学位論文要旨



No 124309
著者(漢字) 崔,喜媛
著者(英字)
著者(カナ) チェ,ヒーウォン
標題(和) 発達障害児の行動特性を考慮した統合保育環境整備に関する研究
標題(洋)
報告番号 124309
報告番号 甲24309
学位授与日 2009.03.16
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6947号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西出,和彦
 東京大学 教授 藤井,明
 東京大学 准教授 千葉,学
 東京大学 准教授 大月,敏雄
 東京大学 講師 今井,公太郎
内容要旨 要旨を表示する

本論は、障害を持つ乳幼児が健常児と一緒に保育を受ける「統合保育」環境を検討し、これからの増加が予想される統合保育を支援する建築についての知見を得ようとするものである。 様々な障害のなかでも、主に他者とのコミュニケーションに問題を持つ「発達障害児」を本研究の対象とし、発達障害児の行動特性を把握した上で、発達障害児の行動と空間との関係は何なのか、社会的相互作用を促すことができる環境とはなんなのかを考察する。

第1章では本研究における時代的・制度的背景、目的、方法、位置付けを述べた。具体的な研究の課題は下記の通りである。

【課題1】 発達障害児をはじめ、様々な障害種の障害児が、保育園や幼稚園と並行して利用する療育機関である「児童デイサービス」の現状及び空間の使われ方等を把握すること。

【課題2】 「児童デイサービス」をフィールドの対象とし、発達障害児の行動特性を把握すること。

【課題3】 統合保育実施保育園での行動観察調査から、発達障害児と健常児、発達障害児とスタッフとのかかわり方、発達障害児の居場所・行動領域の特性を考察し、空間計画上の方向性を探ること。

第2章では、一般保育園に通う発達障害児が児童デイサービスを並行利用することに着目し、東京都所在の「児童デイサービス」を対象にアンケート調査を行い、療育の場の建築的特性・利用児属性・運営及び利用上の特性などを把握した。

運営主体によって空間構成や療育面からの問題点等が異なるが、特にNPO法人団体や社会福祉法人が運営する場合には、空間の確保が容易ではないため、限られたスペース活用に対する様々な問題点とそれに応じた工夫がされている。一方、利用者属性に関する結果から本研究の趣旨と関連して注目すべきことは、児童デイサービス利用児中、発達障害児が非常に多いことと、一般保育園・幼稚園を並行利用する障害児が多いことである。

第3章では、児童デイサービス2ヶ所を対象に行動観察調査を行い、施設で療育活動の様子を把握することにより、発達障害児を始めとする障害児の行動障害の実態と指導員の療育行動及び児童デイサービス空間の使われ方を考察した。療育において、グループ指導・個別指導・各種訓練などといった各活動毎に空間が設定されていた方が望ましいが、活動に要る空間が備えられていない事業所が多いのが現状であり、限られたスペースを使いこなしている事例を考察しておく必要性があるという背景から調査を行った。

第4章では、統合保育実施保育園3ヶ所を対象として行動観察調査及び健常児の中に混ざって保育を受けている障害児の居場所選択・行動領域・他者との関わり方を把握した。保育所における障害児保育は、障害のない幼児の集団の中で数人の障害のある幼児を一緒に保育する形態がほとんどである。統合保育における保育の方式は、障害のない幼児のための保育方法や内容が行われるのが通常であり、そのために障害のある幼児にとってその保育の場は必ずしも充分な保育環境とならない場合もあるという疑問点から調査を行った。調査結果、設定保育場面において健常児と別の場所に滞在する場合もあり、同じ場所に居るとしても他者との関わりがあまり見られない場合もあった。従って、統合保育環境において、他者との関わりを多くし、発達障害児の社会性側面からの発達支援に対する働きかけが求められる。

第5章では、統合保育実施保育園2ヶ所の及び児童デイサービス3ヶ所の療育関係者を対象としてインタビュー調査を行い、統合保育に向けて行った環境整備の実態を把握し、発達障害児のための統合保育環境整備のあり方に関する知恵を得る。

本研究の結論である第6章では、発達障害児の行動特性に基づいた空間上の要求事項、今後増えていく統合保育環境において、「目に見えない障害」に対する支援・援助・整備の必要性を論じ、建築的な方向性を提示する。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は発達障害児の行動特性と問題点を把握することで、今後、増えることが予想される、統合保育に向けての建築計画上の方向性を提示することを目的としている。

