学位論文要旨



No 124311
著者(漢字) 小澤,雄樹
著者(英字)
著者(カナ) オザワ,ユウキ
標題(和) ユニット型張力構造物のプレストレス導入時におけるユニット間の相互作用に関する研究
標題(洋)
報告番号 124311
報告番号 甲24311
学位授与日 2009.03.16
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6949号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 川口,健一
 東京大学 教授 桑村,仁
 東京大学 教授 高田,毅士
 東京大学 准教授 塩原,等
 東京大学 准教授 腰原,幹雄
内容要旨 要旨を表示する

張力構造物は軽量で合理的な構造システムとして,多くの大空間を必要とする建築物で利用されている。公共性の高い大空間建築物は,日常における地域共通の資産であるだけでなく,大地震などの災害発生時には避難施設として利用されるなど,社会的に重要な建物である場合が多い。したがって,これらが一旦事故や被害を生じた時に社会に与える影響は,通常の建物とは比較にならないほど甚大であり,はるかに高いレベルの信頼性が要求される。

張力構造物は,あらかじめ引張材にプレストレスを導入し,系全体の応力状態が釣り合うことで初めて成り立つシステムであり,その応力分布が構造物の安定性・剛性を大きく左右する。特に引張材はもともと圧縮材よりも断面積が格段に小さく応力変動に大変敏感である。その存在応力が設計時に想定した応力状態から離れたものとなると,わずかな風荷重の作用で容易に座屈・降伏するなど,構造物全体の安全性をも大きく脅かすこととなる。信頼性を高い構造物を実現するためには,何よりも設計時に設定した応力分布を精度良く実現することが肝要である。

本研究で対象とするユニット型張力構造物とは,プレストレス導入により安定化されたユニット(張力安定ユニット)を集積することで構成される張力系構造システムの一形態である。各ユニットは通常1つ以上の自己釣合モードを有しており,部材長さを適宜変化させプレストレスを導入することで剛性を高め圧縮材の数を減らすことが出来る。このため,通常のトラス構造物と比較して軽量化が可能であり,またユニット毎の安定性が高いため,構造物全体が釣り合うことで初めて成り立つ通常の張力構造物と比較して施工が格段に容易である,という重要なメリットを有する。

もし,ユニット毎の応力的な独立性が十分に高ければ,その応力状態は相互に影響を与えないため,ユニット単位で独立にコントロールしていけば良いこととなる。これを「ユニット独立の仮定」と呼び,その考え方の簡便さから多くの建築物で利用され,ユニット毎に個別に管理する方法で設計・施工が進められてきた。

しかし近年,川口らにより実施されたユニット型張力構造物の実施例における存在張力測定実験の結果などを通して,ユニット間の相互作用の影響が無視出来ないレベルであることが明らかとなって来ている。

張力構造物の応力状態を正確にコントロールすることは一般的に容易ではなく,今後の更なる研究開発が望まれる分野である。本分野の既往研究は充実しているとはいい難いが,その中でも主要なものを挙げるとすれば,東京大学生産技術研究所 川口健一教授らによる一般逆行列を用いた逆解析による手法,(元)日本大学理工学部 斎藤公男教授らにより提案された逆工程解析手法などが見受けられる。前者は全てのアクチュエータ部材を同時に制御する架構全体の応力制御であり,後者は部材1 本1 本をステップ毎に制御して架構全体が目標張力分布を得る施工解析的なプロセスを扱った研究の代表的なものである。

いずれも厳密な数値解析に基づく手法であり,これらの手法により構造物全体をモデル化し,部材1本1本の制御量を算出することは,計算機が発達した現在においては困難ではない。しかし,施工が複雑になりすぎる恐れがあり,構造物の特性を定性的に捕えようとする場合には必ずしも適切ではない。また,実際の施工現場においては,制御に対して計算通りの応答値が得られない場合や,設計時に想定していないトラブルが発生する場面などに数多く遭遇する。このような場合には,構造物の局所的な挙動に着目した簡便な手法の方が実用的で実効性があると言える。

以上まとめると,現在,ユニット型張力構造物へのプレストレス導入のための計画法に関しては,

(1)「ユニット独立の仮定」に基づく概算的な手法

(2)「構造物全体をモデル化した厳密な数値解析」に基づく手法

の両極端な手法に二極化しているのが実状である。前者はユニット間の相互作用の影響を無視できると仮定しているが,その根拠は必ずしも明らかではない。一方後者の方は厳密であるが故に応用性に乏しく,何よりもユニット型張力構造物の特性を生かした手法とは言い難い。

