学位論文要旨



No 124312
著者(漢字) 福島,直哉
著者(英字)
著者(カナ) フクシマ,ナオヤ
標題(和) 菱形管内乱流の運動量・熱輸送機構
標題(洋)
報告番号 124312
報告番号 甲24312
学位授与日 2009.03.16
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6950号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 笠木,伸英
 東京大学 教授 加藤,千幸
 東京大学 准教授 鈴木,雄二
 東京大学 准教授 鹿園,直毅
 東京大学 准教授 寺本,進
内容要旨 要旨を表示する

正方形を含む5種類 (鋭角角度θ = 90o , 75 o, 60 o , 45 o , 30 o) の菱形管内完全発達乱流の直接数値シミュレーションを行った。速度・圧力場の支配方程式は連続の式・ Navier-Stokes方程式,温度場の支配方程式はエネルギー保存式である。バルクレイノルズ数 ,プラントル数Pr = 0.71とし,速度場境界条件として壁で粘着条件,主流方向に周期境界条件を,温度場境界条件として主流方向に等熱流束条件かつ主流方向垂直断面内壁に等温条件 (H1条件) を課した。

速度・圧力・温度をセル中心に配置したコロケート構造格子による一般座標系計算手法を用いた。空間離散化として2次精度中心差分,時間離散化として対流項に低容量3次精度Runge-Kutta法,粘性項に2次精度Crank-Nicolson法,時間進行法はフラクショナル・ステップ法を用いた。

5種類の菱形管内乱流について,平均・局所摩擦係数 ・平均・局所熱伝達ファクター ,平均主流方向速度,温度分布をはじめとし, 2次流れ,レイノルズ応力,乱流熱流束などの各種統計量の菱形管断面内分布を取得し,その角度依存性を調べた。

菱形管の伝熱面としての性能を評価するために,熱交換器性能(効率・小型化)評価に基づき,伝熱面形状が熱流動様式を変化させ伝熱・摩擦特性に与える影響のみを評価対象とする,伝熱面の性能指標を導出した。その伝熱面性能評価指標に基づき,菱形管の伝熱面性能を評価し,伝熱面としての流路断面形状に関する基本的な設計指針を得た。

Fukagata et al. (2002)の手法を応用し,菱形管内乱流において,層流・乱れ・2次流れの摩擦係数 f, 熱伝達ファクター jへの寄与を定量的に評価した。さらに,乱流拡散項・2次流れによる対流項の各項により生成される,バルク平均が零の平均速度・平均温度をそれぞれ定義し,それらを主流方向運動量・熱の菱形断面内輸送の定量的な指標として用いた。

2次流れおよびその生成機構への角度依存性を明らかにするため,主流方向平均渦度方程式,平均2次速度方程式の各項について菱形管断面内分布を調べた。また,レイノルズ応力およびその生成機構への側壁および角の影響,その角度依存性を明らかにするため,レイノルズ応力とその輸送方程式の各項について菱形管断面内分布を調べた。乱流熱流束の輸送方程式,温度乱れの輸送方程式の各項も計算し,複雑な断面形状内熱流動のRANS予測精度向上のための乱流モデル検証用データベースを構築した。レイノルズ応力の輸送方程式,乱流熱流束およびその輸送方程式,温度乱れおよびその輸送方程式の菱形管断面分布を,それぞれ付録に記した。

1. 熱交換器の効率 (ポンプ動力あたり熱交換量 )・小型化 (伝熱面積・体積当たり熱交換量 )への影響因子として,熱流動因子・幾何学因子・設計因子の3つを定義した。

1. 設計因子:伝熱面形状に依らず,熱交換器やシステムの設計条件に依る物性値や各種拘束条件,設計変数の影響

2. 幾何学因子:伝熱面の幾何学形状のみに依る影響

3. 熱流体因子:伝熱面形状が熱流動様式を変化させ,伝熱・摩擦特性に与える影響

本研究では,伝熱面形状による伝熱・摩擦特性への影響を明らかにするため,熱流体因子のみを評価対象とした。伝熱面形状の評価指標として,熱交換器の伝熱・摩擦性能に対応する熱流体因子Nu/fReb3,熱交換器の小型化に対応する熱流体因子Nuをそれぞれ定義した。