発達障害児は対人関係やコミュニケーションの面で困難を覚える場合が多く、その社会的適応障害を防ぐところに発達障害児保育・療育の意義がある。一般保育園に在籍する発達障害児の中には療育専門機関で指導や訓練を並行して受けている場合が多いことから、障害児が指導や訓練を受ける場である「児童デイサービス」と、発達障害児が在籍している統合保育実施保育園に対して調査を行い、結果を分析した。

第1章では、研究の背景、目的、既往研究を概観し、研究の位置付けを示した。

第2章では、児童デイサービスを対象にアンケート調査を行い、療育の場の建築的特性・利用児属性・運営及び利用上の問題点などを把握した。発達障害児が多く、一般保育施設と並行利用する児童が多いこと、安全性確保への対策を講じていること、施設の面積が狭小である現状が把握できた。

第3章では、児童デイサービス2ヶ所を対象に行動観察調査を実施し、療育活動の特徴、発達障害児の行動特性とその対処方式を明らかにした。療育活動は、様々な遊具・道具を用いて、子どもの興味や意欲を引き出しながら身体機能を発達させる遊びを中心に構成され、障害や症状に応じて、個別・小グループ又は集団で指導が行われていることが明らかにされた。

安全に対する対策、物事の順序や流れに対する理解を促す為に視覚的構造化を図っていることや、視覚的刺激をなるべく減らしたり隠す方法で対処していることは重要な示唆点である。遊具・教材の収納スペース不足という問題点も指摘された。

第4章では、統合保育実施保育園を対象に、保育活動展開における空間の使われ方の実態を把握した。

統合保育環境の物理的整備において肝要なことは、社会性や他人とのコミュニケーション能力を育むところにある。言葉での理解能力に乏しい子どもに対しては絵カードを利用したり、動線の流れを分かりやすくするなどの視覚的・物理的構造化の適用は重要である。また、自閉症児は高い所に登ることを好む傾向があったり同じ年齢の健常児に比べ突発行動をとる可能性の高い為、事故防止や安全に対する対策が求められることが明らかになった。

第5章では、統合保育環境における発達障害児にとって、物的要素のみならず人的要素は看過できないとの前提から、保育活動展開における発達障害児の居場所選択の特性と、調査対象児とスタッフ・他児とのかかわり方の特性やそれに影響を及ぼす要因に関して考察を行った。

かかわり行為は、目的から、基本生活動作の介助及び補助関連・保育活動への参加関連・異常行動関連・親交の4タイプに、表出方式によって、言語・身体的接触・視線の3つのタイプに分類し、かかわり行為の生起主体別特徴、保育活動場面別特徴、物的要素との関係について考察した。

第6章では、発達障害児の療育・保育を支援するシステムのあり方を考察した。

統合保育環境整備における支援システムとして、視覚的・物理的構造化による支援と、保育機関と療育機関との連携が重要である。保育園と児童デイサービスを併設する先駆的な取組みを調査し、併設の効用性を明らかにした。療育機関と保育機関との距離が近いほど、障害児の保護者が子育てに対して感じるストレスや負担が軽減できることが推察され、地域における施設の配置も重要あると指摘した。

第7章では、調査の成果をまとめ、建築計画上の示唆、統合保育環境の将来的あり方への知見、今後の課題についてまとめた。統合保育環境計画においては、障害児の各々の特性と物的要素・人的要素の影響要因を複合的に考慮し、障害児と他者とのコミュニケーションを増進できる仕掛けが必要であり、空間認知システムに混乱がある発達障害児の理解を促すための視覚的・空間的構造化、遊具・道具・視覚的情報の積極的に活用、保育士の積極的な働きかけ、様々なプログラムによる保育機関と療育機関との連携強化の必要性を結論とした。

以上のように本論文は、実態調査により、今まで明らかにされていない統合保育における発達障害児の行動特性を把握することができた。

本論文では、発達障害児は環境に非常に敏感であり、統合保育環境の整備には細やかな配慮が必要であることを示し、重要性が認められる統合保育に向けた建築計画の方向を提示するものであり、建築計画学の発展に大いなる寄与を行うものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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