本研究では,ユニット型張力構造物において,プレストレス分布に対するユニット間の相互作用の影響を把握すること,またそれを考慮し簡易な方法で精度良く目標の応力状態を実現可能な張力導入計画法を提案し,その適応性を確認することを目的としている。その意味で,本論で提案する手法は,上記で述べた2手法の中間に位置付けられるものである。

ユニット型張力構造物を研究対象としているが,圧縮材と引張材を組み合わせたハイブリッドな張力系システムの多くはユニット型張力構造物と多くの点で共通点を有しており,本研究で得られた知見,開発された手法はこれら類似のシステムにも応用可能な汎用性を有していると言える。

本論文は,以下に述べる全8章で構成される。

第1章では,本研究の概要と特徴について述べ,本論文の概略を説明した。

第2章では,本論文の研究対象であるユニット型張力構造物の特徴と,設計・施工時に一般的に用いられる「ユニット独立の仮定」の問題点について述べるとともに,本論に関連する(1)張力安定トラス,(2)張力構造物の応力制御,(3)一般逆行列の構造工学への応用及び(4)その他に関する既往研究を整理してまとめた。これらの背景を基にして,本論の研究目的とその位置付けについて論じた。

第3章では,実際の張力導入手順を模した数値シミュレーションを実施し,張力導入時の条件の違いが最終的な応力分布に及ぼす影響について確認した。

シミュレーションの方法は応力法に基づくことからこの定式化について述べ,セル・オートマトン法において用いられる主要な近傍概念を導入した。また,2ユニットよりなる簡易モデルを用いて隣接ユニットへの影響について定性的な確認を行った。さらに5×5ユニットの平面型・24個のユニットより成る立体型のモデルを用いて張力導入シミュレーションを実施した結果,ユニットへの張力導入順序が最終的な応力状態に大きな影響を与えること,ユニット内に複数存在する引張材に対して同時に張力導入を行うことで軸力分布のバラつきを大幅に抑制可能であることを明らかにした。

第4章では,ユニット型張力構造物の実施例である「張力安定トラスドーム」の実大実験結果に対して行った検討結果について示した。

建設時の張力導入実験より,「ユニット独立の仮定」に基づき設定された設計軸力と実際の構造物挙動が異なることを確認した。次に,解体時に行われた存在張力測定実験の概要について説明した上で,実測値が設計軸力に対して最大300%以上の誤差を含むものであることを示し,相互作用を考慮することの必要性について論じた。さらに実験結果から実際の建設時作業プロセスを同定するという逆問題を設定し,一般逆行列を用いた線型逆解析手法により張力導入した引張材を特定することを試みた。張力導入する引張材の選択・順序・張力導入方法が最終的な応力分布に多大な影響を及ぼすことなどが,実構造物を用いた検討においても確かめられた。

第5章では,ユニットに応力変動を与えた場合の周辺ユニットによる拘束効果をバネ置換により評価する方法について提案した。

はじめに群論による剛性マトリクスのブロック対角化の方法について述べ,モデルの対称性を利用することでその計算課程を大幅に簡略化することが可能であることを示した。続いて3×3モデル,5×5モデルそれぞれの境界条件の異なるモデルに対して求められたバネ定数及び歪エネルギー比の比較から,応力分布上の影響が及ぶ範囲は限定的であり,ムーア近傍モデルで相互作用のメカニズムを十分に再現可能であることを確認した。

次に,対象ユニットと構造物境界条件の位置関係を8パターンに整理した上で,各パターンに対してバネ定数の剛比を固定することでさらに簡略化を図った簡易バネ置換モデルを提案し,簡略化前のモデルと比較することでその適用性を確認した。

第6章では,前章までの結果を受け,対象ユニットと周辺ユニットの相互作用の影響を考慮した簡易張力導入計画法を提案し,その有効性を解析的に検討した。

相互作用の影響を具体的に取り入れるためには,その効果を定量的に評価することが必要となる。ここではムーア近傍モデルに基づき,対象ユニットの応力状態の変化が周辺ユニットの部材軸力に与える影響を断面積比βの関数として定量的に表し,次にそれを用いた張力導入計画策定プロセスの提案とその前提条件について整理して示した。次に,平面モデルと立体モデルにおいて張力導入シミュレーションを実施し,本手法により目標張力に対する誤差が大幅に縮小することを示し,提案手法の有効性が確かめられた。

第7章では,平面型の5×5ユニットモデル試験体を作成し,張力導入実験を実施した。

数値解析の妥当性を確認するために,第2章のシミュレーションと同様の条件で張力導入実験を実施し,結果を解析値と比較した。次に前章で提案した簡易張力導入計画法に基づいて張力導入量を決定し,それを目標張力として実験を行ったところ,標準偏差が縮小しバラつきが抑えられることが確認された。実験的検討においても提案手法の有効性を裏付けることが出来た。

