No | 124262 | |
著者(漢字) | 盧,鉉 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ノ,ジュヒョン | |
標題(和) | 日韓コミュニケーション行動の対照研究 : 貸し借り行動・意識に関する調査結果に基づいて | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 124262 | |
報告番号 | 甲24262 | |
学位授与日 | 2009.02.27 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(学術) | |
学位記番号 | 博総合第853号 | |
研究科 | 総合文化研究科 | |
専攻 | 言語情報科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 日本語と韓国語の言語構造が似ていることはよく知られている。例えば、同じSOV の語順を取ること、助詞や敬語体系を揃えていることなどである。しかし、言語行動の面では日韓で異なる部分が少なくはなく、日韓コミュニケーション行動に関する従来の研究では、言語表現、発言の内容などがミスコミュニケーションの原因となり得ること、また、その背景には、相手に対する配慮の仕方や領域意識の違いが存在する可能性が指摘されてきた。だが、このような日韓の配慮の仕方や領域意識が、コミュニケーション行動のどの部分にどのように表われているのか、また、その日韓の相違が何に起因しているのかについては、これまで詳細な分析が行われていない。 そこで、本研究では日韓コミュニケーション行動の異同を明らかにし、行動の意識・算出プロセスの側面から相違の原因を究明することを目指す。そのため、先行研究で日韓ミスコミュニケーションの原因の一つと考えられてきた配慮の仕方や領域意識が窺いやすい場面として「貸し借り場面」を取り上げ、二つのアンケート調査とグループ式の面接調査を行う。調査から得られた日韓の回答を、切り出し方・談話構造・表現類型・述部の表現の側面から詳細に分析・考察することで、日韓コミュニケーション行動の異同を明らかにする。そして、その日韓の相違がどこから来るのか、そのメカニズムをコミュニケーション行動の算出プロセスとの関連で検討する。以下、各章ごとの内容を簡単にまとめる。 第一章では、日韓コミュニケーション行動についての従来の研究は言語表現やストラテジーレベルでの考察が多く、研究に偏りのあることを指摘する。そこで、言語表現だけではなく行動意識や無言行動など、言語表現以外の部分も視野に入れ、コミュニケーション行動研究の発展を見据えた本研究の位置づけを考える。そして、事態把握からコミュニケーション行動産出までの過程を示した「コミュニケーション行動の産出プロセス」を仮定し、「コミュニケーション行動の研究における『領域』」の概念について述べる。 第二章では、本研究で行う三つの調査について概観する。一つ目は、相手の所有物を借りる際の日韓コミュニケーション行動に関するアンケート調査、二つ目は、自分の物を自発的に貸す際の日韓コミュニケーション行動に関するアンケート調査、三つ目は、日韓の貸し借りコミュニケーション行動意識に関するグループ式面接調査である。そして、本研究の分析の枠組みとして、コミュニケーション行動の切り出し方(非言語、非言語+言語、言語)、談話構造(機能的要素の数・種類・組み合わせ)、表現類型(情報系、行為系)、述部の表現(本動詞の種類と授受表現の使用有無)を提案する。 第三章では、借りる場面に関するアンケート調査の回答を、切り出し方・談話構造の側面から分析する。切り出し方の側面からの分析の結果、初対面の人の物は日韓ともに前もって断ってから借りるが、家族の物を借りる場合、日本では借りながら一言言うことが多いが、韓国では何も言わずに使用することが多い。なお、親友の物を借りる際は、日韓ともに借りながら一言言うのが一般的であると言えるが、日本では前もって相手の許可を求める意識も強い反面、韓国では言葉なしで借りることも比較的多いと見られる。