学位論文要旨



No 124269
著者(漢字) 長野,真
著者(英字)
著者(カナ) ナガノ,マコト
標題(和) 新規細胞接着斑制御分子ZFYVE21に関する研究
標題(洋)
報告番号 124269
報告番号 甲24269
学位授与日 2009.03.04
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3175号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 村上,善則
 東京大学 教授 井上,純一郎
 東京大学 特任教授 渡邊,すみ子
 東京大学 准教授 大海,忍
 東京大学 特任准教授 後藤,典子
内容要旨 要旨を表示する

【背景】

接着細胞は、細胞外基質と接着することによって形態の安定性や運動時の足場を獲得している。これにとどまらず細胞-細胞外基質間接着は、細胞外環境情報を細胞内に、あるいは細胞内環境情報を細胞外へと伝達することで、細胞の分化や分化形質の発現を制御する役割も担う。このような細胞-基質間接着は、主に細胞外基質と、細胞膜に局在する特異的受容体の結合により形成され、代表的な受容体としてインテグリンが知られている。インテグリンは、細胞外領域で細胞外基質と結合する一方で、細胞内領域では、アクチン結合分子と複合体を形成し、細胞外基質とアクチン細胞骨格を連結させる。インテグリンを介した細胞外基質とアクチン骨格系の連結構造は細胞に張力を発生させ、細胞形態を維持する強固な接着構造であり、特に2次元の細胞培養条件下では細胞接着斑(接着斑)として観察される。接着斑形成によって細胞に発生する張力は、特に細胞が移動する際の動力源となることから、接着斑は個体発生時の組織構築や感染部位へのマクロファージの動員、がん細胞の浸潤・転移など、細胞運動が関与する多くの生命現象において重要であると考えられている。細胞体の移動は、極性形成によって運動の方向が定められ、接着斑の形成と分解が細胞運動の方向に沿ってタイミングよく制御されることで遂行される。接着斑はインテグリンの集積により形成され、Rho活性化によって形成されたストレスファイバーがインテグリン細胞内領域に結合しているアクチン結合分子群と連結され、強固な接着構造として安定化される。一方、接着斑分解ではアクチン骨格再編だけではなく、エンドサイトーシスを制御するダイナミン依存的な細胞表層からのインテグリンの取り込みも起こる。このような接着斑ターンオーバーは時空間的に複雑な分子間相互作用により制御され、多くの分子が段階的に関与する現象であるため、統合的理解を得るためにはさらなる研究の進展が必要とされる。本研究では、機能未知タンパク質ZFYVE21(以下ZF21と省略)による細胞-基質間接着制御の解析を行い、その結果、ZF21が細胞接着斑の分解を促進する新たな因子であることを明らかにしたので報告する。

【結果】

ZF21は脊椎動物で保存されており、構造上の特徴としてFYVEドメインを持つことがデータベースに登録されている。ZF21の機能に関する研究はこれまで報告されていない。

本研究ではヒト乳癌由来MDA-MB231、ヒト線維芽肉腫由来HT1080、ヒト子宮頸癌由来HeLa細胞において、ZF21安定ノックダウン(shZF21)細胞および対照(shLacZ)細胞を作製し、細胞接着能を検証した結果、ZF21の安定ノックダウンにより、MDA-MB231で約2.5倍、HT1080で1.6倍、HeLaで1.4倍増強することを見出した。

さらに詳細に検証するため、MDA-MB231のshLacZ細胞およびshZF21細胞に加え、shZF21細胞にZF21-mycを発現させたリバータント(Rev)細胞の細胞外基質に対する接着能を調べた。細胞外基質は、コラーゲンI、フィブロネクチンおよびビトロネクチンを用い、ノックダウン細胞ではいずれの細胞外基質に対しても約2倍接着能が亢進することが明らかとなった。一方Rev細胞はshLacZ細胞とほぼ同程度の接着能を示したことから、ZF21安定ノックダウンで認められた接着能の増強はZF21発現抑制の結果であると考えられ、ZF21はMDA-MB231細胞のインテグリンを介する細胞外基質に対する接着制御に関与していることが示唆された。

インテグリンファミリーの中で、インテグリン-β1はコラーゲンI、フィブロネクチンおよびビトロネクチンのいずれの細胞外基質に対しても受容体として結合することから、ZF21とインテグリン-β1の基質接着の関係について解析した。インテグリン-β1の接着活性を阻害する中和抗体の存在下において、shLacZ 、shZF21およびRev細胞のコラーゲンIに対する接着能を比較した結果、インテグリン-β1中和抗体存在下ではshZF21細胞のコラーゲンIに対する接着能の亢進はキャンセルされ、shLacZおよびRev細胞と同程度の接着能となった。このことから、ZF21はインテグリン-β1を介した細胞接着の制御に関与していることが明らかとなった。

ZF21ノックダウンがインテグリン-β1の発現量および細胞表層量に与える影響をタンパク質レベルで調べた結果、インテグリン-β1の発現量は、shLacZ、shZF21およびRev細胞間で違いが認められなかった。しかしながら、ビオチンで標識し、プルダウンにて回収した細胞表層のインテグリンβ1量が、shZF21細胞ではshLacZ細胞に比べて約2.5倍に増加しており、Rev細胞ではshLacZ細胞とほぼ同程度あった。他の膜タンパク質であるトランスフェリン受容体やMT1-MMPはインテグリン-β1のような顕著な増加は認められなかったことから、ZF21が細胞表層のインテグリン-β1量に特異的な影響を与えていることが示唆された。

現在までに提唱されている細胞表層のインテグリン-β1量の特異的な調節メカニズムは、細胞膜近傍でのsmall GTPase Arf6の活性化によるエンドサイトーシスと接着斑の分解に伴うエンドサイトーシスである。そこで、ZF21がこれら細胞表層のインテグリン-β1量の調節機構に及ぼす影響について解析を行った結果、ZF21はArf6の活性化には影響しない一方で、接着斑の形成と分解の繰り返し(ターンオーバー)に関与することが示唆された。

そこでshLacZ 、shZF21およびRev細胞の接着斑分解能の比較を行った。Ezrattyらの方法に従って微小管重合阻害剤ノコダゾールで細胞を処理して接着斑の分解を抑制し、ノコダゾールを除去して一定時間後の接着斑数、面積を比較した。接着斑は、同部位に局在するFAK-397番目チロシンのリン酸化体(pY-397-FAK)の免疫染色で検出した。その結果、ZF21ノックダウン細胞ではZF21発現細胞と比較して、接着斑数は約2倍、接着斑面積比では約4倍の接着斑分解の遅延が観察された。加えて、接着斑の分解に伴って脱リン酸化が誘導されるpY397-FAK量の比較を行った結果、ZF21ノックダウン細胞ではZF21発現細胞と比較して、ノコダゾールを除去して一定時間後のpY397-FAKの脱リン酸化が抑制されていた。以上から、ZF21が接着斑ターンオーバーにおいて重要な役割を担うことが示唆された。

ZF21が細胞-細胞外基質間の接着に重要な接着斑の分解制御に関与することが明らかとなった。続いて、ZF21-m1Venus および接着斑マーカーとしてmCherry-Zyxinを安定発現したMDA-MB231およびHeLa細胞を作製し、細胞膜近傍の分子を選択的に検出可能な全反射鏡顕微鏡(Total Internal Reflection Fluorescent Microscopy, TIRFM)を用いて、ZF21の接着斑への局在について検証した結果、ZF21は接着斑近傍に集積することが明らかとなった。

接着斑ターンオーバーの低下は細胞運動能の低下の原因となるため、shLacZ 、shZF21およびRev細胞における細胞運動能を比較した。その結果、shZF21細胞ではshLacZ細胞と比較して運動能が約60%低下し、ZF21を発現させたRev細胞ではshLacZ細胞と同程度まで運動能が回復した。以上より、接着斑分解を亢進するZF21は、細胞運動の亢進にも関与することが明らかとなった。

【結論】

本研究によって、機能未知タンパク質ZF21が細胞-基質間の接着制御、細胞運動の制御に関与する分子であることが明らかとなり、その制御メカニズムは、細胞接着斑のターンオーバーの亢進によることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、細胞接着斑の分解に関与する新規分子としてZFYVE21の機能解析を行い、下記の結果を得ている。

1.ZFYVE21を安定ノックダウンしたMDA-MB231細胞では、細胞外基質であるI型コラーゲン、フィブロネクチンおよびビトロネクチンに対する接着性の上昇が認められ、その接着性の上昇は、安定ノックダウン細胞へのZFYVE21の発現により認められなくなったことから、ZFYVE21は細胞-細胞外基質接着を抑制的に調節する分子であることが示された。

2.ZFYVE21を安定ノックダウンしたMDA-MB231細胞では、細胞膜上における接着受容体インテグリン-β1量の増加が認められ、そのインテグリン-β1の細胞膜上における増加は、安定ノックダウン細胞へのZFYVE21の発現により認められなくなったことから、ZFYVE21は細胞膜上のインテグリン-β1量を調節する分子であることが示唆された。

3.ZFYVE21を安定ノックダウンしたMDA-MB231細胞では、細胞接着斑の分解が抑制されていることが明らかとなり、安定ノックダウン細胞へのZFYVE21の発現により細胞接着斑の分解能が回復したことから、ZFYVE21は細胞接着斑の分解を促進することが示された。

4.蛍光タンパク質m1Venusタグで標識したZFYVE21-m1Venusを安定的に発現するMDA-MB231およびHeLa細胞を作製し、全反射鏡顕微鏡を用いてライブイメージングを行って、ZFYVE21が細胞接着斑付近に集積することを見出している。従って、ZFYVE21は細胞接着斑近傍で働くことが示唆された。

5.ZFYVE21を安定ノックダウンしたMDA-MB231細胞では、細胞運動が抑制されていることが明らかとなり、安定ノックダウン細胞へのZFYVE21の発現により細胞運動能が回復したことから、ZFYVE21は細胞運動を促進することが示された。

以上より、本論文は性状不明分子ZFYVE21が細胞接着斑の分解促進に働くことを明らかにし、その働きは、細胞-基質間接着を調節し、さらに細胞運動を促進することを示した。本研究は、分子メカニズムの解析がほとんど進んでいない細胞接着斑の分解制御に関わる新たな分子としてZFYVE21を見出したことから、細胞接着および細胞運動の分子メカニズムの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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