学位論文要旨



No 124316
著者(漢字) 酒井(渡邊),裕香
著者(英字)
著者(カナ) サカイ(ワタナベ),ユカ
標題(和) 可視光応答型アニオンドープ酸化チタン光触媒に関する研究
標題(洋)
報告番号 124316
報告番号 甲24316
学位授与日 2009.03.16
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6954号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 橋本,和仁
 東京大学 教授 川合,眞紀
 東京大学 教授 水野,哲孝
 東京大学 教授 瀬川,浩司
 東京大学 教授 立間,徹
内容要旨 要旨を表示する

1. 緒言

半導体光触媒である酸化チタンはバンドギャップ以上のエネルギーを持つ光を吸収することで、正孔-電子対を生じる。酸化チタンの価電子帯上端の位置は、3.04V vs. SHE ( pH0 )であるため、光生成した正孔は非常に酸化力が強く、生じた電子-正孔対は空間電化層の電位勾配や拡散により表面に移動し、酸化還元反応を起こしている。また、酸化チタンは光誘起分解反応とは異なる性質として、光照射により水との親和性が非常に高い表面へと変化する光誘起親水化現象を起こすことが知られている。酸化チタン表面に十分な光エネルギーが吸収された場合には、超親水化状態(水との接触角が5℃以下)になる。この状態における光触媒表面に水滴をたらすと拡張濡れの現象をおこすため、微小な水滴による水の散乱である曇るという現象がなくなる。

これらの強力な光誘起分解反応および光誘起親水化反応を生かし、近年では、環境浄化材料としての使用や電気製品の中での利用などが増加しているが、光触媒として活性の高いアナターゼ型はバンドギャップが3.2eVであるため、光励起するには近紫外光以下の光が必要とされる。そのため紫外光が少ない屋内などでの利用には、高感度化や可視光応答化が必要とされる。

可視光応答型光触媒に関する研究は古くから行われており、本多-藤嶋効果が発表されて間もない1970年代前半から継続的に進められている。2001年、多賀らにより窒素ドープ酸化チタンの可視光応答性が見出され、化学的に安定かつ高い可視光応答性がある光触媒として注目を浴びた。その後もアニオン種をドープした酸化チタンは有望な可視光応答型光触媒になりうるとして、盛んに研究が進められている。

そこで、本研究では可視光下でより高感度な光触媒を得るため、光触媒活性の高いアナターゼ型酸化チタンにアニオンをドープすることで、バンド構造を制御することにより、可視光下で高活性な光触媒を得ることを目的として行った。

2. 窒素ドープ酸化チタンの光触媒活性および光応答機構の検討

2.1実験方法

窒素ドープ酸化チタンの薄膜試料は、SiO2コートガラス基盤に、RFマグネトロンスパッタリング法にて成膜し、粉末試料は、酸化チタン粉末のアンモニアアニールにより作製した。薄膜、粉末ともに、作製条件を変化させ、ドープ濃度の異なる3種の窒素ドープ酸化チタンを得た。作製した試料の特性評価はXRD、XPS、UV-Visにておこなった。粉末試料は2-プロパノールの気相分解により光誘起酸化分解の量子効率について調べた。また、薄膜試料は、可視光下および紫外光下における親水化特性評価および電気化学評価を行った。

2.2結果と考察

XRDおよびXPSN1sスペクトルより、OサイトのN置換が確認された。薄膜試料における窒素ドープ濃度は、1.0mol%, 1.9mol%, 2.9mol%で、何れも黄色を呈していた。 紫外可視吸収スペクトルより、ドープ濃度が1.0mol%の場合は吸収の肩のみが、1.9mol%,2.9mol%においては吸収の肩に加えごく僅かな吸収端の長波長側へのシフトが観測された。光学的に求めたバンドギャップは1.0mol%の場合に3.2eVで、酸化チタンと同等であったが、1.9mol%は3.05eV、2.9mol%においては3.01eVであることから、僅かにバンド幅は狭窄しているが、これによる可視光吸収はされないことが確認できた。電子状態密度計算結果から、N2p軌道とO2p軌道の完全な混成は見られず、価電子帯のごく僅かな高エネルギーシフトとN2p軌道由来の孤立準位の形成がみられた。この孤立準位は紫外・可視吸収スペクトルの吸収の肩にあたり、可視光吸収に寄与すると推測される。

可視光下における光触媒反応は紫外光下と比較し、酸化力、親水化活性(Fig. 1, Fig. 2)とも劣っていた。これは紫外光と可視光では励起準位が異なることを示唆している。可視光下における親水化速度定数は作製した薄膜のうち、ドープ濃度が中間にあたる1.9mol%の場合に最も高い値を示し、限界接触角も最も小さかった。N2p軌道は局在化しているため、ドープ濃度が少ない1.0mol%の薄膜は、可視光励起正孔の移動度が非常に小さかったため利用効率が低く、ドープ濃度が増えるに従いN2p軌道が広がり正孔移動度が向上することで、親水化活性は高まると考えられる。さらにドープ濃度を増やした2.9mol%の場合は、N2p軌道が一層広がることで正孔移動度は向上するが、準位が高エネルギー側に広がり正孔酸化力が低下するため、親水化活性が低下すると考えられる。

窒素ドープ酸化チタンの生成および可視光応答機構の詳細について検討するために行なった光電気化学および電気化学評価の結果から、窒素ドープ酸化チタンはn型半導体のままキャリア濃度が増加していることが明らかになった。これは、窒素ドープと同時に酸素欠陥が増加している為と考えられた(Fig. 3)。ただし、酸素欠陥準位は伝導帯下方0.75-1.18eVに存在するため酸化力が弱く、この準位からの光吸収では、黄色を呈することもない。N2p軌道由来の準位は価電子帯上方に存在するため黄色を呈しており、この準位から光励起し生成した正孔は、欠陥準位と比較し酸化力が強い。以上の検討から、可視光活性の起源はN2p孤立準位によることを明らかにした。

3. 炭素ドープ酸化チタンの光触媒活性評価

3.1実験方法

炭素ドープ酸化チタン粉末は、炭化チタンを酸素流通雰囲気で焼成して得られた。また、炭素ドープ酸化チタン薄膜は、窒素ドープ同様の方法で、炭素濃度の異なる3種の炭素ドープ酸化チタン薄膜を得た。これらの試料について、窒素ドープの場合と同様の評価を行なった。

3.2結果と考察

作製した炭素ドープ酸化チタンは全て黄色を呈しており、OサイトをCが置換していた。粉末試料は炭素濃度が0.32mol%、薄膜試料は0.7、0.9、1.1 mol%の3種の炭素ドープ酸化チタンを得た。これらの試料から、可視光照射下における有機物分解および親水化が確認できた。紫外可視吸収スペクトルおよび電子状態密度計算より、作製した試料は窒素ドープと同様、何れもバンド間での可視光吸収は起こらず価電子帯上方に出来るC2p軌道由来の孤立準位が可視光吸収に寄与していると考えられた。薄膜試料の親水化の評価(Fig. 4)から、可視光下と比較し、紫外光下のほうが優れていることが明らかとなった。活性に差が見られた理由は、窒素ドープの場合と同様に、価電子帯からも励起される紫外光下とは異なり、可視光励起は価電子帯上方のC2p軌道由来の孤立準位からのみ起こるためと考えられる。

4. 硫黄ドープ酸化チタンの可視光応答性評価

4.1実験方法

二硫化チタンを酸素雰囲気500℃~575℃でアニールすることにより4種類の硫黄ドープ酸化チタン粉末を作製した。硫黄ドープ酸化チタン薄膜は、窒素、炭素ドープと同様の方法で得られ、評価も同様の方法で行なった。

4.2結果と考察

作製した粉末および薄膜はOサイトをS置換していた。紫外可視吸収スペクトルおよび電子状態密度計算から、窒素や炭素をドープした場合と同様、バンド幅の僅かな狭窄とバンド内にS2p軌道由来の準位が形成されていることが明らかになった。バンドの狭窄による可視光吸収はなく、S3p由来の孤立準位が可視光を吸収していると考えられた。また、2-プロパノールの気相分解結果から(Fig. 5)、ドープ濃度は低いほど量子効率が高く、ドープ濃度が高まるほど低下した。硫黄濃度が低い領域では価電子帯寄りに孤立準位が形成されているため可視光励起正孔の酸化力は強く、硫黄濃度が高まるに従い孤立準位がさらに高エネルギー側にも生じるため正孔酸化力は弱まった為と考えられる。

また、本研究で初めて硫黄ドープ酸化チタン薄膜が可視光応答性を示すことを確認した。

5. 窒素・硫黄共ドープ酸化チタンの可視光活性および光電気化学評価

5.1 実験方法

SiO2コートガラスを基盤とし、RFマグネトロンスパッタリング法にて窒素ドープ、硫黄ドープ、窒素硫黄共ドープ薄膜を成膜した。また、光電気化学特性評価用には基盤にITOガラスを用いた。作製した薄膜について可視光及び蛍光灯照射下における親水化特性および光電流作用スペクトルを測定した。

5.2 結果と考察

本研究では単一種のアニオンをドープした酸化チタンは、可視光下と紫外光下で励起準位が異なるため、可視光下での活性が紫外光下と比較し非常に低い傾向であることが明らかになった。可視光応答性を高くするには、O2p軌道とアニオンp軌道を混成させ、バンド幅を調節することが有効であると考えられた。そこで、エネルギー的に近い準位である窒素と硫黄の共ドープによる高活性化を検討した。XRDおよびXPS測定により、作製した薄膜は全て酸素のドーパント置換がされていると確認された。光電流作用スペクトル(Fig. 6)から、IPCEの立ち上がり位置はほとんどシフトしておらず、可視光域のIPCEは紫外光の場合と比較し非常に小さかった。紫外可視吸収スペクトルでも同様の結果であった。IPCEの可視光域の結果から、窒素・硫黄共ドープ酸化チタンが最も大きい値になることが確認された。これは、可視光域における光の利用効率は共ドープの場合に最も高くなることを示している。つまりこの波長域において、キャリア移動度が向上したと考えられることから、エネルギー的に近い孤立準位同士が混成した準位を形成していると考えられる。

親水化特性評価から、可視光下において、窒素・硫黄共ドープ酸化チタンが最も親水化活性が高い傾向が見られた。紫外光を含む蛍光灯においても同様で、酸化チタンより共ドープ酸化チタンの方が高い活性を示した。この結果は、N2pとS3p孤立準位同士が混成し移動度が向上したことに起因すると考えられる。

6. 結論

本研究はアナターゼ型酸化チタンの酸素サイトにアニオン種を置換させ、バンド構造を調節することにより、可視光下においても高活性な光触媒の創製を目指して検討を行った。作製したアニオンドープ酸化チタンは、何れも化学的に安定で可視光応答性を示すが、可視光励起はアニオンp軌道由来の孤立準位から起こるため正孔移動度は低く、価電子帯位置で生成する正孔と比較し酸化力も弱いため、光触媒活性は紫外光利用に比べ非常に低い。ドーパントによる軌道と価電子帯の混成を目指して創製した、窒素・硫黄共ドープ酸化チタンは、単一種のアニオンをドープした場合と同様、可視光励起は孤立準位から起こるが光触媒活性は向上していた。N2p軌道とS3p軌道からなる孤立準位同士が混成され、生成した正孔移動度が向上したためと考えられる。

より可視光下での活性を向上させるためには、ドーパント準位の非局在化による移動度の向上を目ざした設計が有効であると考えられる。

Fig. 1 可視光下におけるTiO(2-x)Nx薄膜の親水化速度定数と限界接触角のNドープ量依存性

Fig. 2 紫外光下におけるTiO(2-x)Nx薄膜の親水化速度定数と限界接触角のNドープ量依存性

Fig. 3 窒素ドープ酸化チタンの生成メカニズム

Fig. 4 TiO(2-x)Cx薄膜(x=0.022)の親水化速度

Fig. 5 TiO(2-x)Sx粉末の量子効率

Fig. 6 IPCEスペクトル, (a) 350-450nm (b) 400-600nm

審査要旨 要旨を表示する

近年、窒素ドープ酸化チタンに関する報告が相次いでなされ、大変注目を浴びた。それまでの可視光応答型光触媒とは異なり、化学的に安定で再現性が高くかつ確かに可視光応答性がある光触媒であることから応用化が進められ、最近では市販品としてもいくつか出されるに至っている。窒素ドープ酸化チタンに関する研究は、当初、光誘起酸化分解に関する報告を主としており、可視光応答の起源については、研究グループにより見解が異なっていた。また、光誘起親水化特性に関する報告は進められていなかった。

本研究は、酸化チタンに窒素をはじめ種々のアニオンをドープすることによりバンド構造を制御し、より高感度で新規な可視光応答型光触媒の創製および、さらなる高活性化に向けた設計指針について提案することを目的としている。アニオンドーパントには、窒素、炭素、硫黄を選択し、ドーパントの種類と濃度、およびバンド構造、光触媒活性の相関についての検討により、可視光下でより高感度な光触媒を作製し、さらに高感度な可視光応答型光触媒の設計指針について提案している。