2. バルクレイノルズ数Rebが等しい条件下での,熱交換器小型化に関する伝熱面評価指標,および,ポンプ仕事当たりの熱交換量(熱交換器効率向上)に関する伝熱面評価指標である,熱流体因子j, j/fをそれぞれ用い,5種類の菱形管の伝熱面性能を評価した。本条件下では,熱交換器効率向上・小型化の観点でともに,正方形管の伝熱・摩擦特性が最も優れている。また,鋭角近傍と鈍角近傍のそれぞれの局所伝熱・摩擦特性を評価すると,熱交換器効率・小型化の観点でともに鋭角より鈍角近傍の特性が優れている。以上から,熱交換器に用いる伝熱面形状としては,鈍角のみから成る断面形状管(例えば,六角形断面管)を用いるべきである,との設計指針を得た。

3. 鋭角側での伝熱・摩擦特性悪化は主に層流・乱れの寄与が原因である。角近傍,特に鋭角近傍での層流解の性能が悪化するのは,温度場境界条件として主流方向等熱流束条件を課したためである。乱れは角近傍以外では伝熱・摩擦特性向上へと寄与し,主流方向運動量・熱を管中心部分から角から離れた壁近傍へと主に壁垂直方向へ輸送する。

2次流れ速度エネルギーは乱れエネルギーに比べ非常に小さいが,主流方向運動量・熱輸送への寄与の大きさは乱れによる寄与と同程度である。2次流れは,主流方向運動量・熱を角から離れた壁近傍から対角線近傍へ主に壁接線方向へ輸送し,壁での局所伝熱・摩擦特性を均一化するように働く。平均伝熱・摩擦特性への2次流れの寄与はいずれも数%程度である。

4. 5種類の全ての菱形管内乱流で,2次流れの大きさは最大値でバルク平均速度Ubの約2%程度である。正方形管内乱流においては,従来の研究結果と同様に,2次流れにより,4つの対称な渦対が形成された。鋭角近傍ではθが小さくなるにつれ,強く歪んだ渦対が現れ,その中心は角から離れる。一方,鈍角近傍では鋭角側の渦対に比べ,小さな丸い渦対が現れ,鋭角角度が大きくなるとその中心は角へと近づく。

2次流れにより形成される渦度,主流方向平均渦度の方程式には,対流項,粘性項に加えて,生成項として主流方向垂直断面内におけるレイノルズ応力の非等方性・非一様性に起因する項が存在する。これの生成項は,5種類の菱形管内乱流における全ての鈍角側,鋭角側で十分な値を持っており,それぞれの角で自律的に2次流れは生成されている。

5. 菱形管内乱流のレイノルズ応力 は対角線近傍で特徴的な分布を示す。鋭角側・鈍角側ともに,対角線近傍で乱れエネルギーが抑制され,鈍角側より鋭角側の対角線近傍で強く抑制される。また,角近傍では1成分乱れに近づき,対角線近傍で角から離れると急激に等方的な乱れへと移行する。鋭角角度θが小さくなると,鋭角側対角線近傍では,1成分乱れの領域が角から比較的広範囲に分布してゆく。θが小さくなると,鈍角側対角線近傍では,1成分乱れの領域は角極近傍に限定されてゆき,等方的な乱れの領域が角に近づいてくる。対角線から離れた領域では,レイノルズ応力 は,菱形管の境界条件である壁の非一様性から が値をもつものの,他の成分については一様な壁に沿う乱流におけるレイノルズ応力と相似な分布を示す。

6. 鋭角側対角線近傍での乱れエネルギーの抑制は主流方向平均速度勾配の減少が主因である。鈍角側では平均速度勾配は一様な壁乱流と同程度に十分大きいが,その平均速度勾配が大きい角近傍において対角線方向乱れへの再分配抑制が抑制される。平均速度勾配が大きい角近傍での対角線方向乱れへの再分配抑制が,鈍角側対角線近傍での乱れエネルギー抑制の主因である。鋭角側・鈍角側ともに対角線全域において,主流方向乱れから主流方向垂直断面内乱れへの再分配は抑制されている。

角の効果として,角近傍での「対角線方向乱れへの再分配抑制および主流方向乱れの生成抑制,対角線垂直方向乱れへの再分配促進および対角線垂直方向 2次流れの生成」を,側壁の効果として,角から離れた対角線近傍での「対角線垂直方向乱れの速度・圧力勾配相関項抑制と対角線方向乱れへの再分配の卓越,それらの寄与に依るレイノルズ応力の等方化,および,対角線方向2次流れの生成」を定義する。しかし,本研究では計算負荷低減のため,レイノルズ数を低く設定している。低レイノルズ数域では乱流構造のスケール分離が明確でなく,角の効果と側壁の効果を明確に分離することはできない。高レイノルズ数域での検証が必要である。

Fukagata, K, Iwamoto, K. & Kasagi, N., 2002, "Contribution of Reynolds stress distribution to the skin friction in wall-bounded flows," Phys. Fluids, 14, 11, L73-L76.
審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「菱形管内乱流の運動量・熱輸送機構」と題し,6章より成っている.

