No | 124315 | |
著者(漢字) | 松本,章邦 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | マツモト,アキクニ | |
標題(和) | 日本の大企業における雇用調整行動に関する研究 | |
標題(洋) | Studies on Employment Adjustment Behaviors of Large Japanese Firms | |
報告番号 | 124315 | |
報告番号 | 甲24315 | |
学位授与日 | 2009.03.16 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第6953号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 地球システム工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 本論文は,日本における大企業の雇用調整行動の分析を目的としている第1章は日本における雇用の最近の状況を概観し,動学的労働需要分析の必要性を述べ,先行研究を概観し,論文の目的を明らかにしている。 第2章では,バブル経済崩壊後の不況における,日本企業の雇用調整行動の変化を分析している。日本企業の雇用調整行動を説明する1つの有力な仮説である赤字雇用調整仮説を,財務データを用いて検証している。赤字期に調整が加速するという仮説は,日本企業の雇用調整行動を分析する場合に広く取り入れられている。多くの先行研究では,この仮説を反映する形で,モデルに赤字を表す変数を入れる。一方で,赤字が資本調達費用に影響し,結果としてその企業の望ましい労働投入量に影響することが考えられる。本章のモデルでは,赤字が調整行動に影響する経路として,調整費用と,望ましい雇用量の2つを考慮している。また,モデルの非線形性を考慮して一般化モーメント法(GMM)による推定を行っている。分析の結果,(1)バブル経済の期間を除き,1990年代前半までは,赤字の年に調整のスピードが増加したこと,(2)1990年代後半以降は,赤字の影響は有意でなくなり,何らかの構造変化が示唆されたこと,(3)雇用調整行動への赤字の影響は,調整費用だけではなく,望ましい雇用量を通じたものもあり,企業が雇用減少を促されるような流動性制約が存在したことが示唆されることを示した。 第3章では,単純な部分調整モデルとスイッチング・モデルを修正し,増加,減少で非対称な企業の行動を明示的に考慮した新しい動学的モデルを提示し,企業財務のパネル・データを分析している。能力,調整費用の異なる正社員・非正社員を導入することで,非対称な労働需要モデルを導いている。モデルはトービット型となり,雇用戦略と望ましい雇用水準が潜在変数となっている。モデルは状態依存スイッチング・モデルとして表されるため,通常の推定手法を用いることができない。この問題を解決するため,ベイジアン・シミュレーションの手法の1つである。モンテカルロ・マルコフ連鎖(MCMC)により推定を行っている。提案されたモデルでは,固定的,可変的調整費用,企業の各期における増加,不変,減少から選ばれた戦略を推定できる。本章では,日本の製造業大企業の財務報告書から構築したパネル・データに対し分析を行っている。推定結果より,(1)解雇が容易であっても雇い入れの費用は低くならないこと,(2)費用構造が似た業種であっても雇用戦略は異なり得ることを示した。 第4章は,事例研究に近いアプローチを用いて原子力発電産業の労務管理を分析している。日本では,電力会社は原子力発電所において請負労働者を多く使用しており,その安全衛生環境は非常に重要である。ここでは,原子力発電所において,請負労働者の安全衛生教育訓練の水準が電力会社に直接雇用される労働者よりも低くなる可能性を検証した。結果として,(1)請負労働者の使用は安全教育の水準を確保することをより難しくし,(2)そのような非効率にもかかわらず,業務請負が利用され得ることを示す。また,原子力発電事業に関連する法令や過去の事象を調査し,請負労働者がより低い安全教育水準におかれ得る構造的問題を見出した。さらに,電力会社の財務および放射線被曝に関するデータを用い,目本の原子力発電所における業務上のリスクの要因を分析する。ロジット分析の結果より,リスクと発電所の老朽化度合いに正の相関が,リスクと原子力発電事業への依存度との間には負の相関,電力会社の規模との間には正の相関があり,特に大規模電力会社における,労働安全衛生管理の重要性を示唆した。請負料金の影響からは,補償賃金格差の仮説があてはまることを示唆した。 | |
審査要旨 | 現在,我が国においては,非正規雇用の増加など雇用問題がその重要性を増している。雇用問題は企業の労務管理の問題であり,工学的見地においても,重要な課題となっている。本論文は, 日本における大企業の雇用調整行動の分析を目的としている。雇用調整行動の分析には, 通常, 雇用調整費用が存在する場合の企業の動学的最適化問題から導かれる。しかしながら,これまでに使われてきたモデルでは複雑化する雇用問題を十分に分析することはできない。本論文では, 動学的労働需要モデルを改良した独自のモデルを新たに提案し,それに基づく実証分析により, 日本の労働市場の特徴を説明する仮説を検証している。 第1章は日本における雇用の最近の状況を概観し, 動学的労働需要分析の必要性を述べ , 先行研究を概観し, 論文の目的を明らかにしている。 第2章では, バブル経済崩壊後の不況における, 日本企業の雇用調整行動の変化を分析している。 日本企業の雇用調整行動を説明する1つの有力な仮説である赤字雇用調整仮説を, 財務データを用いて検証している。赤字期に調整が加速するという仮説は, 日本企業の雇用調整行動を分析する場合に広く取り入れられている。多くの先行研究では, この仮説を反映する形で, モデルに赤字を表す変数を入れる。 一方で, 赤字が資本調達費用に影響し, 結果としてその企業の望ましい労働投入量に影響することが考えられる。 本章のモデルでは, 赤字が調整行動に影響する経路として, 調整費用と, 望ましい雇用量の2つを考慮している。また, モデルの非線形性を考慮して一般化モーメント法 (GMM)による推定を行っている。これらは,先行研究では考慮されておらず,本論文の独自性として高く評価できる。分析の結果,(1) バブル経済の期間を除き, 1990年代前半までは, 赤字の年に調整のスピードが増加したこと,(2) 1990年代後半以降は, 赤字の影響は有意でなくなり, 何らかの構造変化が示唆されたこと,(3) 雇用調整行動への赤字の影響は, 調整費用だけではなく, 望ましい雇用量を通じたものもあり, 企業が雇用減少を促されるような流動性制約が存在したことが示唆されることを示した。 第3章では, 単純な部分調整モデルとスイッチング・モデルを修正し, 増加, 減少で非対称な企業の行動を明示的に考慮した新しい動学的モデルを提示し, 企業財務のパネル・データを分析している。能力, 調整費用の異なる正社員・非正社員を導入することで, 非対称な労働需要モデルを導いている。モデルはトービット型となり, 雇用戦略と望ましい雇用水準が潜在変数となっている。モデルは状態依存スイッチング・モデルとして表されるため,通常の推定手法を用いることができない。この問題を解決するため, ベイジアン・シミュレーションの手法の1つである。モンテカルロ・マルコフ連鎖(MCMC)法により推定を行っている。 離散的な状態変化を表すモデルは, 金利や株価の分析以外では応用例が多くなく,本論文はこのモデルを雇用調整問題の分析に用いた最初の論文であり,高く評価できる。これまでの先行研究のように雇用の増加, 不変, 減少の3つの選択を区別せずに調整速度を推定することは, 推定値に下方バイアスをもたらす。提案されたモデルでは, 固定的, 可変的調整費用, 企業の各期における増加, 不変, 減少から選ばれた戦略を推定できる。 本章では, 日本の製造業大企業の財務報告書から構築したパネル・データに対し分析を行っている。 推定結果より, (1) 解雇が容易であっても雇い入れの費用は低くならないこと,(2) 費用構造が似た業種であっても雇用戦略は異なり得ることを示した。 第4章は, 事例研究に近いアプローチを用いて原子力発電産業の労務管理を分析している。 第3章のモデルは多くの場合に有用であるが, 石油, 非鉄金属製造業, 電力産業といった, 雇用変動が相当に小さい企業においては,モデルの識別性の問題を生じ,分析するには適さない。 日本では, 電力会社は原子力発電所において請負労働者を多く使用しており, その安全衛生環境は非常に重要である。ここでは, 原子力発電所において, 請負労働者の安全衛生教育訓練の水準が電力会社に直接雇用される労働者よりも低くなる可能性を検証した。結果として, (1) 請負労働者の使用は安全教育の水準を確保することをより難しくし, (2) そのような非効率にもかかわらず, 業務請負が利用され得ることを示す。 また, 原子力発電事業に関連する法令や過去の事象を調査し, 請負労働者がより低い安全教育水準におかれ得る構造的問題を見出した。さらに, 電力会社の財務および放射線被曝に関するデータを用い, 日本の原子力発電所における業務上のリスクの要因を分析する。 ロジット分析の結果より, リスクと発電所の老朽化度合いに正の相関が, リスクと原子力発電事業への依存度との間には負の相関, 電力会社の規模との間には正の相関があり, 特に大規模電力会社における, 労働安全衛生管理の重要性を示唆した。 請負料金の影響からは, 補償賃金格差の仮説があてはまることを示唆した。原子力発電所における請負等の労務問題をモデルに基づいて客観的に分析した例はこれまでにほとんどなく,この点からも本論文は高く評価できる。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
UTokyo Repositoryリンク |