第8章では,各章で得られた知見を要約することで本論文の結論とし,今後の研究課題の展望を述べた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究で対象とするユニット型張力構造物とは,プレストレス導入により安定化されたユニット(張力安定ユニット)を集積することで構成される張力系構造システムの一形態である。各ユニットは通常1つ以上の自己釣合モードを有しており,部材長さを適宜変化させプレストレスを導入することで剛性を高め圧縮材の数を減らすことが出来る。このため,通常のトラス構造物と比較して軽量化が可能であり,またユニット毎の安定性が高いため,構造物全体が釣り合うことで初めて成り立つ通常の張力構造物と比較して施工が格段に容易である,という重要なメリットを有する。

もし,ユニット毎の応力的な独立性が十分に高ければ,その応力状態は相互に影響を与えないため,ユニット単位で独立にコントロールしていけば良いこととなる。これを「ユニット独立の仮定」と呼び,その考え方の簡便さから多くの建築物で利用され,ユニット毎に個別に管理する方法で設計・施工が進められてきた。

しかし近年,川口らにより実施されたユニット型張力構造物の実施例における存在張力測定実験の結果などを通して,ユニット間の相互作用の影響が無視出来ないレベルであることが明らかとなって来ている。

張力構造物の応力状態を正確にコントロールすることは一般的に容易ではなく,今後の更なる研究開発が望まれる分野である。本分野の既往研究は充実しているとはいい難いが,その中でも主要なものを挙げるとすれば,東京大学生産技術研究所 川口健一教授らによる一般逆行列を用いた逆解析による手法,(元)日本大学理工学部 斎藤公男教授らにより提案された逆工程解析手法などが見受けられる。前者は全てのアクチュエータ部材を同時に制御する架構全体の応力制御であり,後者は部材1 本1 本をステップ毎に制御して架構全体が目標張力分布を得る施工解析的なプロセスを扱った研究の代表的なものである。

いずれも厳密な数値解析に基づく手法であり,これらの手法により構造物全体をモデル化し,部材1本1本の制御量を算出することは,計算機が発達した現在においては困難ではない。しかし,施工が複雑になりすぎる恐れがあり,構造物の特性を定性的に捕えようとする場合には必ずしも適切ではない。また,実際の施工現場においては,制御に対して計算通りの応答値が得られない場合や,設計時に想定していないトラブルが発生する場面などに数多く遭遇する。このような場合には,構造物の局所的な挙動に着目した簡便な手法の方が実用的で実効性があると言える。

本研究では,ユニット型張力構造物において,プレストレス分布に対するユニット間の相互作用の影響を把握すること,またそれを考慮し簡易な方法で精度良く目標の応力状態を実現可能な張力導入計画法を提案し,その適応性を確認することを目的としている。

本論文は,以下に述べる全8章で構成されている。

第1章では,本研究の概要と特徴について述べ,本論文の概略を説明している。

第2章では,本論文の研究対象であるユニット型張力構造物の特徴と,設計・施工時に一般的に用いられる「ユニット独立の仮定」の問題点について述べるとともに,本論に関連する(1)張力安定トラス,(2)張力構造物の応力制御,(3)一般逆行列の構造工学への応用及び(4)その他に関する既往研究を整理してまとめている。これらの背景を基にして,本論の研究目的とその位置付けについて論じている。

第3章では,実際の張力導入手順を模した数値シミュレーションを実施し,張力導入時の条件の違いが最終的な応力分布に及ぼす影響について確認している。

シミュレーションの方法は応力法に基づくことからこの定式化について述べ,セル・オートマトン法において用いられる主要な近傍概念を導入している。

第4章では,ユニット型張力構造物の実施例である「張力安定トラスドーム」の実大実験結果に対して行った検討結果について示している。

第5章では,ユニットに応力変動を与えた場合の周辺ユニットによる拘束効果をバネ置換により評価する方法について提案している。

第6章では,前章までの結果を受け,対象ユニットと周辺ユニットの相互作用の影響を考慮した簡易張力導入計画法を提案し,その有効性を解析的に検討している。

第7章では,平面型の5×5ユニットモデル試験体を作成し,張力導入実験を実施している。

数値解析の妥当性を確認するために,第2章のシミュレーションと同様の条件で張力導入実験を実施し,結果を解析値と比較している。実験的検討においても提案手法の有効性を裏付けることが出来ている。

第8章では,各章で得られた知見を要約することで本論文の結論とし,今後の研究課題の展望を述べている。

以上より、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク