学位論文要旨



No 124310
著者(漢字) 黄,錫鎬
著者(英字)
著者(カナ) ファン,ソクホ
標題(和) 地中熱利用空調システムの地中採・放熱量予測モデルの開発に関する研究
標題(洋)
報告番号 124310
報告番号 甲24310
学位授与日 2009.03.16
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6948号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 大岡,龍三
 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 特任教授 柳原,隆司
 東京大学 准教授 坂本,慎一
内容要旨 要旨を表示する

近年の急激な化石燃料の消費に伴い、CO2濃度が上昇を続けており、「温室効果」による地球規模での気候変動への懸念が強まっている。2000年以降、新たな対策が講じられることなく温室ガスの濃度が現在のペースで増加した場合、地球全体の平均気温は100年後に1.4~5.8℃上昇し,それに伴い海面が約0.09~0.88m上昇すると言われている。

このような背景からCO2ガス削減対策の一つとして、 年間を通じて安定した地中温度を熱源として利用する地中熱利用空調システムが注目を集めている。一般的に地中熱利用空調システムは地中温度が外気温度より冬季には高温、夏季には低温となる性質を利用し、通常の外気と熱交換を行うシステムより高い成績係数が得られる。さらに、熱交換を地中にて行うことから放熱用の室外機は不要となり、冷房時の温熱を大気に排熱しないのでヒートアイランド現象も緩和されることが期待可能である。しかし、地中熱交換器設置のための土壌掘削費や最適なシステム設計のための土壌物性値の調査などのコストがかかるため、既存の空調システムよりイニシャルコストが高くなるなどの理由で実用化が困難であった。

地中熱空調システムの設計のためには、地中からの採・放熱量を精度よく予測する必要がある。そのためには地中の熱伝導と熱交換器の採熱モデルを組み合わせたシミュレーションが有効であり、多くのシミュレーションモデルが提案され、利用されている。しかしながら、これらモデルのうち、多くが円柱座標系の単純な熱伝導モデルに基づいているため、一部の試験的な計算を除き、地下水流れを考慮していない。また、移流現象である地下水流動の効果を有効熱伝導率として考慮しても、長期の挙動予測では大きな誤差を生むと考えられる。さらに、地下水流動を組み込んだモデルでも2次元モデルや単純な直交座標系を利用するなとしており、後述する熱交換器の形状が考慮されていないのが現状である。また、熱交換器に関しても等価断面積等の概念を利用しているため、熱交換器形状の特性が再現されていない等の問題点を有する。一方、水文学、地質学、地盤工学の分野では、地盤中の熱、物質、水分の移動を予測するシミュレーションコードが多く利用されている。しかしながら、これらのコードは地中のマクロな熱、物質、水分の移動を再現するのが目的で熱交換器のモデル化はなされていない。

更に、地中熱空調システム導入サイトの土壌特性を反映させたシミュレーションを行うためにはその地点の熱伝導率や透水係数等の土壌物性値を把握する必要がある。土壌熱物性値を求める手法にはサーマルレスポンス試験やコア抜き検査、揚水試験などがある。しかし、サーマルレスポンス試験やコア抜き検査は1つの観測井に対して数十万~百万円単位のコストが生じる。地中熱空調システムはコスト的な制約からその普及が伸び悩んでおり、土壌熱物性値把握のためにその都度これらの測定を行うことは合理的ではない。従ってなるべく簡単かつ安価な手法によってこれらの物性値を知ることが望ましい。また、中・大規模建築物の建設において基礎構造物設計のための地盤調査を行うことが一般的である。土壌結合型ヒートポンプ利用の場合、コスト的な制約のため地盤の熱物性値調査を行わない場合には、建設工事に係わる地盤情報から設計者が経験的に採・放熱可能量を推定することが多い。精度よくかつ低コストで採・放熱量を予測するためには、通常の建設工事で得られる情報のみからある程度の精度を有する推定方法を確立することが肝要であると考えられる。

本論文では、地中の熱、水分移動シミュレーションコードに地中熱交換器モデルを組み込み、より汎用性が高く、精度の高い採熱量予測モデルの構築を行う。また、土壌熱物性値計測に関するコスト削減のために、建物の基礎構造物設計のための地盤調査のみから得られる土壌データから地中熱移動シミュレーションに必要な土壌熱物性値を推定する手法を提案することを目的としている。

本論文は以下の8章により構成される。

序章では、地中熱利用空調システムの開発に関する背景及び本論文の目的を示している。

第1章は地中熱利用空調システムに関する研究や方式をまとめ、地中熱を利用する方式について概説する。更に、 地中熱利用空調システムの性能を検討する数値解析方法について既往研究のレビュー及び基礎理論の説明している。

第2章では本研究で利用した場所打ち杭併用の熱交換器の最大採放熱量を把握するために、模擬負荷を設置した実験を行ってシステム性能を説明している。

第3章では地中熱交換器の採放熱量の性能に影響を与える地下水流れの特性を把握する方式について述べた。また、第2章で構築した実験設備がある千葉実験所における揚水実験を行って透水係数を把握している。

第4章では地中採熱量予測数値シミュレーションのため、そのパラメータになる土壌の熱物性値を把握する手法について述べている。建物基礎設計のため行われる通常の地盤調査データから数値解析に必要な土壌の熱物性値を推定する手法を提案し、フィールド調査および解析を行っている。千葉実験所の土壌の構成は表面から約7mまでの比較的ローム質の多い層と8~11mの不飽和度状態で粘土質細砂、11~20mの飽和度状態で細砂の3層に分類し、それぞれ概略の土壌物性値を求めている。

第5章では、第4章で提案している土壌物性値の推定手法の比較検証するため、国内外で一般的に使われる土壌のサーマル・レスポンス・テストを行い、同サイトにおける土壌の有効熱伝導率を算出している。

