学位論文要旨



No 124260
著者(漢字) 小林,哲郎
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,テツロウ
標題(和) インターネット利用の社会的帰結 : 異質な情報・他者との接触と社会的寛容性への効果を中心に
標題(洋)
報告番号 124260
報告番号 甲24260
学位授与日 2009.02.19
学位種別 課程博士
学位種類 博士(社会心理学)
学位記番号 博人社第679号
研究科 人文社会系研究科
専攻 社会文化研究専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 池田,謙一
 東京大学 教授 山口,勧
 東京大学 准教授 唐沢,かおり
 東京大学 教授 秋山,弘子
 関西学院大学 教授 山田,真裕
内容要旨 要旨を表示する

1章 緒論

本論文は、インターネットに代表される情報通信技術(ICT; Information & Communciation Technology)利用の社会的帰結について論じる。究極的な目的は、ICT利用が民主主義社会システムの運用に資することが可能であるのかを明らかにすることにある。ポジティブな貢献が可能であるとすれば、どのような形で貢献することができるのか。ネガティブな効果があるとすれば、どのような社会的帰結としてそれは立ち現れてくるのか。こうした問いに対し、社会心理学の視点から実証的回答を試みる。

民主主義社会システムの円滑な運用には、社会的意思決定の担い手である人々が、自らの先有態度とは異なる異質な情報や他者と接触し、熟考の上で投票などの参加行動を行うことが重要である。コミュニケーションメディアとしてのICT利用は、多様な情報や異質な他者との接触を促進することで、寛容な社会の実現に貢献するだろうか。それとも、ICT利用は同質な情報や他者との接触を促進することで、社会の断片化や非寛容な「タコつぼ」化した世論をもたらすのだろうか。

こうした問題意識をふまえて、本論文では、新しいコミュニケーション手段としてのICT利用が広く社会に行き渡る中で、異質な他者に対する社会的寛容性がいかに変容しつつあるのかを明らかにする。そのことによって、多様で異質な人々が排他的で非寛容な「タコつぼ」を形成するのではなく、互いにゆるやかにつながり合うような社会へ向けて、あるべきICT利用の姿を提案することを目指す。特に、本研究ではナイーブな技術決定論に陥ることなく、利用の社会的文脈によって異質な情報や他者への接触に対する効果が異なると考える。こうした社会的文脈を明らかにすることで、ICT利用が民主主義社会システムに貢献するための要件を析出し、より良いICTの設計と利用に生かすことができると考えるからである。

2章 理論編

本論文の概念図を図1に示す。本論文では、ICT利用の中でも特にインターネット利用を説明変数としてとらえ、社会的寛容性を目的変数として設定する。インターネット利用の内実は多様であるため、利用することの効果を一意に予測することは困難である。まず、PCや携帯電話など、利用のデバイスの多様性が、接触する情報や他者の同質性/異質性に対して異なる効果をもたらす可能性に留意する必要がある。さらに、インターネットをどのような社会的文脈の上で利用するかによっても、その社会的帰結は異なりうる。よって、インターネット利用の効果を一意に予測することは困難であり、利用のデバイスや利用の社会的文脈を条件として効果は異なると考えるのが自然である。本論文では、これらの条件によって接触するする情報や他者の同質性/異質性が変動するという概念的枠組みに基づいた分析を行う。

社会的寛容性は、他者が自らとは異なる考えや価値観を持っている場合にどの程度それを許容できるかという概念として定義される。つまり、他者が自らとは異なる考えや価値観を持っていたとしても、それを拒絶したりそれに同調するのではなく、また自らの考えや価値観に同調するよう他者を説得したりするのでもなく、自己と他者の間に存在する差異を許容した上で社会的な紐帯を維持するということに対する肯定的な態度を表す。

研究の全体像を表1に示す。まず、研究1では本論文の主要な従属変数である社会的寛容性を測定する尺度の妥当性のチェックを行う。研究2および3では、ウェブ閲覧による情報接触というインターネット利用に着目し、自らの先有態度と同質な情報に接触するような選択的傾向が確認されるかどうかが検討される。さらに、米国データも用いて日米比較を行う。研究4および5ではインターネット利用の主要な利用形態であるメール利用に着目し、携帯メール利用とPCメール利用でやり取りの相手が異なり、それが社会的寛容性に対して異なる効果を持ちうる可能性について検討する。研究6および7ではN対Nのコミュニケーションが実現するオンラインコミュニティに注目し、オフラインとオンラインの連続性という視点から、メンバーの同質性・異質性が社会的寛容性に及ぼす効果について検討する。

3~8章 実証編

本論文は、異質な情報への接触や異質な他者との相互作用によって醸成される社会的寛容性に注目し、その醸成過程におけるインターネット利用の効果について検討した。社会的寛容性に対するインターネット利用の効果については、多様な意見の認知と政治的熟考を促進することでプラスの効果をもたらすという予測と、情報に対する選択的接触やパーソナル・ネットワークの同質化によってマイナスの効果をもたらすという相反する理論的予測が並立していた。本研究はこの問題に対して実証的な検討を加え、図2にまとめられる知見を得た。

