学位論文要旨



No 124264
著者(漢字) 山本,健太郎
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,ケンタロウ
標題(和) 政治家の政党移動と政党政治の変化 : 日本における「政界再編」とは何であったか
標題(洋)
報告番号 124264
報告番号 甲24264
学位授与日 2009.02.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第855号
研究科 総合文化研究科
専攻 国際社会科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,淳子
 東京大学 教授 御厨,貴
 慶応大学 教授 増山,幹高
 東京大学 准教授 内山,融
 東京大学 准教授 清水,剛
内容要旨 要旨を表示する

日本では、1955年から、短期間の例外を除いて、自民党が単独政権の座に居続ける一党優位体制が38年間にわたって続き、極めて安定した政党システムが維持されてきた。しかし、93年6月に自民党内の2つのグループが新党を結成し、それを契機として政権交代が起きて以降、日本の政党政治は国会議員の政党移動が頻発する「政界再編」の時代に突入した。政党の離合集散が活発に繰り返され、一時は国政選挙のたびに政党の顔ぶれが入れ替わる不安定な状況となったのである。

それから10年近い変動期を経て、混乱は次第に鎮静化し、2008年現在では自民党・公明党と民主党という二大勢力が対峙するという形で落ち着きが戻ったように見える。ただし、07年の参院選で民主党が比較第一党の座につき、「ねじれ国会」となったことで、新たな「政界再編」の可能性がメディアでも再三指摘されるなど、変化への胎動が依然として水面下で燻っている可能性も捨てきれない。

本論は、こうした日本の政界再編を題材に、政治家の政党移動のメカニズムについて包括的に分析を加えるものである。

政治家の政党移動に着目して政界再編を分析することは、二つの点で政治学的な意義がある。

第一に、政党を移動するという行為を分析することは、政党を選択する政治家のインセンティヴに着目することを意味し、引いては政治家がなぜ政党に所属するのかという原理を明らかにすることにつながる。これまでの政党研究では、政治家がなぜ政党に所属するのかという問いは、いわば自明のものとされ、取り立てて論じられることが少なかった。しかし近年、日本に限らず複数の議会制民主主義諸国において、政党移動が多く見られるようになってきたという経験的事実は、政治家が政党に所属することの意味合いを再度問い直す必要性を我々に迫っている。その点で、政党移動の分析は、政党研究の地平を広げることになると期待される。

その際、本論では、いわゆる連合理論の知見を援用することで、政党移動を理論的に解き明かすことを試みる。アクターの合理性を前提に、政党間の協力のあり方を予測する連合理論を用いることで、個々の政治家の効用から出発して、新党の結成や解党、ならびに政党間の離合集散現象に至るまで、政界再編のダイナミズムを一つのツールで解き明かすことが可能になるのである。

第二に、日本政治分析という観点から見ても、90年代以降の日本政治を特徴づける一大イベントである「政界再編」に、包括的な分析を加えるのは意義深いことである。これまでの研究で、93年の自民党分裂のように、一時点での現象を分析したものは少なからず存在してきた。しかし、果たして政界再編とは何であったのかという理論的な問いは発せられることがなかった。

結論からいえば、日本における政界再編では、自民党が政権追求志向の強い議員を受け入れることで、ますます政権与党であることを最大の紐帯としていくのに対して、野党陣営は移動議員を吸収して政党のサイズを拡大しつつ、一方では分裂を防ぐという矛盾した要請を抱えることになった。野党は当初、その要請にうまく答えることができず、それが新進党の挫折につながった。一方、新進党の失敗から、民主党は、勢力拡大のため政策的旗幟を鮮明にすることに慎重にならざる得ない最大野党のディレンマを学び、政党としての存立に根本的矛盾を抱えながら党を運営して、凝集力を保ってきた。

この最大野党・民主党の適応により、政党システムは一見安定したかに見えるが、自民党の紐帯が与党であることのみによる限り、その下野はさらなる離合集散と政党政治の流動化の可能性を秘めている。一方、民主党もまた、政権を獲得すれば明確な政策方向を打ち出すことを与党として求められ、それは自党の分裂のリスクを顕在化させる。その意味で、政界再編は未だ終わったわけではないことが示されるのである。

本論の構成は以下の通りである。

まず第2章「政党移動研究の理論的意義」で、政党移動研究としての本論の意義を、先行研究を整理する中で位置付ける。そして、先行研究から導かれた本論のモデルとして、連合理論の知見を援用して、議員の政党選択を規定するインセンティヴには、政権追求・政策追求の2つが並行して存在することを述べる。連合理論を用いることで、個々の政治家の目的から出発して政界再編のダイナミズムまで、一本の線で結んで説明を加えることができるようになる。

続く第3章「日本における「政界再編」の包括的観察」では、日本における政党移動の全体像について、上記2つの目的を観察可能な形に読み替えて網羅的な分類を行い、その特徴を観察する。

第4章「政党移動はいつ起こるか」では、政党移動が発生するタイミングについて、選挙と選挙の間を一つのサイクルとして見た場合に、そこに埋め込まれている制度と政党移動の関連性に着目して考察する。そうしたルーティーンな制度は、目的の異なる移動を異なる時期に発生させるきっかけとなっていることが明らかとなり、さらには新党の結成や解党といった出来事にも影響を与えていることが示される。

第5章「政党移動と選挙事情」では、一般に政治家の合理的な行動を考える際、最もよく使われる「再選追求の優位」という原則について取り上げる。本論では政権追求・政策追求という2つの目的に主に着目して分析を進めるのであるが、政治家にとって再選動機が重要なのは明らかであり、それが実態としてどのように扱われているかを確認することは不可欠である。

また、政治家の側の事情だけに着目するのではなく、政党の側の動機付けにも考察を加える。政党の側が移動議員の受け入れの可否を決定する際には、その政党の選挙事情が許すことが必要になるという前提を本論では置くのであるが、その際の「選挙事情が許す」というのはどういう状態を指すのかという点が明らかにされる。

ここまでで政党移動の理論的モデルが完成するので、続く第6章「自民党離党/復党議員の研究」と第7章「新進党と民主党:2つの最大野党はなぜ異なる運命を辿ったのか」は、それを用いての日本の政界再編過程の分析となる。

まず第6章では、一旦離党した政党に復党するというケースは、諸外国を見渡しても稀であり、なぜそのような行動に出たのかという分析はそれ自体興味深いものである。そこで本論では、同一議員が離党したタイミングと復党したタイミングの「違い」に着目することで、離党や復党を促進させる条件の特定が可能になると考え、復党という現象に分析を加える。また、復党した議員とそのまま他党に残留する道を選んだ議員との違いが生じた理由についても説明する。

そこでは、(1)自民党が与党である時期に自民党を離党した議員のうち、復党するのは特定の政策課題に基づいて離党した議員である、(2)自民党が野党である時期に自民党を離党した議員は、政権追求インセンティヴに基づいて自民党を離党しているため、その多くが自民党の政権復帰に伴って復党する、ということが明らかとなる。

次に第7章について、本論では政権追求、政策追求という2つの目的を見かけ上のものとして分類したため、その実質的な意味合いについてはここまで考慮してこなかった。しかし実際には、見かけ上の「政策追求」の内実には大別して2種類のパターンがあることが分かった。そこで本章では、その2つのパターンとは何であるかを明らかにするため、新進党と民主党という2つの最大野党が、片や3年で解党されるに至り、片や二大勢力の一翼を10年余りに渡って担い続けるという異なった末路を辿った理由について考察する。

ここでのキーワードは政策的許容性と政権獲得期待の二つであり、これらはそれぞれ、見かけ上政策追求インセンティヴを優先して行動していると想定される野党所属議員の中に、文字通りの政策追求の結果野党に所属している純政策追求型のアクターと、近い将来の政権獲得を期待して野党に所属する隠れ政権追求型アクターが存在するということに対応して見出された概念である。純政策追求型アクターをつなぎとめるのが政策的許容性であり、隠れ政権追求アクターをつなぎとめるのが政権獲得期待である。民主党は、新進党とは対照的に、この2つをうまくコントロールしているがために、凝集性を保っていると論じる。

第8章「結論」では、本論の意義についてまとめるとともに、日本の政界再編とは何であったのかということへの答えを示し、今後起こりうる再編の可能性について示唆する。

本論によれば、日本における「政界再編」とは、包括政党でほぼ一貫して政権政党でもある自民党が、政権志向の強い移動議員を積極的に受け入れて政権基盤を確立・強化しようとしたのに対し、最大野党が、一方では選挙に勝つために出来る限り広範な政党移動議員を受け入れようとし、他方それに比例して高まる分裂リスクをいかにして回避するかの模索を続けた歴史であった。

最後に、移動議員の受け入れによって政党のサイズを拡大するという戦略が、与野党双方において支配的となった日本の政界再編過程は、その帰結として政権交代後の政党システムの不安定化をもたらす可能性があることが示される。すなわち、将来の総選挙の結果、自民党が下野すれば、政権追求型の議員の離党が促進されることになりかねず、それは自民党の分裂危機につながる。一方、政権を獲得する民主党にとっても、これまで曖昧にしてきた政策について旗幟を鮮明にすることが求められることが予想され、それは勢力拡大の過程で幅広い政策ウイングの議員を抱え込んできたことから、分裂リスクに直結する。ひとたび落ち着いたかに見える「政界再編」それ自体が、新たな再編につながる不安定性を埋め込んだのであり、その意味において「政界再編」は、未だ終わってはいないのである。

審査要旨 要旨を表示する

「政治家の政党移動と政党政治の変化 -日本における「政界再編」とは何であったか-」は、1993年以降の日本の政党政治の変化を連合理論を応用して解明しようとする。戦後日本の政党政治は、1955年以来38年継続した自民党の一党優位によって、比較政治学的にも数少ない優越政党制の典型例であったが、1993年以降の政党政治の変化は、それにもまして、日本の政党政治を数少ない比較事例とすることになった。安定した民主主義国においては、政党の結党や解党はもとより、合同や分裂も稀である。また政治家(現役議員及び議員候補予定者)の政党間移動の事例もあまり観察されない。1993年の自民党分裂をきっかけに始まった一連の政党の離合集散・政治家の政党移動は、以前の自民党政権の長期継続の安定と全く逆の意味で、日本を比較の事例として興味深いものとした。本論の副題の「政界再編」が人口に膾炙していることからわかるように、この変化は政治学者という専門家の範疇を超え、日本政治の観察者の関心の対象であった。また、「政治は人」という言葉に象徴されるように、政治家間の個人的関係やリーダーの能力等がこの変化をどのように特徴付けているかという観点から関心を持たれてきた。本論文は、こうした「政界再編」を、政治学の理論の中でも実証事例に応用されながらも最も定式化された理論の一つである、政党の「連合理論」で分析しようとした点に特徴を持つ。

第一章では、この論文の理論的意義が簡潔にまとめられている。すなわち、政党の連合理論によって、政治家の政党間移動を分析することは、所属政党を選択するという政治家の個人レベルのインセンティヴに着目する一方で、政党がどの政治家を受け入れるか、ひいては、政党の規模や組織が -分裂・合同・結党・解党という言葉で括られる場合も含めて- 変化していくことを、相互関連した現象として、統一した観点から分析できるのである。また、日本政治分析としての「政界再編」分析の意義を説きつつ、その用語が政治学の概念としては定義が曖昧なことを認めつつも、このような現象を特定する用語がないためあえて用いること、その上で、分析の対象は、政治家の政党間移動と政党側の変化 -分裂・合同・結党・解党- であることを明記している。

第二章では、先行研究を包括的・網羅的にレビューしつつ、それらの限界と本論の分析視角の特徴を対比させ、明示的に論じている。日本の事例を対象にした既存の政党移動研究は、「政界再編」という言葉に象徴されるよう政治家個々人の行動にまで着目しその過程を詳細に記述しつつ論じたものと、統計分析により複雑な政党間移動の傾向をパターン化・法則化したものに分けられる。前者は、個々の政党移動の事例をよく説明しつつも全体としての法則性がわかりにくく、後者は個人レベルの共通のインセンティヴを示しつつも個々の事例の相違を覆い隠してしまう。本論はそれらに対して、連合理論を用いることによって、個々の事例の特徴をなるべく考慮しつつ政党移動の法則性を見いだそうとするところに特徴があることを説得的に論じている。あわせて、「政党」「移動」の定義を行い、1990年2月18日(1993年の自民党分裂以前直近の総選挙日)から2005年9月11日までの分析対象期間を六期に分け分析の準備としている。連合理論の政権追求モデル・政策追求モデルがどのように、政治家の政党間移動に応用できるかも論じられている。すなわち、議員が離党する際には、政党が連合を組む際と同様、政権追求・政策追求の二つをインセンティブとするのである。

第三章では、この政権追求・政策追求のインセンティヴと実際の政党間移動の事例を観察可能な形に対応させた上で、どのような政党からどのような政党(既存政党・新党・無所属・与野党)への移動かによる分類を行い、それらの分類に基づいての政党移動の頻度を各期ごとにまとめ特徴付けを行っている。

第四章では、選挙と選挙の間を一つのサイクルとして、政党間移動が発生するタイミングを分析する。その上で、政党間移動に影響を与えている制度 -選挙制度・政党助成制度など- から、政党移動のタイミングをパターン化し、あわせて、各期ごとに政党移動がどのように起こったかを詳述する。

第五章では、政治家の合理的動機づけを考える際、最も頻繁に前提とされる「再選追求の優位」を連合理論との関連で考察する。政治家にとってその地位を維持するために「再選」が重要であることは言うまでもないが、この点に関して、実際の事例から、政治家が何をもって「再選」が確保されると考え、政権追求・政策追求という連合理論におけるインセンティヴとどう関係するかが分析される。また、政治家を受け入れる側の政党の側の選挙における制約条件 -特に政党の現役議員と移動議員の選挙基盤の兼ね合い- も考察される。

第六章では、第五章までの連合理論に沿った説明を発展させて、今回の事例の政党移動の特徴の一つ -自民党からの離党と自民党への復党- に焦点をあて分析する。政党移動が稀な現象である以上に、一旦離党した政党に復党すると言うことは起こりにくいが、この次期の自民党においては分析に足る十分な事例があった。離党・復党のタイミング、そのパターン、また復党した議員としなかった議員を区別する理由は何かといった観点から分析が行われる。その上で、1)自民党が与党である時期に離党した議員の内、政策的動機づけから離党した者ほど復党している、2)自民党が野党である時期に離党した議員は、政権追求インセンティヴに基づいて離党しているため、政権復帰とともに復党する、といったパターンを確認する。

ここまでは、連合理論の基本的枠組に沿った分析であるが、第七章においては、政権追求と政策追求という連合理論のインセンティヴの二分類自体を形式的なものとして、より実質的な政党移動の動機づけについて再考察する。具体的には、この期において最大野党であった、新進党と民主党に関して、それぞれ解党・存続という対照的な結果となった理由を考察する。本論は、まず、最大野党に属する議員の動機づけを「政策許容性」「政権獲得期待」として区別する。その上で、政策追求インセンティヴに基づいて行動していると見られる野党議員の中にも、政策を優先して野党に所属している、実質的な意味での政策追求型の議員と、実質的には政権追求と考えられる(近い将来の政権獲得を期待して所属している)議員がいることを説得的に議論する。そして、民主党はこの二つの動機づけを区別しつつ均衡を取っているため、新進党と異なり存続に成功した、と論じるのである。

第八章では、観察可能な現象である「政界再編」という観点から、将来の変化へのさらなる分析視座を展開する。

このように、本論は、連合理論への深い理解と綿密なデータ分析により、過去15年にわたる日本の政党政治の変化を分析した、高いレベルを誇る博士論文である。第一に、連合理論を応用しての政党移動分析自体、政治学においても、米国ヴァージニア大学のキャロル・マーション等の国際研究グループによって行われたばかりの学術的な最先端である。連合理論も、自民党長期一党優位の続いた日本政治研究では最近までなじみの薄いものであったし、さらに、それを最近の複雑な現象である政党間移動に応用した本論の貢献は高く評価できる。第二に議員の政党移動の時期・パターンを中心としたデータも網羅的でよく整理されており、この点でも学問的貢献は十分である。第三に「政界再編」として政治学者を超えて衆目を集める現象を分析の厳密さを損なうことなく理解する視座を、新進党の解党・民主党の存続といった具体的な事例を通して提供したことも特筆すべき貢献である。

しかしながら、本論文にも問題点はある。第一に、日本と匹敵する頻度と程度を持つ政党間移動の比較事例が少ないために、この分析がどれだけ他の事例に応用できるか、という一般化の可能性について疑問が残る点である。たとえば、政党移動のタイミングについて、論文提出者は、イタリアと旧ソ連の事例を比較した既存研究を基に、日本の事例の分析枠組を提示しているが、その有効性に関して、事例の少なさから来る制約は否定できない。日本の「政界再編」についての分析が比較可能な事例とまで一般化されるには、その前に比較可能な他の事例が必要である。第二に、連合理論の政権追求・政策追求のインセンティヴの二分法の限界という問題に取り組んでいる一方で、論文提出者の視座もそれから完全に自由ではない。一言で言えば、与党への移動が政権追求で、野党への移動が政策追求と考えた場合は、分析は同語反復に陥りかねない。しかしながら、これら、本論の限界は、現在の政治学の限界でもある。第一点に関しては、比較研究において、比較可能な事例の少なさは、常に分析者の能力を超える制約条件として厳然として存在する。逆に言えば、事例の乏しい問題について、本論のような現在の制約下で厳密な分析を行えば、将来の事例の増加とともに政党移動及びそれに関わる政党の変化に関する理解の増大に貢献することにもなる。第二のインセンティヴの二分法の問題について言えば、実は、これは連合理論自体の限界であり、正面切って取り組まれることも稀な問題でもある。実際、連合理論を応用した既存研究では、政権追求と政策追求というインセンティヴを同時に考察することも稀であり、連合理論の実証事例への応用は、政権追求或いは政策追求モデルのどちらかを選択の上、前提をおいてなされることが大半である。このように考えれば、本論が、このインセンティヴの問題に取組み、日本の事例の下で、他の事例に応用可能な命題の提示に成功したことは高く評価できる。

このような理由で、本審査委員会は、本論文を博士(学術)の学位を授与するのにふさわしいものと認定する。

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