学位論文要旨



No 124300
著者(漢字) 宮澤,信二郎
著者(英字)
著者(カナ) ミヤザワ,シンジロウ
標題(和) 産業および金融の構造とインセンティブ問題に関する諸考察
標題(洋) Essays on Industrial & Financial Structure and Incentive Problems
報告番号 124300
報告番号 甲24300
学位授与日 2009.03.11
学位種別 課程博士
学位種類 博士(経済学)
学位記番号 博経第251号
研究科 経済学研究科
専攻 企業・市場専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 柳川,範之
 東京大学 准教授 大橋,弘
 東京大学 教授 佐々木,弾
 東京大学 准教授 澤田,康幸
 東京大学 教授 松村,敏弘
内容要旨 要旨を表示する

In this study, I provide four essays on industrial & financial structure and incentive problems. In Chapter 1, I explain the significance of economic structure in general and provide a brief and specific survey of preceding studies on effects of financial structure in order to sketch the effects of the economic structure more apparently.

When the economy is an ideal world such that either the First Fundamental Theorem of Welfare Economics or the Coase Theorem holds, the economic structure is not significant since it does not affect the efficiency of the economy. However, the competition among the agents in the economy could not be perfect, the market could not be complete, and transactions could not be costless, in the practical economy. Therefore, the economic structure is significant when we consider the economy.

Concerning the financial structure, Modigliani and Miller Theorem presents that the financial structure does not affect the actual value of the firms in an ideal world, similar to the Coase Theorem. The deviation from the world of Modigliani-Miller Theorem is considered to be derived from the existence of certain types of transaction costs. Surveying several studies on the effects of the number of creditors, I categorize the effects into three; (i) effects on liquidity restriction, (ii) effects on creditors' costly actions, and (iii) effects on bargaining outcomes among related parties.

In Chapter 2, I provide an analysis on the firm's decision in a market. I examine the incentive to undertake the price discrimination by providing the download edition and find that the possibility of copying heightens this incentive in many cases. I also examine the effect of copyright protection policies and find that the indirect policy heightening the copying cost is preferable to the direct policy intensifying the detection of copying from the viewpoint of both ex-post social welfare and ex-ante incentive of the welfare-improving price discrimination.

In Chapter 3, I provide an analysis on the agency problem in a firm and its effect on a market competition. I examine an innovative interaction before a market competition in a mixed duopoly, where a state-owned firm and a private firm compete with each other.

I find that although it reduces the effort level of the state-owned firm, an agency problem can improve the expected social welfare in some cases. I also find that setting the minimum wage level higher, which has an effect to lower the responsibility of bureaucratic managers, can be desirable from the viewpoint of expected social welfare in some cases.

In Chapter 4, I provide an analysis on the effect of financial structure. I investigate a capital allocation problem in an incomplete contracting framework. I consider two distinct financial schemes; bond financing, under which the entrepreneur offers a contract and decides a capital allocation sequentially, and bank financing, under which he offers a contract with a plan of capital allocation at once. I show that the incompleteness of contract tends to result in under-investment irrelevantly to the financial scheme, while this tendency disappears only under bank financing when the liquidation is not inefficient. I also show that bond financing results in allocational distortion in favor of short-term investment, while bank financing tends to result in allocational distortion in favor of long-term investment in contrast and this tendency disappears when the liquidation requires no transaction cost.

In Chapter 5, I provide an analysis on the effect of financial structure and optimal financial structure. I analyze the optimal borrowing structure within an incomplete contracting framework. Borrowing structure affects the negotiation outcome for liquidation deterrence on one hand, and creditors' incentive of verification of cash flows and consequently the negotiation outcome for verification deterrence on the other hand. The optimal borrowing structure balances these effects since these affect the strength of discipline against borrower's strategic behavior. I show that multiplicity of large-share creditors and asymmetry among them, which are often observed in financing practice but have not been explained theoretically, can be optimal.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、企業活動において重要と思われるインセンティブ問題を検討し、その影響について議論している。本論文は5章からなっており、総論が述べられている第1章に加えて、4つの主題が議論されている。それらはいずれも企業行動を分析するうえでは重要なテーマである。第2章では、著作権保護の問題が議論されており、著作権保護のメカニズムの限界が、どのような形で企業行動特に企業の価格付け行動に影響を与えるかが分析されている。第3章はいわゆる混合経済に関するモデル分析であり、公的企業と私的企業が混在している場合に、それぞれの努力水準の選択がどのような影響を与えるかを分析している。第4章と第5章は、金融の側面に着目した論文となっている。第4章では、企業の資金調達行動が投資インセンティブにどのような影響を与えるかを分析した論文になっており、第5章は、企業のインセンティブ構造を詳細に検討したうえで、最適な借入構造を検討している。本論文の構成は以下のとおりである。

第1 章:Introduction: Why does the economic structure matter?