資源・環境問題の高まりから,熱流体機器の更なる高効率化は急務となっている.タービンや熱交換器などの熱流体機器ではその性能向上のため,複雑な3次元形状をもつ翼や流路を用いている.また,これらの機器の多くでは伝熱増進や剥離防止の効果を期待して,乱流域で運用されている.近年の計算機の発達により,開発におけるコストや時間の軽減が期待できるCFDを用いた設計が普及しつつある.しかし,複雑形状壁が乱流熱流動へ与える影響についての理解,および,乱流モデル (RANS) による予測精度は不十分であり,CFD設計の利点を十分に生かせていない.一方,非円形管内乱流では,主流方向垂直断面内に平均的に第2種2次流れが存在し,伝熱・摩擦特性に大きな影響を与えることが知られている.主流方向垂直断面内壁面形状が乱流熱流動へ与える影響については,壁と壁が直角に交わる正方形管内乱流に関する研究が広く行われているが,直角以外の角に沿う乱流に関する知見は非常に少ない.本論文は,頂角角度の異なる菱形管内乱流の直接数値シミュレーション (DNS) を行い,交差角度が異なる壁が乱流運動量・熱輸送機構へ与える影響を系統的に明らかにすることを試みたものである.

第一章は序論であり,まず,壁乱流の熱流動について,過去の研究を概観している.まず,乱流に及ぼす固体壁の3つの効果(非透過性・粘着条件・大速度勾配)や一様な壁に沿う乱流に関する研究について概説している.次に,2次流れを有する主流方向垂直断面内に非一様な壁に沿う乱流に関しては,壁と壁が直交する正方形乱流に関する研究にほぼ限定されることを指摘し,その正方形管内乱流に関する高レイノルズ数域での実験や低レイノルズ域での数値計算による幅広い知見について詳細に纏めている.また,乱流における運動量・熱輸送の促進効果は従来定性的に論じられているが,一様な壁に沿う乱流について層流と乱れの摩擦係数への寄与の定量的な評価手法が近年提案されたことを述べている.そして,このことから,交差角度が異なる壁が乱流運動量・熱輸送機構へ与える影響を菱形管内乱流のDNSを通じて解明すること,乱れだけでなく2次流れによる運動量・熱輸送機構への寄与を定量的に評価すること,数値計算の利点を生かし実験では計測困難なレイノルズ応力などの輸送方程式に関するRANS検証用のデータベースを構築すること,以上を本論文の目的とすることが述べられている.

第二章では,熱交換器性能評価に基づき,伝熱面の性能評価指標を定義している.隔壁型対向流熱交換器を仮定し,その性能(効率・小型化)へ与える様々な影響因子の中から,伝熱面形状が熱流動様式を変化させ,伝熱・摩擦特性に与える影響因子のみを評価することとし,熱交換器効率・小型化に関する伝熱面評価指標をそれぞれ無次元数の関数として定義している.さらに,従来提案されている評価指標との比較を行い,その利点を明らかにしている.

第三章では,一連のDNSを行うための,数学的な定式化と,数値解法について詳説している.菱形管という比較的複雑な流路形状内の乱流熱流動を対象とし,複雑な境界壁での伝熱・摩擦特性を高精度で計算する必要性から,一般座標系により構造格子を境界に沿って作成する境界適合格子が採用されている.また,RANS検証用データベースとなる,レイノルズ応力・乱流熱流束・温度乱れの輸送方程式各項の計算を高精度で行うために,速度・圧力・温度を全てセル中心に配置するコロケート格子が採用されている.支配方程式の物理的意味をできるだけ忠実に再現する離散化法を採用し,その運動エネルギーなどの保存特性を明らかにしている.

第四章では,まず,頂角角度の異なる5種類の菱形管内乱流のDNSを行うに当たり,その計算条件について纏めている.温度場境界条件には対向流型熱交換器を想定し,等熱流束条件 (H1条件) が課されている.計算領域や格子解像度は,従来の研究により妥当であると考えられる値に設定されている.その計算結果を用い,第二章で定義した伝熱面性能評価指標により,各菱形管の伝熱・摩擦特性を比較検討している.その結果,本条件下では,熱交換器効率向上・小型化の観点でともに,正方形管の伝熱・摩擦特性が伝熱面として最も優れ,局所伝熱・摩擦特性としては鈍角近傍が優れていることを明らかにしている.そのことから,熱交換器に用いる伝熱面としては,鈍角のみから成る断面管を用いるべき,との流路断面形状に関する一般的な設計指針を見出している.

さらに,一様な壁に沿う乱流における摩擦係数への層流・乱れの寄与を定量的に評価する手法を,菱形管内乱流に応用し,摩擦係数だけでなく,熱伝達ファクター,主流方向運動量・熱の輸送への層流・乱れ・2次流れの寄与を定量的に評価している.その結果,乱れは角近傍以外で伝熱・摩擦特性向上へと寄与し,主流方向運動量・熱を主に壁垂直方向へ輸送することを定量的に明らかにしている.また,2次流れのエネルギーは乱れエネルギーに比べ非常に小さいが,2次流れの運動量・熱輸送への寄与の大きさは乱れによる寄与と同程度であり,主流方向運動量・熱を主に壁接線方向へ輸送し,壁の局所伝熱・摩擦特性を均一化するように働くこと,また,平均伝熱・摩擦特性への寄与は数%程度と小さいこと,を定量的に明らかにしている.

第五章では,まず,平均主流方向渦度や平均2次速度の方程式中に存在する,レイノルズ応力の非等方性・非一様性に起因する2次流れの生成項を各菱形管について比較し,角度の異なる鋭角・鈍角,それぞれの角で2次流れが自律的に生成されることを明らかにしている. 次に,瞬時場速度場の3次元可視化を行い,鈍角・鋭角側ともに,角近傍で乱流秩序構造の強度が,角から離れた壁近傍に比べ相対的に弱いことを確認している.さらに,レイノルズ応力の対角線近傍での特徴的な分布(小さな乱れエネルギー,角近傍での1成分乱れ,角から離れた対角線近傍での等方的な乱れ)を確認し,その特徴的な分布の鋭角・鈍角における角度依存性を明らかにしている.

最後に,レイノルズ応力が特徴的な分布を示す対角線上で,その輸送方程式各項を計算し,その生成・再分配機構を詳細に論じている.その結果から,角の効果を,角近傍での「対角線方向乱れへの再分配抑制および主流方向乱れの生成抑制,対角線垂直方向乱れへの再分配促進および対角線垂直方向2次流れの生成」と,側壁の効果を,角から離れた対角線近傍での「対角線垂直方向乱れの速度・圧力勾配相関項抑制と対角線方向乱れへの再分配の卓越,それらの寄与に依るレイノルズ応力の等方化,および,対角線方向2次流れの生成」と定義している.しかし,本論文のような低レイノルズ数条件では乱流構造のスケール分離が明確でなく,角の効果と側壁の効果を明確に分離できないので,高レイノルズ数域での検証が必要であるとも述べている.

第六章は結論であり,本論文で得られた成果をまとめている.

付録では,レイノルズ応力,乱流熱流束,温度乱れの各輸送方程式について,RANS検証用データベースを構築し,各項の分布を明らかにしている.

以上,本論文では,菱形管内乱流の直接数値シミュレーションを行い,交差角度が異なる壁が乱流熱流動へ与える影響を明らかにしている.各菱形管の伝熱・摩擦特性の比較により,伝熱面としての流路断面形状設計に関する指針を見出している.また,伝熱・摩擦特性や運動量・熱の輸送への乱れや2次流れの役割や寄与を定量的に明らかにしている.さらに,レイノルズ応力やその生成機構への角・側壁の効果を明らかにするとともに,RANS検証用データベースの構築している.これらの結果は,熱流体機器の流路断面形状設計に関する基本的な指針を与えるとともに,複雑形状壁に沿う乱流における運動量・熱輸送機構について新たな知見を加え,それらの数値予測精度向上にも繋がるものであり,熱流体工学をはじめ機械工学の学術の上で寄与するところが大きい.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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