学位論文要旨



No 124282
著者(漢字) 砂原,庸介
著者(英字)
著者(カナ) スナハラ,ヨウスケ
標題(和) 地方政府の選択と制度的制約 : 分権時代における地方政治の実証分析
標題(洋)
報告番号 124282
報告番号 甲24282
学位授与日 2009.03.06
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第859号
研究科 総合文化研究科
専攻 国際社会科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,泰
 東京大学 准教授 佐藤,俊樹
 東京大学 准教授 内山,融
 東京大学 教授 加藤,淳子
 神戸大学 准教授 曽我,謙悟
内容要旨 要旨を表示する

本論文は,地方分権改革の進展する1990年代以降の都道府県レベルの地方政府を主要な対象として,厳しい財政資源の制約のもとでの地方政府の政策選択が,首長と地方議会の部門間対立を軸とした政治的競争によって規定されることを,実証分析を通じて明らかにしたものである。

地方分権改革が進展する中で,中央政府の集権制に対する強い批判から,地方政府に権限を移譲することは望ましい帰結をもたらすものとして先験的に前提とされやすい。しかし地方政府には,首長や地方議員という地域住民を代表する政治的なアクターが存在し,彼/彼女らが自らの利益に基づいて戦略的に行動する可能性を重視する必要がある。首長と地方議員は,与えられた権限の範囲内において,自らを選出する選挙において有権者である地域住民の支持を獲得することを目的として政策への選好を形成し,公式・非公式の制度(=「ゲームのルール」)の制約のもとで意思決定を行う。このような意思決定は,必ずしも合理的・客観的に望ましいものではなく,あくまでも二元代表として選出される政治的なアクターが選挙において自らへの支持を調達するために重要だと考える政策の実現を目指す政治的競争の帰結であると考えられる。

本論文では,1990年代以降の地方政府を取り巻く環境を整理したうえで,中央の政治とは切り離されつつある首長と地方議会の部門間対立を軸とした政治的競争に注目して,地方政府の政策選択を分析していく。分析においては,「ゲームのルール」から導かれる地方政府における政治的なアクターの選好とその相互作用に関する理論的な説明を行った上で,アクターの戦略的な行動と地方政府の政策という帰結を関連付けた仮説を構築し,主に計量的な手法を用いた分析によってそれを検証していくというスタイルをとる。実証分析を通じて地方政府における二元代表が「ゲームのルール」のもとで戦略的に行動することで政策選択が行われていることを示すことで,1990年代以降の地方政治が,首長と地方議会による「現状維持点」をめぐる政治的競争によって規定されていることを明らかにしていく。

論文の構成,ならびに各章における議論は以下のとおりである。

第1章では,歴史的な経緯を踏まえつつ,主要な分析対象である1990年代以降の時期における地方政府をめぐる特有の文脈を明らかにする。厳しい財政資源の制約のもとで既存事業の廃止・縮減を含めた歳出についての選択を迫られることになることが,1990年代以降の地方政府にとって最も重要な課題になると位置づけて,この時期における政策の選択が「現状維持点」からの変化として問題化されるという,本論文の基本的な姿勢を議論する。さらに,地方分権改革の進展と地方政治の対立構造の変化という1990年代における地方政府を取り巻く外在的な環境変化を受けて,地方政府の政策選択において,中央政府レベルの政治的競争とは異なる次元での地方政府レベルの政治的競争が前景化しつつある過程について論じている。

第2章では,本論文の実証分析を行うための理論的枠組みを議論する。その理論的な枠組みは,地域住民と代表の「委任」という関係性を軸としながら,地域住民から異なる選挙によって委任が行われる首長と地方議会の間で達成すべき「公益」に関する理解が異なる可能性があることに注目するものである。「公益」の理解について,二元代表を選出する選挙制度からは,首長は選挙に勝利するために地域住民の組織化されない利益を強調しうるのに対して,地方議会の構成員である議員は,領域内に偏在する組織化された個別的利益を重視する傾向を持つと考えられる。全ての政治的なアクターにとって合意可能な単一の「公益」が必ずしも定義できない中で,地方政府の政策選択は「現状維持点」からの変化として捉えられ,異なる選挙制度を通じて地域住民から委任を受ける二元代表は,それぞれの観点から好ましい政策選択を実現するために政治的競争を行うことが想定される。

このように地域住民から二元代表への異なる選挙制度を通じた委任を踏まえ,本論文で提示する地方政府の政策選択のメカニズムは,首長と地方議会の部門間対立を軸として,「ゲームのルール」による制約を考慮したものとなる。ある歳出を行うために他の歳出を犠牲にするゼロ・サム状況になりつつある1990 年代以降の地方政府において,組織化された個別的利益を重視しながら決定を積み重ねてきた地方議会にとっては,既存事業の廃止・縮減が進められることになる「現状維持点」からの変化は望ましくない。それに対して首長は,予算提案権などアジェンダ設定に関わる強い権限をもち,組織化されない利益を志向して「現状維持点」からの変化を進めようとする。このような「現状維持点」をめぐる首長と地方議会の政治的競争が地方政府の政策選択の主要な対立軸になる。加えて,変化を起こす首長のアジェンダ設定にかけられる制約として,地方議員との間の「選挙における支持」の関係と,以前の決定に制約される「決定の一貫性」を考慮し,これらに制約される首長が相対的に「現状維持点」に近い政策を選好することを予想している。

実証分析では,都道府県レベルの地方政府を対象に,「現状維持点」からの変化に影響を与える要因を分析することで,地方政府における政策選択のメカニズムの検証を進めていく。まず第3章は,都道府県の決算統計を用いて本論文の説明を最も一般的なかたちで検証することを目的とするものである。この章における検証は二つの部分に分かれており,はじめに検証するのは,知事や地方議会の党派性が地方政府の政策選択に影響を与えるとする「党派性モデル」の妥当性である。この「党派性モデル」の妥当性の検証からは,保守勢力と革新勢力の対立を中心とした中央-地方に貫徹する政治的競争によって地方政府の政策選択を説明することの限界が示される。次に,都道府県の決算統計から各費目の多元的な変化に注目して「現状維持点」からの変化の大きさを指数化し,その変化について,アジェンダ設定を行う知事と,その提案に対する直接的・間接的な制約となる地方議会の関係によって説明する「相互作用モデル」の妥当性を検証した。この検証からは,財政資源の制約が厳しい1990年代において「現状維持点」からの変化の大きさを説明する要因として,在任年数や副知事経験という知事の決定の一貫性に関わる要因が効果を持つとともに,知事と地方議会の関係が重要な意味を持つことが示された。すなわち,地方議員が選挙における支持を通じて知事の選好に影響を与えることで,「現状維持点」からの変化に対する間接的な制約になるとともに,一定の水準まで反対勢力が大きくなれば,地方議会が議決権を梃子とした直接的な制約として機能するという傾向が観察されるのである。

第4章以降の実証分析においては,1990年代以降に知事が志向してきた最も重要な組織化されない利益と考えられる財政再建に注目して,都道府県の政策選択について分析を行う。まず第4章では,1990年代後半から2000年代にかけて,多くの地方政府で行われたダム事業の廃止という政策選択について検討する。地方政府は財政資源の制約によって,既存事業として積み上げられてきたダム事業を存続すべきか,組織化されない利益である財政再建の観点から廃止するべきかという困難な政策選択を迫られる。この章では,計量的な手法を用いた共時的な分析を行うことを通じて,政権交代を起こして以前の決定に制約されない知事が「現状維持点」からの変化としてのダム事業の廃止を導きやすいとともに,地方議会がダム事業の廃止への直接的な制約となることを明らかにした。

続く第5章では,1980年代から本格化した東京都の臨海副都心開発についての記述的な手法を用いた通時的分析を行い,二度にわたって中止の契機を持ったこの事業について,どのような要因で中止が提起され,またどのような要因で実際に存続が決定されたかを検討している。臨海副都心開発のような大規模な事業は地方政府の政策として必ずしも一般性を持つわけではないが,事業の規模が非常に大きいことで複数回にわたって見直しの契機を持ったために,時期に応じて事業に対するアクターの意味づけが変わることを観察することができる。この章の分析においても,第4章と同様に,政権交代を経た知事と大規模事業の廃止という関係が明確に示されており,以前の決定に制約されることのない知事が「現状維持点」からの変化を発生させるという本論文の予想が検証されている。

実証分析の最後となる第6章では,地方分権一括法施行後の新税の導入の分析を行うことで,以前の決定に制約されない新規の政策選択による「現状維持点」からの変化を検証する。この章では,分権一括法施行後に地方政府において最も広く導入されている産業廃棄物税と森林税という二つの新税を分析の対象として計量的な手法を中心とした分析を行い,必ずしも地方議会が「現状維持点」からの変化に反対するゼロ・サム・ゲームではなく,以前の決定に制約されない各地方政府の知事と地方議会の政治的競争によって政策選択が行われるとことを示している。特に,森林税の分析では,自民党という地域の組織化された利益を重視すると考えられる政党の選好が森林税の導入において重要な意味を持つことが示された。

終章では,実証分析で得られた知見を確認しながら,本論文の含意を示した。実証分析によれば,都道府県レベルの地方政府において,知事の権限が極めて強く,「ゲームのルール」による制約が少ない知事によって大規模な事業が廃止されるなど「現状維持点」からの大きな変化が起きうる。この点を踏まえ,組織化されない利益を志向し「現状維持点」からの変化を大きくする傾向を持つような知事と,組織化された個別的利益を重視し「現状維持点」を志向する地方議会が,ともに有権者である地域住民からの委任を受けた二元代表として並存しうる日本の地方政府における,地域住民による民主的なコントロールについて考察し,今後の研究における課題を示して論文を閉じる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、1990 年代以降の日本の地方政治の政策選択がどのような特色をもち、どのように変化してきたかを、主に首長と議会という二元代表制の機能に注目して分析し、地方自治の制度的制約が政策選択にどのように働くかを、豊富な量的・質的データを用いて明らかにした研究である。

1993 年頃から顕著になった「分権の流れ」の下、日本の地方制度は大きな転換点を迎え、地方政府のあり方についての注目が高まった。2000 年(平成12 年)には、いわゆる「地方分権一括法」の施行により、機関委任事務の廃止と事務の再配分、国等からの関与等のルール化などが進んだが、地方政府の財政は90 年代初頭から逼迫の度合いを強めており、厳しい制約下にある。本論文は、この拡大した権限と限定された資源という状況下で、首長と議員という「民意」を代表する地方政府の二つのアクター間の部門間競争がどのような政策選択を生み出してきたかを、都道府県の財政や事業の計量分析などを通して、実証的に分析したものである。

90 年代以降の日本の地方政治は、中央(国)とは異なり、保守-革新の対立軸が薄まり、民主党系や「無党派」の首長の政策選好が自明でなくなった。そこには中央レベルの保革の政党間対立とは異なる政治的競争が出現しており、この新たに出現した地方特有の動向の内実を解き明かすことが必要である。

二元代表制は日本の地方政府の基本的な制度的特性といえるが、一方のアクターである首長は、地方政府の行政地域全域を一選挙区とする選挙で一名が当選するため、特定の地域や業種の利益よりも、組織化されない幅広い利益を志向する傾向にある。それに対して、都道府県議会の議員の多くは、領域を分割された中選挙区制で選出され、一選挙区で複数名が当選するために、特定の支援集団の組織化された個別的利益を志向しやすい、という構造的な差違がある。

本論文は、この、異なった民意の集計によって選出される二つの代表者が地域住民の支持の獲得という同一の目標を目指して戦略的に行動する場合に生じる「ねじれ」に注目する。代表者として選出される仕組みの差異ゆえに、両者の間にはつねに対抗と協調の力学が働き続ける。その相互作用が権限の拡大、財政の逼迫、保革の政党間対立の希薄化といった地方政府を取り囲む環境の変化のなかで、どのようなアウトカム、すなわち地方政治の政策選択をその効果として発現させたのか。この点を解明することが本論文の主な課題である。

論文本体は六つの章と終章から構成されている。

第一章「1990 年代以降の地方政治」では、90 年代以降の地方政府の政策選択に影響を与えた地方政治の特徴として、分権改革の進展と財政資源の制約を背景に、従来の対立構造が大きく変化したことが指摘されている。首長においては、社会党が自民党に対抗する候補を擁立できなくなって「相乗り」が進展する一方で、相乗り自体に対立する「無党派」候補がしばしば出現し、新進党や民主党といった新たな国政野党から候補者が擁立される動きも進んだ。それに対して、議会においては自民党が圧倒的な優位を占めたままであり、首長選出の動向との間に著しい「ねじれ」が生じた。これによって地方レベルでの新たな政治的競争が発現したと考えられる。

第二章「本論文の理論的枠組み」では、実証分析のための理論的枠組みが検討される。分析フレームを整理した上で、それにもとづくデータ分析の進め方が提示される。

まず分析フレームについては、二元代表制が異なった民意の集約を行うために、二元代表間の「目的の分立」が生じ、「民意」「公益」の定義自体が政治的論争の中心になりうることが指摘されている。首長と議会の権限は非対称的であり、首長の政策選択がなければ、議員は選挙民に対する約束を実現できない。首長がこのように強い決定力を有することは、首長の交代が政策選択に重い意味をもつことを含意する。

首長がいったん決めたことはなかなか変えられないが、その交代は大きな政策転換のチャンスとなる。首長は(国とは違って)小選挙区制度で一人が選ばれるために、交代が比較的容易だからである。一方、議会は中選挙区制で選出され、大きな勢力配置の変化が生じにくい。そのため、以前に行われた政策決定の存続を求める傾向が強い。首長の交代はそうした現状維持的な資源配分を大きく変更する契機ともなる。特に財政が厳しく制約された状況では、既存事業の廃止や縮減など資源配分の変更が不可避となるために、「現状維持点」からの変化をめぐって部門間の競争が生じると考えられる。そこから、地方政府の政策選択を現状維持からの変化としてとらえる視座が要請されてくる。

第三章「財政データによる政策選択の検証」は、本論文の実証分析の最も一般的な部分である。政策選択の形態の変化を示す指標として都道府県の決算統計に注目して、その変動のあり方と、知事の党派色や経歴、知事選での支持政党や得票率、議会の構成など、政策選択に関わるとされてきた政治的特性との関連を検証する。

政党間のイデオロギー対立を想定した個々の支出項目の額の変動に対して、90 年代以前では、政治的特性の各変数が有意な影響を示すが、90 年代以降では有意な影響は見られない。一方、主要な7 つの歳出費目を総合した現状維持点からの変動(7 次元空間上での前年度との距離)に対しては、90 年以前は政治的特性と有意な関連性がなく、90 年代以降は知事の経歴と議会との関係性が有意に関連する。これらの分析結果は、90 年代以降の政策選択が、政党間のイデオロギー対立という党派性モデルではなく、知事の政策の一貫性や議会との関係によって現状維持から変化がおきるという、相互作用モデルでとらえられることを示しており、第二章で提起した理論的な枠組みを量的データから裏づけることになっている。

つづく第四章と第五章では、90 年代以降に地方政府の裁量が大きくなったと考えられる資本支出関連の事業について、個々の事業の廃止・縮小という政策選択が行われる要因を分析している。

まず、第四章「事業廃止の政治過程」では、90 年代後半から2000 年代にかけて多くの自治体でみられたダム事業の廃止をとりあげる。財政制約が厳しくなったこの時期、多額の費用を要するダム事業は、既存事業として継続すべきか、それとも組織化されない利益である財政再建の観点から廃止されるべきかが問われた。その点をふまえて、ダムが建設される上流地域に利益をもたらす(雇用創出)という認識の広まりも考慮しつつ、ダム事業では「実施を決定したときと異なる支持基盤をもつ新しい知事によって廃止されやすい」「知事を支持しない勢力が議会に多いほど存続しやすい」という仮説を立てた。その上で、『ダム年鑑』に記載の県営ダム事業(314 ケース)の年度ごとの存続/廃止を被説明変数、第三章で述べた各都道府県の政治的特性などを説明変数とする、生存時間分析の離散時間ロジットモデル(ロジスティック回帰分析)で、仮説を検証した。

さらに、結論の頑健性を確認するために、特殊な時期的要因が働いたと考えられる2000 年度だけのデータでも同じ手法で検証してみたが、どちらのデータでも上の二つの仮説が妥当性をもつという結果がえられた。

第五章「巨大事業の継続と見直しにみる知事」では、1980 年代から本格化した東京都の臨海副都心開発の変遷を取り上げ、行政機関の広報資料や関係者への取材の刊行物などを用いて通時的分析を行っている。まず、二度にわたって中止の契機をもったこの事業について、どのような要因で中止が提起され、どのような要因で存続が決定されたか、その経緯を記述的に検討し、「開発計画が計画の途中で、なぜ大規模化したのか」「見直しの機会が二度もあったにもかかわらず、なぜ抜本的に見直されず実施されたのか」という観点から考察した。その結果、大規模事業を提案し計画を策定する知事のアジェンダ設定力が強い(議会の設定力は弱い)こと、同じ知事の下では一度決まった計画の変更はきわめて難しいという「現状維持バイアス」が見られること、知事の交代によって現状維持点からの変更が試みられたが議会側が抵抗したことなど、二元代表制下でのアクターに特徴的な振る舞いが観察され、第四章の計量分析を質的データで補完する内容になっている。

第六章「地方政府における新税導入と政治」では、増税によって歳入を拡大する政策選択が分析されている。2000 年の地方分権一括法の施行によって、地方政府に目的税的に増税を行う権限が付与されて、新たな政策選択肢が浮上した。本論文では産業廃棄物税(法定目的税)と森林税(個人住民税超過課税)の導入をとりあげ、この二つの税では費用負担者と受益者の分布が対照的であることに着目して、二つの仮説を立てて、首長と議会の相互作用を検証した。

仮説の一つは「幅広い利益を志向する知事は、費用負担者が限定されており、受益者の範囲が広い産廃税を志向する傾向にあるが、個別利益を志向する傾向が強い議会(特に自民党が強い議会)はこれに反対しやすい」、もう一つは「費用負担者が広い範囲にわたるが受益者が限定される森林税は、議会の自民党は支持する傾向にあるが、知事は、自民党の支持があるか再選の見込みが強くなければ、これを選好しない」である。その上で、各都道府県の政治的特性を説明変数として、各都道府県におけるそれぞれの税の導入までの時間を被説明変数とするCox 回帰モデルと、年度(半年)ごとの導入/非導入を被説明変数とする離散時間ロジットモデルの双方で、各説明変数の実際の影響のあり方を調べた。その結果、産廃税に関しては議会での自民党議員の割合が有意でない、知事が自民党の支持を得ているかどうかも有意でないなど、一部留保すべき点もあるものの、二つの仮説がどちらのモデルでも妥当性をもつことが示された。

終章では、各章で得られた知見を整理しながら、地方分権改革が進む中で生じる地方政治の固有な様相について総論的に概括している。

以上述べてきたように、本論文は曽我・待鳥(2007 )らに代表される近年のすぐれた実証研究を踏まえた上で、一貫した理論的な枠組みと多数の事例を用いた計量分析を駆使して、現代日本の地方政治における二元代表制の下での政策選択の様相に新たな光を与えており、きわめて質の高い学問的寄与になっている。

地方政府に権限を委譲することは、民意を政策選択に反映しやすくし、望ましい帰結をもたらすと考えられがちだが、実際の民意と政策選択の間には、二元代表制の制度特性やさまざまな環境要因がからんだ複雑なメカニズムが横たわっている。地方政治の現状分析のみならず、今後の「よい(地方)政府」「よきガバナンス」を構想する上でも、このメカニズムを解明する意義は大きい。その点で、本論文でなされたスケールの大きい実証分析は高く評価される。

特に、二元代表制下での首長と議会の部門間政治競争という理論的着想を、個々の政策イシューの特性を考慮しながら、検証可能な具体的な仮説の形で展開したこと、計量分析においては複数のモデルによる分析を並行して行う、複数の種類のデータで検証するなどの作業を通じて結論の頑健性を確保したこと、また単一のモデルの内部でも複数の説明変数の組合せの取捨選択によって、最終的に妥当と考えられる結論を慎重に絞り込んでいることなどは評価に値する。制度論的考察と統計的な計量分析をより高い水準で結び付けたものとして、今後の地方政治の研究だけでなく、相関社会科学の業績として一つの道標になりうるものである。さらに都道府県の決算書、都道府県議会の議決、各種年鑑などの資料をきめ細かく読み説き、第三者による検証やさらなる分析にも使えるデータベースを作成した点も意義深い。

他方で、残された課題もある。「現状維持(点)」「アジェンダ設定」「アクター」などの鍵となる概念の内容にまだ完全には考え詰められていない箇所がある。部門間制度競争の議論では、首長と議員の相互作用のより具体的な形態(選挙における支持の調達、議会対策など)にはまだ十分に明らかにしたとは言えない面もある。丁寧な計量分析がなされているだけに、得られた結果を「なぜこのような結果が現われるのか」という問題意識からもう一段深く解釈することで、さらに豊かな考察につなげられたであろう点も惜しまれる。ただし、これらはあくまでも部分的な問題点に留まっており、本論文の学術的な成果を損なうものでは全くない。

したがって、本審査委員会は、本論文を博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認める。

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