピロリ菌感染によってマクロファージが少なくとも、IL-1α、IL-1β、およびIL-8を産生していることが示された。

(2)ピロリ菌の感染は、四型分泌装置(TFSS)を用いて、自身のタンパク質を宿主細胞に注入することで行われる。そこで、菌が細胞に積極的にサイトカインの産生を促している可能性を検討するために、マウスマクロファージ細胞株J774A.1にピロリ菌SS1株野生型(SS1-WT)およびSS1株由来TFSS変異株(SS1-ΔTFSS)を感染させ、IL-1α、IL-1β、MIP-2(ヒトIL-8のホモログ)の産生量を測定した。その結果、これらサイトカインの産生はTFSS依存的であることが明らかとなった。すなわち、ピロリ菌はTFSSを介して積極的にマクロファージに対してサイトカインの産生を促していることが示された。

(3)次に、ピロリ菌感染によって誘導されるIL1αとIL-8の関連性を調べた。野生型マウス、IL-1α欠損 (IL-1α(-/-)) マウス、IL-1β欠損 (IL-1β(-/-)) マウスからそれぞれ骨髄細胞由来マクロファージ(以下BMMφと略す。)を調製し、SS1-WTおよびSS1-ΔTFSSを感染させMIP-2の産生量を測定した。その結果、野生型マウスと(IL-1β(-/-)マウス由来のBMMφにおいては、TFSS依存的にMIP-2産生量の増加が確認されたが、IL-1α(-/-)マウス由来のBMMφにおいてはTFSS依存的な変化は見られなかった。従って、ピロリ菌がマクロファージに感染して誘導されるMIP-2の産生はTFSSかつIL-1α依存的であることが示された。

(4)ピロリ菌がマクロファージに感染した際にIL-1αの核内移行機構を通じてIL-8/MIP-2の産生を誘導している可能性を検証するために、まず始めにピロリ菌をマクロファージに感染させた場合に、TFSS依存的にIL-1αの核内移行が観察されるかどうかを確認した。J774A.1細胞にSS1-WTあるいはSS1-ΔTFSSを感染させた後に、IL-1α, F-アクチンとDNAの蛍光染色を行い、共焦点レーザー顕微鏡を用いてIL-1αの局在を調べた。その結果、ピロリ菌の感染に伴うTFSS依存的なIL-1αの核内移行促進が認められた。

次にTFSSによるMIP-2/IL-8の産生量の増加が、IL-1αの核移行に依存しているかを調べた。ヒトIL-1αの野生型(IL-1α-WT)あるいは、核内移行能を喪失したIL-1α変異体(IL-1α-K82E)を強発現させたIL-1α(-/-)-BMMφにSS1-WTを感染させて、IL-1αの細胞内局在とMIP-2の産生量を調べた。IL-1α-WT発現細胞にSS1-WTを感染させた場合は、IL-1αのシグナルが核内に認められた一方で、IL-1α-K82E発現細胞に感染させた場合にはIL-1αの核移行は全く認められなかった。このとき、MIP-2の産生量は、IL-1α-WT発現細胞においてはコントロールとして用いた細胞に比べて有意に上昇していたが、IL-1α-K82E発現細胞においてはコントロールと同程度であった。すなわち、ピロリ菌の感染によるMIP-2の産生促進は、IL-1αの核内移行に伴って誘導される事が強く示唆された。

(5)野生型マウスにSS1-WTあるいはSS1-ΔTFSSを経口投与した後にそれぞれマウスの胃を摘出し、HE染色を行って病理組織学的解析、サイトカイン産生量の測定を行った。HE染色後の胃を調べたところ、TFSS依存的にマクロファージや好中球の浸潤が7日目より顕著に確認された。また、感染28日後の胃におけるIL-1αおよびMIP-2のmRNA量を調べたところ、SS1-WTを感染させた場合、SS1-ΔTFSSを感染させたマウスに比べておよそ2.6倍 増大していた。

(6)IL-1α(-/-)マウスにピロリ菌を感染させた場合、感染後28日目でもSS1-WTあるいはSS1-ΔTFSSを感染させたマウスの胃粘膜組織にはマクロファージや好中球の浸潤がほとんど認められなかった。また感染28日後の胃におけるMIP-2のmRNA量を調べたところ、SS1-WTを感染させた場合とSS1-ΔTFSSを感染させた場合とで、MIP-2のmRNA量に違いは認められなかった。従って、菌がIL-1αを通じてIL-8/MIP-2の産生を制御しているのではないかという我々の仮説を支持する結果となった。

7)野生型マウス、IL-1α(-/-)マウス間で定着菌数を比較すると、SS1-WTを野生型マウスに感染させた場合、定着菌数はSS1-ΔTFSSを感染させた場合よりも有意に増加していた。一方でIL-1α(-/-)マウスの場合、SS1-WTとSS1-ΔTFSSとの間で定着菌数に有意な差は認められず、また野生型マウスにSS1-WTを感染させた場合よりも定着菌数は各感染日数において半分程度に低下していた。すなわち、炎症の誘導とピロリ菌の付着菌数の増加に相関性があることが示された。

以上、本論文は、ピロリ菌の感染によりマクロファージが産生するIL-8/MIP-2は、TFSSおよびIL-1α 依存的であり、ピロリ菌はマクロファージに対して、IL-1αを核内に移行させることでIL-8/MIP-2の産生を誘導していることを明らかにした。また、マウスを用いた感染実験の結果から、ピロリ菌感染によるIL-8/MIP-2産生と炎症誘導は、TFSS依存的かつIL-1α依存的であり、菌の初期胃粘膜付着増大に関与していることが明らかとなった。

本研究はこれまで未知に等しかったピロリ菌の初期の感染戦略に関して初めて詳細に検討された研究であり、ピロリ菌の感染初期過程における分子機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク