学位論文要旨



No 124266
著者(漢字) 甲斐,幹彦
著者(英字)
著者(カナ) カイ,ミキヒコ
標題(和) 禁漁区を用いたフィードバック管理方式に関する数理的研究
標題(洋)
報告番号 124266
報告番号 甲24266
学位授与日 2009.03.02
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3365号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 水圏生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 白木原,國雄
 東京大学 教授 青木,一郎
 東京大学 准教授 山川,卓
 東京大学 准教授 平松,一彦
 東京大学 准教授 河村,知彦
内容要旨 要旨を表示する

1章緒言

禁漁区は、生息地の保護や生態系機能の維持など生物多様性保全の手段として注目されている。また、水産資源を持続的に利用するための手段、例えば、漁獲対象資源の回復や加入の増加、生活史の特定の段階において重要な生息地保護などの目的で用いられている。禁漁区は、資源動態の情報を必要とする管理に比べて有利な面をもつ。例えば、許容漁獲量(TAC)に基づく管理は、TACの過大推定によって資源を枯渇させるかもしれない。一方、禁漁区は漁獲の影響を受けない場所を設けることにより、移動性の低い定着性資源に対しては、この中の個体を保護することができるので、一定水準の個体数を維持できる。移動性の高い資源に対しては、禁漁区内に留まっている期間中は漁獲から解放されるので、資源状態の改善が期待できる。このため、禁漁区はTACに比べて資源量推定の不確実性に対して頑健であるといえる。TACによる管理は、国や県によって実施される時にはトップダウン型となる。一方、禁漁区は、日本の沿岸漁業で実際に見られるように、漁業者が自主的に実行できる管理である。

本論文はTanaka(1980)のフィードバック管理方式の発想を基礎におく。この方式は、現在の資源量と事前に設定した目標資源量との差を小さくするように漁獲量を調整する。資源量を精度よく観測することは容易ではないが、資源量に関する何かしらの情報が得られれば、その値と目標資源量を比較することによって、現状がどちらの方向にどのくらいずれているかが評価され、現状を少しでも改善するように、漁獲量が決定される。この方法で必ずしも資源量を目標資源量に接近できるとは限らないが、この方法を繰り返すことによって、資源に関する情報が蓄積され、資源量の推定精度が向上することにより、資源量を目標資源量に接近できることが期待される。

本論文では、資源量あるいはその指標の観察値を用いて禁漁区面積フィードバック管理方式 (以降、MPA-FBと呼ぶ)を提案することを第一の目的とした。この方式では、資源量が目標水準を下回れば、資源量を回復させるために禁漁区面積を増やし、逆に上回れば、禁漁区面積を減らす。このように資源変動に応じて禁漁区面積を柔軟に変えることにより、従来普通に行われてきた禁漁区を特定の場所に固定する方法に比べて、より高い管理効果が期待できると考えられる。漁獲量や漁獲努力量の制御をせずに、提案した管理方式のみで管理目標(本研究では原則的に資源量を目標水準に接近させること)が達成可能かどうかを検討することを第二の目的とした。この管理方式を定着性資源へ応用する具体的な方法を提案することを第三の目的とした。

2章資源量観測値を用いたMPA-FBの提案と有効性の検討

本章では、単純な数理モデルを用いて本管理方式を概念的に示した。資源量観測値は既知とみなし、資源量の推定誤差やバイアスはないとみなした。禁漁区面積の制御方式を示すモデル(1)と関数形を特定しない一般的な資源動態モデル(2)からなる系を与え、系の安定性(擾乱があっても系が安定平衡状態を保つことができるか)を検討した。系が目標値付近で安定であればMPA-FBは有効であるとみなした。

(1)

(2)

(S:禁漁区面積、t:年、h:制御定数、N(target):目標資源量、N:資源量観測値、G:資源の成長関数、C:漁獲量)

その結果、目標資源量を最大持続生産量(MSY)を与える資源量以上に設定し、資源量を目標資源量へ緩やかに接近させる(hを小さくする)ことによって、管理目標は達成可能であった。

3章CPUEを用いたMPA-FBの有効性の検討

絶対的な資源量は、いつも分かるとは限らない。漁獲量と漁獲努力量の統計から算出されるCPUEが、資源量に比例する指標として、頻繁に用いられてきた。しかし、CPUEと資源量が常に比例関係であるとは限らない。例えば、資源が減少しても高密度域が残存し、そこに漁獲努力が集中すると、CPUEは低下しない。この場合、CPUEを誤って資源量の指標とみなし、前章で示した管理方式の発想を適用すると(式(1)のNをCPUEに置き換えると)、資源減少を過小評価し、十分な資源回復措置がとれない可能性がある。CPUEを用いたMPA-FBでこれが生じるかどうかに焦点をあて、漁獲努力量による漁獲圧フィードバック制御(Effort-FB)との比較に基づき、以下の3つの視点からMPA-FBの有効性を検討した。(i)CPUEを目標CPUEに到達させることができるかどうか、(ii)枯渇した資源の崩壊を防ぐことができるのか、(iii) MPA-FBはEffort-FBと比べて、何が有利な点で何が不利な点か。

禁漁区内の資源密度の情報は漁獲統計からは得られない。このMPA-FBの不利な点を解消するために、毎年、漁期前に短期間禁漁区を開放し、漁場全域で漁獲を行い、その時に得られたCPUE情報を用いて、MPA-FBを行うとした。

系の安定性解析の結果、CPUEが資源減少を十分に反映しない場合でも、MSYを与える資源量に対応した目標CPUEを設定し、禁漁区面積あるいは漁獲努力量を緩やかに変化させることによって、両管理方式ともにCPUEを目標値に接近できることが示唆された。一方、数値シミュレーションによる検討の結果、資源崩壊を防ぐ効果は概してMPA-FBの方が高かった。資源崩壊防止とトレードオフの関係にある漁獲量増大については、以下の条件でMPA-FBを実施すれば、実現可能であった。それは禁漁区面積を緩やかに変化させることを維持しつつも、管理開始時点で大きな禁漁区面積を設定することであった。この時、資源は速やかに回復し、それに伴い漁獲量も回復した。

上記の漁期前操業で得られたCPUEは、資源量が同じでも、変動するはずである。CPUEの確率変動が資源崩壊に与える影響を調べた。管理開始時点で十分に大きな禁漁区面積を設定すれば、資源崩壊はほとんど生じなかった。

4章 定着性資源へ応用可能な方法の開発

第2章と3章は、MPA-FBの有効性を理論的に示すことに焦点を当てていた。この管理方式を現実の資源にそのまま応用することはできない。例えば、CPUEの年変化に応じて、式(1)のように禁漁区面積を連続的に変化させることは不可能である。漁業者が定着性資源を対象に自主的に実行可能な管理方式として、(i)複数の区画に分けた漁場で漁業者が漁期前操業を行う、(ii)各区画のCPUEに基づき資源密度の高い区画から順に一定数の区画を禁漁区とする、(iii)資源状態の良かった時代のCPUEを目標値に設定する、方法を考案した。これを定式化したのが次式である。

(3)

(m:禁漁区画数(整数)、U(target):目標CPUE、U:CPUE観測値、α:安全係数、Round:小数点一桁での四捨五入)

漁獲努力量や漁獲開始年齢を制御せずに、この方式のみで、 (a)資源量を増加させ、それに伴い現在よりも漁獲量を増加させる、(b)CPUEをCPUE目標値に接近させる、ことが可能かどうか検討した。資源の区画間移動がない年齢構成型資源動態モデルを用いた分析の結果、資源量の回復は十分に期待できることがわかった。ただし、(a)と(b)が可能かどうかは一般的な枠組みで論じることは困難であった。そこで、エゾバフンウニを想定した資源動態モデルと管理方式(3)を用いた数値シミュレーションを行ったところ、肯定的な結果を得た。

5章 総合考察

資源量を目標水準に近づけることは本論文で提案した管理方式により実現可能なことが示唆されたが、枯渇した資源を目標資源量へ回復させるのに概して長い年数がかかることが分かった。資源量が回復するまで全面禁漁にすることにより、この問題点に対処可能であるが、この措置は漁業者にとって受け入れ難いであろう。第4章では禁漁区を用いた加入乱獲防止を目指した。成長乱獲防止に注目すると、本研究の発想を大きく変えずに、さほど時間を要せずに、これに成功すると予想される。不確実性の下での資源管理の重要性が叫ばれる現在、不確実性に頑健な管理手法である禁漁区の一層の活用が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