一方、談話構造の側面からの分析の結果、全体的にシンプルな談話構造、特に、単一談話を多く使用しているが、初対面の人には複数の機能的要素を使用した談話([α]+…+[働きかけ])が多用されているということが日韓共通して見られる。日韓の相違点としては、次の三点が見られる。第一に、[恐縮][状況説明]の使用は、韓国より日本の方が多いこと、第二に、母に対して[呼びかけ]+[働きかけ]の使用は、日本より韓国の方が多いこと、第三に、母、弟・妹に対して[気づき求め]の使用は、日本より韓国の方が多いことである。 第四章では、借りる場面に関するアンケート調査の回答を、表現類型・述部の表現の側面から分析した。表現類型の側面からの分析の結果、初対面の人のペンや資料を借りる際、日韓ともに〈疑問〉が主な表現類型となっている。日韓の相違は「親・上、親友、母、弟・妹」の場合に多く見られ、親・上の場合、日本は〈疑問〉が主な表現類型となっているが、韓国は〈疑問〉の他に〈意志〉、〈勧誘〉の使用率も高い。また、親友の場合、日本は〈行為要求〉〈疑問〉、韓国は〈意志〉〈勧誘〉の使用率が高い。なお、弟・妹、母の場合には、日本は〈意志〉〈行為要求〉を多く使用し、韓国は〈意志〉〈勧誘〉を多く使用する。一方、述部の表現の側面からの分析の結果、日本は殆どの人が三項動詞を用いることによって本動詞に貸し借り関係を明示しているが、韓国は二項動詞を取ることによって本動詞に貸し借り関係を明示しないことが多い。そして、補助動詞として授受表現を使用する割合は、韓国より日本の方が高い。 第五章では、貸す場面に関するアンケート調査の回答を、切り出し方・談話構造・表現類型・述部の表現の側面から分析した。その結果、切り出し方の側面では貸しながら一言言うタイプ、談話構造の側面では単一談話、本動詞の側面では二項動詞を用いることが多く、補助動詞としての授受表現はあまり使用しないということが日韓共通して見られる。日韓の相違は表現類型の側面で見られ、日本は状況や相手を問わず〈疑問〉を用いることが多い。韓国は状況や相手によって相違が見られ、初対面の人には〈疑問〉を用いることも多いが、親・上、親友、母、弟・妹には〈疑問〉をあまり用いず、〈行為要求〉〈勧誘〉を多く使用する。 第六章では、貸し借り場面における日韓コミュニケーション行動の全体の様相を領域意識との関わりから示すため、領域を意識した行動と見られる、切り出し方(タイプ3)、表現類型(「情報系」)、本動詞(「三項動詞」)、補助動詞(「授受表現」)の使用状況を改めて考察した。これにより、相手の領域に立ち入る際、日本と韓国では切り出し方・表現類型・本動詞・授受表現の側面の様々な要素の使用によって、全体の行動としての領域意識を、日本は強くはっきり示しているが、韓国は弱くぼんやり示していると考えられる。 第七章では、グループ式の面接調査の結果を、貸し借り場面の捉え方と貸し借り行動の遂行・評価意識に注目して考察した。その結果、次の三つの点を指摘することができたと思う。第一に、貸し借りの実行に、貸し借りの「相手」「対象物」「状況」が重要な判断基準として働いている点では日韓共通しているが、韓国は「相手」という要素がかなり大きく影響する一方、日本は韓国に比べて「相手」が強力な影響力を持たず、且つ、「相手」以外の要素も依然として影響すると見られる。これが日韓の相違を生み出す大きな原因ではないかと考えられる。第二に、コミュニケーション行動における日韓の相違から、日本人は「お互いの領域を守りたい/侵されたくない」と思うのに対し、韓国人は「お互いの領域を感じさせまい/共有しよう」と思う、というような「領域の保ち方」の相違がうかがえる。日本人の「お互いの領域を守りたい/侵されたくない」という行動意識からは、失礼にならないように行動しようとする心的態度、韓国人の「お互いの領域を感じさせまい/共有しよう」という行動意識からは、水臭くならないように行動しようとする心的態度、それぞれを垣間見ることができると思う。第三に、本研究で明らかとなった日韓の相違は、コミュニケーション行動の産出プロセスの〈要素間の優先順位の調整〉、〈行動指針・遂行イメージ〉、〈コミュニケーション行動の選択〉の各段階での日韓の相違が反映されたものであると考えられる。 第八章では、各章で得られた知見を総合した上、今回の分析考察によって得られた今後の観点・課題をまとめておいた。 以上、切り出し方、談話構造、表現類型、述部の表現の側面から日韓コミュニケーション行動を分析・考察した。これにより、日韓コミュニケーション行動の異同を明らかにしたこと、領域意識がコミュニケーション行動のどの部分にどのように現れているのかを詳細に分析したこと、その日韓の相違の原因をコミュニケーション行動の産出プロセスの側面から推察したこと、この三点に本研究の意義があると考える。 | |
