学位論文要旨



No 124293
著者(漢字) 清河,幸子
著者(英字)
著者(カナ) キヨカワ,サチコ
標題(和) 表象変化を促す協同問題解決プロセスの解明
標題(洋)
報告番号 124293
報告番号 甲24293
学位授与日 2009.03.11
学位種別 課程博士
学位種類 博士(教育学)
学位記番号 博教育第148号
研究科 教育学研究科
専攻 総合教育科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 市川,伸一
 東京大学 教授 南風原,朝和
 東京大学 教授 金森,修
 東京大学 教授 岡田,猛
 東京大学 准教授 針生,悦子
内容要旨 要旨を表示する

日常,我々は周囲の人と協力して問題解決を行うことが多い。また,他者と協同することで一人では思いつかなかったような新たな解決策が浮かんだり,自分の考えが変化するのではないかという期待感を持っているように思われる。「三人寄れば文殊の知恵」のようなことわざには,これらの期待感が反映されているものと解釈できる。しかし,ただ複数人で問題にあたったからといって,必ずしもよい結果が得られるというわけではない。それではどのような時に,協同が有効に機能し,問題解決を促進するのであろうか。また,それはどのようなプロセスによるのであろうか。

本論文では,他者との協同が新しいアイデアの創造において必要不可欠と考えられる表象変化を促すプロセスを明らかにし,我々が日々従事する協同問題解決のあり方に示唆を与えることを目的とした。

第1章 序論

第1章では,はじめに認知的な営みにおける協同に着目する意義について,(1)遍在性,(2)寄せられる期待の2点から整理した。その後,認知的な営みにおける協同が及ぼす妨害効果に着目した研究と促進効果に着目した研究に分けて,先行研究の概観を行った。そして,一口に「協同」と言っても,多様な内容が含まれていることから,扱う課題特性と協同の性質を明確にするとともに,背後に仮定される認知プロセスと関連づけながら協同によって生じる影響を明らかにしていく必要性を指摘した。そして,本論文では「表象変化」に着目することを示した。なお,この「表象変化」とは問題解決中に形成,保持されている内的な情報表現が目標に適した形で変容することを指す。つまりは,思い込みからの脱却や新たな気付きを得ることに相当する。また,協同の性質に関しては,青年期に属する同年代の同性の友人同士のペアに着目することを述べた。そして,これまで別の文脈で構築されてきた制約の動的緩和理論(開・鈴木,1998)およびメタ認知的活動のモデル(Nelson & Narens, 1994)を組み合わせることで表象変化の生じる認知プロセスを明確化し,具体的な問題解決活動に関わる課題レベルの活動と,それを少し離れた視点から捉えるメタレベルの活動に役割が分化することに着目し,本来は個人内で生じるコントロールとモニタリングという2つのメタ認知的活動が個人間のやりとりとして成立ことによって増進されるという仮説を導出した。

第2章 研究1

研究1では,「協同によるコントロール機能増進仮説」について検討を行った。すなわち,他者から示されるメタレベルの働きかけが,個人のメタ認知的活動のうちのコントロールと同様の機能を発揮し,パートナーが問題空間の探索を行う際の妨害的な制約の影響力を弱めることで,表象変化を促進するという仮説を検討した。なお,実験参加者に対してあらかじめ「課題遂行役」と「相談役」という役割を与えるとともに,相談役に対しては具体的なアイデア生成活動に従事することが困難となるような制限を課すことで,先行研究よりも直接的な仮説の検討を行った。課題としては,言語的に示される断片的な情報を1つの地図として統合することを求める地図構成課題を用いた。

その結果,一方のメンバーに対して活動制限が与えられている状況であっても,個人で課題に取り組む場合に比較して,表象変化が生じやすいということが示された。また,プロトコル分析の結果から,課題遂行役が具体的な問題解決に関わる課題レベルの活動に主として従事していたのに対して,相談役は課題遂行役から示されたアイデアを評価したり,問題解決の進め方について提案を行うといったメタレベルの活動に関与していたということが明らかとなった。以上の結果は,第1章で示した「協同によるコントロール機能増進仮説」を支持するものであった。しかし,研究1で用いられた操作は,役割設定に関するものであったため,他者によって示されるメタレベルの働きかけ自体が促進的な効果を持っているかどうかについてはより厳密な検証が必要という課題が残された。

第3章 研究2

研究2では,研究1に関して指摘された限界を克服し,再び「協同によるコントロール機能増進仮説」について検討を行った。具体的には,研究1から,(1)課題を表象変化により特化したルール発見課題に変更する,(2)「相談役」の言語的働きかけを直接操作し,メタレベルの働きかけに限定する,(3)比較条件として役割や言語的やりとりに制限のない自由協同条件を設定する,(4)「相談役」に対して,メタレベルの働きかけを行う際の指針(橋渡し教示)を提示する条件としない条件を設定し,比較を行うという変更を行った。

その結果,メタレベルの働きかけを行う指針を示された場合には,自由にアイデアを交換できる自由協同条件と同程度の促進効果が確認された。研究2では,メンバー間でなされる言語的やりとりを直接操作しており,研究1に比較してより厳密な検証を行っていたと言える。よってここで得られた結果は,研究1で得られた知見,すなわち,他者によって補われるメタレベルの働きかけが表象変化を促進するという結果を,より強力に支持するものと結論づけられた。また,橋渡し教示は,メタレベルの活動に従事するメンバーが,課題レベルの活動に従事するメンバーの思考状況についてモデルを形成することをサポートしているものと解釈された。

第4章 研究3

研究3では,協同によって増進されると仮定されるメタ認知的活動のもう1つの機能,すなわち,課題レベルからメタレベルへの情報伝達として実現されるモニタリング機能に着目した検討を行った。より具体的には,課題レベルの活動に従事するメンバーとは別のメンバーがメタレベルの活動に従事する,すなわち他者によって生成されたアイデアを評価するという状況が,より適切な評価を可能にし,メタレベルの活動に従事しているメンバーが課題レベルの活動を行う立場になった際に影響しうる妨害的な制約の影響を弱めるという仮説の検討を行った。具体的には,仮想的な協同場面を設定し,研究2と同じルール発見課題を用いて,課題の前半において,自分で生成した仮説を自分自身で評価する条件と,他者の生成した仮説を評価する条件で表象変化の成功率および仮説の妥当性評価に違いが見られるかどうかを比較した。

その結果,他者の生成した仮説を評価する条件で表象変化の成功率がより高いことが示された。また,妨害的な制約の影響が強くなるほど不適切な仮説の妥当性を高く見積もるという形で制約の強さを反映していると考えられる仮説の妥当性評価については,仮説が反証される機会がない状況では,他者の生成した仮説をより「妥当」と評価する傾向があるのに対して,仮説が反証される機会が十分に与えられた状況では,他者の仮説をより厳しく評価する傾向が示された。この結果は,具体的な仮説を生成するという課題レベルの活動とそれを評価するというメタレベルの活動がメンバー間で分担されることで,両方を個人内で行う場合に比較して適切な評価が可能になり,不適切な制約の影響を弱め,表象変化を促進するという仮説を支持するものであった。

第5章 研究4

研究4では,研究3に比べてより自然な協同場面に近い状況設定を行い,研究3で得られた知見の外的妥当性を検討することを目的とした。具体的には,メンバー間で課題レベルとメタレベルの活動にそれぞれ対応する役割の担当が頻繁に交替する状況を設定し,研究3で見られたような協同によるモニタリング機能の増進が生じるかどうかという点について検討した。また,不適切な制約の影響について直接検討を行うために,代表的な洞察課題の1つであり,先行研究において制約が特定されているTパズルを課題として用いた。

その結果,メンバー間で役割交替が頻繁に生じる,より自然な協同状況においても,課題レベルとメタレベルの活動をメンバー間で分担することで表象変化が促進されることが示された。また,その効果は,課題の解決を阻害する不適切な制約の緩和が促進されるという点にも表れていた。これらの結果から,研究3で示された課題レベルとメタレベルの活動をメンバー間で分担することによって,評価がより適切になるという協同によるモニタリング機能増進効果は,役割が比較的固定的な状況に限定されたものではなく,頻繁に交替するようなより自然な状況でも得られることが明らかとなった。

第6章 総合考察

第6章では,4つの研究で示された結果を整理するとともに,第1章で示した2つの仮説の検討を行った。また,本論文では,従来個人との対比のみによって捉えられることの多かった協同問題解決プロセスについて詳細な影響プロセスを明らかにしたこと,また,洞察問題解決研究に対しても制約緩和のプロセスを明確化するという形で貢献したこと,そしてメタ認知研究に対しても,メタ認知的活動の2つの機能について内容を明らかにしたという貢献があることを指摘した。それに加えて,本論文で得られた知見の現実場面への応用可能性という点についても,メタレベルの働きかけを行うシステムの設計,pair-programmingの理論的根拠づけ,メタ認知を育成する技法の開発の3点から論じた。最後に,今後の課題として,異なる課題についての協同の影響プロセスの検討,異なる性質の協同についての検討,協同のネガティブな側面への着目,そして,認知的要因と社会心理学的要因の関連の検討があることを指摘した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、他者との協同が、問題解決において必要不可欠と考えられる「表象変化」を促す認知プロセスを明らかにすることを目的とするものである。

第1章では、他者との協同によってもたらされる妨害効果と促進効果に関する先行研究を整理し、背後に仮定される認知モデルと関連づけながら、協同によってどのような影響が生じるのかについて考察した。その上で、他者との協同によって表象変化が促進されるのは、個人では十分に機能しないメタ認知的活動が他者によって担われるためであるとする「メタ認知機能増進仮説」を提示した。また、先行研究によると、メタ認知的活動は、コントロールとモニタリングの2つに分けられることから、「コントロール機能増進仮説」と「モニタリング機能増進仮説」の2つに分けて、検討を行うこととしている。

第2章(研究1)では、「コントロール機能増進仮説」に関する検討を行った。具体的には、実験参加者に対してあらかじめ課題遂行役か相談役という役割を与え、相談役に対しては具体的なアイデア生成活動に従事することが困難となるような制限を課し、内容領域に関与せずに問題解決の方向づけというコントロール機能のみが与えられる条件を設けた。こうした条件でも、表象変化が促進され、仮説が支持された。

そこで、第3章(研究2)では、より厳密に統制された状況設定の下、「コントロール機能増進仮説」についての検討を行った。ここでは、相談役の発言内容を具体的に指示してメタレベルの働きかけに限定する実験群を設けるとともに、制限のない自由協同条件を比較条件として設定することで、メタレベルの働きかけの効果について評価した。実験群における効果は、多様なプロセスによって促進効果が生じていた自由協同条件と比較しても十分に大きなことから、メタレベルの働きかけが重要な意味をもつことが明らかにされ、コントロール機能増進仮説が強く支持された。

第4章(研究3)では、「モニタリング機能増進仮説」を検討するため、他者によって生成されたアイデアを評価するという状況が、より適切な状況評価を可能にし、表象変化を促すことに関わることを実験的に示した。ただし、ここでは、他者のアイデアであることを教示するという仮想的な協同場面を設定したため、実際の協同場面に比較して不自然な状況設定であるという問題点が残った。

そこで、第5章(研究4)では、役割交替が頻繁に生じる、より現実的な協同場面に近い状況設定を行い、研究3で得られた知見の妥当性を確認することとした。その結果、こうした自然な協同状況においても、アイデアの生成と評価をメンバー間で分担することによって、より適切な評価が可能となり、表象変化が促進されるということを支持する結果が得られた。

最後の第6章では、上記の4つの研究で示された結果を整理するとともに、上述の2つの仮説の評価と今後の課題の検討を行い、本研究の意義について考察している。

このように、本論文は、これまで個人的解決との比較のみが議論されがちだった協同問題解決について、具体的な認知プロセスを検討し、とくに、洞察問題解決において制約緩和が生じる過程での協同の効果を明らかにしたこと、また、これまでそのメカニズムが詳しくは論じられなかったモニタリングとコントロールという2つのメタ認知的活動について、その内容を精緻化したことは、認知心理学上の大きな貢献が認められる。また、学習における効果的な協同のあり方や、メタ認知の育成についての教育的な示唆も認められる。よって、博士(教育学)の学位にふさわしい論文であると評価された。

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