学位論文要旨



No 124291
著者(漢字) 山田,竜平
著者(英字)
著者(カナ) ヤマダ,リュウヘイ
標題(和) ペネトレータ搭載用月震計の改良と月探査への応用
標題(洋) Improvement of the seismometer on board the penetrator and its application to lunar explorations
報告番号 124291
報告番号 甲24291
学位授与日 2009.03.06
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5282号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 金沢,敏彦
 東京大学 教授 栗田,敬
 東京大学 教授 山田,功夫
 東京大学 教授 加藤,學
 宇宙航空研究開発機構 教授 藤村,彰夫
 東京大学 准教授 新谷,昌人
 東京大学 准教授 岩上,直幹
内容要旨 要旨を表示する

月・惑星の起源や進化に関する議論の進展においては、その天体内部の物質分布を理解する事が必要不可欠である。なかでも地震観測は天体の内部探査を行ううえで有力な手法となる。これまでの惑星探査の歴史において、唯一地球以外の天体で地震計を設置し地震情報を得ることに成功しているのは、1960-1970代に実施された米国のアポロミッションである。アポロミッションでは月の表側に一辺約1100Kmの三角地震観測ネットワークが構築され、約5年半の同時連続観測が行われた。観測の結果、隕石衝突に加え、月内部に起因する地震(浅発月震や深発月震)が検出され、それらのデータを利用して1970年代から2000年代まで様々な月内部構造モデルが提示されてきた。しかし、これらの大きな成果の一方で、ネットワークの配置や大きさ、設置地震計の感度の制約などのため、観測された大部分のイベントは月の表側の震源で発生したものであり、未だコアを含む月中心部の構造(深部1100Km以下)や、裏側の構造については未解明の状態である。また、マントルの速度構造分布についてもモデルによる差異が見られている。このように月でさえ、未だ球対称構造すら決定されていない状況であり、天体表面への地震計の設置と更なる地震観測データの取得が要求されている。

この現状に対し、月の中心構造の解明を目指し計画されたのが日本のLUNAR-Aミッションである。LUNAR-Aミッション自体は中止となったが、この計画を経て開発されたペネトレータ(PNT)はネットワーク観測に適した小型・軽量のハードランディングシステムであり、将来の月・惑星内部構造探査にとって強力なツールになると期待されている。また、ペネトレータに搭載される地震計(月震計)は小型・軽量かつ高感度なセンサーであり、月震の卓越周波数である1Hz近傍でアポロ地震計の約3倍の感度を達成している。このペネトレータと搭載月震計を利用して、広域かつ高S/Nの月震観測ネットワークを構築することで、中心部や裏側を伝搬する月震を捉え、未知である月中心部・裏側構造の決定が期待できるようになる。

しかし、月震計においてはペネトレータに搭載しハードランディング時に加わる貫入衝撃を上回る衝撃(QT条件)を加えたところ、その周波数応答が変化するという問題が生じていた。この変化により1Hzでの感度は50%程度減少する。月震計は動コイル型の電磁式短周期地震計であり、小型なサイズを維持したまま1Hzでの高感度を実現するために、振子の両端に金属片を埋め込み、ケースに固定した磁気回路との間に働く吸引力を利用して、バネ自体の復元力を弱め周期延ばしを図っている(図1)。周波数応答の変化の原因が調査された結果、この周期延ばし用の金属片、及び振子に使用しているいくつかの金属部材が帯磁している事が分かった。そこに衝撃が加わり、帯磁状況が変化することで、磁石との間の吸引力が変化したことが原因だと推察された。本研究では、まず衝撃後も月震計が仕様の範囲内の周波数応答を維持できるように、この問題点に対する対策を施した。

その対策として、まず金属片、及び金属部材の材質をより残留磁化(ヒステリシス)が少ない材質へと変更し、元々の帯磁が少なくなるようにした。また、製造時の月震計組み込み前に金属部材の消磁を行う工程も取り込んだ。更に、月震計は高感度化のためケースの中心に対して一組のコイルと磁気回路を対称に組み合わせた構造になっている(図1)。そこで、この振子の両側での金属部材の帯磁状況を同じにするような製造管理工程も取り込むようにした。この対策の有効性を確認するために、対策後月震計をペネトレータに組み込み、再び貫入衝撃を加え、取り出した月震計の応答を調べた。その結果、月震計は仕様値の範囲内の周波数応答を維持し、対策が有効である事が示された。

実際の観測では、この月震計はペネトレータに搭載して使用される。しかし、月震計をペネトレータに搭載した状況での観測性能の評価は行われていなかった。月震計はペネトレータ内では調軸を行うための回転機構内に搭載されており、内部で摩擦車とベアリングにより支持されている。その摩擦車はシリコンゴム製であり、回転軸受けのベアリングの座には、衝撃時にベアリングが破損しないように金属バネが使われている。月震計をペネトレータに組み込んだ場合、このような弾性体による支持が月震計のカップリング状況を変化させ、観測波形に影響を与える事が懸念される。また、月震計のすぐ近くでは、電子機器が働いており、これらの電磁干渉が観測に影響を与える事も懸念されていた。そこで、本研究では対策後の月震計をペネトレータに組み込んだ状況での観測性能を調査した。

調査としては、内部に月震計を搭載し貫入衝撃を加えた後のペネトレータを名古屋大学の犬山地震観測所の坑道内に設置して、リファレンス地震計との比較観測を行った。リファレンス地震計としては、PNTの直近に単体の月震計(ペネトレータに搭載されていない月震計)と物理探査用ジオフォーン(L-4C)を設置した。特に犬山地震観測所内の常時微動は比較的大きな深発月震と振幅値が同等であり、月での振動状況があるレベルで模擬された環境で比較が行われる事になる。観測の結果、ペネトレータ搭載月震計とリファレンス地震計の観測波形は極めて良く一致し、地震計保持の力学的な影響や、PNT内部の電子回路による電磁気干渉も月震観測に影響を与えない事が分かった。

一方で、犬山と月面とでは環境が異なり、特に温度の差異が観測性能を変化させる事が分かった。そこで、貫入衝撃後に調べた月震計の周波数応答に温度変化の補正を加え、月面で実現されると予測される周波数応答とノイズレベルを推定した。その性能を用いて、アポロで観測された深発月震波形を基に月面でPNTにより観測されうる深発月震波形を模擬した。この結果、PNTは月面上で予測される性能においてもアポロよりも良いS/Nで月震を観測できる事が分かった。

更に、本研究では月面で得られるサイエンスゲインを拡張するため、月震計のノイズレベルの低減と周波数応答の拡張という観点で更なる性能の向上についても検討を行った。ノイズに関しては1Hz付近で卓越していると予測されるサスペンションノイズ(地震計振子の周囲のガス分子のブラウン運動により振子が振動する事で発生するノイズ)の低減を図った。このノイズは周囲のガス圧を下げる事で低減させることができ、月震計の内圧を1Paまで下げる事で~1/10まで低減できる事を実験的に確認できた。

また、周波数応答の拡張についてはアクティブ制御により月震計の広帯域化を図った。PNT内では電力の制約が大きいが、太陽電池などを用いてより電力制約が緩和できるランダー(軟着陸機)を用いれば、広帯域計を月面に設置し利用する事も可能である。本研究では特に短周期の月震計の高感度特性と耐衝撃性を維持した状態での広帯域化の手法について検討した。その結果、月震計は帰還回路を取り付けることで周期20秒まで高感度特性を拡張することができるが、一方で短周期側のノイズレベルが向上する事が分かった。このノイズは帰還回路の設計変更や、ローノイズアンプの使用、または短周期月震計自体の性能を向上させる事により低減させる事が可能であるので、広帯域計としての性能向上のためには月震計の構造自体の変化も含めた設計変更を行う必要があると考えられる。

以上より、本研究を通して改良・評価したペネトレータ搭載用月震計を用いれば、月面に広域ネットワークを展開して、良質な月震データを取得することができるようになり、月の内部構造に関する新たな知見を得る事が可能となる。また、このネットワークに広帯域計の観測点を加える事ができれば、観測される長周期イベントの解析より、更に付加的な内部構造の情報を得る事ができるようになる。これらの新しい月内部構造の情報により、月の起源や進化に関する議論が急速に進展する事が期待される。

図1. ペネトレータ搭載用月震計(断面図と鳥瞰図)

審査要旨 要旨を表示する

本論文は6章からなる。第1章は、イントロダクションであり、月の内部構造については未だその解明が十分ではなく、月面の広い範囲に高S/Nの月震観測ネットワークを構築しての月内部構造探査が月の起源や進化の解明のために必須であることが述べられている。このため、広域ネットワーク観測に有利なペネトレータ(PNT)と高感度の搭載月震計を利用すれば、月中心部や裏側を伝播する月震を捉え、未知である月中心部・裏側構造の決定が期待されることが述べられている。第2章では、PNT搭載用の小型・軽量かつ高感度の月震計を改良・完成させるにあたっての問題点、その原因究明と解決策、対策結果の評価について述べられている。アポロでの月震観測データは月内部構造探査を行うには1Hz近傍に卓越周波数をもつ深発月震の観測が必要であることを示している。このため動コイル型の電磁式短周期地震計である月震計は、小型なサイズを維持したまま1Hzでの高感度を実現するために、振子の両端に金属片を埋め込み、月震計内部の磁気回路との間に働く吸引力を利用してバネ自体の復元力を弱め、周期延ばしを図っている。PNTに月面貫入時を上回る衝撃(QT条件)を加えると、月震計の固有周波数が上昇して周波数1Hzでの感度が50%程度低下するという問題が生じていた。本論文は金属部材の帯磁がこの衝撃後の特性変化の原因であることを解明し、材料・構造・製造管理行程の面で改良を加えた。改良後の新しい月震計は、貫入衝撃試験後の特性と地動応答から、仕様値の範囲内の周波数応答を維持していることが確認された。このことによってPNT搭載用の月震計が完成されたことが述べられている。第3章では、犬山地震観測所の坑道内で行った貫入衝撃後のPNT搭載月震計による常時微動の観測結果と、月面環境がPNTに与える影響についての実験とモデル計算結果が述べられている。これらの結果として、PNT搭載月震計は月面上でもアポロの月震計よりも高S/Nで深発月震を観測できる性能を維持していることが述べられている。第4章では、PNT搭載月震計のノイズレベルの低減と周波数応答の拡張という観点での更なる性能向上について述べられている。サスペンションノイズ(地震計振子の周囲のガス分子のブラウン運動により振子が振動することで発生するノイズ)は、月震計の内圧を1Paまで下げることで、最大40%程度低減できることを実験的に示している。また、電力消費を許容してアクティブ制御を導入すれば、月震計の構造を変化させることなく周期20秒まで高感度特性を拡張できる事を明らかにしている。第5章では、PNT搭載月震計が貫入衝撃後に最悪の特性値を示した場合について、科学観測の目的がどこまで達成できるかが議論されている。この結果、月内部構造について質的に新しい知見を得るに十分なデータの取得が可能であることが述べられている。第6章では、本論文の研究で得られた成果と将来への期待が簡潔にまとめられている。

月の起源や進化の解明に重要な月内部構造は、2000年代までにアポロの月震観測データを用いて提出された構造モデルでは、十分に解明されたとは言えない。月震観測データが決定的に不足していることと、観測網の配置が適切とは言えないことによる。広域ネットワークを月面に展開することができれば、月の起源や進化に関する議論に重要な月全球の内部構造に関する新たな知見を得ることが期待される。本論文は、広域ネットワーク観測に有利なペネトレータ搭載月震計を改良・完成させたこと、ペネトレータシステムとして月面での高感度な深発月震観測を可能としたこと、および月震計の独自性を活かして軟着陸機等による惑星科学探査のためのさらなる性能向上を図る方策を検討しており、月内部構造探査はもとより、今後の惑星内部探査用の主要なツールとしで期待されるペネトレータの開発研究における画期的な成果である。

なお、本論文第2章の一部は、山田功夫・梅田康弘・白石浩章・田中智・藤村彰夫・永谷仁・小林直樹・竹内希・村上英記・石原靖・小山順二・蓬田清・高木義彦との共同研究であり、また本論文第3章の主要部は、山田功夫・白石浩章・田中智・高木義彦・小林直樹・竹内希・石原靖・村上英記・蓬田清・小山順二・藤村彰夫・水谷仁との共同研究であるが、論文提出者が主体となって改良開発、測定等を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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