まず、インターネット利用が情報環境や対人環境の同質化を招き、結果として社会的寛容性の醸成が阻害される可能性は、少なくとも携帯メール利用を除いて見られなかった。このことは、インターネット利用が総じて社会的寛容性の醸成過程に対してポジティブな貢献をなしうることを示している。特に、PCメール利用やオフラインとの連続性の低いオンラインコミュニティ利用は、異質な他者との相互作用を促進することで社会的寛容性に対して明確にプラスの効果をもたらすという知見を得た。このことは、社会的寛容性とインターネット利用の関係における相反する理論的予測の並立に対して、ひとつの実証的な回答をもたらしたといえよう。また、インターネットをどのように利用するかによって社会的寛容性の醸成過程において異なる効果が生じることを実証した点については、技術決定論ではなく多様な利用の社会的文脈に着目することが有効であることを示している。つまり、民主主義社会システムに対してICTがポジティブな貢献をするためには、個々のICTの技術特性だけでなく、その技術が社会の中でどのように受容され、またどのような社会的文脈で利用されるのかを考慮した設計が求められる。

9章 総合考察

実証研究の結果から、インターネット利用の社会的帰結において、実証レベルでも示されるようなネガティブな効果は携帯メール以外には見られず、ICT利用が民主主義社会システムの運営に資することは十分可能であるとの結論を得た。さらに、今後の課題として、個別の利用形態ごとの効果の検討ではなく利用内容の統合モデルの構築が必要となること、マクロな社会レベルにおける実質的なICT利用のインパクトの測定、利用者の動機や戦略の類型や変動に関する検討、技術的アプローチによる研究結果の社会的実装、中長期的な社会変動をふまえた歴史的分析の必要性が論じられた。

図1 研究の概念図

表1 研究の構成

図2 社会的寛容性の醸成過程におけるインターネット利用の効果

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、インターネットがもたらす社会的なインパクトに関する社会心理学の視点からの理論的・実証的研究である。しばしば関心が向きがちなインターネットの便宜性や負の側面ではなく、民主主義社会にとって肝要な1要件である異質な他者に対する社会的寛容性の増大にインターネット利用が貢献するかどうかを検討したものである。とくにインターネット利用の社会的文脈の効果を、6つの異なる社会調査データを用い、同質的な情報や他者との接触、異質な情報や他者との接触の効果に焦点を絞って検討している。

社会的寛容性は、他者が自らとは異なる考えや価値観を持っている場合にどの程度それを許容できるかという点で定義されるが、これと政治的寛容性や社会的偏見との弁別的な特性を示した上で分析が進められた。第1章で問題意識を提示した後、第2章で理論的な構成が検討される。社会関係資本理論に基づき「橋渡し型」のネットワーク特性が寛容性に寄与するロジックが展開され、その上でインターネット利用の情報ルート、対人ルートのそれぞれが持ちうる社会的帰結が仮説として提出される。また対人ルートではメールなどによる個人ベースのコミュニケーションとオンラインコミュニティによる集合的コミュニケーションとが区別されて仮説化される。第3章は社会的寛容性の概念的妥当性および測定尺度の妥当性が、ダイアド単位のデータ分析から検討される。第4章以後はここで構成された尺度を元に分析が進められる。第4章は情報メートによるウェブ閲覧の効果、第5、6章はそれぞれ対人ルートにおける携帯メール利用、PCメール利用の効果、第7、8章はそれぞれ対人ルートにおける地域オンラインコミュニティ利用の効果、仮想世界オンラインコミュニティ利用の効果の検討となり、第9章が総合考察である。各章では、それぞれ別個のサンプリング調査データに基づき、多変量解析を通じて仮説の検証が進められ、対人ルートにおいておおよそ一貫して、社会的寛容性が異質な情報や他者との接触によってもたらされることが明らかにされている。一方、同質的な他者がもたらす寛容性の低下は、携帯メール利用においてのみ明瞭であった(なお、同質性と異質性は逆相関しない)。

結果として本論文は、これまでのインターネット研究で欠如していたインターネット利用の社会的帰結の実証に目を向け、それを多角的な文脈から仮説立て計量的に実証し、そのことを通じて民主主義社会において不可欠な社会的寛容性の増大のメカニズムの一端を明らかにしたと言える。問題ありとすれば、多角的なインターネット利用の総合的効果については検討するまでに至っておらず、また多様なインターネット利用のいくつかの典型的な利用形態を分析したに留まる点であろうが、これは今後の課題としておきたい。以上によって著者が研究者として十分な能力を有することが示されているので、本審査委員会は博士(社会心理学)の学位を授与するに値するものと判断する。

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