学位論文要旨



No 124272
著者(漢字) 鈴木,麻揚
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,マヨ
標題(和) 高機能広汎性発達障害児のスクリーニング尺度の開発 : 東京小児発達スケジュールおよび東京小児自閉行動尺度を用いて
標題(洋)
報告番号 124272
報告番号 甲24272
学位授与日 2009.03.04
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第3178号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大橋,靖雄
 東京大学 教授 水口,雅
 東京大学 准教授 山崎,喜比古
 東京大学 准教授 上別府,圭子
 東京大学 准教授 中安,信夫
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

広汎性発達障害(PDD)は,相互的な社会的関係能力,コミュニケーション能力など,いくつかの領域の発達において重篤で広汎な障害,または常同的な行動,興味および活動の存在で特徴づけられる障害である。PDDの有病率は,従来は0.3%程度とされていたが,最近PDD,とくに高機能(IQ70以上)例の有病率は,かなりの高値が報告されている。多くの研究にも関わらず,PDDの病因はいまだ不明であり,現在PDDを有する幼児の治療的対応は,保育的・教育的方法を基本とした療育が主体である。PDDを有する子どもは,療育上の対応が困難であり,専門的対応を必要とする。

注意欠陥/多動性障(AD/HD)は,米国では学童において3~7%の有病率が報告されている。AD/HDでは,主要症状である多動・衝動性および不注意以外に,対人関係・社会性の障害などが存在する。一方,PDDでも多動性や不注意症状がみられ,両者は臨床的な類似性を有している。

DSM-IVおよびICD-10では,PDDであればAD/HDとは診断しないとされているが,両者は臨床的な類似性を有している。高機能PDDでは,対人関係障害などが精神遅滞を有するPDDに比べ軽く,また言語表出に障害がないため, AD/HDとの混同が生じうる。

以上ようにPDD児とAD/HD児には類似点がみられ,臨床現場においてはしばしばこの両障害は混同され,鑑別診断が容易ではないと言われている。しかしながらそれぞれの障害に対して有効な治療的対応は異なっており,適切な治療を行うためには,正確な診断が重要である。

PDD把握に関して,専門家による診察に代わるものあるいは診断の補助的な道具として,欧米ではこれまでいくつかの尺度が開発されてきた。これまでのPDD把握に関する尺度の検討をまとめると,次のような課題がある。(1)経験ある臨床家の評価に基づくものが多く,主な養育者の情報に基づく評価尺度については検討が十分でない,(2)自閉傾向,あるいは発達に着目した評価尺度は存在しているが,両者を合わせ,より精度の高い評価尺度の開発はなされていない,(3)評価尺度の多くが,自閉傾向のない精神遅滞児とPDD児を対象に検討がなされており,AD/HD 児を含む高機能の児についての検討がまだなされていない,(4)多くの尺度において,DSM-IVやICD-10の診断基準項目との関連をふまえた診断補助尺度としての意義が確立されていない。

前述したPDDとAD/HDの有病率と,両者に類似点があることを考えると,AD/HD児を含めた高機能の児におけるPDD児の鑑別尺度を作成することは意義のあることである。

そこで本研究では,幼少児の発達全般と自閉行動を評価するために開発された養育者記入式の東京小児発達スケジュール(TCDS)および東京自閉行動尺度(TABS)を用い,高機能のPDD,AD/HDおよびその他の障害の3群間における発達と自閉行動を比較し,高機能の児におけるPDDの鑑別補助尺度を開発すること,およびDSM-IVの診断基準項目との関連をふまえ診断補助尺度としての意義を検討することを目的とした。

方法

対象は,発達障害を有する乳幼児の療育相談機関である某市C地域療育センター受診児から,1:1のIQのマッチングを行い選択した。PDDを有する子ども(PDD群)24人,PDDを有したことのないAD/HDを有する子ども(AD/HD群)24人,およびPDDあるいはAD/HDのいずれも有したことのないその他の診断を受けた子ども(OTHERS群)24人の3群である。

用いた尺度は,小児自閉症評定尺度東京版(CARS-TV),東京小児発達スケジュール(TCDS),東京自閉行動尺度(TABS)である。また知能指数を療育記録より入手した。

TCDS およびTABSの各領域得点および総得点を3群間で一元配置の分散分析により比較した。またTCDSおよびTABS各項目ごとの課題達成人数割合または問題保有人数割合に差がないかχ2検定を行い検討した。

上記の検討をもとに鑑別補助尺度(TCDS/TABS)の項目を検討した。上記の項目間の比較で有意差のみられた項目と後のPDD診断との関連を見出すために,有意差のみられた項目を独立変数,PDD診断(該当 vs. 非該当)を従属変数として変数減少法を用いたロジスティック回帰分析を行った。そしてPDDの診断と関連のみられた項目を用いて鑑別尺度を作成した。

最後に高機能の児におけるTCDS/TABSのPDD児の鑑別尺度としての有用性をReceiver Operating Characteristic Curve(ROC曲線)を用いて検討した。

結果

PDD群,AD/HD群およびOTHERS群の,TCDSの各領域得点および総得点について比較したところ,領域IV(遊び)においてPDD群は,OTHERS群より有意に低い得点を有していた。領域V(社会性)においてはPDD群は,AD/HD群より有意に低い得点を有していた。また各項目ごとの課題達成人数割合に有意差がないか検討したところ,(15)「母や父など大人になったつもりで役割をうけもって遊ぶ」と(17)「友達に自分が経験した事を話す」の2項目に有意差がみられた。(15)の課題達成人数割合は,PDD群が有意に小さく(25.0%),OTHERS群が有意に大きかった(86.4%)。(17)の課題達成人数割合は,PDD群が有意に小さく(33.3%),AD/HD群が有意に大きかった(78.3%)。

PDD群,AD/HD群およびOTHERS群の,TABSの各領域得点および総得点について比較したところ,領域1(対人関係・社会性の問題)と3(くせ・きまりについて)において,PDD群はAD/HD群より有意に高い得点を有していた。領域2(言語・コミュニケーションの問題)と総得点においては,PDD群は,AD/HD群およびOTHERS群より有意に高い得点を有していた。また各項目ごとの問題保有人数割合に有意差がないか検討したところ,(2)「人と視線をあまりあわせない」,(4)「他の子供や大人と交流が乏しく(あるいは無く),一人あそびが多い」,(10)「うれしいとか,悲しいなどの感情の表出が乏しい(みられない)」,(7)「ほしい物などを指さしでなく,手全体でさす」,(8)「バイバイという様に手を振るが,普通と逆に手の甲を相手にむけてふる」,(9)「物の名前は聞けばよく言うが(これ何と聞く時など)そのわりに会話はできない」,(11)「名詞や動詞は使えるが,それ以外の形容詞などはあまり使わない」,(5)「物事をやる順序が決っていて,これが変ると非常にいやがる(騒ぐ)」の8項目に有意差がみられた。これらすべての項目について,PDD群の問題保有人数割合は,他の群に比べ有意に大きかった。

TCDSおよびTABSの有意差のみられた10項目のうち,PDD診断と関連のある項目を見出すために変数減少法を用いたロジスティック回帰分析を行ったところ,3項目が抽出された。すなわちTCDSの(15)「母や父など大人になったつもりで役割をうけもって遊ぶ」,(17)「友達に自分が経験した事を話す」,そしてTABSの(5)「物事をやる順序が決っていて,これが変ると非常にいやがる(騒ぐ)」である。

上記の3項目を,高機能の児におけるPDDスクリーニング尺度(鑑別補助尺度)(TCDS/TABS-3)とした。TCDS/TABS-3は,カットオフを2点とした場合,感度0.75,特異度0.84,陽性的中率0.72,陰性的中率0.86であった。またこの時の全判別率は80.9 %であった。

考察

TCDSおよびTABSにおいて3群間に有意差のみられた10項目のうち,変数減少法を用いたロジスティック回帰分析でPDD診断に関連のみられた項目は3項目であった。またこれら3項目と自閉症の診断基準との対応としては、(15)「母や父など大人になったつもりで役割をうけもって遊ぶ」は,「発達水準に相応した,変化に富んだ自発的なごっこ遊びや社会性を持った物まね遊びの欠如」、また(17)「友達に自分が経験した事を話す」は,「発達の水準に相応した仲間関係をつくることの失敗」および「楽しみ,興味,成し遂げたものを他人と共有することを自発的に求めることの欠如」、(5)「物事をやる順序が決っていて,これが変ると非常にいやがる(騒ぐ)」は,「特定の,機能的でない習慣や儀式にかたくなにこだわるのが明らかである」を反映したものと解釈できた。自閉症の診断項目は大きく(1)対人的相互反応における質的な障害,(2)意思伝達の質的な障害,および(3)行動,興味および活動が限定され,反復的で常同的な様式の3つに分けられている。TCDS/TABS-3は3項目であるが,自閉症の診断基準全体を反映しているものと解釈できる。

感度および特異度を検討したところ,TCDS/TABS-3においては,2点がカットオフ値として考えられた。この場合の全判別率は80.9%であり,専門家の診断前に使用する診断補助尺度として一定の有用性があると思われる。

TCDS/TABS-3を構成する2項目はTCDSの項目であり,両課題とも達成には発達年齢が大きく関係する。そのためTCDS/TABS-3は発達年齢4才以上,IQ70以上の対象児に限定して使われるべきであろう。また項目数が3と簡便である一方,感度が0.75とやや低い。このような課題は残されているが,発達障害児の療育においてはPDDの有無の把握は重要である。限界はわきまえて用いられるべきであるが,養育者記入式のTCDS/TABS-3は,高機能の児におけるPDD児の鑑別に適切な情報を提供し得る臨床的有用性をもつ尺度と思われる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は,高機能(IQ≧70)の児における広汎性発達障害(PDD)の鑑別補助尺度を開発したものである。幼少児の発達全般と自閉行動を評価するために開発された養育者記入式の東京小児発達スケジュール(TCDS)および東京自閉行動尺度(TABS)を用い,高機能のPDD,注意欠陥/多動性障害(AD/HD)およびその他の障害の3群間における発達と自閉行動を比較し,高機能の児におけるPDDの鑑別補助尺度を開発した。さらにDSM-IVの診断基準項目との関連をふまえ診断補助尺度としての意義を検討した。

本研究では,発達障害を有する乳幼児の療育相談機関である某市C地域療育センター受診児から,1:1のIQのマッチングを行い,PDDを有する子ども(PDD群)24人,PDDを有したことのないAD/HDを有する子ども(AD/HD群)24人,およびPDDあるいはAD/HDのいずれも有したことのないその他の診断を受けた子ども(OTHERS群)24人の3群について検討した。用いた養育者記入式の尺度は,東京小児発達スケジュール(TCDS),東京自閉行動尺度(TABS)である。

まず3群間において,TCDSおよびTABS各項目ごとの課題達成人数割合または問題保有人数割合に差がないかχ2検定を行い検討した。次に有意差のみられた項目と後のPDD診断との関連を見出すために,有意差のみられた項目を独立変数,PDD診断(該当 vs. 非該当)を従属変数として変数減少法を用いたロジスティック回帰分析を行った。PDDの診断と関連のみられた項目のみを用いて鑑別尺度を作成し,高機能の児におけるPDD児の鑑別尺度としての有用性をReceiver Operating Characteristic Curve(ROC曲線)を用いて検討した。最後に作成した鑑別尺度とDSM-IVの診断基準項目との関連を検討した。

主要な結果は下記の通りである。

1.PDD群,AD/HD群およびOTHERS群の3群間において,TCDSの各項目の課題達成人数割合に有意差がないか検討したところ,(15)「母や父など大人になったつもりで役割をうけもって遊ぶ」と(17)「友達に自分が経験した事を話す」の2項目に有意差がみられた。(15)の課題達成人数割合は,PDD群が有意に小さく(25.0%),OTHERS群が有意に大きかった(86.4%)。(17)の課題達成人数割合は,PDD群が有意に小さく(33.3%),AD/HD群が有意に大きかった(78.3%)。

2.PDD群,AD/HD群およびOTHERS群の3群間において,TABSの各項目ごとの問題保有人数割合に有意差がないか検討したところ,(2)「人と視線をあまりあわせない」,(4)「他の子供や大人と交流が乏しく(あるいは無く),一人あそびが多い」,(10)「うれしいとか,悲しいなどの感情の表出が乏しい(みられない)」,(7)「ほしい物などを指さしでなく,手全体でさす」,(8)「バイバイという様に手を振るが,普通と逆に手の甲を相手にむけてふる」,(9)「物の名前は聞けばよく言うが(これ何と聞く時など)そのわりに会話はできない」,(11)「名詞や動詞は使えるが,それ以外の形容詞などはあまり使わない」,(5)「物事をやる順序が決っていて,これが変ると非常にいやがる(騒ぐ)」の8項目に有意差がみられた。これらすべての項目について,PDD群の問題保有人数割合は,他の群に比べ有意に大きかった。

3.TCDSおよびTABSの有意差のみられた10項目のうち,PDD診断と関連のある項目を見出すために変数減少法を用いたロジスティック回帰分析を行ったところ,次の3項目が抽出された。TCDS(15)「母や父など大人になったつもりで役割をうけもって遊ぶ」,TCDS(17)「友達に自分が経験した事を話す」,TABS(5)「物事をやる順序が決っていて,これが変ると非常にいやがる(騒ぐ)」。

4.上記の3項目を,高機能の児におけるPDDスクリーニング尺度(鑑別補助尺度)(TCDS/TABS-3)とした。TCDS/TABS-3は,カットオフを2点とした場合,感度0.75,特異度0.84,陽性的中率0.72,陰性的中率0.86であった。またこの時の全判別率は80.9 %であった。

5.DSM-IVの自閉症の診断項目は大きく(1)対人的相互反応における質的な障害,(2)意思伝達の質的な障害,および(3)行動,興味および活動が限定され,反復的で常同的な様式の3つに分けられている。TCDS/TABS-3の項目である(15)「母や父など大人になったつもりで役割をうけもって遊ぶ」は,「意思伝達の質的な障害」,また(17)「友達に自分が経験した事を話す」は,「対人的相互反応における質的な障害」,(5)「物事をやる順序が決っていて,これが変ると非常にいやがる(騒ぐ)」は,「行動,興味および活動が限定され,反復的で常同的な様式」を反映したものと解釈できた。TCDS/TABS-3は3項目であるが,自閉症の診断基準全体を反映しているものと解釈できた。

以上,本論文は,高機能の児におけるPDDの鑑別補助尺度を開発している論文であるが,養育者記入式の発達全般(TCDS)と自閉行動(TABS)を評価する2尺度をもとに検討した点,およびIQをマッチングしたPDD群,AD/HD群そしてOTHERS群を対象として検討した点で独創的である。また開発した鑑別補助尺度をDSM-IVの診断基準項目との関連をふまえ,診断補助尺度としての意義を検討したことは,高機能の児におけるPDD児の鑑別診断に適切な情報を提供し得るという点で,臨床的有用性をも兼ね備えており,学位の授与に値するものと考えられた。

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