学位論文要旨



No 124313
著者(漢字) 金,相沅
著者(英字)
著者(カナ) キム,サンウォン
標題(和) 圧電材料におけるCED(き裂エネルギー密度)の評価法と破壊問題への適用性に関する研究
標題(洋)
報告番号 124313
報告番号 甲24313
学位授与日 2009.03.16
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6951号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡邊,勝彦
 東京大学 教授 酒井,信介
 東京大学 教授 吉川,暢宏
 東京大学 准教授 泉,聡志
 東京大学 准教授 梅野,宜崇
内容要旨 要旨を表示する

本論分は「圧電材料におけるCED(き裂エネルギー密度)の評価法と破壊問題への適用性に関する研究」をまとめたものであり,全体で7つの章からなる.その構成は以下に述べる通りである.

第1章は「序論」であり,本研究の背景と目的,論文の構成について述べた部分である.その全体的な流れを次にまとめておく.

圧電材料は,その力学的-電気的連性特性からセンサーやアクチュエータなどとして様々な分野で用いられ,そのとき,中にき裂などの欠陥が存在する場合の強度的信頼性を確保するため,多くの研究が行われてきている.

まず,通常の材料を対象とするとき,き裂強度に関するパラメータとして用いていた応力拡大係数,J積分,エネルギー解放率が圧電材料に対しても拡張定義され,それらをパラメータにした破壊クライテリオンの適用が試みられてきたが,実際行われた破壊実験を説明することはできなかった.そこで,破壊は力学的な作用であることからエネルギー解放率の力学的成分のみをパラメータとしたクライテリオンも提案されたが,それも一部の破壊実験に対応するのにすぎないものであった.

また,上記のパラメータらは線形解析に基づいているという制約を持つものであり,圧電材料のき裂の周りで起こるのであろう電気的降伏 (electric yielding) や分極反転 ( Domain Switching, DS)を考慮する解析が必要であるということからローカルエネルギー解放率が提案され用いられることもあったが,可逆的な挙動が満たされないとき,その意味が曖昧になるなどの問題を抱えたままであった.

そういう中,通常の材料において構成則によらず一貫してひずみエネルギー面密度の意味を持つCED(き裂エネルギー密度)が圧電材料に対し拡張定義された.その圧電材料に対するCEDは力学的寄与分と電気的寄与分の和として定義されている拡張ひずみエネルギー面密度の意味を持つ量であり,また,その関連量と線形問題におけるエネルギー解放率やJ積分との関係も明らかにされている.そして,エネルギー解放率やJ積分とは異なり,構成則に関係なく物理的な意味は一貫したものであるので,圧電体に対する統一的なパラメータになることが期待できる量である.

そこで,本研究の目的は,き裂を有する圧電材料の破壊問題において,線形問題から電気的非線形性を考慮した問題まで一貫した物理的意味を持つ破壊パラメータとしてのCEDの評価法を確立し,その破壊問題への適用性に関する検討を行うことである.

第2章は「本研究に関連する基本事項」と題し,圧電材料に対して一般的に知られていることの中で本研究の次章以降の内容に参考となるものをまとめた部分である.

まず,圧電材料に対する基本的性質として基本用語や電界と電気変位との間のヒステリシスループについて定性的に説明した後,圧電体を連続体として扱う場合に対する支配方程式をまとめる.

次に,き裂を有する圧電材料に対する破壊パラメータとして用いられてきた,線形問題に対する応力拡大係数,また,そのときの特異解を与える方法をいくつか述べる.また,その他の破壊パラメータとして,J積分,エネルギー解放率,また,非線形問題を対象にローカル,グローバル」積分の定義と限界を述べた後,構成則に依存しないパラメータとして定義されているCEDの定義とその関連量と他のパラメータとの関係を述べている.

最後に,圧電材料の有限要素定式化について一般的に用いられている方法をまとめておく.

第3章は「線形問題を通じてのCED評価法の検討と確立」と題し,本論分で中心的なパラメータと考えているCEDとその関連量の評価の基本となる部分に関し,線形問題を通じて検討する部分である.

まず,圧電材料の線形問題を解析する際用いる有限要素(FEM)解析プログラムを作成し,それが,第2章で示した理論から求めたき裂周りの特異解を十分評価できることでそのプログラムの妥当性を検証する.

次に,圧電材料に対するCEDを精度良く求めるため次のような検討を行う.CEDは圧電材料に対しては,通常の材料のときと同じように,定義項から評価する直接法と径路独立積分により評価する方法の両方が拡張定義されているのにもかかわらず,後者による評価のときに応力や電気変位などの値に対する微分値の評価が必要であったため,直接法による評価のみ行われてきたことを述べる.そこで,本研究ではそれを解決する方法を用いて,両方法での評価を行うことでCEDの評価法を確立する.ここで,応力などの微分値は通常の有限要素法では連続的な値として求まらないので,その微分値の評価ができなかったわけであるが,ここでは,通常の材料における吉川の方法を参考にし,要素内の各積分点での応力値などを元に場の関数として再定義する方法を用い,微分値の評価を行った.その結果,面積分項などを含めて径路独立積分として評価し,それから求めた値が直接法での評価と一致していることを示すことでCEDの信頼性を確保することができた.

次に,上記までは荷重履歴に関係ない,正確に言えば,力学的,電気的荷重が同じ比率で増していった負荷状態である,いわゆる,比例負荷を想定した解析手法を用いていて,今までの研究で線形問題として扱ったすべての解析はこの負荷条件の下で行われている.しかし,実際今まで圧電材料に対して行われた破壊実験では電気的負荷を先にかけるか,力学的負荷を先にかける場合であり,解析が実験に対応していなかった.そこで,本研究では負荷順序を考慮した解析を重ね合わせ法を用いて,線形でもそれを考慮した解析を行えるようにした.その結果,線形問題として扱った場合において,CEDの全体量や電気エンタルピー密度は負荷順序に関係なく最終状態のみに依存する量であるが,力学的CEDと電気的CEDは,線形問題であっても,負荷順序に依存するものとなり,CEDの各量を評価する際には負荷順序の考慮は必要不可欠なものであることが分かった.また,この解析を通じて,力学的CEDを破壊パラメータとして用いれば一部の破壊実験を説明できるとした今までの研究と異なり,その力学的CEDは電界の影響をほとんど受けないという結論が得られた.そこで,圧電材料の破壊問題を取り扱うには電気的降伏や分極反転(DS)といった電気的非線形成を考慮しなければならないと考えられる.

第4章は「電気的降伏を考慮した有限要素解析と電気的降伏がCEDに与える影響」であり,次のようなことを述べている。

まず,圧電材料に起こる電気的降伏を扱うモデルとしてSzeの完全降伏モデルについて述べる.それは,圧電材料に強い電界を加えるとそれによる電気変位の伸びはだんだん小さくなる現象に注目したもので,Szeはそれが通常の材料における降伏と類似していることから電気的な完全降伏モデルを提案している.しかし,本来,マイナス降伏はDS後に起こるものであるため,本研究ではプラス電界による降伏だけを考えた.

次に,完全降伏より実験での圧電材料の挙動に近い,通常の材料の降伏における硬化と類似したものを考慮したモデルを考えた.そのときの構成関係は既知である線形と完全降伏の場合の構成則に硬化指数を導入することで与えている.

最後に,上記のモデルを用いて,そのとき,降伏がCEDに与える影響について調べた.その結果,線形問題と同じように,降伏を考えたモデルにおいても,CEDは直接法と径路独立積分法を用いて評価できることと,そのとき,降伏の影響により力学的CEDを破壊パラメータと用いた場合も電界が破壊荷重に影響を及ぼすことを示し,そのとき,荷重履歴や硬化指数などの影響を検討した.

第5章は「分極反転を考慮した有限要素解析と分極反転によるCEDへの影響に関する検討」であり,次のようなことを述べている.

まず,圧電材料が繰り返し負荷される電界により電界と電気変位との間にヒステリシスループを描くことはよく知られていることであるが,その詳細なデータは一般的には与えられていない.そこで,既存の研究ではそのDSの途中過程を無視したモデルなどが用いられていたため無理が生じていた.本研究では,それを克服するために,DSの途中過程における構成則を,できる限りの情報の元で与えるために,直線で近似する方法を取り入れたモデルを用いた.

次に,そのとき,一様なモデルを用い,想定している関係が得られることを示し,そのとき,線形問題や降伏を考慮した問題と同じようにCEDを評価できることを示した.

最後に,上述したDSモデルを用いて,そのとき,DSがCEDに与える影響に対する検討を行い,また,そのとき,荷重履歴や硬化指数などの影響を調べた.そのとき,線形問題と電気的降伏を考慮した場合と同じように,直接法と径路独立積分法から求めたCEDは一致し,マイナス電界を印加したときにDSの影響により各CED量は電界が増加するにつれ大きくなることを示した.

第6章は「CEDの破壊パラメータとしての適用性に関する検討」であり,次のようなことを述べている.

まず,圧電材料に対し行われてきた破壊力学実験,ParkらのCT試験に加え渡邊研究室で行った西,Na,柴田による3点曲げ試験から得られた実験結果を整理した.

次に,上記の実験結果を,CEDをパラメータとした破壊クライテリオンで説明できるかを調べた.その結果,破壊実験結果と最も近い値を示しているパラメータは力学的CEDであり,それをパラメータとしてのクライテリオンを用い,他の実験での結果と比べた結果,Parkらの実験結果を除いては,他のすべての実験結果で現れているプラス,マイナス電界により破壊荷重が低下する傾向に対応する結果が得られた.特に,マイナス電界により破壊荷重が低下するということは従来の研究での解析では説明できなかった部分である.これで,力学的CEDが圧電材料に対する破壊パラメータとして最も有効なものではないかと考えられる.

第7章は「結論」であり,本研究の内容をまとめた部分である.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「圧電材料におけるCED(き裂エネルギー密度)の評価法と破壊問題への適用性に関する研究」と題し、本文7章からなる。

圧電材料は、その特性である電気-力学連成挙動の故、センサやアクチュエータ等の材料として様々な分野で用いられ、その強度的信頼性への要求も高まっていることから、近年、破壊力学的立場からの強度評価研究も活発に行われて来ている。これまで通常材料を対象に成功した応力拡大係数やエネルギー解放率、J積分等のパラメータの圧電材料への拡張が試みられ、それらパラメータを用いて破壊現象を説明することが試みられて来たが、何れも実験で観察されている圧電材料の電界強さ依存性を説明することができずにいた。このような状況にあって、最近、通常材料を対象に、き裂の挙動を材料の構成則に関係なく統一的に取り扱うことを可能にするパラメータとして提案されているき裂エネルギー密度CEDが圧電材料に対して拡張定義され、その基本的性質、関連するパラメータ間に成り立つ関係等が示された。これまでのパラメータと異なり、CEDおよびその関連パラメータは電気的降伏やドメインスイッチングといった非線形挙動の下でも一貫した物理的意味を持つものであり、圧電材料の破壊挙動を説明するパラメータとなり得る可能性がある。しかしその実証のためには、まず、電気的降伏やドメインスイッチングを正しく反映する数値解析法を開発し、さらにそれを通じてCEDやその関連パラメータを十分な精度で評価する方法を確立することが必要である。このようなことから、本研究は、これまで行われていない、硬化を考慮した電気的降伏やドメインスイッチングをシミュレートする有限要素解析手法を開発してCEDやその関連パラメータを実用上十分な精度で評価するための方法について検討し、さらに確立した方法によりこれまでに行われた破壊実験に対応する解析を行って、Cmやその関連パラメータの実際の破壊問題への適用性についての検討も行ったものである。

第1章は「序論」であり、本研究の背景、目的・意義、および本論文の構成について述べている。

第2章「本研究に関連する基本事項」では、圧電材料が示す特性、従来の研究におけるき裂パラメータとそれらの欠点、CEDとその関連パラメータの定義、それらに係る基本的な関係、また圧電体の有限要素定式化の方法等、本研究を進める上で必要となる基本事項をまとめている。

第3章「線形問題を通じてのCED評価法の検討と確立」は、まず開発した有限要素プログラムの検証を行った後、基本であり、一部パラメータにおいては理論値との比較も可能であることから線形問題の解析を行い、実用上十分な精度でCED等を評価する方法について検討を行ったものである。有限要素解析結果から、CED等をそれぞれの定義式と対応する径路独立積分表示により評価し、両者は良く一致すること、理論値との比較も可能なパラメータにおいては理論値ともよく一致すること、切欠き型き裂モデルでこれらのパラメータは定義されているが、き裂端曲率半径が小さくなるとこれらの値は曲率半径に依存しなくなる等、理論的に知られていた関係、事実を数値的に初めて実証すると共に、精度良くこれらのパラメータを評価するための条件を明らかにしている。また線形問題であっても荷重履歴への依存性は無視できないことも例題解析を通じて示している。

第4章「電気的降伏を考慮した有限要素解析と電気的降伏がCEDに与える影響」では、これまで完全塑性に対応する電気的降伏を考える解析しか行われていなかったが、降伏が進む間の硬化に対応する現象も考慮して扱える方法を示してこれに基づく非線形の有限要素解析、CED等の評価を3章での知見を十分反映させながら行い、電気的降伏がこれらパラメータに与える影響を明らかにしている。

第5章は「分極反転を考慮した有限要素解析と分極反転によるCEDへの影響に関する検討」であり、ここでは、電気的降伏に加え、有限要素解析で、実際の荷重履歴を追いながらドメインスイッチング挙動も扱える方法を示し、続いて電気的降伏、ドメインスイッチング何れも考慮に入れた有限要素解析を行ってCED等を評価し、これらの非線形挙動がパラメータに与える影響を評価している。

第6章「CEDの破壊パラメータとしての適用性に関する検討」では、これまでに行われている破壊実験結果を整理し、5章までに確立した方法により実際の実験に対応するシミュレーションを行ってCED等を評価し、これらパラメータの破壊問題への適用性を検討している。この結果、力学的CEDをパラメータにして破壊クライテリオンを仮定するとき、一つの結果を除いて、検討したすべての破壊実験における電界強さ依存性をほぼ説明でき、したがって力学的CEDが圧電材料中のき裂の挙動を表わすパラメータとして有望であることを示している。

第7章は「結論」であり、本論文の成果がまとめられている。

以上要するに本論文は、圧電材料の破壊力学的取り扱いに関連して圧電材料の非線形挙動を考慮した新たな有限要素解析法また解析結果からのCED評価法を提示し、実験に対応する解析を行って力学的CEDがき裂パラメータとして有効であることを示したものである。これにより圧電材料破壊力学の現状を打破し、さらなる展開への可能性を示したものといえ、今後益々適用範囲が広がると考えられる圧電材料の強度信頼性の向上に寄与するところが大きいものと考えられる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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