禁漁区は海洋生物の生息地保護や生物多様性保全のみならず,水産資源を持続的に利用するための手段として注目されている.禁漁区を用いた管理は資源動態の情報を必要とする管理に比べて有利な面をもつ.漁獲可能量(TAC)に基づく管理はTACの過大推定によって資源を枯渇させるかもしれない.一方,移動性の低い定着性資源に対して禁漁区を設けると,この中の個体を保護することができるので,一定水準の個体数を維持できる.移動性の高い資源に対しては,禁漁区内に留まっている期間中は漁獲から解放されるので,資源状態の改善が期待できるかもしれない.禁漁区は,TACに比べて,資源量推定の不確実性に対して頑健である.TACによる管理は,国や県によって実施される時にはトップダウン型となる.一方,禁漁区は,日本の沿岸漁業で実際に見られるように,漁業者が自主的に実行できる管理である.

本論文「禁漁区を用いたフィードバック管理方式に関する数理的研究」は5つの章よりなる.第1章では,緒言として,禁漁区の管理効果に関する包括的なレビューを行った.第2章では,資源量を用いた禁漁区面積フィードバック管理方式として,資源量が事前に設定された目標水準を下回れば,資源量を回復させるために禁漁区面積を増やし,逆に上回れば禁漁区面積を減らす方式を提案した.このように資源変動に応じて禁漁区面積を柔軟に変えることにより,従来普通に行われてきた禁漁区を特定の場所に固定する方法に比べて,より高い管理効果が期待できると考えられる.この方式の有効性に関する数理的検討から,目標資源量を最大持続生産量が得られる資源量以上に設定し,資源量を目標資源量へ緩やかに接近させることによって,管理目標は達成可能であることを示唆した.第3章では,絶対的な資源量はいつも分かるとは限らないことを考慮して,漁獲量と漁獲努力量の統計から算出されるCPUE(単位努力あたり漁獲量)を資源量の指標とし,CPUEを用いた禁漁区面積フィードバック管理方式の有効性を数理的に検討した.注目したのはCPUEと資源量が常に比例関係であるとは限らないことである.資源が減少しても高密度域が残存し,そこに漁獲努力が集中するとCPUEは低下しない.この場合,CPUEを資源量の指標とみなすと,資源減少を過小評価し,十分な資源回復措置がとれない可能性がある.しかし,禁漁区面積を緩やかに変化させつつ管理開始時点で大きな禁漁区面積を設定すれば,管理目標の達成は可能なことを示した.また,漁獲努力量を用いたフィードバック管理方式と較べて,禁漁区を用いる方式は資源絶滅を起こしにくいという利点があることを指摘した.第4章では,禁漁区を用いたフィードバック管理方式の有効性を理論的に示すことに焦点を当てた第2章と第3章と異なり,定着性資源へ応用可能な方法を開発した.漁場全体を事前に複数の区画に分けておき,漁業者が自主的に行う年々の漁期前操業から得た区画別資源密度情報を用いて,高密度域を保護するような禁漁区設定を行うようにした.エゾバフンウニを想定した数値シミュレーションから,枯渇した資源の回復は十分に期待できることを示唆した.第5章では,総合考察として,資源回復に時間がかかるという禁漁区を用いたフィードバック管理方式の問題点に対する対策などについて論じた.

審査委員会は,禁漁区を用いた資源管理に関する新しい方法論が開発されており,オリジナリティーの高い成果が示されていること,全体の構成が良く,学位論文としての十分な仕上がりとなっていること,を高く評価した.禁漁区を用いた管理に関する研究の需要が高まっていることを受けて,今後の研究に対する期待として,従来管理法との組み合わせなどにより禁漁区を用いることのメリットが明確に分かる管理理論を開発してほしい,応用重視の点から資源生物学研究者との共同研究の実施してほしい,これを通じて特定資源の管理に実際に適用可能な方法を提案してほしいなどが寄せられた.

以上のように,本論文を積極的に評価する見解が相次いだ.審査委員会委員は全員一致で本論文が博士(農学)の学位論文として十分に価値あるものと認めた.

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