審査要旨 | 日本語と韓国語の言語構造が似ていることはよく知られている。例えば、同じSOVの語順を取ること、助詞や敬語体系を揃えていることなどである。しかし、言語行動の面では日韓で異なる部分が少なくはなく、日韓コミュニケーション行動に関する従来の研究では、言語表現、発言の内容などがミスコミュニケーションの原因となり得ること、また、その背景には、相手に対する配慮の仕方や領域意識の違いが存在する可能性が指摘されてきた。だが、このような日韓の配慮の仕方や領域意識が、コミュニケーション行動のどの部分にどのように表われているのか、また、その日韓の相違が何に起因しているのかについては、これまで詳細な分析が行われていない。 そこで、本研究では日韓コミュニケーション行動の異同を明らかにし、行動の意識・算出プロセスの側面から相違の原因を究明することを目指す。そのため、先行研究で日韓ミスコミュニケーションの原因の一つと考えられてきた配慮の仕方や領域意識が窺いやすい場面として「貸し借り場面」を取り上げ、二つのアンケート調査とグループ式の面接調査を行う。調査から得られた日韓の回答を、切り出し方・談話構造・表現類型・述部の表現の側面から詳細に分析・考察することで、日韓コミュニケーション行動の異同を明らかにする。そして、その日韓の相違がどこから来るのか、そのメカニズムをコミュニケーション行動の算出プロセスとの関連で検討する。以下、各章ごとの内容を簡単にまとめる。 第一章では、日韓コミュニケーション行動についての従来の研究は言語表現やストラテジーレベルでの考察が多く、研究に偏りのあることを指摘する。そこで、言語表現だけではなく行動意識や無言行動など、言語表現以外の部分も視野に入れ、コミュニケーション行動研究の発展を見据えた本研究の位置づけを考える。そして、事態把握からコミュニケーション行動産出までの過程を示した「コミュニケーション行動の産出プロセス」を仮定し、「コミュニケーション行動の研究における『領域』」の概念について述べる。 第二章では、本研究で行う三つの調査について概観する。一つ目は、相手の所有物を借りる際の日韓コミュニケーション行動に関するアンケート調査、二つ目は、自分の物を自発的に貸す際の日韓コミュニケーション行動に関するアンケート調査、三つ目は、日韓の貸し借りコミュニケーション行動意識に関するグループ式面接調査である。そして、本研究の分析の枠組みとして、コミュニケーション行動の切り出し方(非言語、非言語+言語、言語)、談話構造(機能的要素の数・種類・組み合わせ)、表現類型(情報系、行為系)、述部の表現(本動詞の種類と授受表現の使用有無)を提案する。 第三章では、借りる場面に関するアンケート調査の回答を、切り出し方・談話構造の側面から分析する。切り出し方の側面からの分析の結果、初対面の人の物は日韓ともに前もって断ってから借りるが、家族の物を借りる場合、日本では借りながら一言言うことが多いが、韓国では何も言わずに使用することが多い。なお、親友の物を借りる際は、日韓ともに借りながら一言言うのが一般的であると言えるが、日本では前もって相手の許可を求める意識も強い反面、韓国では言葉なしで借りることも比較的多いと見られる。一方、談話構造の側面からの分析の結果、全体的にシンプルな談話構造、特に、単一談話を多く使用しているが、初対面の人には複数の機能的要素を使用した談話([α]+…+[働きかけ])が多用されているということが日韓共通して見られる。日韓の相違点としては、次の三点が見られる。第一に、[恐縮][状況説明]の使用は、韓国より日本の方が多いこと、第二に、母に対して[呼びかけ]+[働きかけ]の使用は、日本より韓国の方が多いこと、第三に、母、弟・妹に対して[気づき求め]の使用は、日本より韓国の方が多いことである。 第四章では、借りる場面に関するアンケート調査の回答を、表現類型・述部の表現の側面から分析した。表現類型の側面からの分析の結果、初対面の人のペンや資料を借りる際、日韓ともに〈疑問〉が主な表現類型となっている。日韓の相違は「親・上、親友、母、弟・妹」の場合に多く見られ、親・上の場合、日本は〈疑問〉が主な表現類型となっているが、韓国は〈疑問〉の他に〈意志〉、〈勧誘〉の使用率も高い。また、親友の場合、日本は〈行為要求〉〈疑問〉、韓国は〈意志〉〈勧誘〉の使用率が高い。なお、弟・妹、母の場合には、日本は〈意志〉〈行為要求〉を多く使用し、韓国は〈意志〉〈勧誘〉を多く使用する。一方、述部の表現の側面からの分析の結果、日本は殆どの人が三項動詞を用いることによって本動詞に貸し借り関係を明示しているが、韓国は二項動詞を取ることによって本動詞に貸し借り関係を明示しないことが多い。そして、補助動詞として授受表現を使用する割合は、韓国より日本の方が高い。 第五章では、貸す場面に関するアンケート調査の回答を、切り出し方・談話構造・表現類型・述部の表現の側面から分析した。その結果、切り出し方の側面では貸しながら一言言うタイプ、談話構造の側面では単一談話、本動詞の側面では二項動詞を用いることが多く、補助動詞としての授受表現はあまり使用しないということが日韓共通して見られる。日韓の相違は表現類型の側面で見られ、日本は状況や相手を問わず〈疑問〉を用いることが多い。韓国は状況や相手によって相違が見られ、初対面の人には〈疑問〉を用いることも多いが、親・上、親友、母、弟・妹には〈疑問〉をあまり用いず、〈行為要求〉〈勧誘〉を多く使用する。 第六章では、貸し借り場面における日韓コミュニケーション行動の全体の様相を領域意識との関わりから示すため、領域を意識した行動と見られる、切り出し方(タイプ3)、表現類型(「情報系」)、本動詞(「三項動詞」)、補助動詞(「授受表現」)の使用状況を改めて考察した。これにより、相手の領域に立ち入る際、日本と韓国では切り出し方・表現類型・本動詞・授受表現の側面の様々な要素の使用によって、全体の行動としての領域意識を、日本は強くはっきり示しているが、韓国は弱くぼんやり示していると考えられる。 第七章では、グループ式の面接調査の結果を、貸し借り場面の捉え方と貸し借り行動の遂行・評価意識に注目して考察した。その結果、次の三つの点を指摘することができたと思う。第一に、貸し借りの実行に、貸し借りの「相手」「対象物」「状況」が重要な判断基準として働いている点では日韓共通しているが、韓国は「相手」という要素がかなり大きく影響する一方、日本は韓国に比べて「相手」が強力な影響力を持たず、且つ、「相手」以外の要素も依然として影響すると見られる。これが日韓の相違を生み出す大きな原因ではないかと考えられる。第二に、コミュニケーション行動における日韓の相違から、日本人は「お互いの領域を守りたい/侵されたくない」と思うのに対し、韓国人は「お互いの領域を感じさせまい/共有しよう」と思う、というような「領域の保ち方」の相違がうかがえる。日本人の「お互いの領域を守りたい/侵されたくない」という行動意識からは、失礼にならないように行動しようとする心的態度、韓国人の「お互いの領域を感じさせまい/共有しよう」という行動意識からは、水臭くならないように行動しようとする心的態度、それぞれを垣間見ることができると思う。第三に、本研究で明らかとなった日韓の相違は、コミュニケーション行動の産出プロセスの〈要素間の優先順位の調整〉、〈行動指針・遂行イメージ〉、〈コミュニケーション行動の選択〉の各段階での日韓の相違が反映されたものであると考えられる。 第八章では、各章で得られた知見を総合した上、今回の分析考察によって得られた今後の観点・課題をまとめておいた。 以上、切り出し方、談話構造、表現類型、述部の表現の側面から日韓コミュニケーション行動を分析・考察した。これにより、日韓コミュニケーション行動の異同を明らかにしたこと、領域意識がコミュニケーション行動のどの部分にどのように現れているのかを詳細に分析したこと、その日韓の相違の原因をコミュニケーション行動の産出プロセスの側面から推察したこと、この三点に本研究の意義があると考える。 | |
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