本論文は以下の6章から構成されている。

第1章は、本研究の背景および目的について述べている。

第2章では、ドープ濃度の異なる窒素ドープ酸化チタンを作製し、それぞれのバンド構造と光触媒活性の相関について光誘起酸化分解および光誘起親水化の両面から検討している。機器分析および第一原理計算の結果から、作製した窒素ドープ酸化チタンはすべて酸素サイトを窒素が置換しており、窒素ドープ濃度によりバンド構造が異なることが確認されている。また、光触媒活性評価から、可視光下は紫外光下と比較し、酸化力、親水化速度とも劣っていたことから、紫外光と可視光では励起準位が異なると示唆している。さらに、光電気化学および電気化学評価による、窒素ドープ酸化チタンの生成メカニズムについての検討から、窒素がドープされると同時に酸素欠陥が増加していることが確認されたが、光吸収および酸化力の観点から、N2p由来の準位が可視光応答性の起源となることを明らかにしている。

第3章では、有望な可視光応答材料の探索のため、窒素以外のアニオン種として炭素をドープした酸化チタンを作製し、その可視光応答性について評価している。作製した試料は全て酸素サイトの炭素置換がなされており、バンド構造については、炭素ドープによる僅かな狭窄とC2p軌道由来の孤立準位の形成が確認された。2-プロパノールの気相分解および親水化速度から、紫外光下は可視光下より優れていることから、窒素ドープと同様に、励起準位が異なると述べている。また、C2p孤立準位はN2pと比較し、高エネルギー側に存在しており、ここからの励起により生じる正孔は窒素の場合に比べ酸化力が弱いため、可視光応答性が劣ったものと考察している。

第4章では、窒素ドープ酸化チタンを上回る可視光応答材料探索のため、硫黄ドープ酸化チタンに着目し、ドープ濃度によりバンド状態を調節することで、可視光応答性の高い光触媒の作製を試みている。作製した硫黄ドープ酸化チタンはいずれも酸素サイトを硫黄が置換しており、そのバンド構造は、ノンドープ酸化チタンと比較し僅かなバンドの狭窄と価電子帯上方に2つのS3p軌道由来の孤立準位が形成すると確認している。ドープ濃度の低い領域では、より高エネルギー側のS3p準位は形成されていないため、ドープ濃度は低いほど量子効率が高くなり、ドープ濃度が高まるのに伴いS3p準位が高エネルギー側に大きく広がり、量子効率が低下すると検討している。また、可視光下での光誘起親水化活性についても本研究で初めて確認している。

第5章では、単一種でのアニオンドープ酸化チタンに関する検討から、可視光下でより高活性な光触媒を得ることおよび可視光で高活性な新規光触媒の設計指針を提案することを目的としている。具体的には、アニオンp軌道とO2p軌道の混成を目指し、エネルギー的に準位の近い窒素と硫黄の共ドープ酸化チタンの作製を試みている。可視光及び蛍光灯照射下における親水化特性および光電気化学評価にて、窒素ドープ、硫黄ドープおよびノンドープ酸化チタンとの比較評価をしている。その結果、共ドープ酸化チタンが最も光触媒活性が高くなることから、共ドープの有効性が示された。孤立しているN2pとS3pからなる準位が混成されたため、移動度が向上し、活性が向上したものと結論づけている。

第6章は、本研究の総括と今後の展望について述べられている。

以上、本論文では、窒素、炭素、硫黄ドープ酸化チタンを作製し、可視光応答性に関する新たな知見を得ることにより、さらに高活性な可視光応答型光触媒の創製に向け、本研究で初めて窒素・硫黄共ドープ酸化チタンの作製が試みられた。共ドープ酸化チタンは単一種のアニオンドープ酸化チタンと同様に、可視光応答性の起源は孤立した準位によるものであったが、S3pとN2pの混成により活性の向上が見られたと述べている。さらに高活性なアニオンドープ酸化チタンの創製に向けた設計指針として、ドーパントによる準位と価電子帯の制御による、バンドギャップの狭窄を提案している。これらの結果および検討は、さらに高活性な可視光応答型光触媒の設計に向け有効であり、応用化の観点からも発展に寄与すると考えられる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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