学位論文要旨



No 124289
著者(漢字) 黒野,泰隆
著者(英字)
著者(カナ) クロノ,ヤスタカ
標題(和) 単一型電波望遠鏡と電波干渉計のデータ結合手法による星形成コア構造の解明
標題(洋) Unveiling the Structures of Star-Forming Cores using a Combining Technique of Single-Dish and Interferometer Data
報告番号 124289
報告番号 甲24289
学位授与日 2009.03.06
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5280号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 河野,孝太郎
 東京大学 教授 尾中,敬
 東京大学 教授 海老沢,研
 茨城大学 准教授 百瀬,宗武
 国立天文台 教授 近田,義広
内容要旨 要旨を表示する

現在我々が描いている低質量星(太陽と同程度の質量をもつ恒星)の形成過程によると、星形成の現場である星間分子雲中でほぼ等温(典型的に10K程度)に保たれた高密度(~10(4)-10(5)cm(-3))の、およそ10,000AU(天文単位)サイズの分子雲コアが形成し、それが重力不安定性から収縮、中心星を形成する。その際に、原始星の周りには数千AUサイズのエンベロープと呼ばれる動的に収縮する高密度の構造とおよそ100AUサイズの原始惑星系円盤を形成する。ここ数十年のミリ波サブミリ波天文学による観測と数値計算等を用いた理論的な研究の両者はこの様な低質量星形成過程を明らかにしてきた。しかしその詳細な物理過程は現在も完全には解明されていない。その大きな一つとして、星形成の初期条件となる分子雲コアの重力収縮過程がある。低質量星形成に関して理論的には、球対称の等温ガス球の収縮に大きく二つの理論モデルが存在する。ひとつは、シュー(Shu)によって提案された自己相似解で、分子雲コアはゆっくりと準静的にその中心密度を上げていき、特異等温球(singular isothermal sphere)と呼ばれる密度プロファイルへと進化、そこで中心に原始星を形成する。一方、ラーソン・ペンストン(Larson-Penston)とハンター(Hunter)による拡張解では、コアの密度はShuのそれより4.4倍高く、初期に音速の3.3倍の落下速度をもつ。シュー解では初期に静的だったコアの中心から、動的に収縮する領域が外側へ広がっていくため、インサイド・アウト(inside-out)解と、またその初期から動的な収縮であるラーソン・ペンストン解を暴走的収縮解(runaway collapse)と呼ばれることがある。どちらの解が実際の星形成に近いのかは現在もはっきりとした決着はついておらず、また、近年の観測的研究ではその中間的な収縮過程を示す結果が得られている。これら理論への制限には、密度構造と速度構造について半径依存性とその絶対値の詳細な比較が重要となる。しかし、(柱)密度の半径依存性は等温収縮解の共通の特徴であり、密度の絶対値の導出が困難な光赤外観測では理論の切り分けが困難である。速度情報の明らかにできる電波(ミリ波サブミリ波)観測でも、空間分解能の制限から詳細な速度構造を明らかにすることが難しい。我々の目的は、新しい観測・データ解析手法とともに分子雲コアの重力収縮過程に新たな知見を得て、最終的には低質量星形成を理解することである。

電波観測ではその目的に応じて単一型電波望遠鏡(単一鏡)と電波干渉計の二種類が使い分けられる。一般に、単一鏡は空間分解能に制限されるが広域のマッピング観測に大きな威力を発揮する一方、干渉計は高い空間分解能を達成できるが、その原理的な制限から広がった天体の構造を再現できないという特徴をもつ。(u,v)領域(空間周波数領域;天球面座標のフーリエドメイン)で両者の観測を比較すると、単一鏡の口径が干渉計観測の最小基線長よりも大きければ、その観測のカバーする(u,v)領域は干渉計の取得できない領域を補うことができる。この考えに基づいて、単一鏡観測と干渉計観測の両者のデータを結合することで、高空間分解能でかつ広がった天体の構造にも感度をもつ電波イメージを得ることができる(データ結合手法)。過去、この手法が試みられた例はいくつかあり、我々の目的には最も適したアプローチである。しかし、この手法は原理的には理解しやすいが、現実的には深い理解が不足していたため、信頼得る結合イメージを得られているか曖昧であった。

そこで我々は、このデータ結合手法の詳細な検証から始めた。複雑に絡んだ問題点を切り分けるため、実際の観測データではなくイメージング・シミュレーションを行い、また可能な限り解析的な裏付けからその正当性を確認した。その結果、重要となる次のような知見を得た:(1)単一鏡と干渉計データを結合する際、その相対的な重み付けには最適なバランスがあり、それより離れると天体構造の再現性と正確な輻射強度の見積もりに大きな誤差を生じる。その最適な重みとは、結合結果の合成ビームからCLEANビーム(合成ビームを2次元ガウシアン関数でフィッティングした結果)を差し引いた残差の平均がゼロになるときである。これはどのような(u,v)サンプリング分布でも一般的に成り立つことを示唆する結果も得ている。(2)単一鏡観測に起因する誤差(ポインティング・エラーやビームパターンの理想的なガウシアンからの相違など非熱的なものも含む)はデータ結合の際にデコンボリューション(観測特有の応答関数の影響を補正する操作)の影響のため高い空間周波数ほど大きなノイズとなり、結果に大きな誤差となる。これを避けるためには、干渉計の最小基線長に比べて十分大きな口径の単一鏡を組み合わせることが必要であり、さらに我々のシミュレーションは用いる単一鏡と干渉計のある組み合わせに対してそれらが結合結果にどの程度影響するかを知ることができた。(3)我々は、干渉計観測のノイズレベルと単一鏡観測のノイズレベルから、結合イメージのノイズレベルを見積もる解析的な近似式を導いた。その結果の正しさはシミュレーションと比較することで検証した。(4)単一鏡観測に含まれる熱的なノイズでも、そのノイズレベルが大きいとデータ結合で得られるイメージには系統的な誤差パターンが現れることを明らかにした。この誤差を最小限に抑えるには、単一鏡と干渉計両者の(u,v)データ領域の境界で、単一鏡データのSN比(信号一雑音比)が干渉計のそれよりも高いことが要求される。これらの結果は、データ結合手法において高い信頼性をもつ電波イメージの取得のための観測、データプロセスの重要な最適化を与え、このような事実を明らかにしたのは本研究が初めてである。

我々は野辺山45m望遠鏡とミリ波干渉計(NMA)を用いて星形成過程初期の原始星段階にある天体B335-IRS,L1448C,CB244-IRSに付随する分子雲コアの観測を行ってきた。観測輝線はH(13)CO+(J=1-0)であり、この輝線は光学的に薄くまた高密度で励起される(~10(4)-10(5)cm(-3))ため、高密度の分子雲コア内の密度や運動状態をトレースすることが可能である。得られた観測データは我々が最適化を行ったデータ結合手法によって解析を行った。その効果は劇的であり、これまでにない空間ダイナミックレンジでの分子雲コアの電波イメージを取得することに成功、マップの空間レンジが広がったことによりコアの外側と内側での物理量の違いが連続的に明らかになった。B335分子雲コアの結果では、半径~4800AUより内側では-1,5乗、外側では-2乗のべき依存性をもち、この結果は他のデータから独立に導いた結果とも一致している。さらに我々は得られた広い空間スケールレンジに渡る速度構造を解釈するため、位置-速度図のモデル計算を行い観測結果と比較した。その結果、B335コアは初期に準静的な初期条件から重力収縮を始めたとするモデルでうまく説明できることがわかった。これはシュー解、もしくは僅かに自己重力と外圧のバランスが崩れた準静水圧平衡にある等温ガス球、ボナー・エバート球(Bonnor-Ebert sphere)の収縮として解釈できる。L1448Cコアでは、得られた柱密度プロファイルはB335やダスト連続波からの見積もりよりも緩やかであり、これは分子雲のコアに付随しないガスからの輻射の影響が大きいことを意味する。密度構造での理論との比較は困難であるが、速度構造には顕著な特徴が見られた。45m鏡のみの位置-速度図では特徴的なS字状のカーブが見られ、B335よりも動的な運動状態を示唆する。位置‐速度図についてデータ結合結果とモデル計算とを比較すると、~5000AUより内側で動的な収縮が起こっているが、その外側でも音速程度の落下速度をもっているという速度構造でうまく説明できることがわかった。これはシュー解でもラーソン・ペンストン解でもないちょうど中間的なボナー・エバート球の収縮の数値計算の結果とよく一致する。CB244のデータ結合の結果では、高密度の二つのコアを検出し、またその進化段階による密度プロファイルの違いが明らかになった。原始星を形成している南東のコア(SEコア)は明らかに中心集中した構造をもっているのに対し、まだ星のない北西のコア(NWコア)は中心部で平らな分布をしている。ビリアル解析の結果この分子雲は重力的に束縛されており、おそらくNWコア内でも星形成活動が進むと考えられる。またSEコアとNWコアが逆回転をしていることを示唆する速度構造を明らかにした。この逆回転の説明は難しいが、強い磁場によるブレーキング、もしくは連星系を形成中のため、という可能性が挙げられる。さらに、分子雲コア内の中心から外側に渡る連続的な物理状態を明らかにすることは、これまで統計的な研究から示唆されてきた議論についても本質的な解釈を与える。我々は、分子雲コア内の角速度分布を見積もり、それが単一鏡もしくは干渉計観測で得られた多くの分子雲コアのサンプルに基づくサイズ-角運動量の関係は星形成過程での角運動量進化で自然に説明できることを明らかにした。

本論文での研究は近い将来に実行されるであろうALMA(Atacama Large Millimeter/Submillimeter Array)と、その低い空間周波数成分をカバーするACA(ALMA Compact Array)を用いた観測的研究のコンセプトの最も基本的かつ本質的な位置を占めるものであり、それらに向けた重要な展望である。

図1: 分子雲B335のH(13)CO+(J=1-0)分子輝線積分強度マップ。左上は45m電波望遠鏡による結果、右上はミリ波干渉計による結果、下はその両者をデータ結合した結果得られたマップ.すべてコントアは-3σから3σ間隔であり、1σノイズレベルは45mマップで62mKkms(-1)(Tmb)、NMAマップで16mJybeam(-1)kms(-1)、データ結合マップで24mJybeam(-1)kms(-1)である。中心の星印はNMA観測で得られた87GHz連続波源の位置を示す。右下の(楕)円は観測のビームサイズを表す。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、低質量星(太陽と同程度の質量を持つ恒星)の形成過程を解明する上で鍵となる分子雲コアの重力収縮過程に迫るため、単一型電波望遠鏡(単一鏡)と電波干渉計のデータ結合手法の確立にシミュレーションおよび解析的な考察から取り組んだものである。更に、ここで得た新たなデータ結合の手法を実際の分子雲コアの観測データに適用し、星形成の初期条件に観測的な制限を与えることに成功している。

本論文は5章からなる。第1章では、低質量星の形成過程に関する重大な未解明課題として、星形成の初期条件となる分子雲コアの重力収縮過程に着目し、本研究の背景と目的をまとめている。分子雲コアの重力収縮過程を記述する理論モデルとして、2つの解、すなわち、準静的な初期条件から重力収縮する解(シュー解)および初期から動的に収縮する解(ラーソン・ペンストン解)が並立しており、いずれが実際の星形成コアを説明するのか明瞭な決着はついていない。この問題に観測的な制限をつけるためには、分子雲コアの密度構造と速度構造について、半径依存性とその絶対値を得ることが重要である。これを実現する上で、空間分解能は低いが広がった構造の観測に威力を発揮する単一鏡と、高い空間分解能を達成できるが広がった構造を再現できない電波干渉計とを組み合わせる手法(データ結合手法)が最も有効と考えられる。実際、過去にもそのような試みが為されてきたが、どのように最適化すればよいかの定量的な指針がないため、得られた結果の信頼性が低いという問題点が述べられている。

第2章では、データ結合手法の定式化について、簡潔に論じている。単一鏡により取得したデータと、干渉計により取得したデータとを結合して画像を生成する際、2つのデータの相対的な重み付けの違いが、合成ビームにどのような影響を与えるかを示した上で、その重み付けの最適化が重要であることを指摘している。

第3章では、データ結合手法の最適化について、シミュレーションおよび解析的な考察を行っている。その結果、単一鏡と干渉計のデータを結合する際、その相対的な重み付けには最適値があり、そこから離れた場合には、得られた画像の信頼性が大きく損なわれることを見出した。その最適な重み付けとは、結合結果の合成ビームからCLEANビームを差し引いた残差が極小になる、すなわち、合成ビームが理想的なガウシアンビームに最も近くなるような場合であった。これは、空間周波数成分のサンプリング分布の違いによらず一般的に成り立つ重要な条件であることが示唆された。また、干渉計のデータと結合するための単一鏡データが達成すべきデータの性質、すなわち、使用する単一鏡の口径や、信号対雑音比に関する条件を定量的に示すことにも成功した。

第4章では、星形成初期段階にある天体(B335-IRS、L1448C、およびCB244-IRS)に付随する分子雲コアの観測結果について詳述している。第3章で最適化したデータ結合手法により、野辺山45m電波望遠鏡と野辺山ミリ波干渉計で得たH(13)CO+(J=1-0)輝線データの結合を行い、これらの分子雲コアに対して、かつてない高い空間ダイナミックレンジでの分子輝線画像を得ることに成功した。この結果、B335分子雲コアでは、半径約4800AUを境として密度構造が有意に異なること、すなわち、その内側では半径の-1.5乗、外側では半径の-2.0乗で表される半径依存性を持つことを明らかにした。更に、得られた分子雲コアの速度構造を、位置-速度図を用いて理論モデルと比較した。以上の結果から、B335分子雲コアは、準静的な初期条件から重力収縮を始めたモデルで説明できることがわかった。これはシュー解、もしくは、僅かに自己重力と外圧のバランスが崩れた準静水圧平衡にある等温ガス球(ボナー・エバート球)の収縮として解釈できることを観測的に明瞭に示したものである。

第5章では本研究で得た知見が、今後の研究の展望と共に要約されている。

以上、本論文は、単一鏡と干渉計のデータを結合して信頼性の高い電波画像を得るための条件を定量的に明らかにした初めての研究である。更に、得られた知見を実際の分子雲コアの観測に適用し、かつてない高い空間ダイナミックレンジの分子輝線画像を得て、その密度・速度構造が、従来提唱されてきた2つの極端な理論モデルのうち、少なくとも一方を明快に棄却するものであること、また、その中間的な状態(ボナー・エバート球)と整合する可能性があることを、実際の観測データに基づいて示した研究として、高く評価できる。

なお、本論文の一部は、森田耕一郎および鎌崎剛との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析及び論証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

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