第6章では地中熱水分移動シミュレーションコードであるFEFLOWに熱交換器内循環水モデルと地表面熱フラックスモデルを組み込み、最熱量予測モデルを開発している。U字管方式の地中熱交換器に年間計算を行って、熱交換器表面の熱フラックス、土壌の温度変化、熱交換器の出口温度などの結果を得ている。

第7章では、第6章で開発している数値シミュレーション手法と第2章で述べた実験結果との比較解析を行っている。数値解析の計算条件としては第4章で提案した推定方式と第5章で紹介したサーマル・レスポンス・テストによる有効熱伝達率を利用している。また、地中熱利用空調システムの最適な設計のため、熱交換器の形状や土壌物性値によるシステムの性能に及ぼす影響について検討している。

第8章では、全体の総括を行うと共に、今後の課題について述べている。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「 地中熱利用空調システムの地中採・放熱量予測モデルの開発に関する研究 」を題して、(1)土壌物性値の推定手法、(2)地中熱交換器の採放熱量予測モデルを提案し、その適用性および精度を検証することを目的としている。

これまで地中熱利用空調システムにおいて地中採放熱量性能予測モデルに関する研究は多く行われてきたが、 多くが円柱座標系の単純な熱伝導モデルに基づいているため、一部の試験的な計算を除き、地下水流れを考慮していない。また、移流現象である地下水流動の効果を有効熱伝導率として考慮しても、長期の挙動予測では大きな誤差を生むと考えられる。さらに、地下水流動を組み込んだモデルでも2次元モデルや単純な直交座標系を利用するなとしており、後述する熱交換器の形状が考慮されていないのが現状である。また、熱交換器に関しても等価断面積等の概念を利用しているため、熱交換器形状の特性が再現されていない等の問題点を有する。更に、地中熱空調システム導入サイトの土壌特性を反映させたシミュレーションを行うためにはその地点の熱伝導率や透水係数等の土壌物性値を把握する必要がある。土壌熱物性値を求める手法にはサーマルレスポンス試験やコア抜き検査、揚水試験などがある。しかし、これらの手法は数十万~百万円単位のコストが生じる。地中熱空調システムはコスト的な制約からその普及が伸び悩んでおり、土壌熱物性値把握のためにその都度これらの測定を行うことは合理的ではない。

このような従来の地中採放熱量予測モデルの問題点を踏まえて本論文は、地中の熱、水分移動シミュレーションコードに地中熱交換器モデルを組み込み、より汎用性が高く、精度の高い採放熱量予測モデルの構築を行っている。また、土壌熱物性値計測に関するコスト削減のために、一切の追加調査は行わず、この基礎構造物設計のための地盤調査のみから得られる土壌データから地中熱移動シミュレーションに必要な土壌熱物性値を推定する手法を採用する。

本論文の構成は以下の通りである。

序章では、地中熱利用空調システムの開発に関する背景及び本論文の目的を示している。

第1章は地中熱利用空調システムに関する研究や方式をまとめ、地中熱を利用する方式について概説する。更に、 地中熱利用空調システムの性能を検討する数値解析方法について既往研究のレビュー及び基礎理論の説明している。

第2章では本研究で利用した場所打ち杭併用の熱交換器の最大採放熱量を把握するために、模擬負荷を設置した実験を行ってシステム性能を説明している。

第3章では地中熱交換器の採放熱量の性能に影響を与える地下水流れの特性を把握する方式について述べた。また、第2章で構築した実験設備がある千葉実験所における揚水実験を行って透水係数を把握している。

第4章では地中採熱量予測数値シミュレーションのため、そのパラメータになる土壌の熱物性値を把握する手法について述べている。建物基礎設計のため行われる通常の地盤調査データから数値解析に必要な土壌の熱物性値を推定する手法を提案し、フィールド調査および解析を行っている。千葉実験所の土壌の構成は表面から約7mまでの比較的ローム質の多い層と8~11mの不飽和度状態で粘土質細砂、11~20mの飽和度状態で細砂の3層に分類し、それぞれ概略の土壌物性値を求めている。

第5章では、第4章で提案している土壌物性値の推定手法の比較検証するため、国内外で一般的に使われる土壌のサーマル・レスポンス・テストを行い、同サイトにおける土壌の有効熱伝導率を算出している。

第6章では地中熱水分移動シミュレーションコードであるFEFLOWに熱交換器内循環水モデルと地表面熱フラックスモデルを組み込み、最熱量予測モデルを開発している。U字管方式の地中熱交換器に年間計算を行って、熱交換器表面の熱フラックス、土壌の温度変化、熱交換器の出口温度などの結果を得ている。

第7章では、第6章で開発している数値シミュレーション手法と第2章で述べた実験結果との比較解析を行っている。数値解析の計算条件としては第4章で提案した推定方式と第5章で紹介したサーマル・レスポンス・テストによる有効熱伝達率を利用している。また、地中熱利用空調システムの最適な設計のため、熱交換器の形状や土壌物性値によるシステムの性能に及ぼす影響について検討している。

第8章では、全体の総括を行うと共に、今後の課題について述べている。

以上を要約するに、本論文は地中採放熱量の予測精度の向上を図る、(1)土壌物性値の推定手法、(2)地中熱交換器の採放熱量予測モデルを提案し、その適用性および予測精度を実験及び数値解析を用いて検討を行っている。本論文で提案した解析手法は、従来のモデルの短所であった地下水流れの影響や熱交換器形状の反映されていない、土壌物性値の推定手法のコスト的な不合理などの問題を解決するものであり、これから地中熱空調システムの普及に大きく寄与し、建築環境工学の発展に寄与するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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