本論文全体のイントロダクション

第2 章:Price discrimination and copyright protection

非正規品の脅威がある独占市場におけるインセンティブと社会的厚生について

第3 章:Innovative interaction in mixed market: An effect of agency problem in state-owned firm

混合寡占市場におけるインセンティブと社会的厚生について

第4 章:Intertemporal capital allocation: A comparison between market bonds and bank loans

金融構造と投資のインセンティブ

第5 章:Optimal borrowing structure: An explanation of multiplicity of large-share creditors and asymmetry among them

企業・債権者のインセンティブと最適借入れ構造

なお、第3章の論文は、 Economics of Bulletin というレフェリーつきの国際的学術雑誌に掲載されている。

各章の内容の要約・紹介

各章の内容を要約・紹介すると以下のようになる。

まず、第1章では、本論文全体のモチベーションとインセンティブ問題を考えることに意義、また全体の構成などが説明されている。

第2 章では、著作権のあり方と企業の価格差別のあり方を理論的に分析している。具体的には、私的コピーがある程度可能である状況の下で、企業が正規版とダウンロード版というふたつの差別化されたソフトを提供している状況を考える。この場合に、私的コピーが容易になることが、企業の価格差別化にどのような影響をもたらすのか、そしてそれが社会的厚生にどのような影響をもたらすのかが理論的に分析されている。そして、コピーが容易になることによって社会的厚生が増大する可能性があることが示されている。

第3章では、公的企業と私的企業が同時に存在するいわゆる混合寡占の問題を理論的に扱っている。この論文の特徴は、公的企業と私的企業とが同時に技術革新投資を行っており、公的企業にエージェンシー問題が生じているモデルを扱っている点である。この論文では、公的企業における経営の非効率性が、私的企業の経営効率性を変化させかえって社会的厚生の改善に役立つ可能性があることが示されている。また、そこから得られる含意として、公的企業の再編や民営化により効率性を追求する場合には、私的企業の技術革新の誘因にどのような影響を及ぼすかを考慮する必要があると指摘されている。

第4章と第5章は金融契約の問題を扱っている章である。第4章では、不完備契約理論のアプローチを用いて、投資配分と資金調達の問題を議論している。具体的には戦略的債務不履行の可能性がある場合に、社債発行、銀行借り入れそれぞれの場合に、企業が短期投資と長期投資の配分をどのような形で決定するのか、そしてそれは社会的にみてどのような歪みが生じているのかを検討している。そこでは、さまざまな分析結果が得られているが、主なものを整理すると、社債発行をしている企業、銀行借入れをしている企業ともに、ファーストベストよりも低い投資水準が選択される可能性があること、ただし銀行借入れをしている企業の場合には、清算の非効率性が解消していくにつれて、この可能性が小さくなっていくことが示されている。また、社債発行をしている企業の場合には、投資配分が短期投資に偏りがちなのに対して、銀行借入れをしている企業の場合には、清算の取引費用がゼロではない限り、長期投資のほうに偏りがちになることが示されている。

第5章は、金融契約のモデルを用いて、なぜ現実には多様な借入れ構造が存在するのかを検討した論文になっている。通常の理論モデルでは議論の単純化のためもあって、貸し手が一人であったり、複数でも対称的な状況を仮定する場合が多い。しかし、現実の借入れ構造においては、もっと多様な借入れ構造が存在しており、多数の金融機関から借り入れる場合もあるし、現実には銀行間については非対称的な形で借入れがおこなわれる場合も多い。本論文では、このような多様な借入れ構造がなぜ存在するのかについて、理論的に検討している。

つまりより具体的には、債権者の数だけではなく、各債権者のシェアの構造まで考慮に入れて最適な借入れ構造を理論的に検討している。そしてこの論文では、清算(法的倒産手続き)を脅して用いた再交渉の場合には、債権者の数が交渉結果に影響を与えるのに対して、立証(損害賠償請求)を脅しとした再交渉の場合には、立証の誘因をもつ債権者の数・シェアが重要な要素であることが示される。その点を考慮すると、複数の大口債権者(複数のメインバンク)が存在する場合や大口債権者の間でシェアの差異がある借入構造が最適になる場合があることが示されている。その結果、メインとサブメインが存在する状況なども最適になりうることが示されている。

論文の評価

本論文がとりあげたテーマは、国際的にみても重要な研究分野であり、また現実の日本企業や日本の金融機関の行動を考えていくうえでも重要なピックスである。本論文で展開されている理論モデルは、この分野の理論的進展を踏まえた厳密なものになっている。また、現実に生じている諸問題と密接に関連した問題意識が提示されている。ただし、理論展開が必ずしも現実と十分には結びついた形で行われていない部分がある。

第2章では違法コピーの問題が問題意識として提示されている。この論文では、近年ソフトの販売が、パッケージ版とダウンロード版というふたつの形態で行われていることに注目する。そして、ダウンロード版という形での製品差別化、価格差別化の行動が、コピーの増加あるいは法的なコピー抑制によって、どのような影響を受けるかを検討し、それに基づいて、興味深い政策的含意を導き出している。また、その分析によって、違法コピーの増大が経済厚生を高め得るひとつのルートが示された、(もちろん本論文がそれを示した最初の論文ではないが)、という点で評価できる。

第3章は、公的企業と私的企業が混在しているいわゆる混合寡占の理論モデルを発展させたものである。混合寡占の理論モデルは今までにも多く研究されているが、本論文は、公的企業と私的企業の両方が技術革新投資を行い、そして公的企業にエージェンシー問題が存在する構造になっている。公的企業と私的企業の両方が技術革新投資を行うモデルは既にIshibashi and Matsumura(2006)1 等が存在する。本論文はそれらのモデルに公的企業のエージェンシー問題を導入し発展させたものと考えることができる。そのモデルを用いて本論文は、エージェンシー問題の深刻化が企業間の投資競争に影響を与え、経済厚生を増大させる可能性があることを指摘し、官僚の経営責任問題等のあり方等有用な政策的含意を引き出している。

第4章で議論されている資金調達方法と企業の投資配分の決定について、興味深い結論を導きだしている理論論文である。通常の企業金融理論等で、企業の資金調達方法を議論する際には、企業がそれをどのような投資に用いるのか、調達方法によってその投資パターンがどのように影響を受けるのかについては、あまり注意を払わない。しかし、もし構造上、資金調達方法と選択される投資パターンとに関連性があるのであれば、その点を考慮した資金調達方法の議論が必要になってくる。本論文で展開されている理論モデルは、短期的投資と長期的投資の選択に関する、そのような構造的な関係を考えて論文となっている。ただし、資金調達方法は、社債借入れと銀行借入れの選択に限定されており、投資パターンも短期か長期かという選択に限定されている。その意味では、より一般的な議論が望まれる理論研究でもある。

第5章は、現実に存在する多様な借入れパターンを理論的に説明する意欲的な論文となっている。通常の理論モデルにおいては、議論の単純化のために、貸し手は一人であるとアプリオリに仮定したり、複数の貸し手が存在する場合にも、それらは対称的な存在であり、たとえば貸出額は均等になると仮定したりする場合が多い。しかし、現実の貸し出し行動は、そのような単純なものではなく、大口貸出銀行と小口の貸出銀行が並存していたり、多数の銀行から借入れをしていたりする。本論文では、どのような場合にそのような多様な借入れパターンがそれぞれ最適になり得るのかについて、詳細な理論的検討を行っており、現実の貸し出しパターンを理解するうえで、興味深い成果を導きだしている。

このように本論文は、この分野における近年の理論的進展に新しい視点を付け加えて興味深い結論を導き出している論文であるが、改善しうる点が残されていないわけではない。まず、本論文で導き出されている理論的結果がどのような現実的含意をもっているのか必ずしも説得的な説明が十分にされていないという点である。もっと現実経済に即した理論展開が望まれるとの意見もだされた。また、理論モデルについても、より一般性や厳密性をもつ形での改善の可能性があること、記述についても改善の余地があること等が指摘された。しかしながら、これらの点はいずれも今後の更なる研究の発展を示唆するものであり、本論文の価値を損なうものではないと考えられる。

以上により、審査委員は全員一致で本論文を博士(経済学)のが学位授与に値するものであると判断した。

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