学位論文要旨



No 124304
著者(漢字) 沼田,宗純
著者(英字)
著者(カナ) ヌマダ,ムネヨシ
標題(和) 斜面災害軽減に向けた崩壊土塊の変形と運動を支配する要因の研究
標題(洋) Key parameters controlling movements and deformations of landslide masses in earthquakes and discussions for coping with landslide disasters
報告番号 124304
報告番号 甲24304
学位授与日 2009.03.16
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6942号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小長井,一男
 東京大学 教授 古関,潤一
 東京大学 教授 目黒,公郎
 中央大学 教授 國生,剛治
 長岡技術科学大学 教授 大塚,悟
 筑波大学 准教授 松島,亘志
内容要旨 要旨を表示する

崩壊土塊の到達範囲の予測に関する研究は、過去の崩壊事例の統計解析、土質試験、実大試験そして数値解析が主なアプローチである。統計解析は、崩壊土量と到達距離の関係、斜面勾配と等価摩擦係数の関係を整理し、到達距離の推定を行っている。しかし、なぜ土量が大きいと到達距離が長くなるのか、なぜ斜面勾配が高いと到達距離が長くなるのか科学的な根拠が示されてない。土質試験や実大試験では、間隙水圧と到達距離の関係が中心的な課題だが、崩壊形状等その他のパラメータと到達距離の関係が体系的に示されてない。数値解析は、数値モデルの開発が中心であり、それを実際の崩壊に適用し検証するに留まっている。いずれも、何が崩壊土塊の変形と運動を支配する要因であるのか体系的なアプローチができてない。

そこで、本研究は、斜面災害軽減に向け崩壊土塊の変形と運動を支配する要因を解明する。解析手法は、Material Point Method(MPM)を用いる。数値解析には、履歴依存性のある物質の大変形解析が可能であること、入力データが実際に計測可能な情報で構成されることが求められる。MPMは、Lagrange粒子がEuler格子内を自由に動き回ることで大変形を表現する手法である。MPMの入力データは、(1)標高、(2)土塊の変形そして(3)すべり面の物性の3要素で構成させた。

研究対象とした主なパラメータは、長さ・幅などの形状、土塊の強度そして摩擦係数とし、これらと到達距離との関係を解明した。その結果、到達距離は土塊の許容応力度に依存することがわかった。許容応力度が高くなれば、後方土塊による前方へ押出す力は高く発揮できるため、到達距離は長くなることがわかった。形状に関して言えば、長さには依存せず、幅に依存することがわかった。これはあたかも高拘束圧の条件下における土質試験のようにピーク強度が高くなるためであり、最終的に、平面ひずみ状態に収束することが示された。土塊の到達距離の解明を難しくする要因である摩擦係数は、平坦面と斜面で分けて設定した。斜面上の摩擦係数は土質試験を行うことで評価できるが、平坦面の摩擦係数は、道路や田畑などがあり直接的に計測することは難しい。そこで、座屈理論を用いて平坦面の摩擦係数の評価方法を提案した。

本研究では、斜面災害軽減に向けて崩壊土塊の変形と運動を支配する要因を解明し、新しい知見を得ることができた。

審査要旨 要旨を表示する

2008年度当初の5月12日に中国四川省で,その1ヶ月後の6月14日には岩手・宮城内陸で大きな地震が相次いだ.これらの地震では震源域である山中で大量の土砂崩壊が発生し,また大量の土砂が河川や貯水池に流れ込み,川を堰き止め,川床のレベルを上昇させるなど,その後の復興や国土保全に長期の課題を投げかけている.こうした点で例えば2004年に発生した中越地震などにも共通するものがある.本論文は,中越地震の被害地調査経験を持つ提出者が地すべり土塊の到達距離を支配する要因について数値解析と実事例を元に,新たな評価の基軸になりうる考え方を提示したものである.地すべりなどの大きな広がりを持った自然現象をサンプル採取とその試験による結果で評価する場合には,それらのサンプルが必ずしも土塊全体,あるいはすべり面全体の物性を代表する保証が得られないことに留意しなければならない.一方で地すべり土塊そのものの移動は,土塊が平地に達してその速度を落とす場合,これを自然が行う大きな一軸圧縮試験であると見なすことができる.サンプル試験の結果に現場で計測可能な形状,到達距離などの情報を補って,地すべり土塊の到達距離を議論する手順を示すことが肝要である.第1章ではこうした論文の背景と本研究の目的,そして既往の研究についてまとめている.

第2章は本論文での様々な数値解析に用いるMaterial Point Method (MPM)についてまとめている.MPMは移流項を粒子で,他の項をオイラー格子で計算するParticle-in-cell (PIC)という粒子法の一種である.この手法は,粒子を用いてLagrange法で移動流を表現するため,数値拡散が発生しにくいこと,粒子が移動可能な領域を,格子を用いて容易に表現できる特長があり,地すべりのような大変形解析に適した方法である.MPMで3次元の土塊モデルを構築することは可能であるが,本論文では土塊を上から俯瞰する形で,それぞれの粒子がすべり面上に投影された土柱の平均的な物性を表現するという擬似3次元的な表現(Hunger,1995,阿部,Johansson, 小長井, 2007)を用いている.

第3章から第6章まではそれぞれ代表的なパラメータを変化させて,土塊の到達距離と変形についての検討を,MPMを用いて行っている.それらの検討結果を要約すると以下のようになる.まず滑り始めた土塊が平地に達すると,平地面からの抵抗が次第に大きくなるが,土塊全体の移動方向の軸力が限界値(擬似三次元MPMによる数値解析の場合,Rankine受動土圧に相当)に達するまでは,土塊全体の長さに顕著な変化は現れない.しかし一旦限界値に達すると,既に平地に達していた土塊はその後の軸力増加が激減するために,さらに顕著に前方に押されることはない.このため受動土圧に達するに十分な土塊長さがある場合,到達距離は土塊の初期の長さに鋭敏に影響されなくなる.言い換えれば受動土圧が到達距離を大きく支配することになる.このことは斜面上に残留する土塊の長さについても同様である.以上の知見から,地すべりの最終形態とすべり面の基本的物性を把握することで平坦面と土塊との相互作用とともに土塊の到達距離を現場で議論できる可能性があることを示している.

第7章では,土塊厚さが薄い場合,受動土圧に達する前に土塊の座屈(バックリング)が発生する可能性があることに言及している.その事例として2004年中越地震で発生した横渡地区の斜面崩壊を挙げている.ここはかつて海底にほぼ水平に堆積した泥岩,シルト岩,砂岩の互層が褶曲して海面上に現れ,現在もその褶曲が緩慢に進行しているいわゆる活褶曲地帯である.横渡地区では砂質泥岩を主体とする表層の板状の岩塊が3箇所で滑り落ちていて,その内の最南端の崩壊箇所では地震直後に明瞭な座屈が観察されている.この崩壊斜面脇で滑り面のブロックサンプリングやボーリングコア採取がなされ,すべり面の物性について詳細な検討がなされているが,それらの成果(例えばDeng, Koseki et al, 2008)を用いて,また航空写真やLiDAR (Light Detection and Ranging)によって得られた岩塊の到達距離などの形状パラメータを用いて,この崩壊での限界軸力や,平坦面と岩塊との平均的な摩擦係数についての推定値を論じている.これらの結果は計測可能なデータで,岩塊全体の変形や到達距離を整合的に説明しえることを,実例をもって示したものである.

第8章は本研究で得られた知見を整理し,今後の実験手法の発展の方向と課題をまとめている.

以上,本研究は,地すべり土塊の到達距離を支配する重要な要因を綿密に準備された大変形解析から丁寧に抽出し,計測可能な限定された情報を活用して,土塊の到達距離を議論するための方法論を提示したものであり,今後の発展性も高くまた有用性に富む研究成果と評価できる.よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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